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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


魂を狩る者たち


「アメリカの弱体化が囁かれ始めて、何年が経ったかな?」
 呑気な口調で、彼女は言った。
「その間、私はしかしこの国で、別に生活に困っていたわけではない。あなた方はどうだ? 確かに困窮している人々はいるだろうが、それはアメリカという国が滅亡の危機に瀕しているからか?」
「何を、わけのわからぬ事を……!」
 米軍高官と思われる人物が、怒り狂っている。怯えてもいる。
「あれを止めろ! 止めたまえ、一刻も早く!」
「そう怯えずとも、世界におけるアメリカの優位が、そうそう揺らぐ事はないよ。貴方たち軍が余程、間違った事をしない限りはね」
 ちょっとした騒ぎが起こっている格納庫内をちらりと見回し、彼女は言った。
「少なくとも……こんなものに頼らなければならないほど、追い詰められているわけではないだろう? 我が合衆国は」
 大した騒ぎではない。
 こんなもの、と彼女が評した機械の巨人が、軽く右腕を動かしているだけだ。
 それだけで、米軍兵士たちは恐慌に陥っていた。意味なく小銃を構えたりしながら、おたおたと慌てふためいている。
 ナグルファル。終末戦争へと向かう戦船の名を冠した、機械の巨人。
 それが今、自分を解体しようとしていた兵士たちを追い払う形に、腕を動かしているのだ。虫を追い払う動きでもあった。
 巨大な五指と掌がブゥンッ! と頭上を通過する。暴風を巻き起こす、平手打ちの空振り。
 軍高官が、よろめきながら怒鳴り喚く。
「止めろと言っておるのがわからんかぁあああ!」
「無理だよ、止められはしない。そもそも動かしてもいない。操縦者が乗っているわけではないのだから」
 操縦者フェイトは、今はこの場にいない。早めにオレゴンへと向かわせておいたのは正解だった。今この場に彼がいたら、米軍相手に一悶着あったのは間違いないだろう。
 あの青年の上司として彼女は、打つべき手は打っておいた。
「何故、動いているのかは我々にもわからないよ。これを造ったのは何しろ虚無の境界だ。果たしていかなる仕掛けが施されているものか……それを調べている最中に、ナグルファルは我々の管轄下から外されてしまったのだ。今これをどうにかしなければならないのは、私たちではなく貴方がただろう。踏み潰される前に止めて欲しいものだが、この様子では無理かな」
「……あまり軍をなめるなよ、IO2」
 軍高官が、血走った目を向けてくる。
「貴様らなど、いつでも国家反逆罪で潰す事が出来るのだぞ!」
「ほう、国家反逆。我々がいつ、そんなお祭り騒ぎを起こしたと言うのか」
「とぼけるな。逃亡者を、組織ぐるみで庇っているのであろうが!」
「逃亡者……ああ、あの親子の事か」
 父親が、米軍兵士数名を殴り倒して逃げている。娘が、そのサポートをしている。
 ただそれだけの事を、国家反逆罪に仕立て上げ、IO2を潰す口実とする。
 米軍あるいは米国政府という組織は、脅しではなく、そういう事を本当にやりかねない。
「それでIO2を本当に潰せるかどうかは、ともかく……あの親子に危害を加えるのは、やめておいた方がいい」
 皮肉ではなく本心から、彼女は忠告をした。
「アデドラ・ドールを、敵に回す事になる」


『連中が、動きたがっている。暴れたがっている……僕の力では、こうして一時的に抑え込んでおくのが精一杯だ』
 少年が、アデドラ・ドールにしか聞こえない声で語りかけてくる。
『早くフェイトと接触しておくれよ。この連中を完全に制御出来るのは、彼だけなんだ』
「わかってるわ。もう少し、頑張りなさい」
 父が米軍から失敬した軍用サイドカー。その側車に乗せられたまま、アデドラは答えた。端から見れば、独り言である。
「頑張れば、どこか違う所へ行ける……かも知れないわよ。あたしの中にいる十把一絡げな連中から、脱却出来るかどうかの瀬戸際よ。頑張ってみなさい」
『あの連中と一緒に、君の中へ閉じ込められたまま……それはそれで居心地いいのが、恐いよね』
 少年が苦笑している。
 かつてオリジナルと呼ばれ、無数の錬金生命体を統轄していた少年。
 統轄者を失った錬金生命体たちが今、ナグルファルに閉じ込められたまま、暴走しかけている。
 それを止められるのは、フェイトだけだ。
 フェイトがいない今、統轄権を今は失っているものの以前は持っていた少年に、頑張ってもらうしかない。
「おいアディ、人死には出てないだろうな?」
 サイドカーを運転しながら、父が心配そうな声を出す。
 米軍の追手から逃れながら、オレゴンへと向かっているところである。
「まったく、何でこんな事になっちまったんだ……」
「……お父さんが、暴力を振るったりするからよ」
 アデドラに銃を向けた兵士を、この父が殴り飛ばしてしまった。
 その結果が、この逃避行である。
「あたしは、銃で撃たれても平気……お父さん、知ってると思ってたけど」
「俺が平気じゃねえんだよ」
 ぶっきらぼうに、父は言った。
「てめえの女房や子供に銃突き付けられて、平気でいられる奴なんていねえ」
「……まあ、あたしがいきなり出て来たのも悪かったけど」
 この父にとってアデドラ・ドールは、もはや監視対象ではなく、単なる家族となってしまっているようであった。
 溜め息をついたアデドラに、声をかけてくる者がいる。アデドラにしか聞こえない声。
『アディ、アディ、一体どうなっているのだ』
 オリジナル、ではない。もっと幼い、男の子の声。
『家の周りに、変な奴らが沢山いるのだ!』
『みんな、てっぽうもってるよー。こわいよー』
 軍が、どうやら家の方にも手を回しているらしい。
「その連中を絶対、家には入れないように」
 アデドラは命じた。
 他人を家に入れない。それに関して、あの兄弟は希有な能力を持っている。
「お母さんたちの身に、何かあったら……2匹とも、普通に魂を食べるだけじゃ済まさないわよ」
『わ、わかっているのだ。狛犬族の名誉にかけて、この家は我らが守ってみせるのだ』
「簡単な事でしょう、貴方たちにとっては」
 アデドラは言った。
「結界を張った家の中で……あたしがいない間せいぜい、のんびりしてなさい」
『もちろんアディがいないと、我ら本当にのんびり出来るのだ』
『おかしも、ぜんぶたべてしまうのだ!』
『だけど……アディの妹が、寂しがっているのだ。泣き止まないのだ』
『だから、はやくかえってくると良いのだぞ』
「……それは、フェイト次第ね」
 アデドラの可憐な唇が、微かに歪んだ。苦笑の形、であろうか。
 フェイトが、おかしな機械に乗って危険な戦いに赴く。それを、あれほど嫌がっていた自分が、しかしフェイトがナグルファルで戦わざるを得ないような状況を作ってしまっている。
 戦場になるであろうオレゴンで、出来る限りフェイトの力となる。アデドラに出来る事は、それしかなかった。


