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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪意の幻惑 黒き断罪―全能なる闇に従う者たちへの鎮魂歌

頼りないかがり火が仄明るく照らす通路を瑞科は駆け抜けていく。
あの青年が告げた通り、ベヒモス2体とパズズは出現したが、倒すことはできた。
上位クラスの手強い悪魔ばかりをぶつけてくるとは、よほどの力を持っている―のではない。
元々、やつら―『教団』はそれだけの力を持っていたのだ。
『父なる御方』に仕えるために、『教会』に悟られぬように、巧妙に小規模で見つかり易い組織を目くらましにしていたのだから。
だが、分かった以上、放置しておくことはできない。いや、してはならない。
どんな目的があるのかは不明だが、上位クラスの悪魔をこれ以上召喚される事態になれば、確実に何も知らない一般人たちに何らかの被害がもたらされる。
その様を思い描くと、瑞科の足は自然と早くなっていった。

「バカなっ!ベヒモス2体に魔神とまで呼ばれるパズズだぞ?!」

声を荒げて立ち上がった司祭に他の司祭たちも色を失くし、呆然と水鏡を見つめていた。
最強の呼び声高い武装審問官・白鳥瑞科が相手とはいえ、聖書にまで記された悪魔ベヒモスとオリエントの魔神たる悪魔パズズをあっさりと倒すなど予想外だ。
まさか人の身―しかも女の身で3体の上位悪魔を倒すなどできるはずがない、とタカをくくっていただけに、衝撃は大きかった。

「警備用のトラップを全て発動させた。今のうちに退避するか?」
「我らの『父なる御方』がそのような真似をお許しになるか?無様とののしられ、切り捨てられるわ!」
「では、どうする?もっと上位の悪魔を召喚しようか?」
「致し方ないか……」

顔を見合わせ、うなずき合うと、司祭たちは急ぎ足で水鏡から離れた。
ゴシック様式の祭壇に掲げられた悪魔像の裏手に回り込むと、台座の下に隠された扉を開き、中に垂れ下がっていた鎖を引いた。
低い地響きを上げ、悪魔像の周囲がガコンという音を立てて、凹み、ゆるゆると下へ下がっていく。
同時に床の両側からは滑るように同質の床が現れ、何事もなかったように仕掛けを覆い隠していった。

「バカだね。醜い悪あがきは嫌いだよ」

先を争うように地下へと逃げて行った司祭たちを天井の梁に腰かけて、眺めいていた銀髪の青年はつまらなそうに右手の人差し指を立てた。
くるりと空気をかき混ぜるように、指先で円を描くと、不可思議な色に輝くドーナツ状の光が出現した。
その時、荒々しく観音開きの扉が開かれ、漆黒の戦闘服に身を包んだ麗しき武装審問官・瑞科が踏み込んだ。
我が意を得たり、と言わんばかりの笑みを口元にたたえると、青年は瑞科が進んでくるよりも先に指先に浮かんだドーナツ状の光を床に向かって叩き付けた。

瑞科が最奥の大礼拝堂に足を踏み入れた瞬間、眩い光が走った。
次いで耳をつんざく轟音と巻き起こる埃。
咄嗟に口と鼻を塞ぎ、不用意なダメージを受けぬように注意を払う。

「おや、これは失敬。女性に対してこれはないな」

不敵な色を纏った楽しげな男の声が聞こえたと思った次の瞬間、ゴウッと唸りを上げて強風が駆け抜けた。
何が起こっているのか、理解できないまま、瑞科は風に流されぬように踏みとどまる。
が、それはわずか数秒で収まり、瑞科が目を開けると、ぽっかりと口を開けた穴とその壁に沿って螺旋状の階段が姿を現していた。

「ずいぶんと親切ですわね……ここはありがたく好意を受けさせていただきますわ」
「礼などいらないよ、審問官。そろそろ終わりにしたいからね、このゲーム」

目の前で起こった超スピードな展開に苦笑しつつも、瑞科は誰ともなく礼を告げ、螺旋階段を降りていく。
その姿を天井から眺めていた青年は瑞科に聞こえぬと分かっていながら、答えを返し、梁から立ち上がると、楽しそうに飛び降りる。
一瞬、空中に制止し、次の瞬間、ふわりと巻き起こった風に飲み込まれて姿を消した。

