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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


テロリストの休暇の潰し方

■opening

 何か、物凄く意外な事があったような顔をした少々人目を引く風体の少女が、月刊アトラス編集部室の前でドアの枠に右手を掛けて――そちらに体重を掛けるようにしてゆらりと立っていた。
 歳の頃は中学程度、黒髪はショートで、金と白のオッドアイに、トライバル系の文様が左頬と右腿辺りに見える。タンクトップにホットパンツの上にサイズが大きめな派手な色のレインパーカー。ドア枠に手を掛け佇むやや崩れた感じの仕草。…一見して、少し何かが不自然な――引っ掛かりを覚えた気がした。直後、袖に包まれている筈の少女のその左腕が丸々無いらしいと気付く。そしてオッドアイと言う訳ではなく左目が白いのは失明している為だと言う事にもやや遅れて気付いた。…左の瞳が全く動いていない。
 あまりにも堂々としているので却って気付くのに遅れる。
 と、部屋の中の者――偶然入口近くの休憩用スペースに居たアジア系の美丈夫にして実は仙人だったりする鬼・湖藍灰とその弟子にしてアトラスで書いてるライターでもあったりする空五倍子唯継――が気付いたのに気付いたか、少女の方でもドア枠から手を離してそちらを向いていた。
「…まさか俺みたいなのがこんなに簡単に入って来れるもんだとァ思わなかったんだがね?」
 今現在、少女が居るのは既に白王社ビル内、月刊アトラス編集部室前。
 わざと中の者に聞かせるようにしてぼやきつつ、少女――速水凛はそこに居た。
 凛の姿を認めるなり、湖藍灰は、げ、と声を上げつつ、手近にあったB4の封筒で顔を隠すような――でも目から上だけは隠さずに凛の様子を確認しているようなわざとらしい仕草を見せている。…知り合いらしい。
「…なんで俺ここに居るの凛ちゃんにまでバレてんの?」
「あー…つか居たんだな、湖の旦那。いや、別に旦那探しに来た訳じゃないから気にしない気にしない」
「そなの? …んじゃ凛ちゃん何でここ来たの??」
「やー、最近の『ウチ』の状況は旦那ならよく知ってるよね。ひょっとするとそっちの兄さんも気付いてんじゃないかな」
 と、凛は湖藍灰に空五倍子を続けて見る。
 いきなり振られた空五倍子は目を瞬かせた。
「俺?」
「そう。察するに兄さん旦那の弟子か何かだろ? で、旦那…湖藍灰さ、最近あんたんトコよく居るんじゃねぇ? つー事はだ、今の俺たち結構暇なんだよ、要するに」
「…て、つまりどういう?」
「最近虚無の境界動いてないと思わない?」
「…はい?」
「特に血の気の多い実働部隊は相当腐ってる感じでさァ…エヴァ姐さんなんかそろそろ限界かなぁって感じなんだよね?」
「…ひょっとして…アナタ虚無の境界の方?」
「ん、おう、一応な」
 あっさり凛は受け答え。
 と、湖藍灰がおーい、と呑気な制止の声を上げている。
「…いやあのそーゆー話ここでするの止めない? アトラスの愉快な仲間たちが取材に殺到しちゃうよ?」
「望むところだ。…つーかな、来た理由それなんだよ。エヴァ姐さんに頼まれちゃってさあ。最近仕事無くて暴れ足りないからいっちょ思いっきり戦り合いたいとか何とかで、ここだったら付き合ってくれる奴居ないかなぁって来ただけなんだけど」
「…それでよりにもよってここに来るってどーなのかなー…」
 月刊アトラス編集部と虚無の境界とは基本的にあまり宜しい関係ではない。と言うか有態に言って敵対と言った方が近い。…湖藍灰個人についてはあくまでプライベート、空五倍子と言う養子のような弟子のような相手がここでライターをしている事も多いので何となく居付いているような…あくまで特殊な例外になる。
 …そんなところに来て、ここだったら付き合ってくれる奴居ないかな、と言うのはどうなんだ。
 アトラス側の誰からともなく暗黙の内にそう思っていると、察したように凛はにやりと笑って見せている。
「…あー、つまりな? 軽い手合わせっつーか模擬戦、なんて野暮な事は言わねぇさ。直球で殺し合いで良いってよ。…どうせ自分が負ける訳はないからってね。エヴァ姐さん曰く「本気でわたしを殺したい奴」が来てくれても全然構わないってさ。ただ、思いっきり戦りたいんだってよ」
 それだけ。
 俺はただのメッセンジャー。
 文句があるなら行った先で直接本人に言ってくれ。…つか、誰か来るよな? 場所も別にそっちで指定してくれていいし。その方がそっちでもまず安心だろ? …ああ、もしそれで罠掛けてIO2に通報、とかそういう手を使われても多分こっちは全然へーきだから。…今エヴァ姐さんそーとー溜まってる感じだからな、そんな事されたら単に死体が増えるだけになると思うぜ。
「…まぁ、そんな訳なんだけどな。我こそはって奴が居たらいつでも俺に言ってくれ。ちゃあんと責任持って伝えるからよ?」