「オレゴン……ボーテックス?」
 ワゴン車を運転しながら、フェイトは言った。
「あの、人の身長が変わったり、斜めに立ったりする所? 聞いた事はあるけど」
『アメリカで最も、磁場の狂いが激しい場所だ。よくわからない、色々な世界とも繋がっている』
 通信機能搭載のカーステレオから、ディテクターの声が流れ出す。
 彼は今、オフロードバイクをこのワゴン車と並走させながら喋っていた。
『ジーンキャリアの材料となる怪物も、そこから出て来た奴が多い』
 フェイトは、ちらりと助手席を見た。
 ジーンキャリアである先輩が、酒瓶を抱えたまま寝息を立てている。
『もっとも今は、異世界との通路は塞がってる。塞いでる奴がいるんだよ。磁場の嵐の中心に、どっかりと腰を下ろしてな』
「あいつか……」
 グランド・キャニオンの遺跡から解放された、禍々しきもの。
 あれからディテクターは単身、その行方を追っていたようだ。そして何かを突き止め、フェイトの前に再び姿を現した。
『奴の目的は、肉体を得る事だ』
 今のところ邪悪な意識の塊でしかないものが、肉体ある完璧な怪物として、悪しき存在を開始しようとしている。ディテクターは、そう言っているのだ。
『無数の霊魂が、奴の肉体の材料となる』
「霊魂が?」
『荒れ狂う霊的磁場で、無数の霊魂を撹拌・練成し、己の肉体に造り変える……それが、奴の目的だ』
「だから、飛行機の霊なんてものを集めてるのか……」
『俺も迂闊だった。奴が人間の霊魂を狙っているものと決めつけ、その線からしか調べようとしなかった……まさか、無生物の霊とはな』
 フェイトは一瞬、車の外に視線を投げた。
 大型のオフロードバイクを荒馬の如く乗りこなしながらディテクターが、ヘルメットの内側で、微かに唇を噛んでいるようだ。
 疑問を1つ、フェイトは投げかけてみた。
「人間の霊魂じゃ、駄目なのかな。そっちの方が、ずっと集め易いような気がするんだけど」
 魂を狩る少女が1人いる。彼女の事を、フェイトは思い出していた。
「何で、飛行機の霊なんてものを……」
『付喪神だ』
 ディテクターが答えた。
『自意識を持つほどに使い込まれ、長く存在し、経験を積んできた無生物……その熟成した霊魂でなければ、邪神の肉体の材料とは成り得ないらしい。俗悪な妄執の塊でしかない人間の霊魂では』
「粗悪品しか造れない、って事か」
 フェイトは苦笑した。
「贅沢と言うか、グルメと言うか……俺の知り合いにも1人、魂の味付けにうるさい女の子がいるけど」
『……アデドラ・ドールか』
「何だ、あんた知ってるのか……そりゃ、そうだよな」
 トップクラスのIO2エージェントが、彼女の名を聞かされていないはずがなかった。
「会った事は、ないよな?」
『会う時は、戦う時……そうなるかも知れん』
「……どういう意味だよ、それは」
 フェイトは思わず、ワゴン車を止めてしまいそうになった。
 ディテクターが、ヘルメットのバイザー越しに、鋭い視線を向けてくる。
『あれはな、あの土偶どもなど問題にならないほど危険な怪物だ……お前にも理解出来ない事ではないだろう』
「……確かに、とんでもない能力は持っている。だけど」
 フェイトは、言葉に詰まった。
 IO2にとってアデドラ・ドールは、今のところは監視対象でしかない。
 だが仮に抹殺対象となれば、ディテクターに命令が下るかも知れないのだ。
『……今は、それを議論するべき時ではないな』
 ディテクターは言った。
『今、排除しなければならない危険な怪物がいる。急ぐとしようか』
「……そいつの、名前は?」
 アデドラの事を、フェイトは半ば無理矢理、頭から追い出した。
「相変わらず、名無しの『禍々しいもの』で通すのかな」
『チュトサイン』
 謎めいた名詞を、ディテクターは口にした。
『とんでもなくマイナーな化け物だが……それはつまり語り継ぐのも憚られるほどの恐ろしさなんだと俺は解釈している。油断するなよ、フェイト』