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<東京怪談ノベル(シングル)>


高みにて彼女は微笑む(2)
 製薬企業「ノーブル」。秘密裏に人体実験を繰り返しているその研究所は、護衛部隊によって厳重に守られている。
「おい、どうした?」
 突然、一人の護衛がその場へと倒れ伏した。近くにいた護衛が、怪訝げに目を細めながら倒れた仲間に声をかける。
「……ぐっ!」
 しかし、直後彼も倣うようにその仲間の隣へと体を並べるはめとなった。明らかな異常事態に、護衛達の間に緊張が走る。
 その異常は、伝染していく。次々に、護衛達はその場へと倒れこんでいく。
 精鋭の護衛部隊である彼らであったとしても、何が起こったのかを瞬時に把握する事は出来なかった。真実を理解した時、彼らは戦慄する。
 ――女だ。
 気配を悟らせる事なく近づいてきた女が、彼らの命にくないを突き立てているのだ。
 水嶋・琴美。自衛隊、特務統合機動課でも屈指の実力者である彼女の奇襲に、護衛部隊はいとも容易くかき回されていた。
 その動きは目で追う事が出来ぬ程に速く、鮮やかだ。グラマラスな体で、彼女は軽やかに戦場を駆ける。
 琴美の攻撃は、迷いがなく的確であった。それでいて、見る者を圧倒させる程に美しい。
 一生に一度お目にかかれるかどうかも分からない程の、絶世の美女。傷一つつける事すら許されぬ芸術品の如し容姿を持つ女の襲来に、護衛達は目を疑う。自分は夢でも見ているのではないか、そう思ってしまう者までいた。
「あら、ぼんやりしている暇はございませんわよ?」
 琴美の凛とした声が戦場に響き、護衛達は我に返る。ようやく精鋭の護衛部隊らしい真剣な瞳になった彼らは、琴美に武器を向ける。
「やっと本気になったようですわね。さぁ、どこからでもかかってきくださいませ」
 妖艶な笑みを浮かべ、彼女はくないを構え直す。琴美の豊満な胸の奥で、心臓が期待に高鳴った。

『研究所は、精鋭の護衛部隊が守っていると聞いています。お気をつけて』
 ヘリの中で、自身の組織員に言われた言葉を琴美は不意に思い出す。
 いくら琴美が優秀といえど、相手の数が数だ。組織員も心配を隠しきれない様子であった。
『ええ。彼らの情報は、すでに全て頭に叩き込んでありますわ。相当の手練のようですわね』
 けれど、琴美はそう返すと、笑みを浮かべこう続けたのだ。
『楽しみですわ』
 組織員はその時、自分の心配が杞憂である事を悟った。
 琴美は、戦いに対して不安などは抱かない。それどころか、彼女は期待しているのだ。それほどの精鋭達と戦える事を。強者が自分の前へと立ちはだかる事を。
 なにせ、彼女はここのところ手応えのない相手とばかり戦ってきていた。自身の力を全て出しきる機会に、彼女は恵まれていなかったのだ。

(お手並み拝見ですわ、ノーブルの護衛部隊!)
 自身へと向かってくる護衛達を、彼女の扇情的な瞳が睨みつける。
 彼らの攻撃を、踊るように華麗な動作で彼女は避けた。自身に手をあげようとした不届き者に、彼女は音もなく接近。長く伸びた美脚を、相手に向かい振り上げる。編上げのロングブーツによる蹴りが、護衛の体に叩き込まれた。
 息を吐く間すら、彼女は彼らに与えない。まるでハープを奏でるかの如く優雅な仕草で、琴美はくないを持ち直す。そして、先程蹴り飛ばした相手へと追撃を加える。くないを突き刺し、護衛をまた一人戦闘不能へと追いやった。 
「この程度ですの? 私を退屈させないでくださいませ」
 期待に応えてくれない彼らに、琴美は残念そうに嘆息する。その間も、彼女の猛攻は止まる事はない。艶やかな髪が風に揺れる。色っぽい肢体が、戦場を優美に舞った。
 護衛達は彼女の隙を逃さぬよう、華麗なその動きを注視する。しかれども、琴美のミスを待つ事など愚考に他ならない。彼女は少しの失敗もなく、常に完璧な動作で相手に一撃を繰り出している。
 秀麗なその姿が男達の心を乱し、強大な彼女の力が彼らを翻弄する。美しさと強さを兼ね揃えている琴美に、敵はなかった。護衛達は、為す術もなくそのくないの錆となる。
 一人の護衛が、最後の力を振り絞り琴美に向かい手を伸ばした。けれど、琴美は華麗に跳躍しその手から逃れる。
 多大な力を持つ精鋭の護衛部隊。そんな彼らであろうとも、彼女のいる高みには決して届かないのだ。
「次はどなたでして?」
 美しき蝶のように、琴美は戦場を自由に舞う。優美でありながらも圧倒的な彼女の力に、護衛達は壊滅寸前であった。
 その時、琴美の前に一人の人物が立ちふさがった。相手の姿を確認し、彼女は口唇をあげる。琴美の慧眼は、すぐに相手の力を見抜いた。
 この男は、他の者達とは違う。この男は、他の者達よりも――強い。
「どうやら、隊長さんのおでましのようですわね」
 琴美の言葉に、返事はなかった。部隊の隊長らしき男は、ただ黙って琴美に向かい武器を振り上げる。
 相手の攻撃を、琴美がくないで弾き返す音が周囲に響く。その音が、琴美の舞台の第二幕の始まりを告げる鐘の代わりとなった。