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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


甘いお菓子とオレンジ色

 街は月末に迫るハロウィンの装飾で彩られていた。
 今年はハロウィン当日に大きなコンサートなどもあるらしく、宣伝のためのポスターもあちらこちらに貼られている。
 片腕に茶色の紙袋を抱えて道を歩くのは、休暇を利用し買い出しへと出ていたフェイトだった。
 様々な形のジャック・オ・ランタン。ランプや置物など様々なものが並んでいる。蜘蛛やコウモリのシルエットアート。仮装のための衣服などがずらりと通りに並ぶ。
 本格的に家自体を飾る家庭も多く、庭先に墓があったり、その年に流行った映画のキャラクターなどが置いてあったりと賑やかでもある。
「はぁ……」
 そんな空間の中でフェイトの口からぽろりと漏れたのは、溜息であった。
 鮮やかな装飾に素直に感動出来れば憂いることもないのだろうが、フェイトには視えてしまうのだ。
 この時期になると鮮明に映し出される『この世のものではないモノ』が。
 行き交う人にゆらりと寄り添う浮遊霊。前を歩く男性の足にまとわり付いているのは動物霊だろうか。
 魔除けのために飾られている装飾は現在はその意味を殆どなさずにいることが多い。
 次にフェイトの目に入り込んできた光景は、ショーウィンドウを覗きこむ一人の少年の姿だった。
 その彼の頭上に浮かぶのは形の崩れた霊であった。
 基本は放っておいてもさほど害もないのだが、フェイトはそれを無視することは出来なかった。壁側に歩みを寄せて少年から数メートル離れたところで立ち止まる。
 霊が少年の髪に手を伸ばす。
 それをギリギリのラインで制止させたのは、フェイトだった。言葉も発せず行動にも映さず、精神のみでの能力で霊を追い払ったのだ。
「…………」
 ガラスに手を置き店内を興味深そうに覗きこんでいた少年が、直後にゆっくりと視線をこちらへと向けてきた。
 オレンジのような色が交じる瞳の色と、銀色の髪。
 フェイトは一瞬気づかれたかと焦るが、少年はにこっと笑顔を向けてくる。偶然、フェイトの視線に気が付き、こちらを見たといった具合であった。
「japaner?」
 少年がそう問いかけてくる。ドイツ語だった。
 フェイトはその響きに「あー……」と言い淀む。少年はそんな彼を見て「英語でも日本語でも大丈夫だよ」と言って、首だけ動かしていた身体をフェイトへと向きなおしてペコリと会釈をしてきた。
「こんにちは、僕はニコだよ。良い日和だね」
「あ、俺はフェイト……。君、一人なの?」
「うん、今はね。ちょっと用があってオーストリアから来たんだ」
 少年の割には随分と落ち着いた口調だと思った。
 ニコと名乗った彼は、初対面であるのに大きな目を逸しもせずに興味深げにフェイトを見上げてくる。
 日本人が珍しい……という空気ではなく、どちらかと言えば何かしらの縁を含んでいる目線だと感じて、フェイト彼に歩みを寄せる。
「お兄さんは、ここで暮らしてるんだよね?」
「ああ、うん。そうだけど」
「僕、アメリカは初めてじゃないんだけど、こうして街中をゆっくり歩いたことがなくて……」
 ニコは先程まで覗きこんでいたウィンドウをチラリと見ながら言葉を繋げた。
 窓の向こうには色とりどりのカップケーキが並んでいる。この辺りでは有名なケーキ店の支店であった。
「今なら待ち時間もあんまり無さそうだし、一緒にケーキ食べようか?」
「……いいの?」
「俺もちょうど甘いもの食べたいって思ってたんだ。ついでにこの辺を案内してあげるよ」
「ありがとう、お兄さん!」
 フェイトの言葉に素直に喜びを見せた少年の笑顔は、子供らしいそれであった。
 可愛らしい表情に、思わずフェイトも顔が緩む。
 そして彼らは目の前にしている店に入り、窓側の席に向い合って座った。
「アメリカのケーキは色が鮮やかだね、キラキラしてて面白い」
 テーブルに並べられた様々な色のケーキを見て、ニコは楽しそうにしながらそう言う。
「ニコは……えーと」
「あ、ウィーンだよ。どっちかというと地味な色合いが多いかな、あっちのは。ザッハトルテとか、ああいうの」