■影の支配者(物理的)がエヴァと対峙するまでの色々な事情。

「…で」

 要するに何なんだ。と黒冥月は己の持つ携帯の送話口に淡々と訊き返している。…通話中。ひとまず今現在己が何処に居るかについては特に語る気は無いが、今現在携帯に掛かって来ているこの通話の相手が草間武彦――草間興信所の所長にして、時々冥月の雇い主にもなる探偵だ、と語る事については吝かでは無い。そして肝心の通話の内容はと言うとそんな探偵からちょっとしたアルバイトの口――要するに探偵の仕事の手伝い――を頼まれているところにはなるのだろうが…どうも、話がいまいちはっきりしない。きちんと聞いているつもりなのだが、具体的な内容が見えて来ない。

(――…碇からの依頼でな。腕に覚えのある奴を紹介してくれとか何とか)
「腕に覚えか。…それで私か」

 それは確かに私はフリーの用心棒をしてはいる。…そうである以上「腕が立つ者を」と言う要求が草間の元にあった場合、名指しで私に依頼が振って来られてもおかしくはない。だが何故そこで碇――月刊アトラス編集部の編集長、碇麗香の名が出て来るのかがわからない。何か取材で下手を打ちその筋の裏社会に喧嘩でも売る羽目になったのか。…まぁ、あの雑誌の編集長に限ってそんな間抜けな事も無さそうな気はするが――もし万が一そうであっても、その程度の事情なら私の場合は特に気にするにも値しないどうでもいい話に入る。依頼を受けるに何も問題は無い。
 …が、電話口の草間の様子からするに――どうもそういう事でも無さそうで。
 余計に疑問が膨らみはする。

(正直、俺も事情が良くわからないんだが。…だがまぁ依頼料は払うとさ)

 詳しい話は行った先で聞いてくれ。そんな風にあっさり草間は続けて来る。完全に丸投げ。…その時点で、草間本人では手を出せない類――即ち、実力行使が必要な怪奇系――の依頼にはなるのだろうと一応見当は付く。付くが――はっきり確かめずにそれで納得してはいけない。そうでない可能性も否定は出来ない。
 …そう、草間の場合、単に内容的に自分でやるのが面倒になっただけ等の場合も充分に有り得る。草間と碇とは何やら古い因縁があるようだし、この探偵は――相手や状況によっては子供のような理屈を捏ねての我儘を言い出す場合も案外とある。そしてそんな我儘の相手に草間が選びそうな相手として――碇も私も充分有り得る気がしてならない。油断は禁物。
 …とまぁ、実際のところはこんな感じで色々と思考を巡らせてはいるのだが、さすがに電話口であからさまに表に出すような真似はしない。
 が、それでも付き合いがそれなりに長くなっている相手にならば、ただ短い沈黙だけである程度こちらの考えが読まれている場合も有り得るかもしれない。例えば草間はそんな相手に含まれる。…とは言え、そうだったとしても別に不都合は無い。今回の場合、読めてしまった方が余程後が怖いだろう。今のこの思考の流れの場合、依頼に何か不都合があったなら――私が不都合と感じたなら――最終的に草間当人に容赦無い報復が返る事は知れている。知れているのだろうが――

 ――それでも私に行けと言うのだろう、この男は。…まったく。

「…。月刊アトラス編集部に行けばいいんだな」
(ああ。頼んだ)

 結局事情は良くわからんままなのだが。まぁ、引き受けてやる事にするか。



 白王社、月刊アトラス編集部室。

 冥月が到着した時点で、何やら室内から一気に視線が集中した。ああ、来てくれたのね、とすかさず迎えて来る碇だけでは無く、有象無象の編集部員やアトラス関係者であろうそれなりに場に馴染んだ者からも。更にはそんな連中からだけではなく――何やら明らかに部外者らしい相手からさえ。
 部外者らしい相手。即ち、一人だけ何処となく毛色が違う者が居る。恐らくはこちらに向けている視線の種類からして今回の依頼に関わりある者と見受けるが――まだ年端も行かぬだろうに、何処か狂気染みた…滴るような闇の香を放っているように思える輩。どうにも雑誌編集部と言う場に似つかわしく無い――いや、「怪奇雑誌の」編集部と言う事はそんな輩が居るのは逆に似合いと言えるのかもしれないか。…よく知らん以上は何とも言えん事だが。
 ともあれ、お待ちかねとばかりの訳知りなその複数の視線からして、恐らくは草間の方から私が来る旨、先に連絡が入れられていたのだろう事は想像に難くない。
 こちらもこちらで、ああ、と碇に答えた以上は特に何も言わず、まずは視線で彼らに問うてみる。…それで事が足りそうな場合は、わざわざ口を開く事も無かろう。

 と。

 まず、編集部の部外者と思しき闇色の小娘の方が、何やらゆぅらりと小首を傾げて来た。
 この小娘が向けて来る視線の種類。…それは幾分、品定めに近く。
「…へぇ、なかなかイイ伝手あンじゃねぇの、月刊アトラスの編集長サン」
 そして私当人では無く、編集長の――碇の方に話を振っている。碇はと言うと軽く肩を竦めるだけで肯定も否定もしない。受けて、私も私で軽く溜息が出る。
 何だこの小娘の態度は。
「…随分礼儀を知らない小娘だな」
 開口一番そう来るか。
「あぁらら、お気に触っちゃったかね? …んじゃ改めてご説明させて頂きましょうか?」
 にやりと笑い、小娘が改めて私を見る――私の咎めを聞いてから、漸く直接私に話を振っても来る。…毒を滴らせるような不快な笑い方。どう見ても堅気には見えないやや崩れた態度。口調だけは幾分丁寧になったが――その分、逆にからかうような響きが色濃く混じっている為、礼儀を知らないと言う評価を変えるつもりには到底なれない。
 が、それもこれも何処か計算尽くの態度…であるように感じられる辺りが、侮る気も無くさせる。…この小娘は何者か。少し気にはなったが、今はそれより。

