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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


探偵、再び


 飛行していると言うより、空中に立っている。
 まるで目に見えぬ足場があるかの如く、高空に佇み、身構える少女たち10数人。全員、たおやかな美貌で赤い瞳を輝かせ、しなやかな細身に、南米土偶を思わせる土器の甲冑をまとっている。
 そんな集団に囲まれたまま、アリーは背中から猛々しく翼を広げはためかせ、羽を散らせていた。
 舞い散る羽と一緒に、光が飛んだ。全方向に、まき散らされた。
 翼の羽ばたきに合わせて翻る白いロングコートから、何本もの閃光の筋が発射されたのだ。アリーを取り囲む、少女たちに向かって。
 投擲用の、小型のナイフ。
 飛来したそれらを少女たちは、土器の水着のようでもある鎧で受けた。肩当てが、胸当てが、篭手と脛当てが、小型のナイフを弾き返す。腹部や太股といった露出部分を巧みに庇う、高度な防御技術であった。
 跳ね返ったナイフを蹴散らすように、少女たちは攻撃に転じていた。目に見えぬ足場を蹴って、空中で疾駆・跳躍する。全方向から、アリーへと向かって。
 しなやかな繊手が、スリムな美脚が、土偶の篭手や脛当てで武装したままアリーを襲う。パンチ、手刀、蹴り、様々な形でだ。
 グランド・キャニオン遺跡内での戦いでは、この少女の1人が、飛び蹴りの1発で、半機械の大男を破壊したものだ。
 その蹴りを、アリーはナイフで受け流した。
 左右それぞれの手で握った、2本のナイフ。あっさり跳ね返された投擲用のものとは違う、鉈のような大振りの凶器である。
 左右のそれらを、アリーは防御の形に振るい続けた。
 大型の刃が2本、少女たちの鋭利な手刀を跳ね返し、高速の拳を受け流し、暴風にも似た蹴りを防ぎ止める。
「くっ……てめえら……ッ!」
 空中で、アリーは防戦一方に追い込まれていた。
 見上げながらフェイトは、とりあえず拳銃を抜いた。
 念動力で、自分の身体を空中に浮かべる事は、出来なくもない。だが浮かぶのが精一杯だ。このような縦横無尽の空中戦など、不可能である。
 この戦いにフェイトが参加しようと思うなら、地上から撃つしかない。
「結局……戦いになっちゃうのか……」
 アリーが一方的に戦いを始めてしまった、という状況ではある。
 アリゾナ砂漠の、地平線上。
 飛行機の墓場から、音を立てない航空機が次々と離陸発進してゆく。北西……オレゴンの方向へと。
 一体、何が目的でそんな事をしているのか、少女たちからもう少し話を聞いておきたかったところだ。
 だが彼女らが、訊いただけで素直に目的を話してくれるとも思えなかった。結局、最終的には戦いになるのだ。
 左右2丁の拳銃を、フェイトは空中に向けた。
 アリーへの誤射を避けるには、念動力による弾道修正が必要になるだろう。
 空中を睨むフェイトの瞳が、淡く緑色に発光し始めた、その時。
 気配が、フェイトのすぐ近くに生じた。それと同時に、攻撃が来た。
 とっさに、フェイトは後方へと跳んだ。風を巻き起こすものがブンッ! と眼前を通過する。
 かつて半機械の大男を一撃で粉砕した、蹴り。
 その凄まじい空振りに煽られるかの如く、フェイトは微かによろめいた。
「戦わないで……お願い……」
 土器の脛当てを履いた片足を、優雅に着地させながら、少女が言う。
「あの御方に、逆らわないで……」
「逆らっては駄目、戦っては駄目」
「あの御方を、怒らせては絶対に駄目……」
 1人だけではない。3人、5人……土偶の鎧をまとう少女たちが、フェイトの周囲で、いつの間にか10名を超えていた。アリーと空中戦を繰り広げている者たちと、ほぼ同数である。
 こちらでは、地上戦が行われようとしていた。
 戦わないで、と口で言いながら少女たちは、フェイトに向かって、じりじりと包囲の輪を狭めつつある。
 拳を突き込もうとする構えを、蹴りを跳ね上げようとする構えを、保ちながらだ。
 左右それぞれの手に拳銃を握ったまま、フェイトは両腕を広げていた。
 フルオートの掃射で、全員を瞬殺する。それが出来なければ自分が死ぬ。
 わかっていながらフェイトは、引き金を引く事が出来ずにいた。
 弾が当たれば死んでくれる相手なのか。まず、それがわからない。対霊銃弾でなければ倒せない邪精霊が、甲冑となって彼女たちを護っているのだ。通常の銃撃で、果たして倒せるのか。
(違う……俺がまた、悪い癖を出してるだけだ!)
