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<東京怪談・PCゲームノベル>


海の家【マドモアゼル・アクア】 − 虹色の扉 −

1.
 夏。
 砂浜の音。太陽の音。波の音。風の音。
 海の家の前に立っているとたくさんの音が溢れているのがよくわかる。
「‥‥クラゲでも冷やかそうかと思って来てみたけど、なんか面白そうな海の家だね」
 怪しげな看板に惹かれて、つい来てしまった。
 【海の家 マドモアゼル・アクア】
「イエス! 海の家デ〜ス♪」
 暑苦しいピンクの長い髪を揺らしながら、バカでかい麦藁帽をかぶった謎の人は大きな声で客を呼び込む。
「よってらっしゃ〜イ、見てらっしゃ〜イ! 海の家においでヤす〜♪」
 店の手前にあるのはお馴染みレンタルアクア用品。浮き輪に足ヒレ‥‥それはいい。それよりも気になるのはそれに紛れてなぜか大きな人間ほどの魚が横たわっている。さらに奥に行くと普通の桟敷席。更衣室、シャワールームとあって、さらに奥に謎の色とりどりな扉が‥‥?
 気にはなるが、入るつもりはない。
「おにいちゃーん!」
 という呼び声と共に、突然手を掴まれた。
「お兄ちゃん?」
「あら、お兄ちゃんじゃないよ」
 双子だ。短い髪と長い髪、女の子の双子。見覚えはない。
「‥‥俺は八瀬葵(やせ・あおい)。お兄さんは知らない」
「後姿が何となく似ていたのですが‥‥」
 双子の髪の短い方がちょこんとお辞儀をした。
「山茶花(さざんか)です。間違えてごめんなさい」
「山丹花(さんたんか)。お兄ちゃんを探しているのよ」
 お兄さん? 俺に似ている??
 考えてみたが、思い当たるような人物はいない。
 ふと、葵は聞き覚えのある心音を聞いた。もしかしたら、その人がこの双子のお兄さんなのかもしれないと思った。
 音は近くから聞こえた。こちらに背中を向けている‥‥彼かもしれない。
「‥‥あれ? 人‥‥違い?」
 肩に手をかけると、彼は振り向いた。しかし、葵の知っている人物ではない。
「お兄ちゃんじゃないですね〜」
「うん、お兄ちゃんじゃないね〜」
 山茶花と山丹花が残念そうに言った。葵は首を傾げた。目の前の少年は不思議そうにしている。
「‥‥音が似てるんだけどなぁ」
「??」
 目を瞑って聴いても、やっぱりそっくりなのに‥‥。
「このお兄さんは八瀬葵っていう名前だよ。私は山丹花っていうの」
「山茶花です。姉とお兄ちゃんを探しています」
 山茶花と山丹花が勝手に自己紹介をしていたが、葵は構わずに音を聴く。こんなに似ている音がそうそうあるのだろうか?
「オゥ!? 団体様ですカ? 団体様ですネ!?」
 ワイワイと話し込んでいた葵たちの集団に海の家の呼び込みが顔を輝かせて近寄ってきた。
「団体様なら個室にご案内いたしまショー! 虹色の扉にご案内デース♪」
「え!?」
 多勢に無勢‥‥という言葉が全く通じない呼び込みに背中を押され、葵たちは虹色の扉に押し込まれたのだった‥‥。


2.
 奇妙な場所だ。押し込まれた先は真っ暗な場所。
 倒れてしまった葵の上に誰かが手を着いた。
 「うわっ!」と声を上げて思わずのけぞる誰か。
 俺が間違えてしまった人の声だ。声まで似ている。
「‥‥やっぱり同じ音なのに‥‥」
「うわぁ、すみません! 大丈夫ですか?」
 謝る声に、葵はのんびりと返す。奇妙な場所。違和感。信じられない場所だ。
「‥‥ここ、音がしないね」
「え?」
 少年は喋るのをやめた。静けさが鋭くなって、耳が痛くなる。
「さっき居た場所とは違うところみたいです」
 少女の声。これは山茶花の声だ。
「‥‥俺と、あんたと、その子の3人しかいないみたいだ」
「!? SHIZUKU? セレシュさん!?」
 少年は叫んだが、誰からも返事はない。当然だ。3人分しか音は聞こえない。
「『その子』じゃなく、山茶花です。‥‥困りましたね」
 どこかおっとりとした口調で、それでも落ち着いた声で山茶花は言った。
「あ、俺『工藤勇太』です。‥‥って、冷静ですね、2人とも」
「そんなことないです。巴‥‥山丹花ちゃんを探さないといけませんから」
「‥‥音がない空間は悪くないけど、落ち着かないね」
 真の暗闇で勇太の顔も山茶花の顔も見えない。自分がどこを見ているのかもわからない。
 それは不安であったけれど、落ち着きもして‥‥けれどこれだけ音のない空間というのも異様だと思った。
「ひとまず、どうにかしてここから出ないと」
 勇太はそう言ったが、辺りは闇。
 出るといっても本当に出口はあるのか? この場所は一体どうなっているのか?
 すべてが闇に閉ざされた空間に、答えは見つからず。また、答えられる者もいなかった。
 こういう時、どうすればいいのか。
 葵は記憶の中を漂っていた。