 今、冥月が聞きたいのは草間から丸投げされた――自分が引き受ける事になった依頼の具体的な内容。前置き無しですぐにそれを説明してくれると言うのなら時間の節約にもなるし願ったり。礼儀がどうのと余計な躾をする必要もあるまい。今の軽い咎めだけで充分。…初見の小娘にそれ程親切にしてやる義理も無い。



 で。

「…エヴァ・ペルマネントか」

 何やら最近、仕事――要するに虚無の境界のテロ活動――が無いからどうにも実働部隊が腐っていて、特に筆頭の最新型霊鬼兵ことエヴァ・ペルマネントが憂さ晴らしに付き合えとこの闇色の小娘――速水凛とか言うこいつ――をメッセンジャーとして差し向けて来たとか言う話。…一から細かく説明するなら関係者間でもっとグダグダな成り行きがあったようだが、ざっと纏めるとそういう事になるらしい。
 取り敢えず、碇のヘマが原因の話では無かったようだが、草間との電話口で思考した事前の予想が――掠る程度に少しだけ当たったような依頼内容でもある。…その筋の裏社会――虚無の境界構成員からのごく個人的な依頼、と来るか。
 だが何故そんな場当たり的な殺伐とした依頼を持って来られる先がアトラスなのか――素朴な疑問を誰にともなくついぶつけたら、何かここなら誰か見付かるんじゃないかって凛ちゃんが思い付いたらしくってぇ、とか何とかアトラス関係者らしい妙な男――鬼・湖藍灰とか言ったか――が、子供が言い訳でもするような妙に間延びした言い方であっさり答えて来た。
 黙っていればちょっとびっくりするくらい美形な割に、口を開くとその見た目がどうでもよくなるふざけた三枚目振りの落差が激しい男。…ついでにこの闇色の小娘とも元々知り合いのように見受けられる。アトラス関係者と言うだけでは無く虚無関係者でもあるのかもしれない。…現状、そいつ本人の態度からしてどうでもいい気しかしないが、取り敢えず情報の一端として頭の中に収めておいても悪くは無いか。後に何かあった時の為に。保険として。
 空五倍子唯継とか言う男――こちらはまぁ、素直にアトラスの関係者らしく見える――の方も素直に湖藍灰の言に首肯している。…凛当人の方も同様。そうそう、とか何でも無さそうに軽く肯んじて来た。どうやら、冥月が来る前からその質問はされ倒した後でもあったらしい。…更に言うなら冥月が依頼の為に実際にここへと訪れた時点で、凛のその思惑は外れなかった事にもなる。
 …まぁ、怪奇雑誌として露出が多い分、このアトラスは心霊テロ組織側からも目にも止まり易い、と言う事かもしれないが。いや、わざわざそんな事まで考える必要も無かったか。依頼を持って来たこの小娘の思考など気にしても始まらぬ。
 それより――そんな話であるのなら。

「…何故私にまで回って来た?」

 と言うか、わざわざ草間にまで依頼を回して来る必要があったのか。
 今この場に居合わせている面子を見受けるに、この湖藍灰やら空五倍子やらだけでも恐らくはその依頼の用に足る。…この二人、佇まいからしてそれなりに腕の方もあると見た。…特に湖藍灰の方はどうにも底が知れない。訝しく思い、そう振ってみたら――何やら空五倍子と湖藍灰の両方から凄い勢いで否定された。と言うか、わかり易く嫌がられた。…どうでもいいが、何処となく息が合ってもいるように見える。この二人もこの二人で今この場に居合わせていると言う以上に何やら関係がある同士であるらしい。
 何にしろ、憂さ晴らしにお付き合いするのも嫌だし取材も嫌、と二人して取り付く島も無い。…それを横目に、ずぅっとこんな調子なのよ。と碇が心底残念そうに嘆息して見せる。折角の取材の機会だって言うのに――嘆く碇のそんな科白に、別に取材すんのは自由だぜ? と凛の方では何処か面白そうに茶々を入れている。
 なら私への依頼と言うのは本当はエヴァのところに取材に行けと言う事な訳か? と碇に直接確認してみるが――そうして欲しいのは山々だけど、と呻くように悩まれた。
 曰く、メッセンジャーの凛の方で取材するのは自由だとか軽く嘯いている割に、実際にエヴァの前に行けばまず確実に戦い以外却下になるだろうと予想が付くらしい。…何やら訳知りらしい湖藍灰の方からそんな注釈が付けられたとかで――そして肝心の凛の方でもにやにやしているだけでそんな湖藍灰の言を否定はしなかった、と言う事実があるのだとか。
 となると、この依頼は初めから戦う気で行った方が無難。そして同時に、取材になりそうにないならアトラスで一枚噛む必要も無い、と碇が探偵に話を丸投げしてみた…と言う事の次第になるらしい。
 そして探偵に話を任せた結果、無事冥月が現れてくれた、と言う事だとか。

