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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Halloween Night







 ――『Halloween』。
 古代ケルト人にとっての一年の終わり、10月31日。その夜には死者が帰って来ると信じられていた。起源となった物は違えど、風習としてはさながら日本のお盆と似たようなモノ、と言えるではないだろうか。
 現世とあの世の扉が開かれる日に帰って来る死者の霊。そんな死者と共にやって来る魔女や有害な精霊といった存在に対する魔除けの焚き火。それらは言うなれば、迷信に過ぎなかった。

 ――――だが、この迷信が、想いがそれを実現させたかのように、この世とあの世の境界は揺らぎ、人ならざる者達はこの世界へとやって来るのだ。

 あの世の住人達は、活気溢れる場所を嫌う。
 人が集まり、祭りを祭りとして楽しむ者達。お化けの仮装に身を包み、楽しみながら街を歩く者達の心は眩しく、灯明がともされたかのように温かな心を持った者を、悪魔は嫌うのだ。
 しかしそれも、あくまでも人間に害を為そうという悪魔にとって、という意味合いだ。仮装した者達に紛れるかのように街を闊歩する、まるで人間のフリをした害意なき精霊の姿が散見される街の中。

 その光景を見ながらも、黒髪に真っ赤な双眸を携えた青年――夕闇イリエは、それらを無視する事にしたようだ。

 放っておいても害がないのであれば、それはいようがいまいが関係のない、イリエにとっては何の意味も持たない些事でしかない。そんなものに心を傾けるつもりもなく、イリエはあっさりと意識の外側へと彼らを追いやり、再び街を見つめる。

 ――さて、今年はどれほどの力を持った存在が、姿を現すのやら。
 イリエは行き交う人々を黒いパーカーのフードを目深に被りつつ、赤い瞳をそちらへと向け直した。

 その瞳は静けさを湛えた普段の雰囲気には似つかわしくない、好戦的で剣呑な光を宿していた。目深に被ったフードが他者を寄せ付けない空気を放っているが、それ以上に今のイリエから放たれる、さながら獰猛な獣のような気配を誰もが感じ取り、無意識に避けているとでも言うべきだろう。
 無意識下に行われる人々の忌避感であったが、それはある意味では非常に正しい選択だと言えた。事実イリエは、今この瞬間にも舌なめずりすらしかねない程に、〈飢えて〉いた。

 すんすん、とさながら動物のように匂いを嗅ぎ、イリエは預けていた背中を不意に起こし、人の波をすり抜けるように歩き出す。きゃっきゃと騒ぐ若者達にもぶつからぬように、ただただ目的地へと足を進めるイリエの姿に、熱に浮かされた者達では気付けない程度に気配を殺して歩いていた。

 そんな折、イリエはふっと小さく笑った。
 何も周囲の熱に浮かされて楽しい気持ちが生まれた訳ではない。加えて、そんな若者達に失笑した訳でもなく、ただただ純粋に、〈面白い事態〉が訪れたものだと感じていたのである。

 人混みをすり抜け、ビルの間の裏通りを抜けていく。そのイリエを見失わない程度に、人がついて来る気配。およそ素人の尾行ではなく、その精彩さは舌を巻く程であると言えたが、残念ながら今のイリエは意識が普段以上に研ぎ澄まされていた。熟練の技術をもってしても、今のイリエを前に、その技術は意味を成さない。

 離れすぎて見失ってしまわない程度の足の速さで、それでいて気取られない程度にはペースを崩さずに、イリエは歩く。
 やがてその歩みは、もはや活気とはほぼ無縁となったオフィス街の工事中の建物の敷地内へと入った所で、ようやく止まった。

 ――さて、どうするかな。
 イリエは自分が通ってきた出入口へと振り返り、フードを外しながら逡巡する。
 明らかに自分を尾けてきた存在は、イリエが今日、街へと繰り出してきた目的とはかけ離れた、いわば副産物の賜物とでも言うべきだろう。こうして人目につく場所へと足を運んだが為に、イリエはこの不躾な尾行者と対峙する場を整えたのだ。

 やがて、自分が入ってきた出入口から一人の男が姿を現した。
 先程の喧騒もなく、この場にあるのは静寂と月明かりのみ。そんな世界で、イリエは闇に浮かぶかのような真っ赤な双眸を、やって来た男へと真っ直ぐ向けてみせた。

「せっかくのお祭りを邪魔するのは、少々頂けないな。僕を狙ってこんな場所にまでやって来るなんて、ご苦労な事だね。――虚無の境界の使者さん」

「……夕闇イリエ。よもや我々から逃げるつもりか?」

 おびき出された事に対して、尾行してきた男も薄々は気付いていたのだろう。大した動揺を見せる事もなく、低い唸るような声がイリエへと向けられた。
 対して、イリエは事も無げに肩を上下させる。

「逃げるつもりはないよ。――わざわざ〈逃げる〉必要なんてないんだから」

 言外に、取るに足らない存在であると言わんばかりにイリエは吐いて棄てるように告げた。イリエの言葉に、ぴくりと眉を動かす男。男の放っていた空気が、僅かばかりの怒気を孕み、チリッと刺すような殺意がイリエへと向けられた。

「……愚弄するつもりか?」

「愚弄じゃあない、事実だよ。と言っても、戻るつもりがないというのは本音だね。――そうだな。じゃあ、僕を止められたら考えてあげるよ」

「――ッ、自惚れるなよ、小僧……ッ!」

 嘲るような物言いによって放たれたイリエの妥協点。その言葉が男の琴線に触れた。
 ――――途端、激しい突風が周囲に吹き荒れる。
 その光景に、イリエは驚愕するでもなく「なるほど」と小さな声で呟いた。