3.
「‥‥迷路に迷った時は壁を見つけて、それに手を添えて一方向に歩くといいんだって」
 葵はそう言った。
 この状況とは少し違うのかもしれないけれど、1つの打開策として思い出した。
 すると、山茶花が少し嬉しそうな声を上げた。
「まずはみんなで手を繋ぐのはどうでしょう? そしたら少し心強いですよね」
 手を繋ぐ? 暗闇で見えない自分の手を見る。
「よし。そうしよう」
 反対する理由もなく、闇の中、お互いの声だけを頼りに3人は手を取り合った。
 暗闇の中を壁を探して彷徨う。四方八方暗闇で、落とし穴があっても気が付かないかもしれない。それでも、じっとしているよりはましだ。
「あ、壁がありました」
 山茶花の声に、勇太もその壁を触ったようだ。
「‥‥音が吸収されるね」
 壁を触った葵はそう感想を言った。この壁がすべての音を吸収している。
 でも、普通の世界でそんなことが可能だろうか?
「この壁壊したら外に出られるかな?」
「壁の向こうも壁‥‥ということは、ない気がします」
 山茶花の声は冷静にそう言った。
 普通の世界なら。葵もそう思う。けれど、何か違和感をぬぐいきれない。
 ここは‥‥俺はどこにいるのだろう。
「山茶花ちゃん、葵さん。少し後ろに下がって」
 手を引っ張られ壁から離れた。勇太の心音が早く、強くなっていく。
「‥‥音が早くなった」
 葵の声に気がついたようだったが、勇太はそのまま何かに集中していた。

 ピキッ

「光が!」
 明るい光が暗闇に慣れた目に刺さる。それは希望の光。
 その亀裂が大きくなるたびに、色々な音が甦る。
「‥‥いろんな音が溢れてきた」
 境界はどこだったのか。あの壁はどこに行ったのか。
 光に慣れた目に映ったのは‥‥波に戯れる双子の片割れ。
 やっぱりあの場所は普通の場所ではなかったんだろう。
 音にあふれた場所に戻ってきたことに、葵は少しだけ安堵した。


4.
「ソーリーソーリー! お詫びにこちらのBBQをご提供いたしマース!」
 あくまでも『不慮の事故』と言い張った海の家の呼子・マドモアゼル都井は、魚の肉がたっぷりのBBQセットを用意してくれた。
 店に戻っていくマドモアゼルを背に火の番を買って出た勇太。ジュウジュウと魚の焼けるいい音がする。
「‥‥あんま食べる気せんけどな」
 セレシュ・ウィーラーが苦笑いをしている。
 とりあえず、食事をしながらお互い扉に入った後の状況を交換してみたが‥‥どうも不可思議だった。
「じゃあ、そっちは扉に入っても別に変わりなかったってことですか?」
「そそ。まぁ、少々人魚的なハプニングはあったんやけど」
 セレシュがちらっと山茶花と共に波打ち際に遊ぶ山丹花を見る。
 葵は海を眺めていた。音が‥‥最初にここで聞いていた音とわずかに違う。
 それはわずかであったが、葵がこの世界に疑問を持つには充分だった。
「八瀬さんも大変やったなぁ」
 セレシュが葵に話しかけた。全ては終わった。セレシュの言葉はそういう音があった。けれどそれは間違いであることを、葵は感じている。
「‥‥多分、これからもっと大変になるね」
「え? それどういう‥‥」

 葵が海の家の方に視線を向けた。セレシュもそれを目で追った。
 そこにはマドモアゼルが魚を焼く勇太に話しかけていて‥‥

 その肩越しに、店の中に入っていくもう1人のマドモアゼルの姿が‥‥。

「‥‥なんや、うち頭痛くなってきたわ」
 セレシュが草間の首根っこを引っ付構えて、店の奥に消えていったマドモアゼルを追う。
 葵は波打ち際で遊んでいた山茶花と山丹花に訊くともなしに訊く。
「‥‥山茶花と山丹花‥‥この世界に、お兄さんはいないよ」
 しかし、山茶花と山丹花はにっこりと笑ってこう答えたのだ。

「見つかるまで探すだけよ」

 潔い覚悟のある音に、葵はこの海に来た事は間違いではなかったと思った‥‥。


■□  登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師

 8757 / 八瀬・葵 (やせ・あおい) / 男性 / 20歳 / フリーター

 8721 / ―・山丹花 (ー・さんたんか) / 女性 / 14歳 / 学生

 8722 / ―・山茶花 (ー・さざんか) / 女性 / 14歳 / 学生


■□        ライター通信         □■
 八瀬葵 様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度は『海の家【マドモアゼル・アクア】 − 虹色の扉 −』へのご参加ありがとうございます。
 『音』をキーワードに、他の参加者様とも絡ませていただきました。
 ちゃんと表現できているか不安ですが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。
 ご参加ありがとうございました!