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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪意の幻惑 黒き断罪―真実を握る者

いつも以上に張りつめた空気が礼拝堂を支配し、厳粛さを一層増していた。
報告を受けた司令はひどく難しい顔をして、控えている瑞科を見つめた。

「ご苦労だった、白鳥審問官。今回はひどく厄介な……いや、一つ間違えば危険な事態となった任務だったな」
「いえ、問題はありませんでしたわ。ただ、盲目的に悪魔を信じ込む危うさを思い知りました」
「そうだろうな。狂信的なまでに信じ、結局は裏切られた―いや、見捨てられたというべきか……白鳥審問官」

深く息を吐き出すと、司令はモノクルを直しながら居住まいを正した。

「本件はこれで終了とする。報告にあった『かの青年』については詮索無用―時期が来るまで、黙っているように」
「了解しました。では、失礼いたしますわ」

珍しく厳しい表情で念を押す司令に瑞科はにこやかに敬礼を返すと、礼拝堂を辞した。
エレベータで地上に戻ると、入り口に乗りつけられた自分の車に身を滑り込ませる。
非情に厳しい任務だったことから、そのまま休暇を取るように命じられた。
急なもので、何も考えていなかったが、瑞科はふと思いついたように、ある場所へと車を走らせた。

大通りから逸れた裏通りに、その店は佇んでいた。
ドイツやフランスの田舎街で見られそうな農家を思わせて、一見さんが入るには少しばかり勇気がいる。
その隣にある駐車場に車を止めると、瑞科は木枠のドアを押し開けた。
カラン、と音を立てて、飾られたカウベルが鳴り、来店を告げる。
店内は照明を抑え気味にしてあるせいか。少し薄暗い。だが、印象は悪くなく、逆に窓から差し込む木漏れ日が柔らかな雰囲気を与える。
テーブル席が5つにカウンター席が5つ。
一番込み合うだろう昼を過ぎ、店が落ち着きを取り戻す時間帯であったため、客は数人だけだった。

「あら、珍しいわね。いつものにする?」
「いえ、エスプレッソいただけます?」

カウンターから愛想よく声をかけたのは、温和な顔立ちをした給仕らしき女に瑞科はおっとりとした声で答える。
一瞬、女の瞳が驚愕の色が宿ったが、すぐさま消え、エスプレッソね〜とのほほんとした様子でカウンター奥の調理場に消えた。
しばらくして、エスプレッソを持って、女は戻ってくると、カウンターの一番端に腰かけた瑞科にカップを黙って置いた。
と、ちょうどよいタイミングで窓際のOLらしき女性たちが呼んだので、女はごゆっくり、と声をかけて、そちらに行ってしまう。
それを見送りながら、瑞科は少し苦笑を零す。
少しばかり脅かしてしまったらしい、と直感した。
いつもならカプチーノを頼むのに、エスプレッソ―それは瑞科からこの店の『真』の主人への合図だからだ。
香り立つエスプレッソを飲み干す頃、気づけば、店には客の姿はなく、瑞科のみとなっていた。

「久しぶりだね、瑞科。『こちら』に用があるとは、いったい何があった?」
「お久しぶりですわ、マスター。今回の任務で少々」

柔らかく微笑む瑞科の前にいたのは、前脚をなめる毛足の長い黒猫が座っていた。
マスターと呼ばれた黒猫は大きく伸びをすると、改めて瑞科と向き合った。

「話は聞いてるよ、瑞科。今回は『魔王』信奉者だったんだろ?調子に乗って、名もなき悪魔やベヒモスなんて大物を無駄遣いさせた愚かな連中だって。ばかだね〜」

心底楽しそうにケタケタ笑う黒猫に瑞科は苦笑して、そうですわ、と零すと、背筋を正す。

「お聞きしたいのは、ある人物のことですの。貴方ならご存知ではありませんか?」
「どんな奴だい?瑞科。ほかならぬ君の頼みだ。最初は無料で答えよう」
「銀髪に紫暗色の瞳を持った青年。軽そうに見えますが、向き合うと、とてつもないプレッシャーを感じられる―そんな青年ですわ」