「なるほど……」
 自分がオーストリアのどこから来たかまでを言っていなかったと気付き、ニコはフェイトの言葉にそう答えた。
 すると運ばれてきた紅茶を笑顔で受け取り、ほぅ、とため息をこぼす。
 ちなみにフェイトの目の前にはカフェオレが置かれていた。
「お兄さん、いい人だね」
 砂糖も入れずに紅茶を一口含んだニコが、静かにそう言った。
 フェイトも丁度カップを手にして一口を含んでいたところであり、彼の言葉を受けて目を丸くする。
 返事に困り、何も返せないでいると、目の前のニコはクスクスと笑った。
「…………」
 不思議だ、とフェイトは思った。
 不思議というよりは、違和感があるのだ。ニコという少年は。
 13、4歳と言うところの外見と、少し低いと思われる身長。
 どこからどう見ても『子供』なのだが、時折見せる仕草と言葉の運び方が『らしく』ない。
 質の良い衣服を着ているのでそこそこの家の出なのだろうとは思うが、そこから醸し出ている雰囲気が子供のそれではないと感じられるのだ。
「……ニコは、日本人と何か、関わりがあるの?」
「あ、うん。『家族』にね、何人かいるんだ。だから、お兄さんを見た時に親近感というか……そう言うのもあって、聞いちゃったんだよね」
「家族……」
 妙な言い回しだと、またもや思った。
 ニコはフェイトが自分の言葉を反復するのを確認して、困ったような笑みを作る。
「お兄さん……フェイトは僕に聞きたいことが色々あるみたいだね。かくいう僕も……いつもの『僕』を演じきれなくて困ってるんだけどね」
「え……?」
「フェイトの『音』は、とても複雑だ。恐れ、不安、警戒、葛藤、迷い……そして喜びが混じってる」
 ニコはそう言葉を続けた後、カップケーキを一口食べた。口いっぱいに広がった甘い食感に彼は頬を綻ばせて「lecker!」と言う。ドイツ語で美味しいと言う意味であった。
 フェイトもそんな彼を見つつ、カップケーキを口にする。幾度か口にしたことのある甘い味。その甘さに瞳を細めると、ニコも同じようにして笑った。
「lieblich」
「なに?」
「お兄さんは可愛いってことだよ。その味を教えてくれた人を思い出してるでしょう。喜びの音が溢れてくる」
「な、なんでそんなことが解るの? その、さっきも言ってたけど……」
 フェイトの問いに、ニコが微笑みしか返さなかった。柔からかで子供らしい笑顔。
 思わず目の前のフェイトも釣られてしまう、そんな表情だった。
 傍から見れば可愛い二人が微笑み合っているようにしか見えなかった。窓の外を通る人々や店内のスタッフが、それに見とれてほぅ、とため息を零している。
「ねぇ、フェイトお兄さん。これからどこに連れて行ってくれるの?」
 子供が訪ねてくるような、普通の声音の普通の言葉。
 フェイトはそれを目と耳で受け止めてから、ふぅ、と一つの吐息を漏らした後口を開く。
「ここからならセントラル・パークが近いよ。動物園でも行く?」
「うん、行ってみたい!」
 動物園と言うと、ニコの表情が一層明るいものになった。
 本心からくる喜びの表情に、フェイトは小さく笑って、「じゃあこれを飲んだら、出ようか」と言って自分のカップを手にし、残りのカフェオレをゆっくりと飲み干した。


 セントラル・パーク内にある動物園は、小規模ながらも子供には人気のスポットであった。
 ハロウィンが近いこともあり軽い仮装スペースなどもあり、観光客がマントをつけたり悪魔の角を見立てたカチューシャをしてみたりと賑わっていた。
「そこのお二人さん、記念に写真でもどう?」
 ニコの手を取り並んで歩いているところで、仮装したスタッフに声をかけられた。彼はクラシックなカメラを持っており、どうやら観光客をターゲットにした写真を撮っているらしい。
「どうする、ニコ?」
「うん、お兄さんとの出会いの思い出に、撮ってもらいたい」
 そんな会話を交わして、二人はその場で写真を撮ってもらうことにした。ニコの希望でフェイトには黒猫の耳が付いているカチューシャを渡され、彼は仕方無くといった表情でそれを装着して、ニコの隣に膝を折る。
「……フェイト、ありがとう。貴方にまたどこかで会えたらいいと思ってるよ」
「ニコ」
 カメラマンの前で構えている僅かの間。
