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<東京怪談ノベル(シングル)>


―おうちで『ラミア』―

 届いた郵便物を宛名別に仕分けた母が、あたしの所にそのダイレクトメールを持って来たのはその日の夕方の事だった。あの日、謎のラミア使いに操られてゲームに取り込まれそうになって以来、鏡面世界へと誘われる事も無く、あたしは普通に過ごしていた。有り体に言えばゲームを一回プレイするのに100円払うのが出費として痛いからゲーム台に近付けないだけなのだが、ラミアの事も『帽子の彼女』の事も気になるし……と思っていた矢先の事だった。
(……ふぅん? あのゲームを一般家庭用に移植……その開発モニターに、あたしが……?)
 かいつまんで言えば、内容はそんなところだった。つまり、アーケードゲームとして高い人気を誇る『魔界の楽園』をもっと手軽に楽しんで貰う為、家庭用ネット環境に移植して購買層の拡張を狙おうとしたものである。そのモニタープレイヤーに、あたしが選ばれた……と、こう云う事らしいのだ。
(ネット環境に繋がっている媒体なら、何でもOKなのね。パソコンでもスマホでも、携帯ゲーム機でも)
 なるほど、面白い試みだ。このやり方なら年齢・性別を問わず、幅広い層のユーザーに楽しんで貰える……元々あのゲーム機はネットワーク経由で全国の端末にアクセスできた。少々の改造でダウンロードアプリとして配布できるようになるなら、こんなに美味しい話は無いな……と、あたしはその話に興味をそそられ『何故、無名のプレイヤーであるあたしが選ばれたのか』と云う疑問をよそに、葉書に記載されていた連絡先にアクセスしてみた。あたしは自分用のパソコンなど持ってはいないが、家を留守にしがちな両親との連絡の為、早くから携帯電話を与えられていた。そのメールからのアクセスで、ユーザー登録は終了したようだ。けれど、あたしは未だ自分のパソコンなど持っていないので、携帯ゲーム機のネット機能を利用してそのアプリ版をダウンロードしてみる事にした。
 成る程、全てのネット環境に対応していると謳っているだけあり、そのアプリ版はすんなりとゲーム機のメモリーに収まった。本来これの利用にはソフト本体の価格と通信料が必要らしいのだが、クローズドβ版のテストモニターとして選ばれたあたしは、それが免除されるらしく無料で楽しむ事が出来るようだ。それはどうやらβから正規版になっても継続して利用できるらしい。その、『魔界の楽園』との奇妙な縁に些かの怪しさを覚えながらも、あたしはアプリを起動した。すると、その中にはあの『帽子の彼女』がいつもの姿で待機していた。
「ご無沙汰。最近遊びに来ないから、どうしたかと思ってたわ」
「二学期始まりましたからね、そうそう遊びに行けませんよ。それに何故か、最近はあの鏡面世界に誘われる事も無くなったし」
 ゲーム機の小さな画面でも、彼女は彼女だった。
「なんか妙な感じね、いつもの椅子と違って落ち着かないわ」
「やっぱり、大きな機械じゃなくて小さなゲーム機だからですか?」
「違うの。筐体の大きさは関係ないみたい。ただ、まだ開発中のプログラムだから何もかもが急ごしらえなのよ。この待機所も安物の壁で仕切られたムリヤリな個室みたいで、落ち着かないの」
 基本機能だけは移植できたが、まだ細かな部分の開発が間に合っておらず、調整もこれから行われるらしい。だからテストプレイが必要であり、ユーザーからの意見をフィードバックして細かい部分を作って行こうというのだろう。
 ともあれ、あたしはこれであの場所に行かなくとも『魔界の楽園』を楽しめるようになったようだ。これはお小遣いの乏しい中学生であるあたしにとって、有難い話であった。
「さて、と……どうやら通信機能はいつもの筐体と変わらないみたいだけど、どうする?」
「あ、あの……あたしがこの間作った『アミラ』になる事は出来ますか?」
「出来るみたいよ、アーケード版だと自動的にプレイヤーの側から選ばれた『ラミア』になるしかないけど、ダウンロード版の場合は自分のキャラになり切る事が出来るみたいね。ただ、レベル1の超弱いラミアだから、まずは格下の相手を倒して経験値を上げた方が良いと思うわ」
 成る程、アーケード版は誰がプレイするか分からないからキャラを選べないけど、ダウンロード版をプレイするのはその筐体の持ち主のみ。だから自分のキャラに変身する事が出来るんだ……しかしあたしは、まだ開発中のプログラムにログインする事を躊躇った。何が起こるか分からないという不安が付き纏ったからである。ところが……

「あ! ああぁぁぁぁぁぁ……!!」

 激しい痛みが全身を襲う。しかも強制的にゲームの中の取り込まれて行くようだ。何故!? 今までこんな事なかったのに……と、遠のいていく意識の中で、あたしは自分の体が少しずつ変化していくのを肌で感じていた。

 ドン! と、爆発音が至近距離から聞こえ、僅かな振動が肌に伝わる。ハッと目を開くと、あたしは荒野の真ん中に倒れていた。そして目の前には黒いローブを纏った魔法使いが立っていた。先程の爆発音は、その相手が放った攻撃による物らしい。
「いきなりダウンした状態で現われたから、何かのバグかと思ったぜ……しかし可愛らしいラミアだな」
「それはどうも……しかし倒れている相手に攻撃するとは、些か卑怯じゃありませんか?」
「何言ってるんだ、だから直撃はさせなかっただろう? 近寄って起こしても良かったんだが、罠だったら敵わないからな」
「……少し時間を頂けますか? まだ状況を把握し切れていないので」
「いいだろ。俺も最初はかなり混乱したからな、納得するまで周囲を観察しといた方がいいぜ」
 名乗った相手もゲームの中に入り込んだ、マイキャラを駆るプレイヤーのようだ。しかし個体差があるのか、向こうは普通にログインして来たらしい。その証拠に、ゲームスタートと同時にダウン状態だったあたしをジッと眺めていたらしいのだ。

 肩から流れるように見えている髪は青く、下半身も自分で設定した制服のスカートと同じ濃紺の鱗。そして豊かな胸を覆う、大きめの上衣……鏡が無いから確認は出来ないが、顔は恐らくあたしの物だろう。そのように作った『アミラ』なのだから。
「……お待たせしました……自分でデザインしたキャラに乗り移ってプレイできてるみたいですね」
「そうさ、それがこのダウンロード版の最大の特徴なんだ。ただ、アーケード版との同期を取る為にかなり無茶をしたらしいが」
「じゃあ、ログインする時に凄く痛かったのも、バグの所為?」
「……だから気絶してたのか。多分その通りだ、プログラムがまだ不完全らしい。さっきから見てるがあちこちに歪みが出てる。今日の所は引き揚げた方が良さそうだぞ」
 ウィザードの彼が懸念しているように、背景の一部が別な物になっていたり、バチバチと電撃のようなものが走っている個所もある。これは危ないな……と思い、あたしも直ぐにログアウトした。今度会う時はお手合わせ願いたいですね、そう言い残して。

「……危なかったね?」
「ビックリしましたよ、いきなり取り込まれるなんて聞いてないです」
「せめて、もう少し詰めてから発表すべきだったわね」
 あたしと彼女は冷や汗を拭いながら、感想を述べた。ただ、これから先どんどんアップデートは進むだろう。どのような結果が待ち受けているか、それは分からなかったが……

<了>