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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


夏の終わりに(前編)


「あーっ、パキコの新しいのが出てるぅ」
 屋台を覗き込むなり、その少女たちは騒ぎ出した。
「山ぶどう味だって。ちょっと前に出てた『ぶどうスムージー』と、何か違うのかな」
「んー、秋の味覚って事じゃない?」
「えーっ、まだこんなに暑いのに」
「でもほら。お芋アイスとか月見大福とか、ありますわよ」
「そっか。もう8月も終わりだもんねえ」
 神聖都学園に通う、女子高生の一団である。4人。アリア・ジェラーティのアイスクリーム屋台に群がり、はしゃいでいるところだ。
「ね、ね、ガチガチ君の新製品は出てないんですか? 今度はカレー味とか、トンコツ味とか」
 女子高生の1人が、そんな事を訊いてくる。アリアは答えた。
「……それ系の味は、しばらく出ないと思いますよ。前のミネストローネ味は意外に売れたけど、所詮は話題作りですから」
「あたし好きだったんだけどなぁ。美味しかったよね? あれ」
「うーん、あの味は……はっきり言って、何かの罰ゲームですわ」
 言いつつ女子高生の1人が、ちらりとアリアを観察する。
 小さな女の子が、1人で屋台を引っ張っている。確かに、物珍しさはあるだろう。
 小さな女の子と言っても13歳なのだが、小学生に見られる事が多い。
「お家の方の、お手伝い? 大変ですのね」
「……仕事ですから」
 応えながらアリアは、小さな鼻をひくつかせた。
 石の匂いがした。このお嬢様口調の女子高生から、漂い出している。
 同じ匂いを感じた事がある、とアリアは思った。
 いつ、どこで、何者から感じた匂いであったのかは思い出せない。
 4人の女子高生は、1つずつ氷菓を買ってくれた。食べながら、会話をしている。
「とゆーワケでぇ、夏が終わっちゃう前に肝試しをやってみたいと思うんだけどぉ」
「いいねぇー。あ、そう言えば知ってる? うちの学校のプールに、出るって話」
「体育館と音楽室にもね。何か、ちょっとしたホラースポットよねぇ。うちの学校」
「出る……って、本当に見たという方はいらっしゃいますの?」
「だからぁ、本当に見に行こうって言ってるんじゃない。あたしらはねぇ、アンタが恐がってるとこ見てみたいのよん」
 やめた方がいいのではないか、とアリアは思った。
 様々なものを引き寄せ、集めてしまう学校である。
 興味本位の肝試しで、幽霊どころではない恐ろしいものと出会ってしまうかも知れないのだ。


「肝試し……やて?」
 眼鏡の奥で、セレシュ・ウィーラーは目を丸くした。
 付喪神の少女が、学校から帰るなり珍妙な事を言い出したのだ。
「夜中に学校に忍び込んで……肝試し、やて? 今時そんなんする子がおるんか」
「私を恐がらせてみたい、なぁんて言っておりますのよ。その子たちときたら」
 少女が、何やら闘志を燃やしている。
 元々、石像であった少女だ。
 そこに自我と疑似生命が宿り、今は付喪神とも呼ぶべき状態にある。
 無論そんな正体を公にしているわけではなく、人間の少女として神聖都学園に通い、一緒に肝試しをするほどの友達も出来たようであるが。
「まあ、同じ夜の校舎に忍び込むんでも、窓ガラス壊して回るよりマシやろうけど……」
「……そちらの方が今時あり得ませんわ、お姉様」
「そ、それより肝試しなんて、やめといた方がええんちゃうか。うちらの同類みたいなんもおる学校やけど、その子らは普通の人間やろ? 何か出たら、戦えるんは自分1人やろ」
「スリリングですわ、その方が」
「あの学校……出る時は、ほんまに出るんやで」
「心配御無用ですわ、お姉様」
 闘志漲る美貌が、ニヤリと不敵に歪む。
「吸血鬼やら雪女やら人形使い、その他諸々に比べたら……幽霊なんて、可愛らしいものでしてよ」


