コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


悪意の幻惑 黒き断罪―深淵の魔獣

濃厚な闇の中をわずかに照らすのは、通路のあちこちに掲げられたかがり火の灯りのみ。
壁の奥に広がったそこは広々とした―古代ギリシャかローマの神殿ほどの高さはある巨大な空間の通路。
隙間なく積まれたレンガの両側の壁が延々と続き、他に道はない。
本当に一直線、と思いながら瑞科はため息を小さく零し、天井から襲い掛かってきたサラマンダーの炎をかわすと、無防備な腹に容赦のない拳の一撃を食らわせる。
飛び降りてきた反動で大きく吹っ飛んだサラマンダーは何もない石の床を何度も跳ねて、転がってく。
それに向かって白い糸を吐きつけて、糸玉に変えると、壁に叩き付ける。
がさりと闇の向こうから、牛ほど大きさはあろう巨大なクモの魔物たち。
その姿もだが、床一面隙間なく現れたクモの群れは精神的に気持ちのいいものではなかった。

「嫌になりますわね、クモの大軍なんて」

やや億劫そうに瑞科はため息を零すと、握り直した剣を閃かせた。

水鏡の向こうで巧みに剣を操って、易々と無数のクモを蹴散らす瑞科の姿に司祭たちは忌々しげに床を鳴らした。
バシャリと派手に水鏡の水が飛び散り、映像が一旦途切れるのを見て、司祭の一人は大きく息を吐き出し、軽く手を上げた。

「落ち着かれよ。いかに優れたる審問官と言えども、あれより先の罠をくぐり抜けてくるには不可能」

そうではないか?と問いかける目に三人の司祭たちは落ち着きを取り戻したのか、椅子に深く座り直す。
大きく波立った床の水面は静けさを持ち、鏡の役目を再び始め、優雅に戦い続ける瑞科の姿を映し出すと、苦々しそうに唇を噛んだ。

「全く腹ただしい限りだ」
「その通りよな、あのような女一人にここまでされるとは思いもよらなんだ」
「名もなき悪魔―アークデーモンを倒すなど、予定外よ」
「しかも『あの御方』がお出ましになられるとは……」
「何かお考えがあってのことであろう。我らの思惑など、『あの御方』にとっては取るに足らぬこと」
「さよう、『父なる御方』のみが全てをご理解できるのだ」

さして苦も無く召喚したとはいえ、上位悪魔であるアークデーモンに得意とする力を使う隙も与えずに倒してしまった時は怒りで我を失いかけたものだ。
しかし、その直後に姿を見せた『あの御方』に誰もが息を飲み、かの武装審問官の最後となることを予想した。
気まぐれで、不意に現れ、深淵の真理と祝福を与えてくれる―『父なる御方』と同等とされる『あの御方』自らが、愚かなる『教会』の手先である武装審問官・瑞科に裁きを下すのだと。
だが、『あの御方』は楽しげに微笑まれながら、忠実なる僕たる司祭の元へと向かう道を教えて、姿を消されたことには唖然とした。
相も変わらず気まぐれな、と思いながらも、示された道が最も困難で過酷なルートであることに皆、武装審問官に憐みを覚えたものだ。

「全ては『あの御方』のなされるままに」
「俗物にしかすぎぬ我らには、遠く及ばぬ深きお考えがあるのであろう」
「ならば、我らは座して待つのみ」
「しかり。ここで愚かなる『教会』の下僕・武装審問官の戦いぶり、お手並み拝見といこうではないか」

あれだけ苛立ちを激しく露わにしておきながら、自らが敬い、遠く及ばない存在である『あの御方』のしでかしたことをあっさりと肯定するや否や、傲然とした態度を取れるのは、さすがというのか、呆れるというか。
だが、おもしろくなってきたのは確かだ、と、男―瑞科が遭遇した銀髪に紫暗色の瞳を持った青年は思う。
複雑な構造を持つ大礼拝堂の中にある―教団の中心人物たる司祭たちすら知らない隠された―漆黒の空間。
目の高さほどの位置の空間を浮かんだ長方形のスクリーンに映されていたのは、司祭たちの様子。テレビと同じもので、相手の会話だけが一方的に聞こえていた。
だが、青年はつまらなそうにそれに手をかざすと、まるで溶けるように消滅し、次いで同じ形のスクリーンが別の映像を映して、浮かぶ。
そこに浮かんだのは、先を争って襲い掛かってくる魔物たちを軽々と打倒していく瑞科の姿。
その姿を見て、青年は艶やかな―嫣然とした笑みを浮かべて、闇に身を任せた。

「うん、こちらの方が面白い。『教会』は実に面白い駒を持っているよ……武装審問官、ゲームはこれからだ」

ちゃんと勝ち残って、最終ステージまで来るんだ。そのために教えたんだから、と闇の中で青年はうっとりとした声で囁く。
だが、その瞳は恐ろしいまでに凍りつき、触れれば切り裂かれそうな色をたたえていた。