 日本でも、同じような戦いがあった。あの時は、フェイトの妹とも言える少女7人が相手であった。
 醜悪な怪物が相手であれば、引き金などいくらでも引ける。
 だが今、自分を取り囲んでいるのは、あの時と同じ、美しく可憐な少女たちだ。
 それだけで、引き金が引けなくなってしまう。自分が男だからか、などとフェイトが思っている間に、少女たちは一斉に動いた。フェイトに向かって、全方向から踏み込んで来る。
 ……否。踏み込もうとした彼女らの動きが、硬直した。
 アリゾナ砂漠全域に響き渡るかのような、爆音。それが、少女たちを打ち据えていた。
 爆音と、土煙。
 それと共に、巨大な獣が視界に飛び込んで来た。フェイトには、そう見えた。
 大型の、オフロードバイクだった。
 巨大な二輪が、砂漠の地面を大量に削り噴出させながら停止する。
 噴出した砂塵を、後方へ跳んでかわしながら、少女たちは息を呑んだ。
「貴方は……」
 その言葉には応えず、ライダーが長い脚を高々と跳ね上げて砂漠に降り立ち、まるでフェイトを庇うように佇んだ。
 恐らくは防弾機能を有しているのであろうロングコートの下に、甲冑のようなプロテクターを装着している。
 そのせいで筋骨隆々に見えるが、実際の体格はかなりスリムだ。それでも無駄なく鍛え込まれた筋肉の強靭さは、防具の上からでも見て取れる。
 首から上は、仮面のようでもある重厚なフルフェイス・ヘルメット。
 鋭い眼光を、その下に潜ませたまま、男は右手で躊躇なく拳銃をぶっ放していた。一見いささか古臭い、リボルバーである。銃口が、少女たちに向かって容赦なく火を噴く。
 何人かが、土偶の鎧から火花を散らせながら、よろめいた。
「あ……貴方とは、戦えない……」
「お願い、戦わないで……追って、来ないで……お兄様」
 よろめきながら、少女たちが姿を消す。
 地上から、空中から。土器の甲冑をまとう少女たちは1人残らず、消え失せていた。まるで立体映像のスイッチを切ったかのようにだ。
「……無様だな、フェイト」
 男が、フルフェイス・ヘルメットを脱ぎながら言った。
「敵が女子供の姿をしているというだけで、撃てなくなる……最近のIO2は、そんな奴でもエージェントが務まるのか」
「あんた……」
 黒髪に、冷たく整った容貌。暗黒色のサングラス。
 ヘルメットの下から現れたのは、伝説の男だった。ディテクター。探偵と呼ばれるIO2エージェント。
「……人の事、言えんのかよ。てめえ」
 バサッ! と荒々しく、アリーが着地して来た。
「見てりゃわかる。てめえ、鎧のとこしか狙ってなかったろ? 女の顔や腹や太股は撃てねえ。IO2エージェントってのは、ま、そんな甘ちゃんでも務まるお仕事ってこった」
「……珍しい動物を連れているな、フェイト」
 煙草をくわえ、鮮やかな手つきで火を点けながら、ディテクターは言った。
「単身であいつらと戦える化け物……ジーンキャリア、か? あの男を思い出すぜ」
「てめ……あたしはこいつのペットじゃねえぞコラ!」
「まあまあ先輩。俺も、そんなつもりはありませんから」
 先輩2名の間に、フェイトは割って入った。
「……お久しぶり、だよな。あの子たちが出て来たから、いずれあんたも関わってくるんじゃないかと思ってたよ」
「全ては、俺の私情が原因……俺は、お前以上に無様だよ」
「あんたは、自分の妹さんを助けただけだろう」
 言いつつフェイトは、砂漠の地平線に視線を投げた。
