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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


今日は上出来。御褒美は?

 ――――――それはある日の深夜、魔法薬屋さんで起きた出来事、である。

 現場となった魔法薬屋を営んでいるのは言わずと知れたシリューナ・リュクテイア。別世界から異空間転移してこの世界に来訪した紫色の翼を持つ竜族の女性である。美術品や装飾品等、綺麗なものが大好きであり――彼女には目に入れても痛くない程に可愛がっている少女が居る。
 その少女の名はファルス・ティレイラ。彼女はシリューナと同族であり、妹のようなもの。更には魔法の弟子でもある。時には優しく時には厳しく。何にしても、今現在はシリューナにとって身近な存在である事に変わりは無い。

 そして今日はこのティレイラ、そのシリューナの魔法薬屋にお泊まりついでのお留守番を頼まれた。曰く、深夜にシリューナが少しだけ出掛ける用があるとかで、その間の留守番を宜しく、と。
 元々、ティレイラがこの魔法薬屋に来るのは普段は通い。即ち、ティレイラはシリューナと共にここに住んでいる訳では無いが――泊まり込む事も無くは無い。…むしろ結構ある。…勝手知ったるお姉さまの家。この魔法薬屋はティレイラにとってはそんな場所になる。店番だってするし、ここでのお手伝いの経験ならたくさん。

 勿論、留守番の一つや二つは喜んで。



 ふー、と満足の息を吐く。…いいお湯である。そう、今ティレイラは入浴中になる。留守番中、まだシリューナは帰って来ては居ないのだが…どうしても入りたくなって入ってしまった。
 深夜にも拘わらず、柔らかい手触りの気持ちの良いお湯を張った湯舟に浸かって、のほほんまったり。…いや、留守番と特に任された以上、こんな事をしている場合では無いとも言えるのだが――まぁ、幾ら留守番だと言っても、元々、普段からお姉さまはこの店に居っきりと言う訳でも無い――即ち、留守番無しで店を留守にする事も無くは無い。…そして勿論、その度に問題が起きている訳でも無い。だから今日のこれもお泊まりの口実――に近いものだろうとティレイラは思っている。そう、留守番しているこんな時に限って何かが起きるなんて事はそうそう無い筈だ、と。
 なので、ここぞとばかりにお姉さまの家で寛いでいた…のだが。

 そう思うような時こそが、落とし穴。…特にティレイラの場合毎度のように「そんな事」になっている気もしないでもないが、本人はその自覚は薄い。と言うかティレイラの場合、気を緩めてしまう時こそが本当は逆に気を引き締めておくべき時――と言う場合がどうも多い節があるので、余計にそうなってしまう。…まぁ、だからこそこれまでにも色々な事が起きて色々な目に遭ってしまっているのだが。

 ――――――そして案の定と言うか何と言うか…今回もまた、「そう」だった。

 不意にビクッと身体が跳ねた。そんなティレイラの耳に聴こえたのは妙な物音。のんびりまったりと湯舟に浸かっていて静かだったからこそ聴き取れた音。音の源は外――と言っても、風呂の外と言うだけで、魔法薬屋の敷地内ではあるだろう近い距離間の音。えっ、と思う。…何だろう。お姉さまが帰って来たのか――いや、帰って来たからってお姉さまがこんな音を立てるとも思えない。いや、何らかの事情でそんな音を立ててしまう羽目になっている事も有り得るかもしれない――が、その場合は何かお姉さまにとっても困った事が起きていると言う事にもなるだろうから、やっぱり急いで確かめなければならない。
 いやそもそも、これはお姉さまが帰って来たから聴こえている音なのか――そもそものそこが、まず疑わしい。ならば誰かが、何かが居るのか――そして自分は留守番でここに居る。となると、どちらにしても確かめなければ始まらない。
 ティレイラは急ぎつつも密やかに――余計な水音を立てないようにしてまず湯舟から出る。そして風呂場の外を出歩くのに支障が無い程度に軽く水気を拭き取ってから、自分の身に取り敢えずタオルを巻いて風呂場からも出た。まずは今の音の原因が何事であったのかを確かめるべき。…他愛無い事だったらまたすぐお風呂に戻ればいいし。うん。…そんな風に思いながら、恐る恐る音のした方を目指してそーっと足音を忍ばせ歩いて行く。
 確か、こっち。思いながら進んだ先は――魔法道具を多数保管している倉庫の方。何かあったとしたら多分ここ。さっきのは、保管してある何かが倒れたとか落ちたとかしたような音だった。
 …この倉庫。倉庫としては結構広いので、鼠とかが何かの拍子に紛れ込んでしまっていて、彼らの悪戯だったりする可能性――それもそれで困る話だが、今はその方がまだいい。
 問題なのは、それで済まない話であったなら。
 ティレイラは恐る恐る倉庫の明かりのスイッチに手を伸ばす――明かりをつける。