 ニコはフェイトに小さくそう言った。
 直後、「はい、笑ってね」というカメラマンの合図に二人は笑顔を作り、シャッターが切られた。
 カメラはインスタントで、その場で写真が手渡される。
 フェイトはそれをニコに渡して、自分はスマートフォンを取り出した。
「僕が貰ってもいいの?」
「記念、だろ? 俺はこっちにデータをシェアしてもらうから大丈夫だよ……っと、ごめん」
 フェイトのスマートフォンが震えた。それに慌てて彼は立ち上がり、ニコにそう言ってから少しの距離を取り、耳に当てる。
「――ごめん、連絡忘れてた。うん……うん、ちょっと寄り道してる」
 誰かからの電話に謝っているフェイトを見上げつつ、ニコは小さく笑った。
 そして、一度目を閉じた後に視線を移して、遠くの木へと目をやる。
「…………」
 彼は目を細めてまた笑った。その表情はとても少年とは思えぬような笑みであった。そして彼は黙ったまま右腕を僅かに上げて、ひらり、と横に一度だけそれを振る。
 木の幹の向こう、僅かに動く影があった。それはニコの行動を受け止めたかのようにして、直後にそこから消えてしまう。
「……全く、頭の固いやつだ」
 小さく、誰にも届かないようにしてニコはそう呟いて口元を隠す。
 そのすぐ後にフェイトも通話を終えて、ニコのほうへと戻ってきた。
「ニコ、ごめんな。待った?」
「ううん、大丈夫。フェイトお兄さんこそ、平気なの?」
「大丈夫、動物見て回るくらいの時間はあるよ。この先に珍しい色の鳥がいるから、行こう」
「うん」
 フェイトは再びニコの手を自然に取った。
 その温もりがニコの指先にじわりと伝わり、彼は嬉しそうに笑う。
 温かくて、優しい。
 フェイトと言う人物の『音』を全身で感じながら、ニコは動物園を満喫するのだった。

 時間にしては一時間ほど経ったくらいだろうか。動物園を出てから、ニコはフェイトに「戻らなくちゃ」と言い、軽い足取りで一歩を下がる。
「通りに戻らなくても大丈夫か?」
「うん、そろそろ迎えがくるから、平気だよ。フェイトももう、待ってる人の所に戻ってあげて」
「ニ、ニコ……」
 この少年は、どこまでを知ってるんだろう。
 フェイトはそう思わずにいられなかった。
「――あ、そうだ。さっきは『追い払って』くれてありがとう」
「!」
 ニコの言葉に、肩が震える。
 フェイトが追い払ったといえば、出会ったばかりに見た霊の存在だろうと思う。ニコと言う少年は、それに気づいていたのだと今改めて悟った。
「じゃあ、またね、お兄さん!」
「あ。うん……」
 ニコは元気よくそう言った後、踵を返した。そして右腕を上げて、フェイトを肩越しに振り返りつつ手を振って駆け出す。
 フェイトは呆気にとられつつも、それにひらりと手を振り返してやり、彼を見送った。
 何とも不思議な邂逅であったと思いつつ、ニコの姿が完全に見えなくなるのを感じてから、フェイトも踵を返すのだった。


 一週間後。
 一件の護衛依頼がIO2に舞い込んできた。一人の歌手とコンサート会場周辺を警護する為に数人のエージェントが配置され、その中にフェイトの姿もあった。
「あれ?」
 会場内、彼らに与えられた控室内で、フェイトはそんな声を上げた。
 傍にいた同僚が「どうした」と聞いてくる。
「……俺、この子知ってるよ。前に街で会った子だ」
「え、お前、あの『神童』に会ってたのかよ?」
 フェイトは今回の護衛のための資料を読み返していた。ハロウィンコンサートと言えば、宣伝のためのポスターが街中に貼られていたと思い出して、この事だったのとかと思いつつ、資料内にある一人の少年の写真をまじまじと見る。
 ニコラウス・ロートシルト。
 世界的に有名なソプラノ歌手であり、その歌声は天使のようだとも言われている。
 多くを魅了し、多くのファンを持つ。
 同僚の言う『神童』は彼の二つ名でもあり、同時に『アムドゥキアス』とも呼ばれていた。
 一週間前、フェイトが街で出会い、カップケーキを食べて動物園を案内したあの少年と同じ顔である。
「そんなに有名なの?」
「お前……こないだのテレビでも特集組まれてただろ? 『奇跡の歌声、神童アムドゥキアスに迫る』ってさ」