 …そう説明された時点で、冥月は己のこめかみが少々ひくついた気がした。

 要するに、事情も良くわからぬままに丸投げされた依頼をこの私に更に丸投げして来た訳か。…何を考えているのか草間武彦。それ程に私をぞんざいに扱うかはたまた信用しているからこそだとでも後に言い訳してくれるつもりか。どちらにしても舐めた真似をしてくれている事に変わりは無いが――まぁ、事ここに至ってはどうしようもあるまい。
 今。実際に虚無から来たメッセンジャーの方とも顔を合わせてしまっている上、恐らくは既に私の名も草間及び碇経由で出されてしまっている事だろう。…それは具体的な依頼内容を聞いたのは今ここでだが、それでも今から翻す訳にも行くまい――後々巻き込まれても面倒だし。そもそも嫌々でも一度受けた依頼だ、仕方無い。エヴァとは因縁もあるしな。…軽く思考を巡らせれば、そう諦めも付く。
 エヴァ・ペルマネント。彼女の名が出るのなら――私は鬱憤を晴らす相手としてはちょうどいいのかもなとさえ思える。…まさか草間は本当は今回の事情を全て承知の上でわざと私を送り込んだのではあるまいな。ちらっとそんな思いも過ぎるが、まぁ、さすがにそれは考え過ぎだろうと思っておく事にする。

 …思っておく事にはするが。

 ――――――でも後で草間殴ろう。うん。…それだけは譲れない。



■メッセンジャーに導かれた先の事。

 放置されて長いらしい郊外のショッピングモール――であったのだろう建物。
 曰く、入るテナントが何故か次々撤退した結果、ショッピングモールとして成立しなくなってそのままになっている物件であるとの事。…要するに、何やかんやの事情があって土地建物の権利者責任者の方でも軽々しく手が付けられなくなっている不良債権なのだとか。
 建物が真っ当に使われていない――空であるだけでなく、既にしてガラスが派手に割れていたり壁が罅割れ崩れていたりとあちこちわかり易く壊れてもいる。その時点で次のテナントが入る可能性すらまず無かろうと容易く想像が付く場所でもある。当然ながら人気も無く、酷く寂れた雰囲気を醸している――場所自体に何か問題があるのかもしれない。…特にそれらしい理由は無い筈なのに、何故かテナントが居付かない特定物件と言うのは時々存在する。

 依頼を果たすべく、黒冥月が速水凛に連れて行かれたのはそんな場所だった。…まず凛が携帯でエヴァに連絡を取り、その結果――互いに落ち合う場所、戦う当のフィールドがここに決まった、と言う事らしい。…凛は一応、まだアトラスに居る内に冥月の方にも場所の希望を訊いては来たのだが――冥月の方では特に希望は無かったのでその辺りは完全に任せて丸投げした。…場所など別に何処でもいい。影を扱う冥月にとって何処であっても条件は大して変わらない。…影がほぼ無くなる程に光源を集束されたような場所なら多少不自由は出て来るだろうが、今回の話ではエヴァの側で――虚無の側でと言い換えても良いが――そんな姑息な真似をする必要がある状況とも思えない。
 結果、いつの間にか戦闘場所に決められていた元ショッピングモールの建物だが、曰く、ここなら外野からの介入がある可能性相当低いから、虚無の境界的にも迷惑が掛からないし存分にやってくれちゃって大丈夫、との事らしい。そんな風にやけに軽く凛が言って来た。
 …そう聞いた時点では、鬱憤が溜まっていると言う割にエヴァはそんな事を気遣う余裕があるのかとちょっと意外に思ったが、どうやらこの場所を決めたのは――この舞台をアレンジしたのはエヴァでは無くこの凛の方だったのだとか。…未だ中学生程度の歳である上、見た目や態度からしても頭の大事な線が何本か切れていそうな危うい輩に見えるが――その割に随分と手際が良い。この凛、俺はただのメッセンジャーだから何か突っ込んだ話があるならエヴァ本人に直接言ってくれ、と私との交渉からはほぼ逃げていたのだが、むしろ『仕事』と考えるなら話相手にすべきはエヴァよりこの小娘の方かもしれない。

 つらつらとそんな風に思いながらもひとまず現地に辿り着く。…先に現地に到着していたのはどうやらエヴァの方。モール中央にある吹き抜けの広い休憩スペース――になる筈だったらしい場所で、半壊しているオブジェに背を預け――手持ち無沙汰げに寄り掛かって待っている。…凛と冥月が姿を現すと、待ちくたびれたとばかりに冷たく一瞥。何処か荒んだ様子で、視線以上は言葉すら掛けて来ない。
 凛はそんなエヴァの態度に肩を竦めてから、こちらさんな、とばかりに連れ立って来た冥月を軽く指し示す――その時点で、エヴァに軽く眉を顰められた。

