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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


変装おじさんとお掃除お姉さん


 もちろん兵器を輸出する事など出来ない。が、機械の部品を輸出する事は出来る。
 輸入した側が、それらをどう組み立てて何に使うか。それに関する規制など、存在しない。
 世界各地の戦場に、日本製品はすでに出回っている。
 日本の技術が、戦闘に殺戮にと、大いに役立っているのだ。
 おかげで、この会社を大きくする事が出来た。
 日本人であれば誰もが名を知る、重工業企業である。
 都内某所に城塞の如くそびえ立つ本社ビル。その社長室で、公には出来ない話をしている男たちがいる。
「協力はしない……と、そう言っているのだな?」
 社長が、苛立たしげな声を発した。
 役員の1人が、汗を拭いながら応える。
「は、はい……あの御方を裏切る事は出来ない、と」
 社長、及び役員数名。
 それ以外に1人、社員ではない男がいる。
 純白のスーツに身を包んだ、若い白人の男。整った顔立ちには、選民思想的な傲慢さが漲っている。
「ふむ……これでは片手落ちというもの」
 流暢な日本語を、彼は発した。
「御社のみならず、あの製薬会社の方々にも、我が陣営に加わっていただく……私が日本へ来たのは、そのためなのですよ。あちらの社長と貴方は日本経済界の重鎮同士、懇意にしておられると聞いたので、御社には繋ぎの役目を期待していたのですが」
「も、申し訳ない。我が社と共に貴方がたの味方となるよう、説得をしたのだが」
 白人の青年に威圧され、うなだれたまま、社長は言った。
「こうなってしまった以上、我が社だけで貴方たちのお役に立ってみせよう。我々が本格的に軍事産業を始めれば、優れた兵器をいくらでも量産出来る。製薬会社などよりも、ずっと戦力になるだろう」
「メイド・イン・ジャパンの戦闘兵器は確かに魅力的……ですが我々には、あの製薬会社が開発保有するホムンクルス技術が必要なのですよ。我らの『神』の御ために、ね」
 白人の青年が、社長を睨む。
「何度も同じ事を、説明したはずですが?」
「た、確かに説明は受けた。あの御方のもと強固な一枚岩であったはずの『虚無の境界』から、貴方たちが分派・独立しようとしていると」
 気圧されながらも、社長は言った。
「貴方たちは『神』を造り上げて擁立し、あの御方と真っ向からぶつかり合おうと」
「あの御方、などという呼び方はおやめなさい」
 白人の青年の口調に、選民思想が現れ始める。
「あれは単なる女神官。虚無という神の存在を捏造し、拠り所としなければ組織を統率出来ない、無力で愚かなる女よ。だが我らの『神』は違う! 捏造されたものではない、実在の力! 我らを真の霊的進化へと導く力!」
「その『神』に我ら、お目通り願えないものかと申し上げているのだよ」
 社長の言葉に、熱がこもった。
「確かに、あの御方……貴方がたの言う無力で愚かな女神官殿は、我が社のために何か特別な便宜を図ってくれたわけではない。だから私は、貴方がたの分派独立に協力している。いや恩を着せているわけではない。ただ『神』の偉大さを、この目で確かめたいだけなのだ。どれほど偉大なる存在であるのか、それを目の当たりにすれば……我らとて、命をなげうって貴方たちに協力する覚悟を決められる」
「見なければ信じられない、とでも言うのか……!」
 白人の青年が激怒しかけた、その時。
 社長室の扉が、いきなり開いた。
「ちぃーッス……お掃除、入りまーす」
 無愛想な、女の声。
 ノックも無しに入って来たのは、1人の清掃員だった。
 作業用制服に身を包んだ、若い娘。20代前半であろう。
 頭には三角巾を巻き、赤みがかった長髪を後頭部で束ねている。
 顔立ちは、辛うじて美人と呼べる程度であろうか。形良い唇が、煙草をくわえている。
 何本ものモップや大型のゴミ回収袋、箒にちり取りにモップ絞り器といった清掃用具を満載したカート。それを左手で押しながら、彼女はずかずかと社長室に踏み込んで来た。
