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<東京怪談ノベル(シングル)>


聖女の為の舞台衣装
 日曜に教会を訪れるのは、熱心な信者だけとは限らない。
 ステンドグラスの下、長いまつげを伏せ目を閉じ祈りを捧げていた少女は、教会に近づいてきている者の気配に気付き顔を上げた。
 スレンダーながらもグラマラスな体をシスター服に包んだ彼女は、優雅な仕草で立ち上がる。陶器のような美しい手が、ベールから覗く茶色の長い髪の毛を手櫛で整えた。空よりも澄んだ青色の瞳が、出入口のほうへと向けられる。
「みーずかっ!」
 しばらくして、明るい声をあげながら教会に足を踏み入れたのは、白衣を身にまとった一人の少女だった。あどけない表情で、彼女は白鳥・瑞科に向かい大きく手を振る。瑞科は彼女の姿を確認すれば、天使の如き美しき笑みを浮かべた。陽気な訪問者は、瑞科の知り合いの女科学者であった。
「ご無沙汰しておりますわ」
「うん、久しぶりねっ。活躍は聞いているよ! この前は、吸血鬼のアジトをぶっとばしたんだって?」
 にっこりと歯を見せて笑うその姿はひどく幼く見えるが、こう見えて彼女は瑞科よりも年上だ。
 彼女は優秀な科学者であるが、その超絶的な頭脳により人々とは相容れず、常に自由奔放だ。とらえどころがなく、掴んだとしてもすぐに指の隙間からすり抜けてしまう、水のような女である。しかし、息を呑む程に美しく聡明である瑞科の事は大層気に入っているようであり、たびたび彼女はこうしてその聖女の元を訪れる。
「実は、瑞科にプレゼントがあるのよね」
 そう言って彼女が瑞科に手渡したのは、色っぽい作りのシスター服だ。彼女のために特別に作成された、戦闘服。装飾も同じであるし、一見それは瑞科が普段任務中に着用しているものと差異がないように思えた。しかし、瑞科はその服に触れた瞬間、宝石のような瞳を嬉しそうに輝かせる。
「あら、この手触り……今までのとは少し違いますわね。良い素材を使っておりますわ」
「お、さっすがー、分かる? 新型の素材を使ってみたのよ」
 女科学者は、瑞科と肩を並べて戦う事は出来ないものの、時折こうして瑞科の戦闘のサポートをしてくれていた。他の追随を許さぬ「教会」屈指の実力者である瑞科に見合う衣装を作れるのは、この女性科学者くらいなものだ。
 瑞科は最新の技術を駆使して作られたその衣装をじっくりと見やった後、上機嫌な様子で目を細める。その扇情的な桃色の唇から、透き通った声が零れ落ちた。
「ちょうど今から訓練に向かおうかと思っていたところでしたの。早速、この戦闘服を試せそうですわ」

 ◆

 音もたてずに、女は駆ける。彼女の通った後にあった十数体もの訓練用の人形が、一斉に砕け散った。
 疲れた様子もなく、汗一つかく事もなく、瑞科は余裕を孕んだ笑みを浮かべる。
「教会」のアジトにある、地下訓練場。ただの訓練だというのに、その場を華麗に舞う瑞科の姿はひどく美しく、まるで上質のオペラでも見ているかのような気分に女科学者はなった。最高のショーを独り占めに出来ているという多幸感に、科学者は浸る。
 新たに行く手を阻んできた人形達と対峙しながら、瑞科は戦闘服の性能に口元で綺麗な弧を描く。瑞科のしなやかな動きを阻害する事もなく、むしろ彼女の真価を出させてくれる実に良い衣装であった。今まで以上に、戦闘で力を発揮出来そうだ。
 瑞科は人形達との間合いをいっきに詰め、その内の一体に向かい長く伸びた足を振り上げる。ロングブーツが人形の体を蹴り上げる、小気味の良い音が周囲へと響いた。次いで、彼女は愛用の剣を取り出すと手近にいた数体を切り払った。
 絶好調な瑞科を止める者も、止められる者も、この場にはいない。まさに彼女の独壇場とも言えるこの舞台で、瑞科は鮮やかで眩い戦闘劇を演じ続ける。
 彼女の手により放たれた電撃が、人形を打ち倒す。常に正確な精度で放たれる重力弾も、いつも以上に威力を持っているように思えた。
 訓練場を舞う瑞科の姿は、まるで新たな羽を授かった天使のようであった。

 ひと通りの訓練を終えた瑞科のもとに、科学者が駆け寄る。拍手をしている科学者に向かい、「なんでして?」と瑞科は苦笑をもらす。
「いやぁ、相変わらず美しい戦いっぷりね。瑞科に着てもらえて、服も本望でしょうよ」
「ふふ、ありがとうございますわ。この戦闘服のおかげで、いつも以上に自分の実力を出せた気がいたします。今回の訓練は、実に有意義なものになりましたわ」
「私も、有意義な時間を過ごさせてもらったよ」
 何よりも研究を優先するマッドサイエンティストである科学者の目すらも奪う程に、瑞科の戦いぶりは美しいものであった。
 充実した時間を過ごせた事を喜びながら、二人の女は顔を見合わせ笑い合う。
「次の任務が楽しみですわね」
「実践での着心地はどうだったか、今度感想を聞かせてよね!」
「ええ、もちろんですわ」
 その時、瑞科の通信機に一通の通信が入ってきた。
 通話を終えた彼女は、科学者のほうを見やり、花が咲いたような笑顔を浮かべる。
「どうやら、感想は今夜にでも聞かせる事が出来そうですわ」
 ちょうどいいタイミングで入ってきた任務に、瑞科は気分が高揚するのを感じた。
 最新の戦闘服を翻しながら、彼女は向かう。この戦闘服で舞うに相応しい、本当の舞台へと。