 …まぁ、予想の範囲内。

「ふむ。久し振りだな、小娘。『あの時』以来か」
「――…ユーは」

 …『あの時』。

 もう随分経つ話だが、私はこの小娘――エヴァ・ペルマネントとは少々因縁がある。…草間興信所の草間零も絡む話。そして、ノインと呼ばれていたもう一体の霊鬼兵――虚無の境界製量産型霊鬼兵にして、エヴァと零の二人にとって特別だったのだろう一人の男、の絡む話。
 今更詳細を語る気にもならんが、そのノインが『死ぬ』原因になった最初の一撃を――それもエヴァの目前で放ったのは自分になる。…恨まれているのだろうなと想いはする。まぁ、逆を言えば、わざと恨まれるようにやった、とも言える気もするが。あの場合は私にとってそれが最善手と思えただけの事。
 特に言い訳する気も無いしその必要も感じない。…当然ながらこれらの思考も今表に出す気は更々無い。
 エヴァを煽る気も宥める気も別に無い。
 が、その代わりにメッセンジャーの――凛の方が、おや、とばかりに意外そうな様子で私とエヴァを見比べて来る。…まぁ、然もありなん。
「なんだ、知り合いかよ?」
 エヴァ姐さん。
「…ッ」
「大した知り合いじゃない。そもそもエヴァの方は私の名も知らんだろう」
 すかさず私は凛へと答えておく。エヴァより先に。…ある意味では庇った事になるのかもしれない。心構え無いままこの件についてエヴァ自ら話させないようにと。場合によっては話す事自体が――話すまで行かずとも反応する事自体が重荷になり兼ねない話。…まぁ、余計なお世話である事も承知だが。

 …にしても。事情を知らぬ他者から私との面識を軽く問われただけで乱れるか。それ程までにまだ、エヴァの中ではノインの事は重く在るか。

「にしちゃあ姐さんの反応がアレなんだけど」
 私の答えを受け、凛は小首を傾げて新たに訊いてくる。…ちょっと疑問に思っただけのような、どうでもよさそうな態度での質問。そう見えはするが、本音のところはそうとも限らない。…どうもこの片目片腕の小娘は外見やぱっと見の態度で判断しない方が良い気がする。

 エヴァの方はと言うと今のやりとりに浅く息を吐いていた。そして――何を想うのか、ゆっくりと目を伏せている。凛の疑問に答えようとはしていない。話すべき相手はあくまで私。…そう決めているような態度。
 そんな態度で、エヴァは口を開く。
「…そうね。わたしはユーの名前も知らない――知る必要も無いわ」
 ただ、わたしの前に立って無事で居られると思わないで――エヴァがそこまで言い切った途端に、強烈な、何処かぞっとするような気味の悪い気配を纏った風圧が来る。それから轟音――殆ど時差無く冥月の背後、壁面に深々と罅が入っている。…叩き付けられた風圧の正体は鋭く砥がれた怨霊の塊。響いた音はその塊が奏でた余韻。すぐに気付いた――同時に、今の攻撃を私に直接ぶつけるつもりは無かった事も。
 今エヴァは私の身からわざと紙一重ぎりぎりで外す形に怨霊の塊を撃って来た。そして背後の壁の罅割れ――怨霊の風圧によりその罅が入った壁面がやや遅れて、今になって崩れている。崩れた事で更なる硬質の破壊音と埃が辺りに立ち込める――それも計算の内だったか、エヴァはその間に地を蹴り、一気に私との間合いを詰めて来た。かと思えばもう肉迫、私の眼前に緩く開かれた――けれど明らかな殺気の乗っているエヴァの貫手がある。今の間でその状況になっていて妥当だろう勢いも当然感じられる。刹那の後にはそのまま突き込まれているだろう形――貫手の形に構えられた指の間からエヴァの口元の笑みまで見えた。

 …が、そこまで認識していて当然黙って受けてやる訳も無い。

 インパクトの寸前。殆ど自動的に、エヴァ自身の影の一部が私の眼前に展開されている事になる。即ち、繰り出された貫手そのものの影が壁となって貫手本体を止めて――否、飲み込んでいる。エヴァの腕、貫手として突き出されていた前腕の中程から先が影の中に消滅。影の寸前でその境目がぶつりと切れており、断面から思い出したように赤黒い液体が玉のようにぷつぷつと浮かんでいる――私は影を自在に操る能力を持っている。このくらいは容易い――そして、エヴァもこの程度は承知の筈だが。
 何処か乾いた――鬼気すら孕んだ笑い声が聴こえる。エヴァの声。止められた――どころか止めた時点で反撃が入っているも同然なのに、全く動じていない。

