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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


尋問者たち


 ゴミを相手に、会話をしている。傍目には、そのようにも見える。
「何も難しい質問をしているわけじゃあない。生きて帰りたいか、ここで死にたいか……それだけを訊いている。さあ、どうするね?」
 穏やかな口調で、そんな事を言っているのは、作業服に身を包んだ年配の男である。一見、単なる清掃作業員だ。
「もちろん抵抗されたら処分するしかないんだけど……抵抗なんて無理だろう、その有り様じゃあ」
「……こ……殺せ……」
 ゴミ回収袋の中で、それは応えた。
「我らが神に、命を捧げる……その覚悟は、出来ているのだ……」
 大型の回収袋に詰め込まれた、巨大な肉塊。
 分類すれば可燃物、あるいは生ゴミという事になる。
 何時間か前までは、もう少し立派な体格をした怪物であった。
 それを折り畳んで圧縮し、ゴミ袋に押し込んで回収して来た。
 その時点で、森くるみの今回の任務は完了である。
 だが暇なので、こうして尋問を見物しているところだ。
「こう言ってるんだからさ、局長」
 見物しながら、くるみは言った。
「焼却炉にポイして、火力強めで楽にしてやろうよ」
「森君、うちは殺人組織じゃあないんだよ。あくまで清掃局だからね、清掃局」
「綺麗にするって事だろ、世の中を」
 自分が回収してきたものを、くるみは睨み据えた。
「こういうゴミを綺麗に処分しちまうのが、あたしらの仕事なんじゃねえのかい」
「まだゴミと決まったわけではあるまい」
 言ったのは、局長ではなかった。
「有益な情報を、まだまだ搾り取れるかも知れん。焼却処分は、その後でも良かろう」
 背の高い、老人。白髪のような銀色の髪のせいで、そのように見えてしまう。
 が、よく見ると局長よりは随分と若い。
 白衣と眼鏡の似合う、絵に描いたような理系人物である。
「俺に譲れ、世賀局長。そいつが尋問で口を割るとは思えん、頭の中身を調べてみる」
「脳みそから直接、記憶を搾り出すのか……下手をすると廃人になってしまうぞ」
「すでに廃人を通り過ぎているように見えるのだがな、俺の目には」
 回収袋に包まれた肉塊に、眼鏡越しの視線を冷たく投げかけながら、銀髪の男は微笑した。
 奈義紘一郎。この研究施設の、主任研究員の1人である。
「元々は人間だったようだが、ここまで綺麗に折り畳まれてはもう人間には戻れまい。それでいて死にきれず、口をきける程度には生きている……」
 奈義の視線が、くるみに向けられた。
「見事な収納技術だな、お嬢さん」
「局長に、教わったのさ」
 いくらか気圧されながら、くるみは応えた。
 この奈義という男は、どうも苦手である。恐いわけではなく嫌いなわけでもない。ただ得体の知れぬ威圧感のようなものを、この男の前に立つと感じてしまうのだ。
 ホムンクルスを実験動物のように扱う研究者が多い中、奈義は一応くるみに対し、人間と話す言葉遣いをしてくれるのだが。
「俺の研究を邪魔している輩がいる……この施設内の薄暗い場所で、人目に触れずゴキブリの如く蠢いている。そんな気配がな、どうにも拭えんのだよ」
 ずり落ちかけた眼鏡を押し上げる仕種をしながら、奈義が言う。
「そのゴキブリどもに餌を与えているのは、こいつらなのではないかと俺は疑っている。作り物の神を擁立し、虚無の境界から独立分派せんとしている者ども……らしいが、まあ連中の内輪もめなど俺には関係ない。ただ研究の邪魔は許せん。その生ゴミを俺に譲れ局長。ゴキブリどもの飼い主に関する情報、脳を分解してでも拾い上げてやる」
「恐いよ、奈義の旦那……」
 くるみが思わず声に出すと、世賀局長が苦笑した。
「奈義君の研究の邪魔をするなどという命知らず、この研究所にそう何人もいるとは思えない。私が穏便に聞き出して見せるから、まあもう少し待っていて欲しいな」