「さぁ、第三ステージの始まりだ。たった一人で魔獣ベヒモス2体を相手どこまで戦えるかな?」

くっくくと笑いながら、青年は最後のゴブリンを殴り倒し、額にかかった髪を払いのけた瑞科の姿を見た。
頼りない2,3しかないかがり火のみで照らされていた通路が突如として、明るく照らし出され、大きく開けた―格闘場のような空間が広がり、瑞科は一瞬、唖然とし―即座に気を引き締めた。
侵入者を待ち構えていたのか、ここに踏み込んだ瞬間、柱や壁に取り付けられていたかがり火が一気に点灯するように仕組まれていたようだ。
随分と手の込んだこと、と半ば感心していた瑞科の耳に低く、重い音が聞こえてきた。
息を飲み、珍しく緊張した表情で前方を睨みつけると、空間を支える柱の間から、青紫色に染め上った巨大な牛のような身体を持った魔物が姿を見せる。
大きく裂けた口から覗く鋭い牙、暗褐色に輝く不気味な目、額と両のこめかみから生えた牛のような角。
間違いも何もない。噂に聞く巨大かつ凶悪な魔物ベヒモスに間違いなかった。
ぐるるる、と低いうなり声を上げ、ベヒモスは瑞科を捕えると、ギラリと目を輝かせ、周囲にある柱の存在を丸無視して、突進を仕掛けてきた。

猪突猛進、という言葉通り、周りのことなど気にもかけず、まっすぐに襲い掛かってくるベヒモスに瑞科は慌てることなく、剣を鞘に納めると、ぎりぎりまでベヒモスの突進を許す。
あと数歩―眼前にまで迫ったベヒモスに瑞科は身軽に飛び上がると、その鼻面を手加減無用とばかりに蹴り、天井ギリギリまで高く飛ぶ。
痛みに鈍いのか、はたまた頑丈なのか、瑞科の蹴りを受けてもものとしない。それどころか、ターゲットである瑞科が視界から消えたにもかかわらず、そのまま目の前の壁に激突した。
耳が壊れそうな巨大な破壊音と崩れ落ちてくる壁。
ベヒモスが直撃した部分は大きな亀裂を作っただけでなく、いびつな形で歪み―まるで隕石が落ちてきたようなクレーターを刻み込んでいた。
その凄まじい破壊力に瑞科は小さく感嘆の息を零した。

「まともにぶつかれば、即死もありうる……さすがは悪魔・ベヒモス。ですが、闘争本能が少々お強すぎるようですわね」

一度捉えた敵に向かって体当たりを仕掛けてくるのはいいが、その巨体と闘争本能から即座に目標変更するのが至難の業のようだ。
ならば戦いようはありますわね、と、瑞科は楽しげに微笑むと、柔らかく手首を回し、自らの周囲に漆黒の重力弾を無数に生み出す。
頭を激しくふり、背後に逃げた瑞科を見つけると、怒りを露わに雄叫びを上げるベヒモス。

「グワァァァァァァァァァッッ!!!」

魂が凍りつかんばかりの咆哮を上げて、ベヒモスは巨大な身体に似合わず、素早く反転すると、その場で前脚を何度も蹴って、瑞科に襲い掛かる。
慌てることなく瑞科は優雅に手のひらをベヒモスに向けると、舞を踊るかのごとく、手首を動かし、周辺に生み出した重力弾を突進してくるベヒモスに打ち込んでいく。
不確かな軌道を描いて、ベヒモスの巨体に激突し、破裂する重力弾や演武を踊るかのように振り落される爪をかわし、息を合わせて両側から、青紫の肌にめり込む二つの重力弾。
それぞれが意思を持った生き物がごとく、次々とベヒモスに襲い掛かっていくが、思った以上のダメージを与えていないのに瑞科は気づき―困りましたわ、と心底困惑したように小首をかしげた。

「そうでしたわね。大地の魔物と称される魔獣・ベヒモスに地属性の重力攻撃は通用しにくかったですわね……でも、狙いはそれだけじゃありませんのよ?魔獣さん」

重力弾の攻撃を振り切って、肉薄するベヒモスに瑞科はにこりと笑ってみせると、再び突進攻撃を空中に飛ぶことで避けきり、今度はベヒモスの背中を身軽に飛んで背後に回り込む。
大きく身をよじらせて、瑞科を追おうとするが身軽な彼女に追いつくことは叶わなかった。
だが、巨大な身体に見合う強烈な振動を起こし、ベヒモスは再び方向を転換すると、余裕たっぷり微笑む瑞科目がけて突進―しようとして、突如動きを止めた。
本能としては、目の前の瑞科を攻撃しようと前脚を振り上げたいが、思ったように身体が動かない。
混乱を露わにジタバタを暴れて見せるが、うまくいかなかった。
それどころか、先ほど重力弾が破裂した辺りが異様に重く、ひどく痺れたような痛みが走り、ベヒモスは苛立ちの声を上げる。
よく見ると、漆黒の半円がベヒモスの身体のあちこちに張り付き、その肉体にめり込んでいたのだ。
だが、何が起こったのか分からないが、何かをされたことは本能的に悟り、ベヒモスはにこりと笑う瑞科を睨みつけるが、効果はなかった。

「あらあら、闘争本能が強いだけあって、戦闘で何があったのかは理解したのですね。でも、それだけでは私に勝てませんわよ」

にこやかに瑞科は諭すと、すらりと剣を抜き、唸り声を上げるベヒモスの額に一気に突き刺した。