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<東京怪談ノベル(シングル)>


戦華乱舞―コンチェルトの前の独奏曲

縦一列の波状形態で、呼吸を合わせたように飛びかかってくる数人の警備班員にひるむことなく、琴美は両手に握ったクナイを閃かせる。
目にも映らぬ速さに対応することが出来ず、切り裂かれ、落ちていく。
だが、傷ついた仲間に目もくれず、襲い掛かってくる班員に感心しつつも、琴美の攻撃が緩むことはない。
ミニのプリーツスカートを翻し、漆黒のスパッツに覆われた太腿をさらけ出して、敵の腹部に強烈な膝蹴りを食らわせる。
その衝撃に耐えきれず、背後から掛かってきた数人の仲間を巻き込んで、遥か後ろにある塀へと吹っ飛ばされた。
あっさりと土煙を上げて崩れ落ちる塀のがれきに飲まれる警備班員たちに警備隊長は短く舌を打った。

―さすがは水嶋家の者。力量の差は明らか、か

諦めず、というか、無謀な特攻を繰り返してく部下たちの行動を腹ただしく思いながらも、敵である琴美の腕には素直に賞賛を覚える。
だが同時に、ここまでの力の差を見せつけられ、苦々しく思った。
古来より、この地に根付き、その忍びの技を持って権力者たちに仕えてきた忍びの一族として名を馳せてきた。
時には同類―同じく忍びの技を操る一族を命令のままに滅ぼしたこともある。
当然、他家からは恨まれ、疎まれてきたが、同時に恐れられてきた。

―この一族に睨まれれば最後。赤子といえども、探し出して根絶やしにされてしまう。
―恐ろしい。第六天魔王と同じか!

それほどの名で知られた一族だったが、戦国時代、それに抵抗し、抗う一族が出現し、逆に追い込まれるようになった。
ある時など、壊滅寸前まで追い詰めた小さな大名家に味方し、あっという間に攻勢をかけられ、敗走させられた。
その時からの因縁だった。
目の前で、手練れの班員たちをただの一撃で倒していく女の家―水嶋家とは。
そして、その水嶋家が誇る最強の忍び・水嶋琴美。
華麗に舞い踊り、手にしたクナイを閃かせて、次々と倒していく強さは計り知れない。

「隊長!このままでは外部警備班は壊滅です!!増援を!!」
「馬鹿めっ、下手な増援など出せるか!!残存の班員たちに伝達、籠城戦を念頭に撤退せよ!!」
「っ!!しかし、このままでは我ら一族の末代までの恥に」
「くだらんっ!お館様もご理解してくださっている……相手はあの『水嶋』、そして自衛隊特務が誇る最強の隊員。恥じることなど、どこにもないわっ!!」

警備班員の3分の2が沈黙させら、青ざめた警備班員が取り乱しきった様子ですがってくるが、警備隊長は悔しげに唇をかむと、屋敷への撤退を命じた。
ここで守るべきは下らぬ誇りではなく、次の勝利。
未だかつて勝利を収めたことがない『水嶋』を倒すためならば、手段など選んでいられないことぐらい、充分に分かっていた。

「あらあら、随分とあっさり引いていくのですわね。でも、見逃すわけがないですわ」

喉、鳩尾、アゴの順で拳を決められて、琴美の3倍はあろうかという大きさの大男はだらしなく白目をむいてひっくり返った途端、日本刀を構えていた一団は即座にボール大ほどの球体を投げつけ、回れ右して駆け出しいく。
呆れたように、琴美が追いかけようとした瞬間、その球体は小さな破裂音を上げて、大量の煙を吐き出す。
それが一つや二つではなく、数十個だから、あっという間に視界を奪われ、息ができなくなってくる。
だが、琴美は慌てることなく、クナイを太腿にしまうと、両手を地面について逆立ちすると、両足を思いきり開脚する。
そのままの体勢で身体を思い切り捻り、まるでヘリコプターのプロペラのように回転させた。
巻き起こされた風によって、煙は見る間に薄れ、消し飛ばされるが、周りに敵の姿は一人もいなくなっていた。

