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<東京怪談ノベル(シングル)>


戦華乱舞―インストルメンタル

山積みとなった報告書の一つ一つに目を通し、判を押す。
単調でつまらない作業―のように思えるが、実際には、とてつもなく重要な作業。
その作業を水嶋琴美は飽きるどころか、真剣極まりないまなざしで報告書を読み干し―大きく息を吐き、リノリウム製の天井を仰いだ。

「この状況、看過できませんわね」

ぼそりと呟いた言葉に、一緒に作業していた同僚は珍しいと言わんばかりの表情で彼女を見た。
デスクに放り出された報告書は最近、暴れ始めた武装組織。
なかなかの手練れらしく、派遣した部隊がことごとく壊滅寸前まで追い詰められ、撤退を余儀なくされた。
それに気を大きくさせたのか、事件をあちこちで起こし、ついには『表』にまで事件発展寸前にいたり、自衛隊特務統合機動課に殲滅命令が下されることとなった。
そのための予備調査で、報告書を読んでいたのだが、当初から琴美が妙にやる気になっていたのが、機動課内で噂となっていたが、なんだがおかしいな、と同僚は思い、軽い気持ちでからかおうと思ったのだが、その顔を見た瞬間にそれはどこかに吹っ飛んでしまった。
任務に当たる時と同じ、琴美は冷静で獣を狩るような眼差しで報告書を見ていたからだ。

「み……水嶋?」
「ああ、ごめんなさい。この組織……心当たりがあるんですの」

あまりにぞっとするような表情に驚いた同僚の声に琴美は弾かれたように顔を上げ、にっこりとほほ笑み返すと、報告書のファイルを片手に資料室を後にした。

ピンと背筋を伸ばして、よどみなく歩く琴美だったが、背に気配を感じ、苦笑を浮かべるも毛筋ほども悟らせない。
通路を進み、突き当たった角を曲がった瞬間、複数の影がその後を追い―ほんの一瞬にして反対側の壁に吹っ飛ばされた。
その派手な物音に近くにいた隊員たちが一斉に集まり、そこで異様な光景を目にする。
まるで、いや、まさに戦国時代の忍者そのものの黒装束に身を固めた男女が目を回してひっくり返っていたのだ。

「侵入者ですわ。確保してくださいな」
「水嶋!!……って、誰か拘束用の手錠と足かせもってこい!こいつら、ただの侵入者じゃない」
「各施設の警備を固めろっ!最重要ブロックは閉鎖。シグナル・イエロー!各員、第2種警戒態勢で対応」
「火器及び軍備関係はシグナル・レッドで対応。警備を強化」

にこやかだが、冷やかな瞳で言い放つ琴美に気圧された隊員たちだったが、すぐさま事態を飲み込み、機敏に動き始める。
自衛隊の中でもトップシークレット扱いである『特務統合機動課』に侵入者など、あってはならない事態だ。
抱える情報は全て最重要機密。それゆえに警備体制は最高レベルの基準であり、あらゆる侵入者たちを拒んできたというのに、冗談では済まされない。
捕えた連中を気絶したまま、地下にある隔壁室に連行していく隊員たちを見送り、琴美は蒼い顔で頭を掻きむしる警備隊長の肩を軽く叩く。

「落ち着いてください、警備隊長」
「これが落ち着いていられるか、水嶋!!これだけの人数の侵入を許すなどあってはならん事態だぞ?!機密情報の一つでも盗み出されたら、お終い」
「それはありませんわ」

よほど混乱しているのか、両手で頭を激しく掻き毟って怒鳴る警備隊長に琴美はやれやれと肩を竦めると、きっぱりとした口調で遮る。

「?どういうことだ、水嶋」
「彼らの目的は特務の持つ情報ではなく、『特定人物』を狙ってきただけです。どんな目に遭おうとも自白はしないでしょうから、そのまま閉じ込めておくのが得策と思います」
「『特定』?それは……まさか!?」
「あとは任せます」

何かを察したらしい隊長が弾かれたように見返してくるが、琴美はあえて答えず、変わらぬ笑みを浮かべると颯爽とその場を立ち去っていく。
その背後では、激しく明滅を繰り返すアラートランプにすさまじく飛び交う怒号が響き渡っていた。

「なるほど、な。なりふり構っていられんようだな、連中は」
「はい。想定内とはいえ、あれだけの人数で仕掛けてくるとは」

琴美からの報告を聞き、両手を組んだ上司はしばし瞑目すると、小さく息を吐き出した。
侵入を許すなど、本来は特務にとって致命的な事態だ。
だが、裏を返せば、これは絶好の好機とも取れる。
配下が捕まったとはいえ、特務が大混乱に陥っているのは変わりはない。
連中もこれを好機と取り、打って出るために、まず守りを固めようとするだろうが、そうはさせない、と上司は判断を下した。

「水嶋、行ってくれるな?」
「了解しました。水嶋琴美、これより任務に向かいます」

多くは言わず、確認だけの言葉に琴美は変わらぬ微笑で敬礼した。

ぎっちりと膝まである編み上げブーツの紐を締め上げ、グローブをはめる。動きやすさを追求し、身体にぴったりとフィットしたスパッツで臀部を覆い、その上にミニのプリーツスカートを履く。
上半身は袖を半袖ほどに短くした着物を着込み、帯でがっちりと締めると、覆い隠した胸のラインが強調されてしまうが、構いはしない。
最後の仕上げと、クナイをはめ込んだベルトを太腿につけて、琴美は立ち上がった。
基地内はまだ混乱状態だったが、警備体制は最高レベルで機能しているのを見て取り、琴美はやや安堵の表情を浮かべた。
今回の相手が相手だけに、琴美は若干責任を感じていた。
琴美さえも知らない―水嶋家創始の頃からの古き因縁が全ての元凶だったからだ。