 と。

 せっせと袋に何やら詰めている見覚えの無い少女が居た。…多分魔族。そんな彼女の手で袋に詰められているのは倉庫に保管されていた魔法道具の内、比較的手軽に運べそうなもの。
 見るからにわかりやすく泥棒。すぐさまそう認識すると同時に、次にやるべき事を選択。…捕まえなければ。…どうやって? 魔法? それとも――思考を巡らせているところで、視界に入る目の前の棚。…あったのは石化呪いの鏡。ティレイラは咄嗟にそれを手に取り、えいっ、とばかりにその鏡面を魔族の少女に向ける――そうされた魔族の少女も反射的に驚き、身構える。

 が。

 …何も起こらない。
「へ? …あれ?」
「…。…あーびっくりした。何やってんの? 何かヤバい事起こるかもって身構えちゃったじゃない」
 にしてもわたしって結構キレーよねぇー。と、鏡面に映っても何事も起こらないのをいい事に、魔族の少女はこれ見よがしにティレイラの持っている鏡をわざわざ覗き込む。それから今度はにやりと笑って見せたかと思うと――鏡を持ったままで硬直しているティレイラのその身をえいっとばかりに乱暴に押し退けた。そしてそのまま逃亡――当然、反射的に黙って見送り掛けてしまったティレイラは俄かに慌てる。ここで泥棒を逃がす訳には行かない――まず逃げた魔族の少女の背を視線で追い、続けて実際に追い掛けもしようと思う――そちらの方に完全に気を取られる。

 が。

 その時に、倉庫の奥からまた別の音がした。またティレイラはビクッと慌ててそちらを見る。と、そこにはまた再び少女の姿――今倉庫の外に逃げた筈の魔族の少女――と、そっくりな少女。こちらはたった今まで隠れていたと思しき様子でもある。あれ? と瞬間的にティレイラは困惑する――が、さっきの少女とこの少女、双子か何かなのだろうと次の瞬間には理解。ならばこの少女くらいは捕まえなくては! とティレイラは発奮する――が、その時には少女の方が何やら適当にその辺にあった魔法道具を掴んで発動させていたらしい――当のその魔法道具と思しき、てのひらサイズの水晶のかたまりのような何かがティレイラに投げ付けられるのが先だった。そして二人目の魔族の少女はその間に逃げようとしている――が。

 今度こそ、逃がしてしまう訳にはいかない!

 ティレイラはその一念で二人目の魔族の少女に飛びかかり、捕まえようとする。その急な動きで、風呂上がりの間に合わせに巻いていたタオルが身体から外れるが――まぁこの子も女の子だしそもそも緊急事態だし、そんな事構ってられないっ! とばかりにティレイラは泥棒さんな少女を一気に取り押さえた――取り押さえられた。
 が――取り押さえられた、その時。

 二人は何故か水晶の壁らしきものに閉じ込められていた。…え? と二人顔を見合わせて思わず困惑。するが――これまた次の瞬間には、今さっき魔族の少女がティレイラを狙って発動した魔法道具の効果だとすぐに理解した。理解はしたが…だからと言ってそれで解決出来るものでもない。

 そんな思考の一拍を置いて、二人して慌て出す。

「ちょ、え、何これッ? さっきの水晶の…!? ってここにある魔法道具の効果なんだから勿論あんたは何なのか知ってんのよね!? 何とかしなさいよッ!」
「って倉庫の何処にどんな効果がある魔法道具があるかなんて私が知る訳無いしっ! 発動したのはそっちなんだから元に戻して貰わないと困るのっ!」
 どうにかしてよ!
「そんな事言ったって! 出来る訳無いじゃない!」
 適当に掴んだ奴を発動させただけなんだから!
「って咄嗟にそんなスムーズに発動させられるんだったら、逆に止める方法だってすぐ想像付くもんじゃないのっ!?」
「そんなの無理! そっちこそあの女の弟子なんでしょ! 何とかしなさいよッ!」

 大慌てで言い合う最中、水晶の壁らしきものの内側では更なる異変が起こる。二人を中に閉じ込めるのみならず――何やらベールのような薄い結晶が現出、二人それぞれの身体にぺったりと貼り付き始めた。貼り付いたかと思うと、そのままじわりと染み込み、染み込んだように見えたそこはまるっきり水晶と化している。そう認めた途端、魔族の少女は、ひっ、と息を呑み更に慌ててしまう。…このままでは水晶に――クリスタルの像と化してしまう事が簡単に想像出来る。…それは要するに捕まると同義。いや、そうでなくとも自身がクリスタル化などとは冗談では無い。…愛でる為に誰かをクリスタル像にすると言うならまだしも――思って焦っている魔族の少女の横では、当然のようにティレイラの方にも同様の事が起こっている。
 の、だが――ベールのような薄い結晶が身体にぺたりぺたりと貼り付く度、ふえ、うにゃ、ふあ、などとティレイラからは妙な奇声が上がっており――魔族の少女を取り押さえていた筈のそこから、焦ったり慌てたりするどころか何やらがっくりと脱力してしまってもいる。…どうやらひんやりしていて気持ちがいいらしい。そういえば、ティレイラは風呂上がりだった。…火照った素肌に適度なひんやり感は――それは、心地好いだろう。
 そもそものお湯も最高だったところでこれでは――泥棒を捕まえると言う義務感より、このまま寛いでいたいと言う誘惑に負けても仕方無いかもしれない。

