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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪意の幻惑 黒き断罪―滅びの剣を振りかざす者

重厚な観音開きの扉の先に広がっていたのは、ゴシック様式を拝した崇高なる礼拝堂。
あからさまな『教会』に対する嫌がらせかつ当てつけに、瑞科は顔をしかめた。
天窓に嵌め込まれた鮮やかな色を使った美しいステンドグラスは神を讃え、複数の聖者や天使像をあしらったデザインが主になっているが、ここで使われているのは、漆黒と銀、そして血を思わせる深紅のガラス。
大きく3対の翼を広げ、主に使える清廉なる天使たちを踏みにじって、勇ましく立つ者―彼らが『父なる御方』と呼び、敬い、崇め奉る者。
荘厳な礼拝堂にふさわしく、だが、ふさわしくないステンドグラスの数々に言葉が浮かばなかった。

「おやおや、『教会』の武装審問官殿はお気に召さないようですね」

我らにとっては素晴らしいものなのですがね、と含み笑いをして、ずるりと説教台の影から現れたのは、薄汚れたフードを目深にかぶった者―身長や声からして男だと分かる。
声の感じからして、まだ若いか、と思いつつ、瑞科は余裕を崩さず、ゆっくりと身構える。
そんな瑞科の姿が気に入らなかったのか、男は苛立ちを隠さずに荒っぽく足を鳴らして、相対した。

「ずいぶんとお気が短いようですわね?身体によくありませんわよ」
「おやおや、敵の心配をなさるとは……百戦錬磨の審問官殿は随分と余裕があるようだ」

気に食わん、と言い捨てると、男は胸元を掴み、一気にフードを脱ぎ捨てた。
ばさりと音を立てて床に落ちるフード。その向こうに姿を見せたのは、大きくねじれた一対の角に巨大な蝙蝠の翼、ヤギの下半身に鋼のような筋肉を持った異形なるもの―アークデーモン。
その手には背丈ほどはあろう片刃の剣が握られていた。

「予感的中ですわね。名もなき悪魔とも呼ばれるアークデーモンを易々と使役できるなんて……看過できませんわね」

言うが早いか、瑞科は床を蹴ると、一気に間合いを詰めてアークデーモンに切りかかる。
にたり、と不気味な笑みを口の端で浮かべて、余裕たっぷりとばかりに振り下ろされた刃を片腕で受け止める。
ギギッ、と耳をつんざくような嫌な音が響き渡り、瑞科は少しばかり困った表情を浮かべると、刃を受け止めているアークデーモンの腕を蹴って、後ろへと飛び退った。

「あらあら、さすがは高位魔族―アークデーモンですわね。聖水で清めた製鉄で鍛えた剣が通じないとは……」
「褒め言葉として受け取っておこう、武装審問官殿。さて、少々本気を出させて頂こうかっ!!」

言うが早いか、その巨体に似合わぬ速さでアークデーモンは瑞科の間合いに踏み込んでくると、樹の幹ほどの太さはあろう拳を頭上目がけて振り下ろす。
だが、寸前で瑞科は思い切りよく床を蹴り、後ろへ飛び下がり、一瞬にして生み出した重力弾を無防備になったアークデーモンに解き放つ。
ブゥゥゥッ……ン、と空気を押しつぶすような重い音が響かせながら、漆黒の球体がアークデーモンの身体を包み込む。
アークデーモンの身体を中心にクレーターを作り、床を破壊していく。
だが、そんな重力攻撃をまともに食らいながら、アークデーモンは楽しげに血の色を思わせる深紅の目を輝かせ、平然と瑞科に向かって歩み寄ってくる。
並みの悪魔や魔物なら、とっくの昔につぶれているほどの威力はある重力弾を食らって、あれほど動けるのは、さすが、と賛辞を贈るところだろうが、こちらも気を引き締めたほうがいい、と瑞科は軽いしぐさで剣を振い、自らの周辺に無数の重力弾を作り上げていく。

「重力弾一つでは余裕ですわね。では、これはどうでしょう?」

にこり、と微笑んで、瑞科は作り出した重力弾を次々と打ち込んでいく。
柔らかい破裂音を上げ、撃ち込まれた重力弾を飲み込み、肥大化していく重力の結界。そのたびにアークデーモンの足元を破壊し、クレーターを一層と深いものにしていく。
さすがのアークデーモンも重圧に耐えきれなくなったか、片足をつき、動けなくなる。
その重さに全身が潰されかけた瞬間、アークデーモンは目をギラリと光らせた。

「ギギギギッ……グガァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

忌々しげな絶叫ともいうべき咆哮を上げて、潰れかけていた蝙蝠の翼を大きくはためかせる。
瞬間、ビシリ、と甲高い破裂音が響き、黒い重圧の光が消し飛ばすと、アークデーモンは憎悪に燃えた目で武装審問官を睨む―が、そこに瑞科の姿はなかった。

