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<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・1―

 『魔界の楽園』クローズドβの評価期間が終了して10日ほど経ったある日、携帯電話に一通のメールが届いた。差出人は、『魔界の楽園』開発プロジェクトチームである。
「……へー、部内での評価が終わったので、今度は一般客にテストして貰おうという訳なのね。ソフトウェアを作るのって、大変なんだなぁ」
 等と、どうでも良い事に感心しながら、あたしは細かな注意事項をサッと流し読みし、応募要項の欄に目を落とした。要は、
このメールはクローズドβに参加したメンバーの中から、特に厳選された者にだけ送られているらしい。その審査基準が如何なるものかは分からないが、とにかくオープンβと云う評価段階に協力できる……つまり、またもタダで『魔界の楽園』をプレイできるのだ。これは受けない手は無い。
「あ、前に登録したキャラをまた使えるのね。じゃ、当然……ふふ、また宜しくね、アミラ!」
 あたしは迷わず、自分の分身たる『アミラ』で参加登録を済ませた。そしてゲーム本体のダウンロードを済ませ、その画面に目を落とす。見たところ、クローズドの時と変わったところは見受けられない。が、以前はこの直後にいきなりバグだらけのゲーム世界に引き込まれたのだ。油断は禁物……と、あたしは多少警戒しながら『乗り移り』無しで外からラミアを操作しつつ、その操作を体感した。アミラではなく、飽くまで選択画面でお目にかかる、普通のラミアである。
「クローズドの段階で、大まかなバグは全部洗い出したのね。まぁ、そうじゃ無ければ、一般に公開なんか出来ないか……」
 特に目立った不具合も無く、普通にプレイできる。これならばパスコードを打ち込んで、アミラに乗り移っても大丈夫かな……とは思ったが、時計を見ると既に日が変わっている。夜が明けても土曜日だから多少の寝坊は許容されるが、夜更かしが習慣化しては、まずい。という訳でその晩はそこで一区切りさせ、お楽しみはまた後でという事にし、ゲーム機の主電源を落として、あたしはベッドに潜り込んだ。
(……そういえば、プレイヤーとして操作していたあのラミアの中には、誰が入っていたんだろう……彼女かな……)
 そう。この『魔界の楽園』は、プレイヤーの意思を取り込んでキャラに同化させる事で、よりリアルなプレイが楽しめるようになっているのが『売り』のゲームだ。だがプレイしている者……画面の外からキャラ達を見ている者には、それは分からない作りになっている。言い換えれば、『乗り移り』システムの事を知っている者はプレイヤーの中でもごく一部に限られる。だが、
『誰かが中に入っている』のは間違いない……それが人工知能である『帽子の彼女』なのか、生身の魂なのかは分からない。
(彼女も大変よね……初心者に扱われた日には、痛めつけられっぱなしで……)
 等と考えている間に、あたしの意識は夢の中。布団に入ってすぐ、自然に寝つけてしまう……実に健康的な体である。

 ……暑い。いや、熱いと形容すべきだろうか。あたしは非常に不快な熱気に当てられて目が覚めた。
「なんなの? もう秋も深まってそろそろ寒くなる時期だよ……なのに何なのよ、この暑さは……」
 重い瞼をムリヤリにこじ開ける。と、部屋の中に居る筈なのに何故か陽光がさんさんと……そして全容が目に入った時、あたしは軽いパニックに陥った。それはそうだ、だって夕べは確かにベッドに潜り込んで眠った筈なのに、何故かどこぞのリゾートビーチのような場所で寝ていたのだから。
「……もしかして、まだ夢を見てるのかしら……」
 当たらずとも遠からじ。そこはまさに夢の世界、『魔界の楽園』の中だったのだから。元来、あの『乗り移り』を実行している間、その本人は夢を見ているような状態に陥っている。ちょっと専門的に解説すると、意識のみをデジタルデータ化してゲーム内に取り込み、疑似的な精神体をプログラムによって再現した結果が『キャラへの乗り移り』なので、現実の世界に置き去りにされている肉体は『眠らされて夢を見ている』のと同じ状態になっている、と……こういう訳だ。
「……アミラ、だよね……あたし、ゲーム機の電源はちゃんと切った筈だけど……」
 自分の姿を見て、あたしは漸くそこが『魔界の楽園』の中なのだという事を把握した。しかし腑に落ちない。ゲームプログラムの暴走でも、プレイヤーの操作ミスでもない。本当に何時の間にか、ゲーム内に取り込まれていたのだ。しかも今までのようにバーチャルな感覚ではない。肌に触れる風の感触、跳ね返る波のヒヤリとした冷たさ。全てがリアルなのだ。
「まさかあたし、本当にアミラになっちゃったの!?」
 乗り移りでゲームに参加している時とは感じが違う。無論、ゲーム中にも触覚はあるし空腹になったりもする。だが、飽くまでそれは『本体を外に置き、意識だけがそこにある』状態。要は『脱出ボタン』がいつも目に見える所にあるようなものだったのに、今はそれが無い。どうすればこの夢から醒められるのか、それが分からないのだ。アミラの腕が、胸が、顔が……全てが自分の肉体であるかのように、軽く触れただけでもそれが分かる……兎に角、理由は分からないが、みなもは完全に『アミラ』そのものになってしまっていたのだ。
「……夢にしてはリアルすぎる、と云うか夢を見てる時はそれそのものが現実だと錯覚してるものね……きっと今も……」
 自分はまだ冷静だ、そう自分自身に言い聞かせながら、あたしは辛うじて正気を保っていた。こうでもしないと、あまりの非常識さ加減で本当におかしくなってしまいそうだったから。
 そして暫くして『慌てても仕方が無い』と悟ったあたしは、他に誰かいないかを確かめる事にした。足が無い為、フワフワと僅かに浮いた状態で辺りをウロウロし、散策を始める。だが、他の皆も一箇所に留まるような愚はしないのか、或いは慌てて他の者を探しに出掛けたのか。足跡や、誰かが居たような痕跡はあるのだが、気配が感じられないのだ。
「焚火の跡……食事でもしたのかな。何を食べたんだろう……あ、そう言えばあたしも……お腹がすいたなぁ」
 リアルな肉体を持った、本物の『ラミア』となったあたしは、何を以て腹を満たせばいいのか、暫し考えた。そして思い付いたのが、やはりというか……魚だったのだ。そう思い立ったが吉日とばかりに、あたしは海に潜って獲物を探した。流石にマーメイドの化身、水中でも苦しくは無い。そして群れを成して泳ぐ魚を数匹捕まえ、そのままかぶりつく。
「……美味しくない……」
 未調理だから、ではない。その魚が食用に適したものでは無かったのだ。乗り移りでアミラ化している時には、何でも美味しく感じたのに……と、あたしはリアルすぎるその感覚を恨めしく思った。結局その時の空腹は、味に目を瞑ってそれらの熱帯魚を捕食する事で凌いだが、これからもこのままでは堪らない。
「……あたし、ずっとこのままなのかなぁ……そういえば、彼女は何処? 何故、姿が見えないの?」
 普段、良きアドバイザーとなってくれる『帽子の彼女』が、何故かそこには居ない。それも含め『魔界の楽園』の世界に間違い無いと思われるこの世界の中で、何かが違っている……という違和感と戦う事になったあたし。この謎を、誰が解いてくれるのか……今のあたしには、それを知る術は無かった。

<了>