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<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・2―

 ある朝、目が覚めたらみなもは人気のない島の海辺に居た……そしてその日から一週間あまりが経過し、徐々に不安は募っていった。あたしは無事に、元の世界に戻れるのだろうか、と。
「まさか、一生このままって訳じゃ無いと思うけれど……」
 突如取り込まれてしまった、妙にリアルなヴァーチャル世界。みなもはその中で、予期せぬサバイバル生活を強いられる事になったのだ。

 文明人が生きるのに最低限必要とされる『衣・食・住』の三つ。これらをクリアする事は、一人暮らし経験の無いみなもには未知の領域だった。特に『食』に於いては直ぐに危機が迫り、空腹を満たして飢えをしのぐ為にみなもは食べられそうな物を探し回った。目の前に広がる広大な海は、本来ならば海産物の宝庫である筈。だが何故か、熱帯魚しか居らず海草すら生えていないその海に、やはり此処はヴァーチャル世界がそのまま現実になった空間なのだなと云う事をみなもに痛感させた。
「不味いのはまぁ慣れれば我慢できるとして、問題は……食べた後にお腹が痛くなったり、怠さを感じたりする事よね」
 それにより、モノによっては毒性がある物もあるのだな、と云う事をみなもは覚えた。ラミアと同化した今のみなもは、生身の時に比して強い耐性を持ってはいる。が、無敵と云う訳では無いようで、時にはダメージを喰う事もあった。尤もそれを乗り越えて『対毒性』のスキルが身に付いたのは不幸中の幸いであったが。

 そして次に『住』が問題となった。如何に人目が無いとはいえ、乙女に野宿は辛かった。寒さを感じるほどの陽気ではないが、身を隠す場が無いというのはやはり大きな不安を抱かせる。特に生理現象の最中に姿を晒したままと云うのは、どうにも耐え難いものがあった。依って最初は草陰に穴を掘って事を済ませていたが、やがて木の皮に切り込みを入れて繋ぎ合わせ、それを立ち木に立て掛けて覆いをし、身を隠した。
「屋根が無いのが残念かな……まぁ、周りから見えなければ良いか」
 生憎、天然の洞穴や、ムロがそのまま部屋代わりになるような大樹は無いようで、みなもは屋根の無い囲いを仮宿とし、何とかプライバシーの保護を確保した。
 だが、この方法には欠点があった。何せ床になる部分が地べたそのままなので、昼は良くても夜は冷えてしまうのだ。
「そういえば家の床も、地べたに密着はしてなかったな」
 だから人間は、地べたから浮かせた位置に床を拵える事を覚えたんだ……と、その時改めて『弥生時代の生活』を再認識した。問題はそれをどうやって再現するかだが……みなもには床板を張る為の基礎を作る技術は無い。また、床に適する平坦な板も材木も無い。依って、最初から地面から浮いた位置に覆いを付ければ良いと考えた。
(人魚の化身が木登りをする……不思議な光景ね)
 そんな事を考えて一人笑いながら、みなもは大きく枝を広げた木を見付け、その中心を床に見立てて周囲を覆う事で、改良型の仮宿を作る事に成功した。前述の通り床を造るだけのスキルは無いので就寝時の安定に些か難ありだったが、枝に体を巻き付ける事でそれを克服した。床は無いが外気の侵入を極力避ける為、下側にも入口を残して覆いを付けた。不自然な覆いが目立つかと思われたが、周囲の木の葉が上手く覆いを隠してくれる上に屋根代わりにもなる為、最初の小屋より余程安全であった。

 そして食べても平気な物とダメな物の知識を得、住処も確保したみなもが最後に問題視したのは、その身を包む衣類であった。ずっと肌に付けたまま、潮に晒された衣服――と言っても胸元を隠すブラだけだが――は異臭を放ち、身に付けておくのには辛いものとなった。
「コレは布製だから洗えば何とかなるとして、替えが無いのはやはり不便ね」
 確かに人目は無い、だから無理に衣服を纏う必要はない。しかし幻獣の姿になっているとはいえ、精神は人間の物。裸で外をうろつくのには些か抵抗があった。第一、素肌を晒したままで密林に入った場合、木の枝や鋭い葉などに接触した時に傷付いてしまう。衣服には身を隠す以外に、素肌を守るという役割もあるのだ。
 そこでみなもは、家の壁を作るのに用いた木の皮を叩いて繊維を取り出し、それを編んで簡易的な布地を作り出す事を考えた。その考えはどうやら正解だったようで、上半身を覆う衣服の他、袋状にして鞄にしたり、無造作に貼り合わせただけだった掘立小屋の外壁をカーテン状にするのにも転用できた。その他、大型の貝殻を紐で繋いで胸を隠したりする事も試してみた。これはあたかも人魚のような外観を作り出し、お気に入りのファッションとなった。

(……ここに住み着いて、かれこれ2週間か……誰とも会わないのは偶然なのかな?)
 衣食住の確保が何とか落ち着いた時、ふと思ったのがそれだった。此処に自分以外の者が居る事は分かっている。だが誰とも会う事なく今まで過ごして来たのは、果たして偶然だったのだろうか……いや、答えを先に言ってしまうと『彼女が無意識に』他者との接触を避けていた所為であった。
 考えてみれば、昼間は海に潜って夜は目立たぬ位置に拵えた小屋で過ごす毎日が続いていた訳だが、これはそのまま『他者から身を隠す』事に繋がる。つまり彼女は怯えていたのだ。他者との接触により生まれるであろうトラブルに。
 一人であれば気ままに過ごしていても誰も文句は言わないが、他者と接触すれば『密集して暮らした方が安全』と云う意見が必ず出るだろう。だが、彼女はそれを無意識に嫌っていたのだ。異性は勿論、同性であっても考え方の違いによって諍いが起こるのが世の中の常。文明社会に於いてもそれは避けられないものだ。増してこのようなサバイバル生活の最中とあっては、まず確保すべきは自らの安全。多少でも危険が迫れば、相手はあたしを盾にして逃げるだろう……そう考えてしまう。そして自分が相手より強い場合であっても、果たしてあたしは相手を守りつつ自らの安全も確保する事が出来るだろうか……問われれば自信が無いと答えるだろう。そして彼女は、今までは自らの身を護る手段の模索に夢中でそれを考える余裕が無かったが、こうして何とか安全が確保できてしまった今、次に思い浮かぶのがそれだったのだ。
(他の人を探すべき? ……いや、必要ない。元々これはバトルゲーム、他者を斥候して生き延びるサバイバル。敢えて危険を助長する必要なんか、何処にも無いよね)
 そう考える事で、彼女は自分のムリヤリな意見を正当化した。然もありなん、いつ此処から脱出できるのか、そもそも脱出して元の世界に帰れるのか……それすら分からないのだ。そこに敢えて更なる不安要素を盛る必要は無い。それはある意味で正解と云えた。
(でも、独りで生きるのには限界があるよね……それに此処はそれ程広い空間ではないから、いつか誰かと出会う筈。無人島でない事は、初日に分かっているのだから)

 それに、不安要素はまだあった。ここは紛れもなく『魔界の楽園』の世界だろう。自らがラミアになっている事からも、それは分かる。だが、仮に『現実世界に幻獣が入り込んだ』状況なのだとしたら……? そして出会った相手が人間だったとしたら、人外である自分はどのように扱われるか……考えるまでも無い事だった。
 それは、彼女の孤立を益々助長する要因となって行った。

<了>