「遅いですわ」

感情を完璧に消し去った―冷やかな瑞科の声がアークデーモンの耳元で落ちた瞬間、一条の閃光が駆け抜け、黒く大きな何かが跳ね上がり、床の上に舞い落ちる。
それが己の―自慢の翼と気づいた瞬間、全身を駆け抜ける激痛にアークデーモンは苦痛の叫びを上げ、のた打ち回る。

「お……おのれぇぇぇっ!!」
「攻撃は常に先の先を考えなくてはいけませんわよ?名もなき悪魔さん」

激しい憎しみの炎をたぎらせ、無防備に剣をだらりと下げた瑞科に両腕で捉え、押しつぶさんと力を込めたした瞬間、その姿が陽炎のごとく消え失せ、見失う。
慌てふためいて、辺りを見渡した瞬間、冷たく輝く刃がアークデーモンの背中から胸に向かって生えた。
何が起こったのか、理解できず、幼子のごとく、その刃に手を触れようとするが、その前にするりと抜かれる。
あの一瞬で、アークデーモンの背後に回り込んだ瑞科は正確に、迷うことなく、一息に貫いたのだ。

「終わりですわ」

慈悲深い聖女のごとき瑞科の声が礼拝堂に厳かに響き渡る。
どう、と倒れ伏すアークデーモンの巨体を見下ろし、瑞科は刃をついた血を振り払うと、高らかにブーツを鳴らして、説教台に足を向ける。
一見すると分かりにくいが、そこだけ周囲と床の木目が違っていた。
そっと床に手をつくと、瑞科は慎重に拳でその周辺を叩く。低く鈍い音が、あるとこで高く鋭い音に変化する。

「やはりありましたわね」

予想通りとばかりに、瑞科は音の変わった床を蹴ると、ガコッッ……ン、と鈍く何かが軋み、歯車が動き出す音がした。
同時に部屋全体が大きく振動し始め、ステンドグラスの真下にある壁が二つに割れていく。
その瞬間、部屋の中に立ち込める冷やかな瘴気に瑞科は剣を油断なく構えた。

「さすがですね、武装審問官。名もなき悪魔―アークデーモンに得意の魔法を使わせずに倒すとは……こちらも予想外でしたよ」

割れていく壁の向こうから、場違いな拍手が聞こえてきたかと思うと、そこに姿を見せたのは漆黒の貫頭衣を纏った銀髪に紫暗の瞳を持った青年。
にこりと笑みをたたえて、拍手をし続ける青年だが、どこか浮世離れをしているだけでなく、その全身から発せられる気配が尋常ではない。
ただそこにいるだけで、全てを圧倒し、誰もを膝をつく存在感。
そして、一瞬にして命を奪うほどの凍れる殺気が瑞科の全身を貫いていく。

―隙を作るな。意識をそらすな。わずかでも隙を見せれば、文字通り消される。

頭の片隅で鳴り響く本能の警鐘。
気持ちを落ち着かせて、探ってくる瑞科に青年は大きく目を見開き―大きく身をくの字に曲げると、腹を押さえて笑い出す。
人を馬鹿にしているのか?と思うも、その考えを一瞬にして瑞科は改めた。
顔を覆う手のひらの隙間から覗いた青年の瞳は果てしない透明さと危うさ、そして、残酷なまでの殺意が氷となって踊っていた。

「素晴らしいよ、武装審問官。君のような鋼の精神力を持つ者は久しぶりに見たよ」
「お褒めに預かり光栄ですわ……でも、私も暇ではありませんの」

愉悦たっぷりの笑顔を浮かべる青年に瑞科は至上の笑みで返しながら、剣を向ける。
動くつもりは毛頭ない。ただの脅しとハッタリ。
だが、青年は瑞科の意をくんだのか、その場から動こうとはせず、うんと一つうなずいた。

「ああそうだね。邪魔をしては面白くない―彼ら、司祭たちは地下の隠し礼拝堂にいるよ。このまま奥に進めば、地下へ降りられるよ。ただ、彼らも愚かではない」
「このアークデーモンと同じく『番人』がいるということですね?」
「そうだよ。魔界から呼び出した魔物・ベヒモスが3体とパズズが1体だったかな?他にも召喚してるみたいだけど、ほぼ小物。君の腕なら心配は無用だよ」

瑞科の答えに満足したのか、青年はあっさりと、まるで友人に語るかのように、待ち受ける敵の正体を教えると、トンッと重力がないように後ろへと―文字通り飛んだ。

「先へ進みたまえ、武装審問官。あまり愉快ではないが、彼らと共に君の到着を待っているよ」

楽しげに笑いながら闇に消える青年を見送ると、瑞科はほうと大きく息を吐き出した。
思ったよりも緊張していたらしい。
それもそうだ。相手が相手だったのだからと、瑞科は心の中でつぶやく。

「楽しくはありませんが、冒険者よろしく踏み込むと致しましょうか」

ぐいとグローブを嵌め直し、瑞科は口を開けた闇へと踏み込んだ。