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●In Shizumero animam suam.Si circa homines et salvaberis.
タイルに叩きつける水音だけが響くシャワールームに女は、たたずんでいた。
女の名を白鳥・瑞科(8402)という。
日常から非日常へのシフト──
瑞科の属する『教会』の、『司教会議』とも『審問会議』とも言われる
機関のからの命により悪魔と契約を行い、悪徳を尽くす邪教団の殲滅を命ぜられた瑞科。
気配を消す一環として僅かな体臭を消す為に行い始めた行為であったが、
瑞科にとって今では日常との決別の為の『禊』の儀ようになっていた。
シャワーを止め、バスローブに身を包む瑞科。
長く豊かな茶色の髪から滴る水滴を静かにバスタオルで包む。
髪が乾くまでの間、協力者から提示された情報をゆっくりと確認をする。
敵の拠点までは『兄弟』達の協力が着くが、それ以降は現場を任された瑞科の単独行動だ。
『教会』からの勅命は、敵の殲滅。
敵を侮り、討ち漏らす事は許されない。
蟻の子1匹逃さぬよう全ての情報を頭に叩き込む。
そろそろ迎えの車が間もなくやってくる時間である。
瑞科は、ローブを座っていた椅子に脱ぎ捨てると手早く下着をつける──。
月灯りに浮かぶ瑞科の肢体は、
四肢はすらりと長く伸び、
白く豊満な乳房と尻にくびれた腰。
女性らしい柔らかななだら隆起を描き、肉感的で見るものの目を奪う。
あるものにとっては女神の美しさと讃えられ、
あるものにとっては、悪魔の美しさと呼ばれる妖艶さを備えていた。
美しい白い指が、白いニーソックスを摘み上げる。
椅子に片足を乗せ、静かにソックスをつま先から履いていく。
肉付きの良い鹿のような豊かさを讃えた太腿にぴっちりとソックスが食い込む。
『教会』が瑞科の為に用意した服は、特注の最先端素材で作られた純白の戦闘用シスター服だった。
白装束は、何事にも汚されていない花嫁衣裳とも死装束とも見える──
空気抵抗を計算された服は、瑞科の妖艶なボディラインを際立たせるようにピッタリと肢体に張り付き、
活動しやすさから脚線美を大きく晒す腰下まで深くスリットが入っていた。
二の腕まである白い刺繍が入ったロンググローブ。
きつく絞められたコルセットは大きな胸を更に強調し、
純白のケープとヴェール。
清純さとなまめかしさアンバランスさが、瑞科の美しさを際立たせていた。
膝まである編み上げのロングブーツを履き、革にクロムの装飾がついたハンドグローブを着けた瑞科は、
愛用の剣を棚から取り出すと勢いよく部屋のドアを開けた。
ブーツの音を響かせ、廊下を進む瑞科に『兄弟』が、頭を下げていく。
『教会』に仇なす邪悪なものとの戦いは、不謹慎かもしれないが、強い敵との戦いは瑞科の心を高揚させる。
「Ferrum, ad locum ingentibus prostrati hominis(我が剣は甚だしい者を滅する為に)」
非日常──瑞科にとって、もう一つの日常。
『教会最強の戦闘査問官』の狩りの時間が始まった──。
***
「どちらから行かれますか?」
教団の拠点に向かう車を運転する『兄弟』の問いに瑞科が「正面から」と答える。
「向こうも真正面から来るとは思ってもいませんでしょうから」
それに建物の背後や抜け道は、『協力者』や『兄弟』達によって閉鎖されているのだから、
「”袋のネズミ”にわたくしも後れを取るつもりはありません。小細工は、必要ありませんわ」
と答える瑞科。
「シスター・ミズカ──くれぐれもお怪我をなさいませんように」
「ブラザーもお怪我をなさいませんように」
そういって瑞科は、天使の笑みを浮かべて車から降り立った。
***
──バン!
大きな音を立て、瑞科によって荒々しく開けられたドア。
「Ave.(こんばんは)
Quis credere stultum fanatici doctrinae nequam.(邪悪な教えを信じる愚かなる狂信者さん達)
Placere enim mortui peccatis paenitentiam.(罪を悔い改めて死んでください)」
侵入者である瑞科に向かって、容赦なく邪教団員達のSMGを放つ。
「In Shizumero animam suam.Si circa homines et salvaberis.(魂を鎮めよ、されば爾の周りの人々は救はれん)」
そのまま室内に走りこんだ瑞科の一閃が教団員達を斬り伏せる。
「最も……人の命を軽んじて悪徳を尽くしたあなた達をわたくしも『教会』も許す気はありませんが」
瑞科が鞘に剣を戻すと同時にドアとしての役目が出来なくなったドアが、ガタンと床に落ちる。
SMGの音を聞きつけた新たな教団員達が各々武器を手に瑞科に襲い掛かる。
「そんな大降りでは、わたくしの髪の毛一本損ねる事等できませんよ」
身体を沈め、くるりと太腿も露わに、振り向きざまに敵を足払いをした瑞科の剣が敵を突く。
二人掛かりで襲ってきた敵を、瑞科は右手の剣で斧を払い、左手でナイフを握った手を掴む。
「仲良き事は、良い事也……ですが、この程度の実力でわたくしを止めようなど片腹痛いですわ」
動けぬだろうと背後から襲ってきた男の腹を蹴ると、瑞科は両脇の男達を弾き飛ばす。
瑞科はそのまま力を殺さず、くるりとダンスを踊るように軽やかなステップで、男達を叩き斬る。
「弱い。弱過ぎですわ。これでは、わたくしが弱いもの虐めをする悪者みたいじゃありませんか」
瑞科は、瑞科の周りを教団員を見渡して呆れたように言った。
「次は、俺だ」
幹部らしい男が教団員達を掻き分け、瑞科の前に進み出た。
「教祖様が悪魔を呼び出す迄、少し遊んでもらおうか」
「それが本当だったら凄いですわね。わたくしは、まだ本物の悪魔を見たことがありませんからドキドキしますわ」
ジロジロと瑞科の身体を値踏みするように男は、眺めた。
「口がへらねえ姉ちゃんだ。しかし、シスターにしておくのは勿体無い身体だな。
あんたをとっ捕まえた後、たっぷり可愛がってやるよ。飽きたら教祖様に生贄にしてやるようお願いしてやるよ」
「悪魔信者らしい下衆な方ですね」
紅を差したように赤く形の良い唇を歪めて、瑞科が妖艶に笑う。
「あなたに大口を叩くだけの実力があるとよろしいのだけれど」
***
「──お話にならなかったですわね」
豊かな髪を掻き揚げ、剣を振るい着いた首魁の血糊を落とす瑞科。
実際、悪魔を呼びだされてしまえば『祓魔師(エクソシスト)』ではない瑞科もてこずっただろう。
だが首魁の男は、下卑た姑息な男であった。
慈悲を請い瑞科に投降を願った男は適わぬと知ると側近の男を盾にして瑞科を倒そうとしたが、瑞科は盾にされた側近ごと首魁を叩き斬った。
人の命を軽んじる人でなしの男、首魁の側近である。
所詮、首魁と同類の人でなし──慈悲をかける必要はない。
瑞科にとって心躍る強い敵ではなかったが、これで『教会の憂い』が晴れたのは確かである。
そう思うと瑞科の心もまた任務を完了した達成感に高揚するのであった。
──だが
「シスター・ミズカ。司令からの緊急連絡が──」
どうやら『教会の憂い』は、まだ残っているようである。
後始末は『兄弟』達に任せて次の任務に向かう瑞科だった──。
了
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