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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.40 ■ 決戦―B






 この世界には大別して3つの力が存在する。
 IO2ではこれらを、正負の2種と人為の1種によって括り分けている。

 まず〈正〉に当たるのは、一般的に神気と呼ばれる力だ。
 清浄、静謐、正道、聖。ありとあらゆる〈せい〉を、日本古来より縁のある陰陽道の〈陽〉となぞらえて表現した、〈正しき力〉といった意味だ。

 そして対立する〈負〉の力は、怨嗟や怨念といった〈負〉の要素を取り纏めて読んだものだ。
 腐敗、不和、不浄、不義。そうしたあらゆる〈ふ〉を、これもまた陰陽道の〈陰〉になぞらえて表現した〈負の感情〉といったところだろう。

 そうして最後に残ったのが、〈人為〉――つまりは人によって起こる力。
 そのどちらにも分類されない〈能力〉だ。

 ――――さて、これらの現実を知るIO2職員だからこそ、その衝撃はまさしく大きな物であった。
 目の前に映ったモニター映像。
 今回、ついに東京駅の下層でぶつかりあった『虚無の境界』の盟主――巫浄霧絵と、IO2に協力している一人の少年、工藤勇太の戦いを、百合の胸元についたピンカメラから送られてくる映像越しに見つめ、唖然としていた。

 本来、どんな〈能力者〉と呼ばれる存在であっても、先述された3種の内の1種だけに力は染まっていく。詰まるところ、人為の力である〈念動力――《サイコキネシス》〉の系統を操る勇太とて、〈人為〉の枠組みにある存在であって〈正〉と〈負〉の力のどちらにも所属していないはずなのだ。

 だが、勇太は今、自身の〈人為〉と〈生〉の力を組み合わせ、特徴的な白い光を伴った攻撃を以って霧絵の〈負〉の力と対峙しているではないか。

 有り体に言えば、そう。――有り得ない光景である。

 驚愕と共に徐々に沸いてきた希望が、IO2職員達に伝播していく。
 その光景を見つめながら、鬼鮫は柄にもなくサングラス越しにどこか遠くの情景を思い浮かべるように目を細め、誰にも聴こえない小さな声で呟いた。

「……今回の戦いが終わった時、勇太。お前は――もう普通の高校生だなんて言ってられやしねぇだろう。この戦いで、俺やディテクターが隠し通せる範疇をとっくに超えちまった。
 皮肉なモンだ。お前はこの戦いで英雄となると同時に――自由を失うかもしれねぇんだからな……」

 そこまで言って、鬼鮫はそれ以上を口にしようとはしなかった。
 ただそこにあったのは、かつて戦った強敵とも言える厄介なガキが、再び敵になるかもしれない可能性と、後輩として生きる可能性を描いた未来だ。
 正負のどちらにも染まり得る力だからこそ、鬼鮫はそのどちらもを危惧した上で若人の未来に想いを馳せるのであった。



 そんなIO2内での葛藤など知る由もなく、勇太と百合は見事に霧絵を翻弄して見せていた。

 禍々しい黒い怨念の塊は、時には武器となり、時には毒となってこの場所を覆い尽くさんとばかりに広がっている。その光景は――悍ましいものである。

 闇が闇以外を許さんとばかりに広がり、それを勇太が凛から預かった神気によって祓いつつ、霧絵に向かって反撃する。水の上に垂らされた油のインクがぶつかり合い、交じり合うかのように絡んでは、相殺されて消えていくような、力と力の均衡。

 正直に言って、百合に出来る事はなかった。
 毒のように広がった霧絵の力に触れれば、正気を失ってしまうだろうと本能が警鐘を鳴らしていた。

 勇太もそれを理解しているのか、百合には自分より前に出るなとだけ告げて先程から戦いを続けている。それでも勇太の態勢が不安定になる度に、〈空間接続〉を用いて勇太の身体を危機から脱しさせたりと、その支援力は絶大とも言えるだろう。

 ――強い、わね。
 素直に、百合は霧絵の実力を目の当たりにして心の中で称賛していた。

 圧倒的な力を持っていた事も、その姿に絶対的な何かを感じて崇拝するかのように付き従っていた過去もある。だが、ここまで本気で戦っている姿など、百合とて一度たりとも見たことはない。
 それはつまり、彼女が本気にならざるを得ない状況を作り上げ、そこまで追い込み、そして戦える存在がいるからこそ、訪れた状況だと言えるだろう。

 扱いが難しく、攻撃性に乏しい神気を自身の能力に乗せて攻撃へと転換する。
 そうする事で、多種多様に操れる怨念の力を武器にしている霧絵とあまりにも酷似していながら、しかし力の方向性は正反対の戦い。
 どちらが先に崩れてしまうのか、まさしくそれは神のみぞ知るというものだろう。
 それぐらい、互いの力は拮抗している。

 ――ならば、自分はどうするか。

「勇太、聞いて。私は隙を見て奥にいる凛を助けに行くわ。道を作れる?」

「危険だ。その先にあの力が充満しているかもしれない」

「だったら、それを含めてどうにかして」

「えぇっ!?」

 不意に近くで着地した勇太に無茶ぶりする百合に、勇太も苦い表情を浮かべた。

 確かに凛の状態も気になっている。
 これまでの情報から察するに、虚無と呼ばれる擬似の神とも呼べるような存在が降臨するには巫女の魂――つまり凛が必要になるのだろう。