螺旋階段を降りていくごとに、淡いライムグリーン色の光が壁沿いに貫き、オーロラのように鮮やかな波を描いていく。
だが、その美しさとは裏腹に圧し掛かってきたのは、研ぎ澄まされた鋭い刃を思わせる―邪悪で全てをなぎ倒し、屈服させるような力。
中心部分に近づくごとにその力が増していくことを瑞科は全身で感じ取っていた。
最深部に足を踏み入れた瞬間、耳に届いたのは、何かの祈り―否、呼びかけ。
しかも、ただの呼びかけではない。闇の向こうに眠っている何かを引きずり出さんとする巨悪な意思の力。
周囲を見渡すと、瑞科の左手方向にぽっかりと空いた巨大な横穴が広がっていた。
その奥では4人の司祭たちが地に描かれた魔法陣を囲み、中心に飾られた悪魔像へ向かって邪悪な祈りをささげていた。

「応え、応え、我がもとに」
「父なる御方の導きに」
「大いなる導きに従え」
「従え、従え」

異様なまでに興奮しきった様子で祈り―いや、召喚を行っている司祭たちの姿に瑞科は一瞬息を飲んだ。
だが、即座に瑞科は走り出しながら、悪魔像に向かって短剣を投げつける。
青白い火花が走り飛び、ライムグリーンに輝く魔法陣を突き抜けて、短剣は悪魔像の眉間を鋭く貫いた。

「キシャァァッァァァッァァァァァッ!!!」
「これ以上の悪魔召喚はさせませんわっ!」

耳をつんざく悲鳴を上げる悪魔像に瑞科は迷うことなく飛びかかると、全体重を乗せた拳を顔面に食らわせる。
短剣に貫かれた傷から無数の亀裂が走り、強烈な瑞科の拳を浴びせたことで、悪魔像は生き物のように断末魔の叫びをあげて砕け散った。
わずか数秒の出来事に司祭たちは呆然となり―直後、怒りが頂点に達し、憤怒の叫びを上げた。

「貴様ぁぁぁぁッ!!」
「我らの偉大なる『父なる御方』の現身をよくもっ!!」
「生きて帰れると思うなよっ、愚昧なる審問官」
「覚悟せよっ!!」

怒りに燃えた司祭たちは我を忘れ、自らの周辺に無数の魔法陣を描き出すと、すでに従わせていた魔物たちを召喚する。
サラマンダーやゴブリン、レッサーデーモンをはじめとする低級の悪魔からリッチやワイバーンといった中級悪魔を次々と召喚し、呆れ顔をした瑞科に襲い掛からせる。

「怒りに我を忘れて、攻撃させる……戦いで一番あってはならないことですわね」
「全くだ。美学の欠片もないよ」

呆れた青年のつぶやきが聞こえたと思った瞬間、凄まじいほど殺気だった魔物たちは主たる司祭たちの命令を待たず、瑞科に狙いを定める。
やれやれと肩を竦めると、瑞科は空中から手を広げて急降下してくる数匹のリッチを剣で薙ぎ払うと、群れを成して飛びかかってきたゴブリンの顔面を蹴りを入れ、吹っ飛ばす。
なぎ倒され、吹っ飛ばされたゴブリンたちまで巻き込んで、サラマンダーたちが瑞科に向かって炎を吐く。
だが、慌てることなく、瑞科は素早く炎をかわすと剣を閃かせ、首を跳ね飛ばす。
上空から滑降してくるワイバーンを目の端で捉えると、しつこく襲い掛かってくるゴブリンとレッサーデーモンを踏み台にして飛び上がる。その背に乗ると、二メートルはあろう両翼を掴み、瑞科は裂帛の気合と共に根元からへし折った。
絶叫を上げ、縦回転しながら落下していくワイバーンから身軽に飛び降りると、最後に残っていたレッサーデーモンたちに拳を振う。

「バ……バカなっ、あれだけの数の魔物を」
「ひるむなっ!!従えた魔物たちをありったけ呼び出せ」
「そうだ。あ奴を生かして帰すわけにはいかんのだ」
「魔物など所詮、『父なる御方』とって捨て駒よ。いくらでも呼び出して使え」

