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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪意の幻惑 黒き断罪―漆黒の力をもつ獣たち

生物すべての共通の弱点である額を貫かれ、どうと倒れ伏すベヒモスの巨体。
瑞科が剣を抜き去ると、その身が砂となって崩れ落ちていく。
それを見届けた瞬間、背後から強烈な熱をはらんだ烈風が刃となって、瑞科に襲い掛かった。
振り返るより先に、身体が動いていた。
思い切りよく床を蹴り、上へと逃れると、そのまま身軽に身体を回転させて、後方へと着地する。
その瑞科が着地した地点を狙って、鋭い爪が時間差で両側から襲い掛かってくる。
だが、冷静に剣の刀身で初撃を受け止めて受け流すと、瑞科は流れるような動きでそれらの攻撃を紙一重でかわしていく。
武装審問官として鍛え上げられた驚異的な反射神経がそれを可能としていたのだ。

「ほぉぉぉぉぉ、人間にしてはやるな……いや、『教会』の武装審問官ならばこそ、というところだろうなぁ」

粘着質な声が響き、ぐらりと闇の中から、かがり火の元に姿を見せたのは、百獣の王・ライオンの頭に腕を持ち、背には4枚の大鷲の翼を生やし、鷲の足をした異形の化け物―悪魔。
さらに、その足元には、一体のベヒモスがはべっていた。
普通の人間ならば恐怖し、混乱をきたすのだろうが、百戦錬磨の瑞科が動揺することなどはなかった。

「まぁ、驚きましたわ。こんな小さな教団に大悪魔・パズズが力を貸すとは……もう少々、本気になった方がよろしいかしら?」

極めて穏やかな物言いだが、底に隠れた剣呑な意味にパズズは驚きで目を見開く。
面倒事はごめんだ、と思いつつも、相手が相手なだけに渋々、召喚に応じてやったのだが、どうしてなかなか……と考えを改める。
バカな力自慢か、頭でっかちの魔法狂とタカをくくっていたのだが、人間にしては珍しく知も力も備えた人間。
予想外の敵にパズズはニタリと口元を歪めた。

「本気になって構わんぞ?人間。ベヒモスをひねり倒した実力、本物かどうか試させてもらうぞ!!」

叫ぶが早いか、パズズは翼を羽ばたかせ、空へ舞いあがると、その周囲に数十個の火球を作り上げる。
瑞科が身構えるよりも早く、パズズは右腕を上げ、一気に振り下ろした。
それを合図に火球が流星のように瑞科に向かって降り注ぐ。
同時に瑞科の周囲に3メートルはあろう暴風の障壁が出現し、退路を失くしてくれた。

「さすが炎と風の魔神、ともいわれる悪魔。炎の攻撃に風の障壁と定番すぎで面白みに欠けますわ」
「挑発にしては安すぎるなぁ、武装審問官。さっさと反撃の一手を打って見せろ。こんなお遊び、お前には通用せんだろうがっ!!」
「では、ご要望にお応えしましょう」

狂気に満ちたパズズの挑発に瑞科は小さく口の端を上げると、右手で印を結ぶ。
ブッッッンッッッッ、と空気の重さが変わる低い音がした、と感じた瞬間、瑞科を中心に半円状のドームが障壁内が現れる。
のしかかる重さに耐え切れなかったのか、障壁の風はべしゃりと押しつぶされて消失し、降り注いできた炎は瑞科に届くよりも前にドームの壁に阻まれ、次々と消失していく。

「ほう、重力弾の応用か……考えたものだな、武装審問官」
「褒められても何もありませんわ、パズズ」
「当然よっ!!」

攻撃として使う重力弾を盾として使うために、自分に向けて重力弾を放った瑞科に感心しつつも、、パズズは限界まで口を開け、咆哮を上げた―かに見えた。
だが音は何も聞こえない。
確かに叫んでいるはずなのに、肝心の音は瑞科には全く聞こえなかった。
ズゥゥゥゥゥゥゥゥン、と大地を大きく揺さぶる振動が全身を襲い、瑞科はやれやれと肩を竦めた。
前方の重力壁に向かって、体当たりを食らわせてくる巨体―ベヒモスだ。
しかも、体当たりしながら頭から生えた角を壁と床の隙間にえぐり込ませ、重力壁を突き上げようとしているのだから、先に倒したベヒモスよりも頭を使ってくれる。
だからといって、瑞科は手をこまねいているほど暇ではなかった。
剣を鞘に納め、両手を合わせると、青白い光が火花を散らして輝き出す。
そんなことなど気にも止めず、ベヒモスは重力壁の下に完全に角を滑り込ませると、勢いよく巻き上げる。
バチバチッと耳障りな音を立てて、弾き飛ばされた壁は分厚いガラスのように砕け散った。
阻む物を失った瑞科にベヒモスはここぞとばかりに突進してくる。
だが、慌てることなく、瑞科は合わせていた手を放す。