 右手で、何やら大きめの荷物を引きずっている。
 社長が、白人の青年が、呆気に取られている。
 役員たちが、慌てながら怒り出した。
「な、何だね君は!」
「清掃など頼んでいないぞ、早く出て行きたまえ」
「勝手に入って来るとは信じられん! 一体どこの業者だ」
 怒る役員たちを、女清掃員はじろりと睨み回した。茶色の瞳が、いささか剣呑な輝きを孕む。
「動く生ゴミばっかの、ド汚え会社……お掃除しねえワケにゃいかねーだろぉがあああ!?」
 器用に煙草をくわえたまま、彼女は怒鳴った。
 そうしながら、右手で引きずって来たものを、社長室の中央に放り出す。
 放り出されたものが、じたばたと暴れもがきながら苦しげに呻く。
 猿ぐつわを噛まされ、縄でぐるぐる巻きに拘束された、1人の男だった。
 役員たちが、血相を変えた。
「なっ……し、社長!?」
「こ、これは一体……」
 今まで白人の若者と会話をしていた、社長……であるはずの男に、役員たちが呆然と視線を向ける。
 縛られたまま床でのたうち回っている人物と、瓜二つの男。
「ったく……こんなクソでけえ生ゴミ、便所ん中に放置しとくんじゃねえよ」
 縛られ転がっている方の社長に、女清掃員が蹴りを入れる。
「片付けんのは、あたしなんだからよ」
「……まったく本当に、どこの業者さんだい」
 今まで役員たちにも白人青年にも社長と思われていた男が、不敵に笑った。
「こいつらの『神様』って奴に……まあ、お目通りは無理にしても取っ掛かりの情報くらいは、もらえそうなとこだったのに」
 笑いつつ、己の顔面を左手で引き剥がす。
 現れたのは、特徴に乏しい男の顔だった。
「何者……!」
 白人の青年が、絶句している。
「まさか……IO2」
「お前さん方は放っといた方がいいって気もするけどな」
 特徴のない顔が、ニヤリと狡猾そうに歪む。
「分裂騒ぎで……上手い事、自滅してくれると助かるんだが」
「なめた事言ってんじゃねえよ。生ゴミを放っといたら、腐って臭って世の中の迷惑になるだけだろうが」
 言いつつ女清掃員が、カートからモップを1本、引き抜いた。まるで武器のように。
「ゴミは見つけ次第、回収する。それが、あたしの仕事だ」


「あんた……本当に、どこの業者さんだい」
 穂積忍は、まず訊いてみた。
「ただのお掃除お姉さんとは、思えないんだがな」
「おめえこそ一体どこの何モンだよ。あたしの仕事、横取りしようってのかい」
 赤い髪の女清掃員が、言葉と共に睨みつけてくる。
 凶暴な眼光を孕む、茶色の瞳。
 誰かに似ている、と穂積は思った。
 思い出したのは、あの青い瞳の少年である。冷気を操るホムンクルス。
 彼とは似ても似つかない、この凶暴そうな女が、しかし彼と同じものを、瞳の奥に内包している。
(ホムンクルス……か?)
「このビルの清掃は、うちが請け負ったんだ。邪魔しようってんなら、おめえも回収して燃えるゴミの日に出しちまうぞう」
「もちろん邪魔はしないさ。お掃除でも何でも、するといい……俺も、自分の仕事をさせてもらう」
 白人の青年……ではなくなりつつあるものに、穂積は視線を向けた。
「IO2の、ネズミが……我らに……我らの新しき神に……刃向かうかぁあああああ」
 純白のスーツがちぎれ飛び、その下から肉体が盛り上がって来る。
 筋肉が膨張し、皮膚が、ある部分では獣毛を生やし、ある部分では鱗と化し、ある部分では甲殻状に固まり隆起する。
 整っていた顔は、今や頬を裂いて牙を剥き、眼球を血走らせ、鼻孔を醜悪に広げて荒い鼻息を噴射している。
 細身の白人青年は、異形の怪物に変じていた。
 その巨大な全身あちこちから、百足のようなものたちが生えて伸びて獰猛にうねり狂う。節くれ立った、甲殻の触手。
 先端に鋭利な牙を備えたそれらが、穂積に向かって一斉に伸びた。
「神の、罰を! 受けるが良い!」
 あらゆる方向から襲い来る、牙の触手。
 それらに対し穂積は、無造作に両手を一閃させた。