 だが勇太が言う通り、今の霧絵がまき散らした力が凛の近くにも漂っているかもしれない以上、下手にそこへと進むのは危険極まりない。

 それをどうにかしろと言うのだから、どうやら百合は勇太が出す結論に従うつもりなのだろうが、それを信頼と取るか重責と取るかと言われれば、それすら勇太にとっても悩ましいところである。

 どうするか。
 悩んでいた勇太に答えたのは、他ならぬ予想外の人物であった。

「百合、そこには私の力も届いていないし、行くと良いわ」

「な……!?」

 霧絵。
 彼女自身が、巫女として攫ったはずの重要な駒に関する情報をあっさりと漏らしてみせたのである。
 これには勇太と百合の表情も驚愕に染まった。

「どういう、つもり?」

「どうもこうも、この戦いにおいて足手まといであるアナタがここにいても、しょうがないでしょう? どうせ隙を見て行くつもりなのでしょうし、それは言ったところで構わないわ」

「……安全だと言われても、信じられるだけの根拠がないわ」

「あら、以前は盲目的と言っても良いぐらい信じてくれたのに、残念ね。でも、答えは単純よ。儀式の間に私の力は邪魔にしかならない。それに、せっかくの巫女を傷つけて使い物にならなくなってしまったら意味がないでしょう?」

 それは確かに道理だ。
 当然、そうして弱点を晒す霧絵の不可解さは存在しているが、特に間違った理論という訳でもない。
 しかし、果たして信じて良いものか。
 それを判断しかねる、というのが百合の本音だ。

 ――それにしたって、どういうこと?
 攻撃の手を緩めてまでそんな言葉を口にした霧絵の行動に、百合は疑問を深めていた。

 罠に嵌めようというのであれば、攻撃の手を緩めずに戦っている素振りを見せて道を開く。そこを虚を突かれたかのように振る舞う方が確実であり、同時にそれはひどく霧絵らしい罠だと思えただろう。

 もともと、思わせぶりな口調であることは知っている。
 知ってこそいるが、特にそれをわざわざ疑われるような言い回しをするような性質は、霧絵には見られなかったはずだ。

 自分が仲間だったという点すら利用し、騙そうという霧絵の狡猾さか。
 或いは、ただの本音か。
 
 疑心暗鬼が生じつつある心境で、百合は躊躇っていた。

「――こうすれば問題ない!」

 その時だった。
 突如横合いから聞こえてきた声。

 神気をシャボン玉のように膨らませて百合の身体を覆ってみせると、勇太は唖然としていた百合に向かってサムズアップをして告げた。

「勇太オリジナル神気コーティング!」

「……ダサいネーミングセンスね」

「っ!?」

 はぁ、と溜息を吐きながら告げた百合に、勇太はショックを受けたようだ。
 そんな勇太には見えないように、百合は小さく笑った。

 ――いつもそうね。私が抱いた躊躇いや戸惑いを、いつもそうやって強引にでも打ち砕く。
 それが勇太なのだ、と。

「まぁネーミングセンスが壊滅的なのが今になって露呈したからって、別にどうという事はないわ。でもこれで進んでも大丈夫そうね」

「……ねぇ、百合さん。百合さん。ネーミングセンスも何も深く考えてなかったのは確かだけど……! 言い方とかあるんじゃないかな、って思うんだよね、俺!」

「……行って来るわ」

「あっ、ちょっと! 何で今ちら見したのさ! 残念な人を見るような顔して、何さ、それ!」

 もはや緊張感のかけらもない会話であった。
 百合も大声でツッコミを入れて張り合おうかとも思ったところではあったが、さすがに百合は外聞というものを気にする。
 どうやら戦いに熱中して目の前の少年は忘れてしまっているようだが、百合のつけたピンカメラ越しに、「工藤勇太のネーミングセンスについて」IO2でも評価が下ったなどと本人も思ってもいないだろう。

「……行くわね」

「あぁ。気を付けて」

 ゆっくりと歩いて行く百合が霧絵を警戒し、勇太もその姿を見送る。
 しかし霧絵は特に動くつもりがないようで、腕を組んで立ったまま百合を見送ると、勇太から向けられている視線に気付いて振り返った。

「どういうつもりだ」

「……素直に通した理由が、そんなに気になるかしら?」

「当たり前だ! 凛を攫ったのに信用出来る訳ない!」

「……えぇ、そうでしょうね。そう思うのは至極当然であって、何もおかしな事ではないわ」

 組んでいた腕を解いて、霧絵が勇太を正面に見据えた。

「ただ、……そうね。あの子をこれから始まる戦いに巻き込みたくはなかっただけ」

 刹那、霧絵の後方から真っ黒な怨念が噴き上がり、周囲を満たしていく。
 先程までは加減していたのだろうか。
 そう思わせる程の力の違いに、勇太は思わず目を瞠った。

「――さぁ、始めましょう。正と負。二つのどちらが、この世界を統べるのか。その戦いを、決着を。私達はつけなくちゃならない」

 巫浄霧絵の本気が、ついに勇太に牙を剥こうとしていた――――。





to be continued...