「ッハ…そうね、この影だったわね。ユーの力。ユーの武器。このくらい、止められて当たり前よね?」
「…遊んで欲しいなら金を払え。プロは只では戦わないものだ」

 滴り落ちる不吉な液体――影で断ち切られた己の腕をもエヴァは気にしない。何事も無かったようにその断面を――滴を振り払うように腕を振ると、もうその断面から肉が盛り上がり、断ち切られた前腕から先が当然のように再生されている。否、再生されたどころか――その指に今度はどす黒く鋭い鉤爪までを具えており、腕を振るったその動き、その勢いから止まる事無く円運動で旋回、即座に私に撃ちかかって来た。
 私が出した要求への返答は無い。…随分と駄々を捏ねる。間、髪入れずの攻撃ならば影での防御が間に合わないとでも思ったか。内心で溜息を吐きつつ、私は影で――影を物質化させ作った日本刀ですかさずその鉤爪を遮る事を選択。…したが、今度はエヴァは弾かれるように一気に後退した。鉤爪での攻撃が影の日本刀に触れたか触れないかと言うタイミング。瞬間的にエヴァの動きが、攻撃から後退に転じるその形が見切れない――が、己の危機と言う面では全く問題が無い事は確実だった為、今何が起きたのか確認するより先に次の一手の方へと思考が向かう。
 エヴァの動き。本来なら足場も無い急に止まれる筈も無い筈の中空で――恐らくは怨霊を何らかの形で物理的な力点として使っての動きだったのだろう。普通の相手ならば有り得ない動きだが、怨霊と言う具現化も可能な手数を多く持つ霊鬼兵ならばそんな理屈は通らない。当人の身体能力も霊鬼兵である時点で人間を凌駕していて当たり前だろうし、このくらいの事はやるだろう。
 今の鉤爪での攻撃に続く手数の一つとして、元々、後退すると言う選択も考えていた。…そんな風にしか思えないエヴァの動きで、私とエヴァの間合いが再び開く――同時に、一拍遅れて何かが上方から降って来た。恐らくは意図的に切り離されていた先程の鉤爪複数――やや遅れて私がそう認識すると同時に、その鉤爪は爆散。影の日本刀では手数が追い付かず己が影を伸ばして爆散した鉤爪の欠片全てを包み込み吸収。…これは今一気に後退したエヴァの置き土産と理解。やはりただで引き下がりはしないか。

 私の無事な姿に、ち、と軽く舌打ちをしているエヴァの姿。…と言っても然程残念そうでも無い。エヴァの方でもあくまで挨拶程度の攻撃だったのだろう。まぁ、そもそも「金を払え」と言ったこちらの話をエヴァが真面目に聞いていた気がしないが――むしろ戦闘に臨んでの単なる軽口と取られた気がする――それでも一応、これがエヴァの返事か、と受け取っておく事にする。これでは最早依頼でも何でも無い気がするが――私にとっては草間経由で受けた依頼である事には変わりない。
 私は一度受けた依頼を故無く翻しはしない。…そしてこの程度の段取りの違いは故にも入らない。だが自分はプロの暗殺者。只で仕事もしない。…彼女たち相手に草間の雀の涙程の依頼料で済ませて堪るか。それも話の流れ上、ともすればその依頼料を出しているのは彼女たちどころか厄介払いを考えた碇の方だろうと想像も付く。その辺の事情は今のところ特に突付いていないが――どちらにしろ、今回私に回って来たこの依頼の依頼としての依頼料、その出所が彼女たちの気がしない。

 互いに離れ、一拍の間が出来たそこ。気が付けばこちらから要領良く逃れ、やや離れた位置に陣取りこちらを見物している凛の姿がある。声も私の耳に届く。…いつの間に離脱していたのやら。
 凛は今の私とエヴァの対峙も当然見ていたのだろうに、全く動じる様子が無い。…このくらいは日常の範囲内とでも言いたげな平然とした態度。それどころか、一拍置いて私たちの間が一段落したと見たところで――また面白そうに茶々さえ入れて来た。…当然と言うか何と言うか、声と言う通りに口だけで。

「あー、金払えってんなら賞金でも狙やぁいいんじゃねぇ? 虚無構成員って時点で――それもエヴァ姐さんって時点で出るとこ出れば結構懸かってるんじゃねーかって思うけど」
 賞金。

 …要するに、凛の方は私の話をきちんと聞いていたらしい。
 が。

「…そんな手間までこちらに掛けさせる気か?」

 割に合わん。
 言うに事欠いて呆れた話を出して来る。即座に凛の科白を切り捨てつつ、私はエヴァからの次の一手――いや、一手どころか次々と連続して繰り出して来られている、始点が読めない遠距離の物量攻撃を防ぐ。衝動のままに周囲の霊を手当たり次第使役、次々叩き付けて来ているような――私のこの身に一気に降り注いで来る大小様々な悪霊化した雑霊の圧。…その筈なのだろうが、私には通じない。圧と表現しはしたが私の実感としては実は圧も感じられない――弾幕のように次々と撃たれる側から、全て影を用いて吸収している為。…取り敢えず現時点で言える事として、エヴァにはこちらの話を聞く気が無いらしい。
 凛も凛で、私の科白を聞いてか――同時にエヴァの問答無用な様子を見てか、おどけた仕草で小さく肩を竦めている。…その姿の時点で凛も本気で言ったとは思えない。そもそもエヴァが私に倒されるなどとは微塵も思っていない事がわかる言い方だった。
 もっとも、私も私でこのエヴァがそんな簡単な相手だとは思っていないが。だが、それは逆の事も言える。私もエヴァが簡単にどうこうしてしまえる相手では無い。
 エヴァもエヴァで、それはわかっている筈なのだが…。
 それでもこの無意味な物量攻撃を止めようとしない。