 飛行機の亡霊は、もういない。少女たちの誘導を受けて1体残らず、どこかへと飛び去ってしまった。
「どこだ……あいつら、どこ行ったんだよオイこら」
 アリーが、怒声を張り上げた。
「てめえの何だ、妹が原因? どういう事だか言ってみねえか、おう!」
「道中で説明はしてやる。お前たちも、車に戻れ」
 ディテクターが、ひらりとバイクにまたがりヘルメットをかぶった。恐らくは携帯電話やスマートフォンと繋げられるヘルメット、なのであろう。
「奴らの行き先は……お前たちと同じ、オレゴンだ」


 時の人、とも言うべき勢いを見せていた1人の上院議員が、死亡した。
 ナグルファルの件が、しかしそれでうやむやになる事はなく、米軍の一部隊が我が物顔でIO2本部・地下格納庫に乗り込んで来たところである。
 今から正式に、ナグルファルは軍の管轄下に移る事となる。
 ラグナロクへと向かう戦船の名を冠した、機械の戦士。その巨体に蟻の如く群がる、米軍の技術者たち。
 分解して運び出そうとしている、ようであるが、何しろヴィクターチップを内蔵した、巨大な錬金生命体とも言える兵器である。うかつに分解など試みようものなら、自動操縦で暴れ出しかねない。
「……ただの機械、としか思ってねえんだろうけどな。軍の連中は」
 男は、忌々しげに呟いた。
 暴走させずにナグルファルを動かす事の出来る唯一の人材は今、軍から逃げるようにオレゴンへと向かっている最中である。
 政府も軍も、フェイトの身柄拘束には成功していない。
 だからこうして、いささか強引にナグルファルを押収せんとしている。
「ま……フェイトの奴を捕まえるよりは、楽だろうな」
 男は呟いた。
 フェイトの教官、と見られている。フェイトを育てた人物として、一目置かれる事もある。
 自分は何もしていない、と彼は思っている。あの若者自身が、元々秘めていたものを開花させただけだ。
「連れて行かないで」
 声がした。冷たいほどに涼やかな、少女の声。
「彼らは、泣いている」
「お前……」
 男は息を呑んだ。
 自分が娘として育てている少女が、そこに立っている。
 いや、育ててなどいない。怪物として育ってしまった少女を、自宅に引き取り監視しているのだ。
 それでも自分の娘、家族である事に違いはない。
 そんな少女に、米軍兵士の1人が小銃を向ける。
「おい、何だお前は! ここは関係者以外、立ち入り禁止……」
 ごく当然の事を言おうとする兵士に向かって、男は踏み込み、拳を振るっていた。
 娘に、銃を向けている。それだけで、身体が勝手に動いていた。
 我に返った時には、すでに遅い。強烈な手応えが、拳を震わせている。
 兵士は倒れ、白目を剥いていた。
 活を入れてやれば意識を取り戻すだろうが、そんな場合ではなさそうである。
「おいそこ、何をしている!」
「くそ、やっぱりIO2の連中は信用ならん!」
 兵士たちが、走り寄って来て小銃を構える。
 いや。構えようとしながら、ことごとく倒れてゆく。
 男は振り向いた。
 少女の瞳が、冷たく発光している。氷河を思わせる、アイスブルーの眼光。
「人死に……出しちゃ、いないだろうな?」
「魂を麻痺させただけ」
 少女のひんやりとした繊手が、男の太い腕を抱え込んで引っ張った。
「それより行くわよ、お父さん」
「ど、どこへ……」
「オレゴン」
 父親の巨体を引きずって歩き出しながら、少女は言った。
「家の事は、あの2匹に任せておけばいいから……あたしたちは、あたしたちで出来る事を」