華麗に舞い踊るかのごとく戦う瑞科に司祭たちは圧倒されながらも、自らを奮い立たせるように再び魔物を召喚すべく、魔法陣を描かんと試みる。
最後の一体を殴り飛ばし、壁に叩き付けた瑞科は司祭たちの身勝手かつ傲慢極まりない言葉に言いようのない不快感を覚え、眉間にしわを寄せた。
いくら魔物であろうと、捨て駒などと切って捨てていいはずがない。
だからこそ、この司祭たちを許すわけにはいかなかった。
再び空に描かれた魔法陣が輝きを増したのを見て、瑞科は埒が明かないと思いつつも、剣を構える。
いくら召喚しようとも、瑞科にとっては余裕の数。そのうち彼らの精神が持たないと瑞科は踏んでいた。
だが、異変が起きた。
司祭の一人が作り出し、力の輝きを発していたはずの魔法陣は何の反応も見せず、煙のように一瞬にして消えていく。
唖然とし、困惑する司祭。だが、それは一人だけに起こっただけではない。
残り3人の司祭たちにも同様だった。
慌てて召喚の魔法陣を描かんとするも、何の反応も起こらない。
訳が分からず、混乱する司祭たち。
何が起こったのかは分からないが、その絶対的な好機を見逃す瑞科ではなかった。
常人の目に止まらないほどの速さに一瞬にして達すると、瑞科は司祭たちの間合いに踏み込み、無防備な一人の司祭の顎に全力で拳を突き上げようとして―突如、現れた手に阻まれた。

「少し待ってもらえるかな?武装審問官」
「貴方はさきほどの」

珍しく驚いた表情を浮かべた瑞科に向かって微笑むのは、あの銀髪の青年。
瑞科の攻撃を防ぎ、その手首を掴んでいた青年は失礼、と短く答えると、瑞科から距離を取り、司祭たちと相対する。
その姿を見た司祭たちは一斉にひざまずき、恭しく頭を下げてかしこまった。

「ずっと見させてもらったよ、お前たちのやり方を。実に面白かったよ」
「光栄でございます。メ……」
「だが、魔物を捨て駒とは聞き捨てならないな。お前たちだって、お前たちで言う『父なる御方』―『ルシファー』にしてみれば、同じだよ。単なるゲームの捨て駒がいい度胸だ」

射抜くような氷の瞳に微笑を浮かべて、青年は呆然と立ち尽くす司祭たちに背を向け、残酷なまでに面白そうに切り捨てた。

「このゲーム、お前たちの負けだ。そこの武装審問官にやられてしまえ」
「そんなっ!!」
「どうか御慈悲をっ」
「メ……」

一瞬早く立ち直った司祭の一人が名らしき言葉を呟こうとした瞬間、ギャッと短い悲鳴を上げ、蒼い業火に包まれる。
ひぃぃぃぃぃぃぃっ、と情けない声を上げて、腰を抜かす司祭たちに青年は笑みを一つ残して、空間に溶けて消えた。

「どうやら、頼みの『父なる御方』たちに見捨てられた、ということですわね」
「う……うるさいっ!お前さえ……お前たち『教会』さえいなければ、こんな惨めな目に合うこともなかったんだっ!!」

じゃりっ、と地面を踏みしめて近づいてきた瑞科に司祭たちは責任転嫁に過ぎない喚き声を上げて、手近にあった石を投げつける。
驕れるものも久しからず、とはよく言ったものだ、と瑞科は石をかわしながら、頭の隅で思う。
大悪魔にして魔王の威光を笠に、教団において絶対権力を振ってきたというのに、頼みの威光から見捨てられただけでここまで落ちるとは、まさに、だ。
が、哀れに思うも、今まで彼らがしてきたことを覚えば、容赦するわけにいかなかった。

「自らの罪と愚かさを悔いて、眠りなさい」

救世の修道女らしく瑞科は柔らかく微笑むと、幼子のように聞き分けなく暴れ狂う司祭たちの首筋に鋭い手刀を与える。
本来なら拳を与えてやりたいところだが、先ほどの一件で気がそがれ、昏倒だけで済ませたのは慈悲だろう、と思う瑞科だった。