「…。…悪霊の力は通じないと解っているな?」
「いいじゃない、やりたいのよ――好きなだけ撃ち込める相手なんてなかなか居ないもの」
 ここまでやったらまずだいたいの相手が壊れちゃうから。物理的にも――精神的にも。だから思い切りやるなんてなかなか出来ないのよ。こんな機会、滅多に無いの。…弱い者苛めになっちゃったら後味悪いものね。
「だから。…精々、確り無効化し続けて?」
 さらりと返し、エヴァは艶やかににっこりと笑い掛けて来る。その間にも攻撃の手は緩まない。確かにエヴァ当人の言う通り、私でもなければ――私のような、ある種反則技とも言えそうな能力を持つ者を相手に回す時でも無ければここまで無茶苦茶を遣り続けられる事も無いだろう。…まるで能力の無駄遣い。承知の上で、それでも続けて怨霊…いや悪霊か。呼び方はどうでもいいだろうが、とにかくあまり宜しくない属性を持つ強力なエネルギー体と化した霊の塊を、私を狙ってどんどん撃ち込んで来るエヴァの姿。
 本来なら、僅か触れただけで狂気に至るのかも知れず、物理的にも甚大なダメージを受けてしまうのだろう攻撃。まるで一撃一撃が必殺と言えそうな。…攻撃の種類を観察した時点でそう理解はしているが、私の場合は自信過剰と言う訳でも高を括っている訳でも無くごく普通に事実としてその餌食にはならない。…影を伸ばせばその攻撃はすべて受け切れる。そして受けるこちらも特に負担になる訳でも無い――が、それでも。
 こんな形で膠着しては、戦局として少々面倒でもある。…まず、下手に動けない。別に動かなくて構わないとも言えるが、私としては報酬無しで済し崩しにここまで付き合ってしまっている事自体が不本意だと言う頭もある。ならばこちらから打って出て早々にこの「遊び」を強制終了させてやろうかとも選択肢の一つとして考えるが――今の環境で使える影の総量からして、そうしてしまったならばこの物量攻撃を相手に回した場合、防御が途切れる部位が幾分出て来てしまう事は確実。
 故に、実行したなら、報酬も無いと言うのに更に手間の掛かる事をしなければならない羽目になる。…となればむしろこちらに鬱憤が溜まる気さえする――と。
 思ったところで、局面が変わった。エヴァの位置が動いている――つまらなそうに髪を手で払いつつ、ゆっくりと歩を踏み出している。こちらに向かって歩いて来ている。どうやら無意味な物量攻撃からエヴァの興味が逸れたらしい。…まだ悪霊の弾幕とも言える攻撃自体が止んだ訳では無いが――エヴァの唇が動くのが見える。

 ――――――飽きたわ。

 言ったかと思うと、エヴァは己の手許に怨霊を凝らせる――日本刀の形に具現化させる。先程私が影で作った日本刀に合わせてのつもりか。ちらりとそう思ったところで――その刀の柄を無造作に片手で握ったエヴァが一気に私の懐まで飛び込んで来た。
 影の有無にも拘らず、剣術の型とも思えぬ動きで躍るようにして斬りかかって来る――その刀は私の扱う影に触れた位置だけが抵抗も無く切り取られたように消滅し、残りの部分だけがばらばらにその場に残る。一瞬の後には虫に食い荒らされた葉の如き斑の様を見せたかと思うと、次の瞬間にはその刀の残骸は空に溶けるようにして怨霊に戻っている。同時に、エヴァのもう片方の手にはもう一振りの日本刀が具現化、今度はそちらですぐさま次の攻撃。そして再び、振るってその刀が同じように形を無くしたかと思ったら次。惜しげも無く次々と具現化させた得物を使い捨てつつ、エヴァは何度も直接撃ち込んで来る。
 それでいて、始点が読めない遠距離の物量攻撃の方も止めていない。…影を使ったこちらの手数を削ごうとでも言うのか。まぁ、作戦として悪くは無いだろうが。今私が使える影の量は少々乏しい。影自体は無敵に近いと言えど、これだけ立て続けにやって来られればその影で補い切れない隙が出来る可能性はある。

 あるが。

 …私の場合、影を使うこの能力だけでこの世界を渡り歩いている訳では無い。その身で見て、エヴァの剣術はなっていないと思える――充分に、付け込める隙がある。だからそちらは影は使わず己が身ごなしだけで躱す事を選択。影を使うのは物量攻撃の方に集中させた。
 そして、数手を躱し――エヴァが次に新たに日本刀を振り被った時の、ほんの僅かな隙を見付けたそこで。
 私は手許の影製日本刀の切っ先を、最速で一気にエヴァの喉元に突き付ける。刺さる寸前、皮膚一枚の手前。そこでエヴァの動きも停止した。物量攻撃の方も止まる。…そのまま刺されようと霊鬼兵の身では特に問題も無いだろうに――まぁ、核のある場所で無い限りはと注釈は付くが――、律儀にもそこで一旦止まってから、軽く飛び退る。
 それから、溜息。
 …吐いたと思ったら、エヴァは自分が最後に持っていた怨霊製の日本刀をあっさり放り捨てた。まるで子供が遊び飽きた玩具でも捨てるが如く。もう、不要だとばかりに。投げ捨てられたその刀は地に落ちたかと思うと、音を立てる間も無く空気に溶けるようにして形を無くす。