 この世賀平太という男と奈義紘一郎の関係が、くるみは今ひとつ読めずにいた。
 清掃局局長と、A2研究室主任。どちらの方が偉いのかは、わからない。
 地位の優劣はともかく、この世賀局長は、奈義とまともに会話が出来る数少ない人間の1人であった。
 ここは清掃局の事務室、一応は世賀のテリトリーである。交渉の類ならば、奈義よりも有利であると言えない事もないか。
「ま、そういうわけだ。ここに恐い人がいるという事は、わかってもらえたと思う」
 回収袋の中の肉塊に、世賀は優しく言葉をかけた。
「特にこちらの奈義紘一郎君は、まず冗談を言わない人でねえ。脳みそを切り刻むと言ったら本当にやるよ」
「やれ! 切り刻むなり火にくべるなり、好きにしろ」
 かつて巨大な怪物だった生ゴミが、強気な事を言っている。
「貴様ら人間どもの野蛮で残虐な欲望を、大いに満足させるがいい! その様を哀れみながら、私は新たなる神に召されるのだ!」
「おめーよォ、そうゆうカッコつけた台詞吐ける様かぁ今? 鏡見てみるか、おい」
 回収袋の中に、くるみはモップの柄尻をガスガスと突き込んだ。
「四の五の言ってねえで、その新しい神様について知ってる事全部うたっちまいなぁ。そしたら焼却処分じゃなくて分解処理の方に回してやっからよ」
「ほう。焼却処分と何が違うのかね?」
 奈義が、興味深げに訊いてくる。
 ぐりぐりとモップを押し込みながら、くるみは答えた。
「肥料っす。この有害な生ゴミを、地球に優しい有機肥料に変えちまうんスよ。生かしといても役に立たねえバケモノが、死んで農家の皆さんのお役に立てるってぇワケ。画期的っしょ?」
「……そんなものを畑にまいたら、何が育つかわからんぞ」
「それも……そうッスねえ。何か、触手の生えたジャガイモとか出来ちまいそうだし」
 くるみは、回収袋に軽く蹴りを入れた。
「やっぱ、焼却炉にポイするしかねえのかなあ」
「まあ待ちたまえ」
 回収袋の傍らで、世賀は身を屈めた。袋の中にいる相手と、目の高さを合わせるかのように。
「なあ君。格好をつけて死ぬのも良いが、それでは無駄死ににしかならないと思わんかね。我々は何も、君たちの新しき神と敵対しようというわけじゃあない。神に逆らうなんて、そんな事が出来るわけないだろう?」
「……我らが神に、仕えるとでも言うつもりか」
「軽々しくそんな事は言わないよ。ただ、君たちと味方同士でありたいとは思っている。ここだけの話にして欲しいのだが、我が社としては……虚無の境界の本家筋には最近どうも、ついて行けなくてね」
 この研究施設の所有者である製薬会社は、虚無の境界とは昔から密接な関係にあるらしい。
 その虚無の境界が今、真っ二つに割れようとしている。
 これまでの盟主であった女神官に、あくまでも仕え続ける本家筋。人造の『新しき神』を崇め奉る新勢力。
 製薬会社としては、どちらに味方をするべきなのか。一方に肩入れするのか、のらりくらりと日和見を続けるのか。本社の偉い人々がどう考えているのかを、くるみは知らない。
「あの女を裏切る事は出来ぬ……そう言って貴様ら、我らへの協力を拒んだばかりであろうが」
 回収袋の中で怪物が、疑わしげな声を発する。
 諭すように、世賀は応えた。
「それは無論、まだ表立って本家筋を裏切るわけにはいかないからさ。何しろ彼女の力は強大だ。その力で、しかし我が社を助けてくれるわけでもない……知っているだろう? 当研究所は以前、IO2による襲撃を受けた。その時も、虚無の境界・本家筋は何もしてくれなかった」
「あれは勘弁して欲しかったわ、マジで」
 くるみが、今回のような出張清掃任務で研究施設にいなかった、ある日の事。
 IO2の女エージェントが、単身で施設に殴り込んで来たらしい。実験体が、大量に斬殺された。
 死体の片付けは当然、清掃局が、と言うより森くるみが1人で行う事となった。
「ぶった斬った触手やらハラワタその他諸々、全部片付けるのに夜中までかかったっつうの。どこのクソ女だか知らねーけどよォ、人んち汚しっぱなしで帰っちまうような奴ぁ折り畳んで燃えるゴミだ!」