 …と言うか、ティレイラとしては一度魔法道具の餌食になってしまった以上、効果時間中に抵抗しても碌に意味が無いと言う経験則も頭の隅にあっておかしくない。だからこそ余計に、今回は早々と諦めてしまった――と言う面も少なからずあるかもしれないが。



 ――――――半分石化して、動けないまま慌てている魔族の少女が居た。

 帰宅して早々、魔法薬屋の店内でそんなものを見付けてしまったシリューナは暫し沈思黙考。…今、自分が帰宅する前に起きた事を推察する。要するに、留守中に侵入者があった――そしてその侵入者こと魔族の少女の手には、中身がたっぷりと入って膨れている、と思しきいかにもな袋がある。…と言う事は、シリューナの留守を狙って泥棒にでも入った、のだろう。
 魔族の少女はその袋を持ったままで半分石化しており、既にして全く動きは封じられているのだが――声だけならまだ自由に発せる段階にある。
 そしてぎゃあぎゃあ騒ぐその声の中、鏡がどうのと悔しそうな声も聞こえた。それと、店に帰って来てしまったシリューナに対する焦りと恐怖も感じられる声にも聞こえる。…バレて焦ったり恐怖を感じるくらいなら初めからしなければ良いだろうに。

 …と言うか、そもそもこの侵入者は何故半分石化しているのか。

 勿論、石化させる方法として「何故そうなった」のか察しは付くが――つまりは何らかの魔法による封印効果である――シリューナにしてみれば原因となる魔法や道具の候補が多過ぎて、具体的に何が起こった結果こうなっているのかまでは絞れない。これだけでは推察する情報がまだ足りない――シリューナは石化している少女を横目に、更に店内奥へと進んでみる。今の石化少女が駆けて逃げようとしていたのだろう方向からして、元居た方向、何処から駆けて来たのかを推察、そちらに――倉庫の方へと向かう。

 と。

 シリューナは、思わず息を呑んだ。
 倉庫に入ったところ。そこでシリューナの視界に飛び込んで来たのは、二体のクリスタル像。素材は――先程見た石化した少女にそっくりな魔族の少女と、留守番を頼んでいた当のティレイラ。
 見付けた時点で、シリューナも何が起きたのか今度こそ理解した。…今こうなっているのなら、具体的に、結構明確に何があったのか想像が付く。ティレイラ本人はあられもない格好でふにゃんと脱力、そのままクリスタル化。侵入者の方は先程見付けた石化少女同様、恐慌状態のままクリスタル化したと思しき姿になっている。
 それも、ティレイラのすぐ傍らで。…クリスタル化を免れたタオルと、石化呪い付きの鏡、の二つも同様すぐ側に落ちている。

 こんな格好で居ると言う事は、恐らくティレイラはのんびりお風呂で寛いでいたところ…だったのだろう。そんな折に物音か何かで侵入者に気付き、服を着る間も惜しんで身体にタオルを巻いただけでここまで来た。そして二人の侵入者を発見、偶然か意図してかまでは言い切れないが、手近にあった魔法道具を使ってその効果で捕縛。ついでに自分も巻き込まれてしまってこの状態、と言ったところだろう。

 まぁ、細部は違っているかも知れないが、それは後で――御褒美のティータイムの時にでもティレイラ本人に聞けばいい事。いつもはうっかり失敗する事が多いのに、今日はそんな魔法道具を使って、二人もの盗みを防ぐなんて上出来。
 それも、ティレイラ自身までこんな姿になってしまっているなんて。

 …シリューナにしてみれば、眼福もいいところ、である。

 クリスタル像と化しているティレイラを見、ほう、とシリューナから洩れる感嘆の息。…ああ、まったく。普段は元気に躍動しているティレイラの身体そのままな、滑らかな曲線の造形美。直に触れた時の吸い込まれるようなひんやりした感触と硬い質感。幾ら美術品が好きだと言っても、ただの裸婦像ではシリューナはここまで高揚はしない。…全部、ティレイラだからこそ。
 本当に素敵。…情動の赴くまま、シリューナはひたすら感嘆を上げる。うっとりと指を滑らせ、殆ど無意識のままに隅々まで触れて。水晶ならではの感触とティレイラならではの造形が合わさったこの奇跡を、つい、じっくりと味わってしまう。

 …泥棒退治までしてのけて、自分までこんな姿になって私を愉しませてくれるなんて。
 本当に今日は上出来よ、ティレ。いつもこうなら、言う事は無いのに。…美味しいお菓子の御褒美は何がいいかしら。元に戻した後の、御褒美のティータイム。…折角だから、ティレの喜ぶものを選びたい。
 と言っても、ティレは美味しいものなら何でも喜んでくれるとってもいい子なのだけれど。

 本音を言えば、この奇跡のクリスタル像を元に戻してしまうのも惜しい。けれど、ずっとこのままにしておく訳にも行かない。元通りの、くるくる動く元気なティレイラもシリューナにとっては等しく可愛いのだから。
 だから、せめて今だけ、ひとときの満足が得られるまでは。

 ――――――じっくり堪能させて貰うわよ。ティレ。

【了】