「少しばかり大人しくしていてくださいな」

穏やかな、だが、冷やかな殺気をはらんだ声音が周りを一瞬にして威圧する。
と、同時に青白い電撃が瑞科の手から放たれ、縦横無尽にベヒモスの肉体を這いまわった。
網目状になっていく電撃が徐々に狭まり、容赦なくベヒモスを締め上げていく。

「ほおぅ、電撃の網か……考えたものよ」

苦痛の声を上げて、のた打ち回るベヒモスの姿にパズズは感嘆の声を上げ、膝を打つ。
魔界でも破壊力は群を抜いているベヒモスの突進をまともに受け止めるのでも、逃げるのでもなく、柳のように受け流し、逆に真綿で締め上げるように攻撃するとは大したものだ。
人間の―しかも、戦闘には不向きと思われがちな女が考えとは、とても思えない。
やるものだ、と、ほんの少しだけ気をそらした瞬間、空気を切り裂く鋭い拳が顔面目がけて繰り出された。
純然たる闘気を拳に集中させ、力を倍増させた一撃をパズズは大きく上半身をそらし、紙一重で避けると、そのまま身体をひねり、回転させると、瑞科に向かって蹴りを繰り出す。
それに気づいた瑞科は轟音を上げて襲い来る蹴りを闘気で固めた左腕で受け止めると、勢いよく払いのけ、無防備になったパズズの腹に強烈な膝蹴りをくり出した。

「グエェェェェェェェェェェッ!!」

柔らかいクッションに深々と埋もれるボールがごとく、瑞科の膝蹴りはきれいに決まり、パズズは軽く体液を吐き出すと、大きく身をのけぞらせる。
その動きを見逃さず、瑞科は豊満な身体を思い切りよく伸ばし、パズズの頭に目がけて、固く組んだ両手の拳を振り下ろした。

「ギャウッ!!」

短い声を上げて、勢いそのままに電撃の網に囚われ、転がりまわるベヒモスの上に落下するパズズ。
強烈な落下衝撃をまともに受け、ベヒモスの背骨が砕け散る。
そんなことに構わず、パズズはベヒモスの上を転がりまわると、憎悪に染まった目で優雅に着地した瑞科を睨みあげた。

「おのれぇぇぇっぇぇっぇぇ、人間の分際でえぇっぇぇぇぇ!!!」
「怒りで我を忘れる……冷静である悪魔であっても、それは致命的ですわ」

目を血走らせ、大きく腕を開いて襲い掛かってくるパズズに瑞科は素早く抜き去った剣で袈裟がけに切り裂く。
その衝撃と苦痛に悲鳴を上げながらも、鋭くとがった爪で切り付けてくるパズズ。
瑞科はわずかな動きでかわすと、容赦なく蹴り飛ばす。
体勢を崩し、ひるむパズズに反撃の隙を与えず、瑞科は剣を閃かせて、真横一文字に切る。
悲鳴を上げながらも、爪を振り下ろし、瑞科の動きを止めようと試みるも、半身を回転させてかわされただけなく、戻る勢いで強烈な蹴りを数十発食らわされた。
隙のない激しい連続攻撃にパズズは足元をふらつかせ、膝をつく。

「バ……馬鹿なっ、人間ごときが……」
「あまり時間をかけたくありませんの。終わりにしましょう」

ギリギリと歯ぎしりをして、瑞科を射殺しそうな目で睨むパズズだったが、瑞科はにこりと笑いかけると、その頬に向かって容赦のなく拳をえぐり込ませた。
顎が砕け、パズズの身体は何度も床の上で跳ねると、すでに動かなくなったベヒモスを巻き込んで、柱にぶつかった。
轟音を上げて崩れ落ちていく柱につぶされる二人の悪魔を一瞥すると、瑞科はブーツの踵を鳴らして、その場から歩き出した。