 不審人物がいた。
 神聖都学園近くの住宅街を、うろうろと落ち着きなく歩き回っている。行こうか行くまいか、迷っている様子である。
 頭にはショール、顔にはサングラスとマスク。ほっそりとした身体は露出なくロングコートに包まれているが、体型から、女性である事は明らかであった。
 屋台をガラガラと引きながら、アリアは歩み寄り、声をかけた。
「……アイス、いる? 甘いもの食べてコーヒー飲んで、少し落ち着いたらいいのにって思うんだけど」
「! いっ、いや別に、うちは怪しい者では」
 不審人物がビクッ! と振り向いてくる。
「……って、アリアちゃんやないの」
 ショールがほどけ、金髪が溢れ出した。まるで大量の、金色の蛇のように。
 不審人物が続いてマスクを外し、サングラスを素早く眼鏡に掛け替える。
 アリアの知っている顔になった。
「セレシュさん……」
「お久しなあ。相変わらず1人でアイス売っとるんや。あきんどの鑑やなあ」
 セレシュ・ウィーラーがそう言いながら、アリアの頭を軽く撫でる。
 ふわりと、石の匂いが漂った。
(……セレシュさんの、匂いだったんだ……)
 思い出しつつ、訊いてみる。
「……こんな所で何やってるの? ストレス溜まってるんなら、やっぱりアイスだね。バーゲンダックのアロマハーブ風味が」
「ちゃうちゃう、別に犯罪やらかそうとしとるワケやないて。まあ、忍び込もうとしとるんは確かやけど……そや。アリアちゃん、ちょう頼まれてくれへん? お仕事代きっちり払うさかい」
「お金はいらない。今日はアイスがよく売れたから」
 アリアは即答した。
「……で私、何すればいいの?」
「実は……うちの知り合いがな、学校で肝試しするとか言い出しよって」
「……石の匂いがする、お嬢様口調の女の子? そう言えば、そういう話してたけど」
「知っとるん? なら話早いわ。何しろあの学校やし、ただの肝試しで終わらへんような気がするんよ」
「何かあったら、助けてあげればいいのね?」
「うちよりアリアちゃんの方が、怪しまれへんし見つかりにくいし」
「同じだと思うけど……」
 思わずそんな言葉を漏らしてしまうアリアに、セレシュが何かを手渡してきた。
 長方形の紙の束、である。何やら奇怪な、図形や記号や文字らしきものが、書き連ねられている。
「うちが作った、退魔のお札や。悪霊・怨霊の類なら大抵、これで何とかなると思うで」
 受け取った瞬間、とてつもなく熱い鼓動のようなものを、アリアは感じた。
 魔力の、脈動。
 凄まじい力が、これら退魔の札には籠められている。
 セレシュ・ウィーラーの魔力。
 この女性に関して、アリアはまだそれほど詳しい事を知らない。
 人間ではない、という事が何となくわかるだけだ。
 仄かに漂う、この石の匂い。
 石に関わりある種族であろう、という事まではわかる。
 石は、不変の象徴。
 石属性の種族には、不老長寿の者が多い。
 10代の少女にも見えるセレシュ・ウィーラーが、本当は何歳であるのか、外見からは判断がつかないのだ。
 息子や娘がいてもおかしくないのでは、とアリアは思っている。
「恩に着るでアリアちゃん。ほんま、おおきに」
「着てくれなくていいから1つだけ、教えて欲しいんだけど」
 アリアは訊いた。
「あの子、セレシュさんの……もしかして子供?」
「なワケあらへんがな……っと言いたいとこやけど、な」
 セレシュが曖昧に微笑む。
 いろいろ複雑な事情があるのだろう、とアリアは思った。


