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<東京怪談ノベル(シングル)>


―いつでも『ラミア』―

 ダウンロード版『魔界の楽園』も日に日にアップデートが加えられ、ログインする際の苦痛やステージが不安定になるなどと云った不具合も解消されて、安心してプレイできるレベルなっていた。やはりβ版を広くユーザーに公表して試験運用をする事の意義は大きかった、と云う事だろう。
 それはさて置き、あたしも暇さえあれば自分のラミアである『アミラ』に乗り移り、徐々に戦いのコツを掴んでいった。レベルが上がるごとにスキルも身に付いて、どんどん強くなっていくのが心地よい。まるで、本当に自分が強くなっていくような錯覚に囚われる程である。なお、『アミラ』は攻撃系呪文を頻繁に使うウィザードタイプではなく、標準装備の長い爪を多用する格闘タイプのキャラに育って行き、防護用のスキルやアイテムもそれに特化したもので固められて行った。
「暇そうね?」
「あ、やだぁ、待機室を覗かないで下さいよ……ええ、対戦相手が来るまでは暇ですからね。その間におやつを食べて腹ごしらえを……如何です? 美味しいですよ」
 あたしは、その辺に泳いでいる魚を一匹鷲掴みにし、上から自分の姿を覗いている例の彼女にそれを勧めてみた。『ラミア』はマーメイドが変化した幻獣なので、住処は水中。だから待機所にも魚が泳いでいる……そんな状況なのだ。
「……私、捌いてない魚を丸かじりってのは……ちょっと……」
「何言ってるんです、同じ『ラミア』なのに」
 ……そう、すっかり忘れがちになっているが、この『帽子の女』も元はと言えばラミアが人間に擬態した姿。呼び出されればそのキャラの扮する『ラミア』の魂となって戦いをこなす女戦士である。
「『ラミア』同士でも個性はあるわよ。それにしても、馴染んだものねー。どれだけ入り浸ってるのよ?」
「明日の登校準備は済ませたし、宿題や予習復習も済ませてあるんだから良いじゃないですか。こうして『アミラ』になっている時も好きだし、乗り移らずに外からプレイするのにも慣れて来ましたからね。かなり上達したでしょう?」
「まぁ、その姿を見れば分かるわね」
 彼女は、苦笑いを作りながら当たり障りのない答えを返して来る。そう、この『アミラ』は、あたしがパスワードを入力して呼び出さない限りは出現しない、あたしだけの『ラミア』。つまり、あたし自身がプレイヤーとして操作しない限りは成長してくれないのだ。それが今では幻獣クラスに敵は無く、神獣クラスとも渡り合えるほどの力を付けたハイレベルなラミアになっているのだ。どれだけ夢中になってレベル上げをしたか、語るまでもあるまい。
 と、パッとスポットライトが当てられ、その姿が画面に浮かび上がる。誰かが『アミラ』を呼び出したらしい。
「あ、出番みたいですね……アミラのままで戦えるのが、アーケード版には無い楽しみですよね!」
「そうね、でも気を付けないと『ラミアガール』になってしまうわ。それだけは注意してね」
「分かってますよ、じゃあ行ってきます!」
 最後に一匹、小さめの魚を一匹頬張ってステージへ上がって行くあたしを見て、彼女はまたも苦笑いを浮かべていた。彼女が何を言いたかったのか、それは聞かずとも分かる。『ホント、良く食べるのね』とでも言いたかったのだろう。だがここはヴァーチャルな世界。幾ら食べても変化するのはキャラの肉体だけ。しかもその行動の大半はハードな戦闘だから、余分な脂肪が付く事は無い。むしろ強靭な肉体を形成する為の材料となってくれるのだ。その所為か『アミラ』の肉体は、薄いが強固な筋肉で覆われた、マッシブな外形を形成していたのだ。顔かたちを可愛らしくしてしまったのが惜しまれるほどに。

「……悪い、食事中だったのか?」
「いいえ、ただオヤツを食べてただけですから気にしないでください。良く会いますね、もしかしてあたしに惚れました?」
「あぁ、ある意味な。同じレベル1から叩き上げて、強くなった相手だ。気にならないって云えば嘘になるね」
 目の前にいるのは、最初にダウンロード版に入り込んだ時、あたしを『助けてくれた』ウィザードだ。どうやら中身はあたしと同じ年齢層の男の子らしい。会話の断片からその辺の情報も読み取れるのだ。残念ながら相手の素顔は見えないし、分かるのはキャラクターネームぐらいなものなのだが。
「じゃあバトル開始だ、行くぜ!!」
「望むところです……ッ!! 術が飛んで来ると思ったのに!?」
「アンタ、格闘系だろう? スタイルを合わせてやろうと思ってな!」
「そうやって余裕見せてると、痛い目に遭いますよ!!」
 唯一の武装である爪を長く伸ばし、横凪に一閃。と、相手の持っていたロッドはいとも簡単に裁断されていた。が、相手とてそのまま次の攻撃を受けるような愚はしない。ウィザードは瞬時に一歩引いて体勢を立て直す。
「やるじゃん、本当に強くなったねアンタ。マジで惚れそうだぜ」
「あら、この状況で口説くおつもり? 言っておきますけど、あたしリアルでも可愛いですよ?」
「俺だってイケメンの部類に入ると、自分じゃ思ってるぜ!」
 下らない会話を交わしながら、戦いは佳境に入って行く。肉弾戦を挑むのは危険と悟ったか、ウィザードは離れた位置から光弾を放つ戦法に切り換えた。こうして弾幕を張りながら接近し、フィニッシュブローを見舞う作戦なのだろう。だが、それが読めてしまう程に、あたしも成長しているのだ。攻めの手順が分かるのなら、それに対応した防護策を敷けば良い。
 そして読みは当たり、フィニッシュブローである斬撃を躱して、生まれた隙を衝いて爪を刀身に変形させた打突をウィザードの横腹に見舞う。それで勝負は決した。
「チッ……やっぱ、この程度の戦術は通用しないか。マジで強くなったな、アンタ」
「有難う……と言っておきますね。因みにこの鱗、初歩的な光弾ぐらいなら弾いてしまいますから、その弾幕は効果が無いですよ」
「……次に相対する時は、もっと策を練って来るさ。そして次に勝ったその時は……おっとタイムアップか、じゃあな!」
「ちょ、次に……何です!? あ、消えちゃった……」
 戦闘終了後の僅かな余韻……画面上に『You Win!』とか表示されている、その間にプレイヤー同士で話が出来るようになっているのだが。その間にあたしは気になる台詞を聞く事になってしまった。

(次に会った時、あたしが負けた時……何があるというの? まさか思い切り罵られるとか……?)
「あーらら、どんなに強くなっても中身は歳相応の女の子なのねー」
「ど、どういう事です!?」
 待機所に戻ったあたしを、いつもの彼女が出迎えた。からかうように歪めた口許に薄笑いを浮かべながら。
「つまりぃ、あのウィザードのユーザーは本気で貴女を意識し始めてる、って訳ね。次に勝った時……って事は、負けたら格好が付かないから、勝った後で堂々と宣言するつもりなんでしょうね。アンタに惚れた、って」
「え? ……えぇぇぇぇぇ!?」
 その時、あたしは物凄く赤い顔になっていたと後で聞いた。然もありなん、リアル世界ですらまだ『告白』なんかされた事が無いのだ。なのに、ヴァーチャルな世界でそれを……まだ互いの素顔を知りもしないのに。
 あたしは激しく動揺した。が、こうしたSNS的なコミュニケーションが取れるのも、製作者サイドの意図なのか……? と思わず考えてしまっていた。

<了>