発端は一か月ほど前に遡る。
以前から、いくつもの組織を裏で操り、事件を起こしていた本命の組織がついに表だって動きだした、という情報が特務にもたらされた。
その情報の真偽を確かめるべく、情報部が即座に飛びつき―数日間にわたる不眠不休の調査の結果、事実であることを突き止めた。
これには特務全体が色めき立ち、いよいよ全戦力投入による殲滅作戦か、と思われた矢先、組織の動きが突如として変化した。
表だっての民間人の拉致・監禁に身代金要求、民間施設の占拠、複数の施設を狙った爆破テロなどの直接行動ではなく、情報端末を使ったサイバーテロや自衛隊や警察への潜入といった工作活動が多くなっていった。
それらの工作活動で特徴的なのは、独特な訓練を受けた者たちが多いということ。そして決定的だったのは、とある研究施設に侵入してきた者が日本古来の潜入活動組織―忍びの動きをしていたということ。
現代の日本にそんな連中がいるのか、という情報部の疑問に答えたのは、ほかならぬ琴美本人。

―いますわ。今でも非合法活動を行う忍びの家が。私の家と昔から対立していた一族が組織を作り、動いておりますもの。

きっぱりと答えた琴美に情報部の面々は唖然としていたが、特務において絶対的な信頼を置く水嶋琴美がそう断言するならば、事実だろうという結論を下し、対策を講じていた。
が、その矢先に特務への侵入。
しかも、明らかに琴美だけを狙ってきていたことから、上司の決断は早かった。
迷う必要など、どこにもない。彼らの殲滅を下したのである。
うつむき加減にロッカールームを出た琴美は基地にあるヘリポートへと急いだ。

「長い因縁なんて知りません。ですが、無関係の人々を巻き込むならば」

ゆるくなりかけたグローブをはめ直し、琴美は静かにプロペラを回し始めたヘリに軽やかに乗り込む。
音もなく静かに舞い上がるヘリは大きく空いた屋根から飛び立つ。
ステルス機能を前面に使用した特殊なヘリは漆黒の夜空に溶け込み、滑るように飛んでいく。
向かう先は都市から北へ向かった山に囲まれた小さな地方都市。
その行き先に顔なじみのパイロットは驚きを隠せずに、琴美に訊き返した。

「ほ……ホントにそこなんですか?水嶋隊員」
「ええ、間違いありませんわ」
「で、ですが、いくら小規模とはいえ、地方都市のど真ん中にある訳が」

やや戸惑いまじりに反論するパイロットに琴美はそうですわね、と肩を竦めた。
普通そうだ。小さな地方都市のはずれ、なら、ああそうか、と納得がいくが、まさかの中央部。しかもど真ん中なんて考えられない。

「けれど、事実ですの。記録によると室町の大乱―要は応仁の乱の頃、この地に住み始めていたらしく、地元では旧家として扱われている一族なんですよ」
「そうなんですか……う〜ん」
「そうなんですの。では、予定通り3時間後に」

納得したような、しないような、煮え切らない態度で唸るパイロットに琴美は楽しげに答えると、大きくドアをスライドさせて、開け放つ。
ゴウと耳元で風が鳴り、突風が髪をかき乱すが、構わず琴美は夜空に身を躍らせた。
急上昇していくヘリを横目で見ながら、琴美は全身で風を受けつつ、背に手を回して、パラシュートの紐を思い切り引いた。

江戸時代の武家屋敷を思わせる広大な屋敷と敷地では、侵入者に備えて、数十人により警備体制が敷かれていた。
ただし、彼らが纏っているのは黒装束に鉢がね、両手両足には具足といった、忍びらしい姿。
現代では、かなり特徴的で目立つ姿だが、自分たちの力を誇示するにはちょうどよく、あえて纏っていた。
だが、特務に侵入していた手の者が捕まったという情報が入り、即座に最高レベルの警備を敷いたのである。

「警備をぬかるな。仕掛けてくるのは一両日中、絶対に気を抜くな」
「承知っ!!」

警備隊長の一声に数十名の警備班員が一斉に応じる。
本当に攻めてくるか、などという声は決して上がらない。どこぞのゆるい、新興勢力とは違い、長き年月が鍛え上げた結束がこの組織にはあった。
己に課せられた使命に疑問を抱かず、ひたすら達成に邁進する。ある意味、愚かで、ある意味、最も恐るべき一団だ。
与えられた義務を果たすべく、配置に散らばる班員たち。
が、その背後を一瞬にして回り込んだ影によって呆気なく崩れ落ちていく。
その瞬間、ざわりと空気が大きく揺すれ、超攻撃的と称するべき殺気が一気に向けられた。

「本当に面倒で厄介な集団ですこと」
「水嶋の者かぁぁぁぁぁぁっ!!」

くすりと口元に弧を描き、倒れ伏した班員たちの中から、すらりと立ち上がったのは特務精鋭の隊員・水嶋琴美その人。
両手に握ったクナイを構えると、殺気だった班員たちが一斉に襲い掛かってきた。

「さぁ、始めましょう」

ゲームの開始を告げるように、琴美は無造作にクナイを閃かせた。