 左右それぞれの手に、いつの間にかクナイが握られている。
 それらが穂積の周囲で、いくつもの閃光の弧を描き出す。
 弧に薙ぎ払われた触手たちが、片っ端から切断され、社長室の床に落ちてビチビチと跳ね暴れた。
「ぎゃ……あ……ッッ」
 怪物が悲鳴を漏らし、後退りをする。
 くるくるとクナイを弄びながら、穂積は言った。
「情報ありがとうよ。『神様』の正体、だいたいわかったぜ……今のお前さんと、同じ系列の化け物だろう」
 人造の、生命体。
 その生存を維持するために、あの製薬会社が保有するホムンクルス関連の技術が必要なのだ。
「そんな不安定な代物に頼って、虚無の境界の本家筋に喧嘩を売る……ついでにIO2にも喧嘩を売る。ちょいと無謀が過ぎるようだが、その辺はどうなんだい」
「愚弄するか! 我らを、我らが神を!」
 怪物の全身で、触手たちがグネグネと凶暴に生え変わり、再び穂積を襲う。再生能力。
 いささか時間のかかる戦いになるか、と穂積が思った、その時。
 風が、吹いた。
 疾風、としか思えぬ動きだった。
 束ねられた赤い髪が、高速でたなびく。その様だけを、穂積は辛うじて視認した。
 牙を剥いた触手の群れが、全方向から穂積に食らい付く、その寸前で動きを止めた。
 それらの発生源たる怪物の巨体が、硬直していた。
 その顔面……眉間か額か判然としない部分に、モップの柄尻がめり込んでいる。
「第3の目……の位置」
 そのモップをヒュンッと一回転させながら、女清掃員は言った。
 硬直していた怪物が、床に倒れた。眉間あるいは額に、柄尻の跡が穿たれている。
「人の体型のバケモノってのは大抵、そこに一撃食らうと動かなくなっちまうのさ」
 それは穂積も知っている。にしても、ここまで正確に『第3の目』を直撃する技量の持ち主は、IO2日本支部にも、そうはいない。
「……やっぱり、ただのお掃除屋さんじゃないな。どこの業者さんなのか、ますます知りたくなってきた」
 まずは、穂積が名乗った。
「俺は、IO2の穂積忍」
「森くるみ。清掃局・特殊清掃班所属」
 女清掃員は、くわえ煙草のままニヤリと笑った。
「どこの清掃局かは忘れちまった。見ての通り、頭悪くってさあ」
「そうは見えんがな。ま、そんな事よりも……それ、一体どうするつもりなんだい」
 第3の目を突かれ、動けずにいる怪物に、穂積はちらりと視線を投げた。
「ぐっ……き、貴様……私に、一体何を……」
 立ち上がれぬまま呻く怪物の巨体を、森くるみが踏み付ける。
「生ゴミは回収する。それだけさ」
 言いつつ、くるみは怪物の太い腕を、巨大な脚を、抱え込み捻り上げ折り曲げていった。
 関節の外れる凄惨な音と、怪物の潰れた悲鳴が、一緒くたに響き渡る。
 おぞましい絶叫を垂れ流しながら、怪物の巨体が折り畳まれてゆく。恐ろしいほどの、手際の良さである。
「コンパクトな収納は、お掃除の基本。ってね」
 ちょうど良い大きさに折り畳まれた怪物を、くるみは、カートに備え付けられたゴミ回収袋に放り込んだ。
「悪いけど穂積の旦那、コイツはもらってくよ。燃えるゴミに出しちゃう前に、いろいろ聞き出さなきゃなんねーから」
「ま……待て……」
 声を発したのは、本物の社長である。役員の1人が、縄と猿ぐつわをほどいていた。
「貴様ら一体、どういうつもりだ……! 虚無の境界の新組織には、我が社の命運がかかっているのだぞ! 日本が軍事技術大国として世界の頂点に立つ、唯一絶対の好機なのだぞ! それを」
 穂積は、社長の胸ぐらを掴んで黙らせた。
「あんまりうるさくしてると……恐いお掃除お姉さんに、生ゴミとして回収されちまうぞ?」
「……ゴミ袋がもう1枚あったら、そうしてるとこだけどなぁ」
 もぞもぞと暴れ震えているゴミ回収袋に、くるみは思いきり蹴りを入れた。
「ああホント、動く生ゴミばっかで世の中きったねーの何のって。誰が掃除すると思ってやがんだ!? どいつもこいつも」
 悪態をつきながら、くるみはカートを押し、社長室を出て行った。
 もう10年か20年も経てば、仕事と生活に疲れた味わい深い女になるに違いない、と穂積は思った。