 …どうやら、ここまで、と言う事で良いらしい。
 エヴァは目を眇めて私を見ている。

「その影の刀に喉首が持って行かれたらさすがに面倒そうね」
「だろうな。首と胴が物別れになってはいかに霊鬼兵と言えど再生するのは面倒だろう。…前腕程度なら簡単なのだろうが」
「…このくらいにしておこうかしら。少しはすっきりもしたし。ユーをこのまま殺しちゃうのは勿体無い気もして来たわ」
「そうか。で、報酬は?」
「あら。それ本気だったの」
「当然だ。只では戦わんと言ったろう」
 やはり軽口と見られていたか。
 まぁ仕方無かろうが――思いつつ私は影製の日本刀を解除。と、今度はエヴァは視線だけを凛の方に向けている。
「…凛」
「って姐さん俺に振るかよ」
「…アトラスから彼女を連れて来たのはユーよね?」
「…へいへい。細けぇ事は俺持ちって事ね」
 仕方無さそうに、だが意外とあっさりとエヴァに受け答える凛。そして凛は――漸く私とエヴァの元に再び寄って来たかと思うと、何処からともなく帳面らしい紙の束を取り出し、器用に右手の指だけで一枚破った。そして、ほいっとやけに適当な扱いでその破った紙切れを私に差し出して来る――金額記載無しの小切手だった。
「何だこれは」
「ってお望みの報酬だよ。金額は今回の件に見合うと思う分だけお好きに。つぅか相場とか特に知らねーんで」
「…ふざけてるのか?」
「今現金手持ちが無ぇんだよしょーがねーじゃん。…何なら銀行と名義に口座番号教えてくれりゃ後で振り込むし。どうしても現金じゃねぇと、ってンならちぃッと時間くれ。持って来っから」
 その間エヴァ姉さん担保に置いとくし。
「…」
 そういう意味では無いんだが。…テロリストが、それもこんな小娘が小切手を出して来て誰が信用する? と言うつもりだったのだが――続く科白からして驚くべき事に、どうも報酬を普通に払う気はあるらしい。
 と、そんな凛と私の遣り取りを余所に――エヴァとしては報酬の事など心底どうでもいいらしい――、ねぇ、と何か改まったようにエヴァが口を開く。
 自然と、話の先を促すよう私の視線はそちらに向いていた。

「何か?」
「…。…ノインは」
「…」
「いえ、何でもないわ」
「あの後の事が気になるか」
「――ッ」
「あの後の事は、私は一切関知していない。あくまで当時のあの連中――あの医者が主導した話だ。確かめたいならあの医者に聞け。私はお前より先にあの連中とは別れてそれっきりなのでな」
 むしろ当時のあの時は、エヴァの方が私より長くあの連中と居た事になる。故に、「あの後の事」を私に聞くのは少々お門違い。
「…そう」
「まぁ、新たな依頼として私に頼むと言うなら聞いて来てやるのも吝かでは無いが」
「――」

 逆に振ってやったら、エヴァはわかりやすく絶句する。かと思えば、そんな姿を私に見せてしまった事自体が気に食わなかったのか、ふん、とばかりにそっぽを向いた。が、エヴァのその様、これまでと比較してどうにも険が取れている。…この私相手で、これか。
 となると、凛の様子からして報酬の発生も期待出来そうだし、当初の依頼の目的とやらもきちんと達成出来た事になりそうだ。目の前の案件が済んだならば本当に次を受けても構わない。仕事として成立するならば何も文句は無い。…それも特に厄介の無さそうな、普通の探偵にでも回されそうなまともな内容ならば悪くない。

 ああ。エヴァ本人がきちんと依頼として正式に頼んで来さえするなら、ノインの事、本当に聞いて来てやっても構わんが。

 …さて、どうするのやら。

【了】

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)
 女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

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 …以下、登場NPC(□→公式/■→手前)

 □エヴァ・ペルマネント/今回の依頼人(暇人)

 ■速水・凛/今回の依頼代理人。オープニングより登場(未登録NPC)

 □碇・麗香/アトラス編集長
 □草間・武彦/草間興信所所長

 ■鬼・湖藍灰(湖藍灰)/オープニングより登場(登録NPC)
 ■空五倍子・唯継/オープニングより登場(登録NPC)

 □草間・零(名前のみ登場)/初期型霊鬼兵、草間興信所の探偵見習い
 ■ノイン(名前のみ登場)/量産型霊鬼兵No.9、現在死亡

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          ライター通信
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 黒・冥月様にはいつぞやの「草間興信所:霊鬼兵の恋」前後編でお世話になりました。お久し振りです。
 当時は当方のプレイングの弄り方――いえあのこちらの勝手部分になってしまった箇所がお気に召さなかったかとか、作成の遅さに呆れられていたりしたかしらとか微妙に悶々としていたりもしたのですが…今回再びの発注を頂けまして、何だかほっと致しました…(汗)
 改めまして、今回は発注有難う御座いました。お待たせしました。

 内容ですが、今回は御一人様描写となりました。
 相手が相手だったので、微妙に「草間興信所:霊鬼兵の恋」前後編から続いた感じの話も絡めております。…そしてこれで話が終わっているのかすら謎なオチにまで。お任せされたら何故かこんな感じになりました。
 そして相変わらず長いです。
 ひとまずプレイングは反映出来ていると思うのですが、御言葉に甘えて当方の勝手にやらせて頂いている部分も相変わらず多いです。
 PC様の性格・口調・行動・人称等で違和感やこれは有り得ない等の引っ掛かりがあるようでしたら、出来る限り善処しますのでお気軽にリテイクお声掛け下さい。…他にも何かありましたら。些細な点でも御遠慮無く。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが、如何だったでしょうか。
 では、また機会が頂ける事がありましたら、その時は。

 深海残月 拝