「撤退ですか……随分と思い切りの良い。でも、それでこそ……ですわ」

艶やかに微笑むと、琴美は軽やかに駆け出し、目の前に見える武家屋敷へと踏み込んだ。

上質の杉を贅沢に使った縁側に琴美が足をかけた瞬間、目の前の障子が左右に開き、巨大なのこぎり刃が十数枚、振り子のように襲い掛かってきた。
定番な、と内心、呆れつつ、琴美は素早く右へと移動し、無造作にクナイを引き抜くと、のこぎり刃を釣っている部分を狙って撃つ。
頑丈そうな鎖をクナイは易々と切り裂くと、勢いは止まらず、対角上の天井に食い込む。
派手な音を立てて下の畳へと食い込むのこぎり刃を琴美は軽々と飛び越えた瞬間、冷たく輝く太刀を顔面へ向かって突き出された。
寸前でブリッジの要領で身を反らし、そのまま左でかわしながら、逆に相手の顔面に向けてクナイを投げる。
その攻撃に驚いたのか、相手はとっさに背後へと飛び、構えた太刀でクナイを叩き落とす。
この間に体勢を整えた琴美は、この太刀を持った相手―漆黒の忍び装束に銀の小手をつけた男と対峙する。

「さすがは『水嶋』。少しも動じぬとは」
「貴方こそなかなかの攻撃ですわ。こちらの動きを計算ずくで仕掛けてきたのでしょう?」

楽しげに男は微笑を零しながら、油断なく太刀を構えてくる。
そんな男にクナイをしまい、琴美は賞賛を送りつつも、一分の隙も見せようとしない。
ゆったりとした自然体な構えを取る琴美に男はギリッと唇を噛みしめる。と、バタバタと派手な足音が聞こえて来たかと思うと、部屋の両側から十数人の男たちが乱暴にふすまを開け放つ。
駆け付けた男たちは対峙する小手の男の部下らしく、一様に藍色の忍び装束を纏い、勢いのまま加勢しようと、太刀を構え、踏み込もうとした。
「水嶋ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「覚悟しろぉっ!!」
「手を出すなっ!!この女、お前たちの手に負える相手ではないわっ」

天から雷が振り落されたような怒号に、部下たちは一瞬にして凍りつき、その場から動けなくなる。
そのすさまじい迫力に琴美は少々驚きを露わにしたが、ひどく感心していた。

「あらあら、意外と人を見る目はあるんですのね?」
「当然だ。俺もそれなりに修羅場はくぐってきたのでね……お前のような怪物じみた者など、そうはおらんわ」
「褒め言葉、と受けておきましょう。ですが、怪物じみた、は納得できませんわね」

私はごく普通の自衛隊員ですわよ、と笑う琴美に小手の男はチッと舌を鳴らす。
不平ではない。その証拠に男の表情は歓喜に満ち溢れていた。

「何がごく普通の……だ。お前の身体から発せられる気迫、そんな並外れたものを持つ奴が普通なものかっ……さすがは『水嶋家』が誇る最強の忍び。相手にとって不足などない」

言うや否や、小手の男は太刀を上段に構え、利き足であろう右足をすり足で踏み出す。
異様なまでに高まってくる気に部下たちは圧倒され、じりじりと後ずさりする。
数瞬の間。否応なく高まる緊張の糸はあっけなく切られた。
天井に突き立てられた琴美のクナイが小手の男が発する気の振動に揺さぶられて、ゆるゆると板から抜け出て―ついには円を描きながら畳の上に落下した。
その瞬間、小手の男はカッと目を見開き、全体重を太刀に乗せ、全身のバネを使い、琴美に刃を突き立てんと襲い掛かる。
目にもとまらぬ速さに部下たちは小手の男の勝利を確信した。
だが、相手である琴美はそれよりも更に上を行く存在であることをすぐさま思い知らされる。

正確に顔面を狙ってきた刃を、琴美はほんのわずかだけ首を動かしてかわすと、一瞬にして身をかがめると同時に畳を蹴った。
一足飛びで小手の男の間合いにまで飛び込み、琴美は無防備な鳩尾、喉元、あごに拳をえぐり込ませる。
全てが骨を砕く強烈な一撃に、小手の男の身体が大きく前のめりに倒れ込みかけた。
そこを外さず、半身だけ回転させた琴美は大きく振り上げた右足で小手の男の側頭部を思い切り蹴り飛ばした。
流れるような琴美の連続攻撃に身を守る術などなく、いくつものふすまをぶち壊しながら吹っ飛んでいく。
その力の凄まじさに、部下の男たちは呆然となり、ふわりと額にかかった髪を掻き揚げる琴美の顔をまじまじと見て―我先とばかりに逃げ出していった。

「うわぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
「に、逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「あら、情けないですわね」

悲鳴を上げて逃げていく部下たちに琴美は苦笑交じりに肩を竦めるも、特に気に留めることなく、吹っ飛んでいった小手の男の方へと向かって歩き出した。