「……そういえば、そんなようなのやってた気がする。っていうか、そんなに有名なら俺と歩いてた時だって、騒がれるはずじゃ……」
「意外と溶け込めてるもんだぜ。傍から見ると似てるな〜くらいでさ。まさか本人がここにいるはずもないって誰もが思うから、やり過ごせるんだよ」
 そういう同僚の言葉を聞いて、そういうものなのかと思いながら、フェイトは少年についての詳細に目を通した。
「あー、やっぱり能力者か。そうじゃなきゃ俺達に護衛なんて頼んでこねぇよな」
「歌で生命を……そうか、音に関係する能力を持ってるのか。ある程度コントロールは出来るみたいだけど」
「二つ名はこの辺から来てるっぽいなぁ。ここまで有名になっちまうと、立ち回りも大変だろうな」
 同僚がフェイトの見ている資料を覗き見しながらそう言った。
 フェイトはそれを少し遠くで受け止め、彼と会っていた時のことを思い出す。
 『ニコ』はフェイトに音がすると言っていた。
 彼は歌う以外にもきっとそう言った能力があるのだろう。
 どれほどのものかまでは解らないが、それは安らかなものではないはずだと感じて、フェイトは深い溜息を零す。
「――あんま深く考えるなよ、フェイト」
「うん……」
 ポン、と同僚の手のひらがフェイトの頭の上に乗った。
 彼はフェイトの心情を読んだのか、そう伝えてから髪を撫でる。
「俺達は俺達の出来ることをやるだけだ」
「うん、そうだね」
 そんな会話を交わした直後、コンコンと控えめなノック音がした。開演時間まではまだあるはずだがと同僚が扉を開ければ、その先には一人の男が立っていた。
「ロートシルトの者です。主から皆さんへと言付かって参りました」
 男はその場で頭を下げてそう言い、一つの籠を差し出してきた。その中には数本の酒のボトルらしいものと焼き菓子が入っていた。
「うぉ……っ、これってドンペリじゃねぇか」
「ブリニャックまであるぞ」
 室内がざわつく。
 籠の中の酒はすべて高級シャンパンであった。菓子にはそれぞれハロウィンらしいラッピングが施されており、『Hope your Halloween is a Treat!』と綴られたメッセージカードが添えられていた。
「では、本日はよろしくお願い致します」
 籠を運んできた男は静かにまた頭を下げて、その場を離れていった。
 黒髪で黒のスーツを着こんだ、隙のない存在であった。
「…………」
 フェイトはその男を思わず目で追ってしまう。
 すると彼は僅かに振り向き、フェイトを一瞬見た。冷たいアイスブルーの瞳が印象的であった。
「フェイト、これはお前用みたいだぞ」
「え?」
 同僚がそう言葉を投げかけてくる。
 それに反応して視線を戻せば、『フェイトお兄さんへ』と書かれたカードと共に高級トリュフの箱と写真がプリントされたポストカードが添えられていた。動物園で撮ったあの写真であった。撮った後にフェイトに電話があったために結局あの後、データは受け取ってなかったのだ。
 リボンに差し込まれたポストカードを手にとって裏を返してみれば『今日はお疲れさま。公演が終わったら恋人と一緒に楽しい時間を過ごしてね』と書かれていて、彼は思わずそれをまたひっくり返そうとした。だが、傍にいた同僚にそれを遮られ、カード自体を取られてしまう。
「ちょ、ちょっと……」
「ふーん、えらく気の利いたお子様だな、フェイト?」
「……そういう子、なんだよ。言っただろ、不思議な子だったって……」
 同僚はニヤリと笑いつつそう言った。
 フェイトはそんな彼をまともに見ることが出来ずに、うっすら頬を染めて視線を逸らして言葉を繋ぐ。
「まぁ、お言葉に甘えるためにも、任務頑張ろうぜ」
「う、うん……そうだね」
 同僚がどさくさに紛れてフェイトに腕を回してくる。
 一気に距離も近くなったが、フェイトは敢えて抵抗を見せずに小さくそう答えた。
 ――いつかまた、どこかで会って話が出来るだろうか。
 そんな事を思って、数分後。
 それぞれの通信機に任務開始を知らせるメッセージが届く。
 フェイトも隣にいた同僚もそれを確認して、体勢を整えた。
「任務を開始しよう」
「了解」
 部屋の奥でシャンパンボトルに沸いていた他の同僚たちにも声をかけて、彼らは部屋を出る。
 そしてフェイトは与えられた任務を完璧にこなすための行動を、静かに開始するのだった。