「……あの時は森君がいなくて良かったよ。いたら、壮絶バトルで研究所が壊されていた」
「その戦い、俺は興味がある。見てみたかったと思うぞ」
 世賀と奈義が、正反対の事を言っている。
「まあ、それはともかく……聞いての通りだ。当研究所は、どうやらIO2にも目の敵にされている。君たちまで敵に回している余裕はないんだよ。完全な同盟はまだ難しいとは思うが、うちに対する攻撃や分裂工作の類を、出来れば少し控えていただけると大いに助かる」
 ゴミ回収袋の中身を相手に、世賀はそんな事を言っている。だが本当に、この研究所がIO2と敵対関係にあるのかどうかは、まだ不明瞭だ。
「とりあえずは、そうだな……当研究所で君たちと懇ろにしている所員が何人いるのか、誰と誰なのか。あと今後もうちに何かしらちょっかいを出す計画があるのかどうか。それだけでも教えてくれないかな」
「貴様たち……本当に、我らと敵対する意思はないのだな」
 回収袋の中身が言った。
「いずれ我らに協力し、新しき神のために働く……その意思が、あると言うのだな」
「もちろん。本社がどう言っているのかは知らないが、いざとなれば当研究所は本社から独立しても良い。君たちのように、ね」
 穏やかに尋問している世賀に、くるみは背を向けた。そして声を潜めた。
「ねえ奈義の旦那……本当なの? この研究所が本社から独立なんて、ほんとに出来るんスか?」
「したところでメリットがない。面倒な事にしかならん。そもそも独立だの、虚無の境界の本家筋を裏切るだの……一介の清掃局長に、そんな事を決める権限があるわけなかろう」
「じゃあ局長が言ってる事って……全部、大嘘? そりゃそうか」
 回収袋の中の肉塊が、いくつかの人名を、ぼそぼそと口にしている。
 哀れみ、に似たものが、くるみの胸中に生じた。
 あの怪物は、局長の口車に乗り、自分の組織を裏切ってしまった事になる。
(……殺してやれば、良かったかな)
「世賀局長の尋問が終わったら……あの粗大ゴミ、御苦労だが俺の研究室に運んでくれんか。お嬢さん」
 奈義が言った。
「やっぱり……脳みそ、切り刻んだりしちまうワケ?」
「そんな事はせんよ。お前さんに折り畳まれたあの身体、組み立て直して人間の形に戻してやるだけだ」
 そのついでに何か仕掛けるつもりではないか、とくるみは思った。
 怪物の肉体に、何か仕掛けを施して、虚無の境界の新勢力に送り返す。例えば、時限爆弾のような仕掛けを。
 そういう事をやりかねない奈義紘一郎が、回収袋に蔑みの視線を投げる。
「あれの細胞を見てみたがな、ひどいものだ……あのような粗悪品、殺したところで意味はない。いくらかマシなものに改良して送り返す。そして我々の技術を思い知らせる」
 眼鏡の奥で、眼光が静かに燃え上がった。
「ホムンクルスや生体兵器の類を研究している施設は、一ヵ所だけではない。だが完璧な培養技術に王手をかけているのは、紛れもなく我々だ。人造の神など作っていい気になっている連中に、それを思い知らせる」
「あいつらの、ケツを叩く事になっちゃうかもよ」
 くるみは言った。
「あいつらが、それで気合い入れて……新しい神様って奴を、とんでもないバケモノに改造しちまうかも」
「我々が、それ以上の怪物を造れば良い」
 奈義が、燃え上がるような笑みを浮かべた。
「俺たちの研究など、つまるところ怪物を造るためのものでしかないのだからな」
「……あたしも、そうっすか」
「巨大な化け物を、あんなふうに折り畳む力など、人間ではいくら鍛えても身につかん。怪物である事、もう少し誇りに思っても罰は当たるまい?」
「ま……そうなんスけどね」
 くるみは苦笑した。
 人間ではない。それで困った事など、少なくとも今のところは1度もない。
 そんな事を思いながらくるみは、局長がゴミ袋の中身を尋問する光景を、ぼんやりと眺めやった。
 あの肉塊が、奈義の手によって人間の外見を取り戻したら、恐らくは自分が空港まで送って行く事になるだろう。それがいささか面倒ではあった。