 隠密行動を得意とする者は音を殺す。それは自らの呼吸音も含めて気配を殺すという事に相違ないが、熟練の技術と呼ばれるそれを身に付けるのは一朝一夕では不可能だ。ならば対峙するこの男はどうかと言えば、この男の能力がそれを可能にさせたのだろう。

 風を操る能力者。
 一目でそれを見極めたイリエは、男が卓越した技術を持っている訳ではなく、能力によって自らが発する、呼吸音や足音。そういった全ての音を周囲に届けないように、膜を張るように包み、気配を遮断させていたのかと理解した。でなければ、こんな明らかに安い挑発を前に、ここまでの怒りを体現するような真似はしないだろう。

 冷静な分析とは対照的に、男はすでにイリエに向かって風を放とうと、腕を振り上げ、空を切るかのように振り下ろしていた。耳をすませば風切り音が僅かに聴こえる程度の不可視の攻撃が、イリエへと向かって肉薄する。

 本来ならば避ける必要すらない、異能によって放たれた力。イリエの身体にそれが通用するはずもなく、イリエとてそれは理解している。しかし、それでもイリエは遊びに付き合うかのように足元の砂を蹴り上げると、横へと一歩身体を傾けるだけで、男の放った風の刃とでも言うべき一撃を、あっさりと躱してみせた。
 その光景に、男は瞠目した。

「な、何故……ッ!」

「腕の動きを見ていれば、どういう角度で放たれた攻撃かぐらいは理解出来る。蹴り上げた砂の動きを見れば、線状に伸びた攻撃だと分かる。別に造作も無い」

 余裕綽々といった様子で告げられた――とは男の勘違いであった。事実、イリエが抱いた感想は、「つまらない」の一言に過ぎなかった。
 あの世とこの世の境界が揺らいだ、今日という日。『奈落の王』――アバドンと同一化した自分は今宵、闇の世界の住人の中でも強力な存在を探し、わざわざ街へと繰り出してみせたのだ。

 しかし釣れたのは、能力に酔った雑魚一匹。
 それを退屈と言わずして、一体何だと評してやれば良いものか。

 今や先ほどまでの憤った様子もなく、ただただ焦燥に駆られて風を連発する男。その攻撃に心躍るような新鮮さもなければ、ましてや奇想天外な発想が組み込まれている訳でもなく、酷く不愉快だとイリエは目を細め、憮然とした様子で歩み寄っていく。

「――何故、何故だッ! お、俺の攻撃は不可視! 見えない攻撃を、どうしてそんなにもあっさりと……!」

 男の驚愕も当然である。
 不可視の攻撃というものは、攻撃を避けられるかどうかを判断出来ない。そうなれば本来、動きが極端に大きくなるか、或いは物陰に隠れるか。いつだってそうして自分が優位に進む戦闘しか体験した事がないのだ。
 それがどうだ。今この戦いは明らかにイリエのワンサイドゲームでしかない。

 恐怖と驚愕に、先程までの余裕は何処へと消え去ったのか。そんな些事を考えられる程度にイリエの反応は冷めていた。やがて、あと数歩といったところでイリエは足を止めた。

「何だ、気付いていないのか?」

「な、何を……?」

「足元を見ると良いよ」

 それはまるで、親切心から出た忠告のような、柔らかな口調をもって告げられた。
 イリエの言葉にハッと足元に視線を落とした男は、自分が立っているその光景に――再び瞠目した。

 男の足元には、地面すら映っていなかった。
 ただぽっかりと穴が空いたような闇。その中に浮かび上がった自分の身体だけが視界に映る。宵闇とは言え、月明かりが照らしだす光景では有り得ない程の、切り取ったかのような闇が生まれているこの異質な状況に、男は今になって気付いたのだ。

 後退ろうと足を動かしたその時、闇が手を伸ばすかのように男の足へと巻き付いた。

「ひ……ッ!」

「――今日僕は、この街にちょっとした〈狩り〉を楽しみに来たんだ」

 恐怖に染まった男の声を聞いてなお、イリエの口調は何も変わることのない、淡々とした物言いで放たれた。

「なのに、釣れてみたのは雑魚が一匹。これから改めて大物を探しに行く必要がある。だから、もうお前との遊びは終わりにしようと思っている」

 もはや男の口から声など発する事は出来なかった。
 震えた身体。その顔に伸ばされたイリエの青白いまでの手が、男の眼前で広げられて動きを止めた。

「――トリック・オア・トリート、だったよね。ハロウィンの街を練り歩く子供達が、選択肢を与えて尋ねるんだ。僕もそんな気分にさせてくれるぐらいに楽しませてくれたなら、見逃してあげるという選択肢を与える事も出来たけれど。
 暇潰し――いや、邪魔でしかなかったよ」

 涼やかな口調。
 そして、淡々とした物言いを最期に、男の視界は闇に染まった。

「……さて、獲物はどこかな」

 誰もいなくなったその場所で、イリエは呟く。
 お祭り騒ぎの喧騒へ、もう一度獲物を求めて歩いて行くのであった。










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ご依頼有難うございます、白神です。
お久しぶりです。

いただいたプレイングから、虚無の境界の追手との一戦を中心に書かせて頂きました。
さすがに異能者相手程度では、能力的に造作なく勝ててしまうイリエさんですね。笑
なので、無効化については今回自重して頂きました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも機会がありましたら、
また宜しくお願いします。

白神 怜司