 この夜。一時的な異常気象が、街を襲った。
 8月だと言うのに、寒風が吹きすさんでいる。
 氷の粒子を含んで、キラキラと冷たく輝く夜風。
 路面は凍結し、スピードスケートリンクにも似た氷の道路と化した。
 その上を、妖精が舞っている。そのように見える。
 青い髪をふんわりと揺らし、純白に近い水色のワンピースをヒラヒラとはためかせながら。
 アリア・ジェラーティであった。
 華奢な両脚が、スケート靴を履いたままスピーディーに躍動し、ほっそりと小柄な肢体からはキラキラと冷気が溢れ出して寒風となり、吹き荒れ続ける。
 凍り付いた路面をスケート靴で蹴り削りながら、アリアは滑り駆けた。
 神聖都学園の塀が、前方に見えてきている。
 氷の煌めきを蹴散らし、アリアは跳躍した。
 冬の妖精を思わせる小柄な細身が、竜巻の如く捻転・回転しながら夜空を舞い、満月と重なり、優美なシルエットとなる。その周囲で、冷気の粒子が月光を受けてキラキラと輝いた。
 冷たい輝きをまき散らし、身にまといながら、アリアは塀を飛び越え、学園敷地内へと着地していった。
 スケート靴の刃が、軽やかにコンクリートを打つ。
 そこはプールサイドだった。
 学校のプールに、何かが出る。あの女子高生たちは確か、そんな話をしていた。
「寒ぅ……い……」
 声がした。か細い、女の声。
「あたし1人だけ、寒いのは嫌……ちょっと、そこのアンタ……あたしと一緒に、泳ぎなさいよぉ……水泳部に、入れてあげるからああ」
 1人、少女が立っていた。プールの中、水面の上に。
 青白い肌は、濡れて黒髪をまとわりつかせたまま月光を浴び、その色艶は禍々しいほどだ。
 凹凸のくっきりとした身体には、濃紺のスクール水着がピッチリと貼り付いている。
 たわわに膨らんだ胸の内側では、心臓が脈打っていない。全身に、血が行き渡っていない。
 血の流れる肉体を、この少女は持っていない。
 それが、アリアにはわかった。
「今の水泳部は、なってないわ……あたしらの頃は、寒中水泳が当たり前だったのに……」
 肉体のない少女が、相変わらずか細い声を漏らし続ける。
 1人の女子生徒が、寒中水泳で心臓マヒを起こし、命を落とした。そんな事件が昔、この学校では起こったらしい。
「あんた水泳部に入りなさい……あたしが、鍛えてあげるからぁああぁ」
「……私、この学校の生徒じゃないんだけど」
 アリアの言葉を、亡霊の少女はすでに聞いてはいない。
 青白い細腕がユラリと掲げられ、それに合わせてプールの水が激しくうねる。
 そして津波の如く隆起し、アリアを襲う。
 きらきらと、冷気が渦巻いた。アリアを防護する形にだ。
 氷の粒子を大量に含んだ、寒風の渦。そこに津波が激突する。
 水飛沫が、氷の破片に変わった。
 プールは、一瞬にして凍り付いていた。
 アリアを飲み込む寸前の高さまで達した津波が、そのまま巨大な氷塊と化している。
 勝ち誇ったかの如く片腕を掲げたまま、少女の亡霊は氷に包まれていた。
 肉体の屍は棺に入れられ火葬されたのであろう少女が、今は氷の棺の中にいる。
 しなやかな両の細腕も、スクール水着を内側から突き破ってしまいそうな胸の膨らみも、ムッチリと溢れ出した尻と太股も、氷の中で禍々しい色艶を保ったまま時を止められている。まるで生きた肉体のように。
「うん……なかなか」
 愛らしい顎に、アリアは片手を当てた。
 氷と月光は実に相性が良い、と思った。


「ち、ちょっと! 何よこれ!」
 プールサイドに足を踏み入れると同時に、少女たちが悲鳴じみた声を発する。
 プールが、津波の如く隆起したまま凍っていた。
 凍り付いた荒波に囲まれたまま、水着姿の少女が1人、氷に閉じ込められている。
「これ……作り物、だよね?」
「芸術家気取りのバカが、この学校にはいるみたいねえ……確かに、良く出来てるけど」
「これはキモい、引くわぁ……幽霊より、こういうの作る奴の方が恐いよ」
 芸術作品に見えなくもない、この光景を作り出した何者かの姿は、どこにも見えない。
 肝試しに来た女子高生4人のうち1人は、他3名のように恐れおののいたりせず、氷の少女を冷静に観察している。
(これ、お姉様の仕業……じゃ、ありませんわよね?)
 セレシュ・ウィーラーに氷属性の魔力はない、はずであった。
 が、この氷の芸術作品は、あまりにも似ている。これまでセレシュによって石像に変えられてきた、数々の怪物たちに。
(まさか、保護者気取りでこっそり後をつけて来ていらっしゃる……? それは勘弁ですわよ、お姉様)