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<東京怪談ノベル(シングル)>


高みにて彼女は微笑む
 巨大な商社ビルにて、テキパキと仕事を片付けている一人の女がいる。
 タイトスーツにそれと揃いのスカートを身につけた、美しい女。彼女の仕草は、実に優美だ。ありふれた動作も、彼女がするだけでまるで映画のワンシーンのように見る者を魅了するものとなる。
 不意に、彼女の元にとある者から一通のメッセージが届いた。ちょうど今日の仕事を終えたばかりの彼女は、文面を確認すれば立ち上がり、どこかへと向かい歩き始める。
 黒のストッキングに包まれた足はしなやかで美しく、歩くだけでも彼女の姿は絵になった。
 女はビルの奥へ奥へと進んで行き、やがて人けのない通路へと足を踏み入れる。
 コツ、コツ。と、彼女の履いているブーツが床を叩く小気味の良い音が周囲へと響く。その音は、ある場所で止まった。
 地下へと続く階段の先で彼女を待ち受けていたのは、厳粛な雰囲気の無機質な扉だ。
 ノックをしようと、女は扉の前へと手をやる。しかれども、彼女の来訪に気付いたらしき室内の主の声がそれを遮った。
「入りたまえ」
 威厳のある重厚な男の声に導かれ、女は室内へと足を踏み入れる。
「君をここに呼んだという事は、分かっているね?」
「ええ。……任務、ですわね」
 椅子へと腰をかけている上司の言葉に、女――水嶋・琴美はどこか余裕を孕んだ笑みを浮かべた。
 男はその返答に一度頷き、言葉の続きを述べる。
「非合法な人体実験を、秘密裏に実施している企業がある」
 ……製薬企業ノーブル。
 相手の口から紡がれた企業の名を、琴美は脳内で反復した。蓄えた豊富な知識の中から、彼女は関係のありそうな情報を瞬時に引っ張り出す。
「君には、その企業の研究所を壊滅してもらいたい」
 壊滅。男の口から、物騒な言葉がこぼれでた。
 されど、女は顔色一つ変えない。自信に満ち溢れた女神の如し笑みを浮かべ、琴美は首を縦へと振った。
「了解いたしましたわ、司令」
 琴美にとっては、このようなやりとりは……否、このようなやりとりこそが日常なのだ。普段の商社での仕事は、所謂表向きのものに過ぎない。
 自衛隊の中に、非公式に設立された特殊部隊が存在する。特務統合機動課。暗殺や情報収集、魑魅魍魎の殲滅が主な任務な部隊だ。
 琴美は、その部隊に身を置く実力者であった。

 ◆

 するりと脱げ落ちた衣服が、彼女の肌を撫でる。施設にある琴美の私室にて、彼女は任務へと向かう準備を慣れた手つきでしていた。
 臀部にフィットする黒色のスパッツを、琴美は身に付ける。それを履いた彼女の姿は、ひどく扇情的だ。
 次いで、同色のインナーが琴美の豊満な体を包み込んだ。着用の際にインナーの中へと迷いこんでしまった黒色のロングヘヤーを、彼女は両手でかきあげて外へと誘う。色っぽい吐息が、彼女の艶やかな唇からこぼれ落ちた。
 手際よく、琴美は着替えを進めていく。形の良い尻を、スカートが覆い隠す。このミニのプリーツスカートは、彼女のお気に入りのものだ。
 次に琴美が手にしたのは、着物。その美麗さは、美しき彼女によく見合う。
 けれど、それはただ美しいだけのものではない。両袖が半袖になっていて、帯は巻かれた形になっている、特別に改造した彼女の戦闘服だ。
 それを身にまとった彼女の艶やかさは、筆舌に尽くし難い。この世のものとは思えない、幻想的とも言える美しさなのだ。
 琴美は、芸術品の如し美しき手にグローブをはめる。傷一つない綺麗な足は、膝まである編上げのロングブーツの中に身を潜めた。
 どの衣装も彼女によく似合っていて、ただでさえ溢れている琴美の魅力を更に高めていた。
 仕上げは、スカートとブーツの隙間から覗いている色っぽい太腿だ。彼女はそこへ、自身の武器であるくないをベルトで付ける。
 こうして、準備は全て整った。目前の全身鏡で、琴美は自身の姿を確認する。
 代々忍者の血を引き継いだ家系に生まれた現代のくの一の姿が、そこには写っていた。

 ◆

 決して、易しい任務ではない。件の研究所と研究員は、精鋭の護衛部隊が守っていると聞く。
 けれど、幾つもの修羅場をその優れた実力で渡りきってきた琴美の胸に、不安や恐怖の文字はなかった。
 琴美の顔は、自信に満ち溢れている。彼女は、任務が失敗する可能性など決して考えない。その可能性がゼロに近い事を、自分の力を自覚している彼女は知っているのだ。
 故に琴美は、ブーツの音を響かせながら迷いなく歩みを進めて行く。
 彼女はステルスヘリへと乗り込むと、操縦席にいる自身の組織員に問いかけた。
「準備は出来てまして?」
「はい! いつでも行けます!」
「いい返事ですわね。よろしくお願いいたしますわ」
 そしてヘリは、空へと飛び立つ。高みへと彼女を誘う。
 向かう場所は、製薬会社ノーブルの研究所。そこは今宵、琴美を最高に輝かせる舞台となる。
 ――戦場という名の舞台に。
 琴美の扇情的な唇が、弧を描く。まっすぐに前を見据えながら、彼女は呟いた。
「さて……ミッションスタート、ですわ」