ルシファーなんて大物が絡んでいたのだから、とてつもない人物だと思うのですが、とつぶやく瑞科に黒猫はペロリと前脚をなめて、平然と至極当たり前とばかりに言い放った。

「そりゃそうだ。大悪魔にして魔王と肩を並べる実力者だよ、そいつ。サタンよりはまだいいね」
「?誰ですの?」
「分からないかい?かなり有名だよ」

訳が分からないと首をかしげる瑞科に黒猫はにやりと一つ笑うと、トンッと軽い足取りでカウンターに降りた。
こういう時の黒猫マスターは自分で考えろと暗に告げている。
それを知っている瑞科はしばし考えを巡らせ―行きついた答えに絶句し、息を飲んだ。

「まさか……でしたら、なぜ出てきたんでしょうか?」
「答えは決まっているよ。ただの気まぐれ」
「気まぐれ!?」
「驚きかい?でも、そうなんだよ。あの男―ルシファーやサタンと肩を並べると呼ばれる存在―『メフィストフェレス』は、ね」

にやりと眼前で笑う黒猫マスターに瑞科は驚愕して、思わず椅子を蹴って立ち上がった。
それなりの地位を持った悪魔だろうとは思っていたが、まさか、そんな大物が出てくるとは思ってもみなかった。
だが、頭のどこかで納得する自分もいることに瑞科は気づいていた。
あれほどの力を持った悪魔など、滅多にいるわけがない。
司祭たちに愛想をつかせていたのか、こちらに手を貸してくれた『気まぐれ』に心底感謝する。

「驚きましたわ。あんな超大物とは」
「気になったんだろうね〜小物の教団作って、カモフラージュして、自分たちは安全圏にいながら、デカい『教団』作り上げた連中が、ね。でも、アークデーモンたちを『使う』ことができなかったのが、気に食わなかったんだろうね」
「それが理由ですか……悪魔の考えは分かりませんわ」
「分かったら、怖いよ。僕らみたいな情報屋には手に余るんだよね〜超大物は」
「言いますわね、情報屋『ケットシー』さん」

にゃはははははっ、と笑う黒猫マスターに瑞科は椅子に座り直し、微笑を返す。
気楽な態度だが、このマスターがもたらす情報は正確で信頼がおける。
この業界ではかなり知られた情報屋だが、接触できる人間は限られていて、大抵は最初に応対した給仕がマスターから情報を記したメモを渡されるだけだ。
瑞科は黒猫マスター・ケットシーに気に入られ、直接話をできる権利を得た幸運な人材だった。

「本当のことだよ、瑞科。彼らに下手に関わると命がない。『教会』もそれが分かっているから、君に警告したはずだよ?例えば、余計な推測、詮索はするな、とかね」
「……言われましたわ。時期が来るまで詮索無用、と」
「だろうね。大物過ぎて手に余るってことさ」

はぁっと大きく息を吐き出す瑞科に、用件は終わりだね、と、ケットシーはくるりと背を向け、カウンターの裏へと姿を消した。
それを見計らったように、給仕がトレイに乗ったいくつかの食器類とカプチーノを持って、奥の厨房から姿を見せた。

「話は終わったね。いつものお任せパスタセットとカプチーノ、良かったらどうぞ」
「ありがとうございます。お昼を食べていなかったから、ありがたくいただきますわ」

営業用の笑みを張り付けて、彩の良いサラダとたっぷりときのことベーコンを使ったクリームパスタにコンソメスープを手際よく並べ、最後にカプチーノを置くと、給仕はいそいそとカウンターへと戻っていく。
何事もなかったように瑞科はにこやかにほほ笑むと、その好意に有難く感謝してフォークを手にした。
黒猫マスターの件を抜きにすれば、この店は隠れた名店として知られていて、瑞科だけでなく、『教会』の間でも人気のある店だ。
お昼時には、『表』で働いている会社の社員たちも行列を作り―昼休み終了、時間切れになること多々ある。
瑞科も何度か昼休み終了となって、涙を飲み、コンビニに駆け込んだことか分からない。
今日のように落ち着いた時間に来れば一番いいのだが、そうも言ってられない。
くるくるとパスタをフォークに巻きつけながら、それにしても、と瑞科は思う。
今回の任務は少々時間をかけ過ぎたかもしれない。だが、超大物たちが絡んでいたのにも関わらず、あれだけで済んだのだから、今はいいとした。

「次の任務はどんなものになるかしらね」

くすりと笑うと、瑞科は巻きつけたパスタを口に運び、まろやかな味を堪能するのだった。