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<東京怪談ノベル(シングル)>


―さよなら『アミラ』?―

「……へー、クローズドβの評価期間が終わっちゃうのか。そうなると『アミラ』に乗り移ったまま遊ぶ事は出来なくなっちゃうみたいね……」
 『魔界の楽園』開発プロジェクトチームからのメールを見て、あたしは呟いていた。どうやら作成したキャラはパスワードによって呼び出せるらしいが、クローズドβの機能でレベルアップした分は初期化され、登録時の姿に戻ってしまうらしい。しかも、クローズドのサービス期間はあと僅かしかない。これは終了前に遊び倒しておかなくては!
「もしもーし」
「あら、どうしたの?」
「ダウンロード版の評価期間、もうすぐ終わっちゃうらしいんですよ。あたしの『アミラ』はアーケードで作ったキャラをダウンロード版で強くしたものだけど、それも初期化されちゃうみたいで」
「えー? 開発チームもケチねぇ。ここまでレベルアップしたのを取り上げようっていうの?」
 β版終了に伴う様々な影響に、帽子の彼女も不満を漏らした。然もありなん、ここまでキャラを成長させるのに費やした時間と労力はどうなるのよ、と怒り心頭のようである。
 しかし、ここで文句を言っている間にも時間は過ぎて行く。その時間すら勿体無いからと、あたしはパスコードを入力して『アミラ』に変身した。

「いつもは戦闘ばかりだけど、こうしてノンビリとアイテムを見て歩くのも良いものね」
「そうだねぇ。こうしていられるのもあと僅かの間、精々楽しもうじゃないか」
「!! ……あ、貴方は……」
「おいおい、此処は戦闘フィールドじゃないんだぜ?」
 声を掛けて来たのは、例のウィザードだった。彼はあれからアミラに一勝も出来ず『勝ったら言うつもり』だった筈の宣言が宙ぶらりんになっていたのだが……臆面もなく、こうして接近してきている。よほどの厚顔無恥なのか、それとも開き直っているのか。とにかく馴れ馴れしかった。しかし、悪い気はしない。
「そういえば、こうやってゆっくり話のは初めてですね」
「だろう? いつもは顔を見た瞬間に爪が飛んで来るからな」
「そうしなければ光弾でこっちがやられるじゃないですか」
 ゲームの中とは言え、勝負の世界は厳しい。一瞬気を抜けば、そこで勝敗が決まってしまう事もある。なお、彼らにはジョブチェンジの機会も与えられていたが、敢えてそれをせずに幻獣クラスのままでゲームを楽しんでいたのだ。二人とも、格上のキャラを相手取って勝ちをもぎ取るのが楽しいクチであったらしい。
「ショップでアイテムを買った事なんか無いから、ゲーム内通貨は沢山余っていますね。これもβ版の終了と同時に初期化されてしまうらしいですから、パーッと遣っちゃいましょう!」
「同じく。アイテムなんか倒した相手から剥ぎ取れば良いし、買った事なんか無いからね」
 アミラには結局勝てなかった彼だが、実はそれなりに強かったらしい。事実、彼の戦歴を見てみると、格上の相手にほぼ秒殺と言って良いほどの成績で勝利を収めている事が多いのだ。そんな彼に勝ちを譲らないアミラは、更にその上を行くという事になるのだが……今はそんな事は忘れて、兎に角楽しもうという事になった。
「これ、似合うんじゃない?」
「そ、そうでしょうか……」
「買ってあげるよ、受け取ってくれるだろう?」
「……変な気分です、リアルでもこんな感じなんでしょうか」
 あたしは、グイグイと攻め込んでくる彼のペースに押されっぱなしだった。戦闘であればとにかく攻撃を喰らう前に倒してしまえば良いので、速さとタイミング、それに相手に対して有効なスキルの選択を誤らなければ何とかなる。しかし、こう云うコミュニケーションはそうはいかない。リアル世界でもクラスメイトの男子と、こんなにゆっくり話した事は無いのに……
「キミ、もしかして男の子と付き合った事が無いとか?」
「そ、そう言う貴方はどうなんです?」
「お、俺だってリアルじゃ彼女なんて出来た事ないけど……いいじゃないか、その為のネット世界だろ?」
「それはまぁ……そうですけど」
 あたしは観念して、これを『いつか迎えるリアルでのお付き合い』の予行演習として捉える事にした。つまり、目の前の彼はヴァーチャル世界の中で出会った、ヴァーチャルな彼氏。こうなったら、甘えられるだけ甘えてしまおう……そう考えたのだ。
「そのローブ、取ったところを見てみたい……って言ったら怒ります?」
「え? いや、そんな事は無いけど……ガッカリした、とか言わないでくれよ? 一応、リアルの俺に似せてアバター作ったんだから」
「……あたしもそうですから、お互い様です」
 その回答を聞いて、あははと笑うと……彼はゆっくりとローブを外して素顔を晒した。優しい顔立ちの青年だった。
「そういえば、あたしに何か話があったとか……」
「あ、あぁ、アレか……って言うか、ここまで言わせといて、今更それは無いんじゃない?」
 やっぱり、そういう事だったのね……と思い、あたしは赤面して俯いた。つまり、夢の中とは言え異性から好意を寄せられているのだ。恋愛未経験の身としては、照れないで済ませられるシチュエーションではない。
「ま、明確な返事をくれとは言わないけど……此処で逃げないって事は、概ねオッケーと判断して良いんだよね?」
「……それこそ、今更じゃないですか……」
 あたしも何時の間にか、ウィザードの彼を相当意識していたらしい。つまり、いつも彼に競り勝っていたのは、その『宣言』の内容をを聞くのが怖かったからなのだ、と今になって気付いてしまったのだ。だが、互いに好意を持っていると分かった今、照れは無用だ。こうなったら、楽しめるだけ楽しまなくては損である。
 ……が、こう云う雰囲気をぶち壊しにしてくれる無粋な輩と云うのは、何処にでも居るものであって……
「おぅおぅ! 見せ付けてくれるじゃねぇか! ヴァーチャルな世界でまでデートたぁ、相当なバカップルだなぁ?」
「……モテないのを僻んで、因縁を付けるとは……きっとリアル世界でもそうなんだろうね、可哀想な奴だ」
「相手にするのは止めましょう、気分が壊れるわ」
「待てコラ! 女の前でボコられんのが怖いのかよ、色男!」
 相当しつこい相手のようである。折角の残り少ない時間を台無しにして……と、二人の苛立ちは一気に頂点に達していた。そして数秒後、目の前には2クラス上の神獣キャラがピクピクと痙攣し、白目を剥いて倒れていたのだった。
「まだ、やろうって奴は居るか?」
「時間が勿体ありませんからね、文句がある方は今のうちに申し出てください!」
 激しいオーラを放ちながら、幻獣クラスの二人は数段格上の相手を睨み付け、啖呵を切った。が、相手はそそくさと逃げ去って行き、静寂が戻った。
「他愛のない……」
「でも、この力も初期化されてしまうのね」
 寂しそうに呟いたその一言を、彼は真っ直ぐに受け止めてこう返した。
「βでこれだけのレベルに成れたんだ、正規版になっても同じポテンシャルが出せる筈さ。キミのキャラネームは忘れない」
「……あ、あたしも! ……せ、正規版でも、ま、負けませんから」
「じゃ! 俺が勝ったら、オフで会ってくれよな」
「変な口説き方ですね」
 アハハハ……と笑って、あたし達は残りの時間を楽しんだ。βで逢えるのは恐らく、これが最後になるだろう。正規版で逢えるのが楽しみだ……そう、互いにエールを交換し合いながら。

<了>