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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


ギャラルホルンが鳴り響く


 巨大な足が1歩、前に進んだ。
 地響きが起こった。戦車が、踏み潰されていた。
 大蛇のような尻尾が、横殴りに弧を描いた。
 暴風が巻き起こった。何台もの装甲車が、自走砲が、打ち飛ばされて宙を舞った。
 地上兵力が、ことごとく蹂躙されてゆく。ゆったりと滑らかに動いて歩行する、巨大な恐竜土偶によってだ。
 空には、戦闘機部隊。亜音速で編隊飛行を披露しながら、空対地ミサイルの雨を降らせて来る。
 爆撃の豪雨が、恐竜土偶の巨体に集中する。
 爆発の火柱が生じた。
 その中から、怒りの咆哮が迸る。
『愚かなるキリスト教徒どもが!』
 チュトサイン。北米大陸土着の、太古の大悪霊。
 今や恐竜土偶に似た巨体を獲得し、実体化を遂げたそれが、爆炎の中で大口を開いていた。
 巨大な上下の顎を押しのけるようにして、何かが連続で吐き出された。いくつもの隕石のような、炎の塊。
 打ち上げ花火のようでもあるそれらが、亜音速で飛び交う戦闘機たちを正確に直撃する。
 いくつもの爆発が、空中に咲いた。まさに破滅の花火であった。
『まだわからぬか……キリスト教はな、すでに力を失ったのだ』
 薄れゆく爆炎の火柱の中から、チュトサインが悠然と姿を現す。恐竜土偶のような巨体は、全くの無傷だ。
『信仰しておるのが貴様らの如き愚物では、無理もあるまいがなあ』
 怒り、嘲笑いながら、チュトサインがズウゥゥン……ッと歩を進める。
 地響きが起こり、路面が波打ち、いくつもの建物が倒壊した。
 住民の避難は、進んでいない。
 逃げ惑う人々に、醜い悪鬼の群れが襲いかかっているからだ。
 筋肉太りした胴体から豚の頭部を生やした、人型の怪物。槍で、剣で、人々を殺傷せんとしている。
 オークであった。
 戦斧を持ったミノタウロスもいる。岩のような外皮と筋肉を盛り上げた、トロールの姿も見られる。
 空を見上げれば、皮膜の翼を広げた怪物たちが、カラスの如く飛び回っていた。三又の槍を振りかざす、下級の悪魔族。
 ファンタジー物のゲームにしか登場しないはずの怪物たちが、現代アメリカの一般市民を襲っているのだ。
 チュトサインと共にオレゴン・ボーテックスから現れ溢れ出した、異世界の生き物たち。
 対処に当たっているのは、米軍である。近代兵器で武装した兵士たちが、しかし人々がでたらめに逃げ惑う状況下で思うように銃火器を使えず、苦戦していた。
 そんな戦況の中、フェイトは怪物の群れに向かって踏み込みながら、身を翻していた。
 あらゆる方向から襲い来るオークたちの槍や剣を、左右2丁の拳銃で打ち払い、受け流す。そうしながら引き金を引く。
 2つの銃身が、穂先や剣先を受け弾きながら、火を噴いた。
 オークの群れが、銃撃に薙ぎ払われ、吹っ飛びながら倒れてゆく。
 子供の泣き声が、聞こえた。
 親とはぐれてしまったのであろう。小さな女の子が1人、ふらふらと歩きながら泣きじゃくっている。
 ミノタウロスが1匹、オークが5匹、その方向からも容赦なく襲いかかって来る。
 フルオートの掃射で、仕留められる。女の子がいなければ、だ。
 フェイトは両の拳銃を構え、敵を睨み据えた。
 エメラルドグリーンの瞳が、淡い光を発する。構えた拳銃に、念が流れ込んで行く。
 フェイトは引き金を引いた。
 銃口が火を噴き、弾丸の嵐が迸る。怪物たちを、女の子もろとも粉砕する勢いでだ。
 その銃撃が、いくつかの方向に分かれた。
 5匹のオークに、それぞれ1発ずつ。他の全ての銃弾は、巨体のミノタウロスに集中する。
 頭部にそれぞれ1つずつ銃痕を穿たれたオーク5匹と、蜂の巣のようになったミノタウロス。計6つの屍が倒れ伏し、女の子は無傷のまま泣きじゃくっている。
 フェイトは、小さく溜め息をついた。
 念動力による銃弾の操作。気力の消耗が、積み重なってきている。
『力を温存して、フェイト』
 声がした。ここにいるはずのない、少女の声。
 念動力と比べ、あまり得手ではないテレパス能力で、フェイトは会話に応じた。
「アデドラ……近くにいるのか?」
『近くと言うほど近くはないわ。今、お父さんと一緒にイリノイを通り抜けてアイオワへ入るところよ』
「教官も? まさかニューヨークからオレゴンまで、アメリカ横断の真っ最中って事」
『フェイトは、テレパシーの類はあんまり得意じゃないのよね。だけど、あたしを中継すれば届くでしょう? オレゴンから、ニューヨークまで』
「届くって、何が……」
 訊くまでもない事ではあった。現在ニューヨーク……IO2本部にあって、フェイトが必要としているもの。それは1つしかない。
「動かせるのか……ナグルファルを」
『勝手に動いちゃうよ? 君が動かしてくれないとね』
 聞き覚えのある、少年の声。
 かつてオリジナルと呼ばれた存在である。今は、アデドラの中で眠っているはずなのだが。
「あんた……まさか、ナグルファルの中にいるのか?」
『暴れたくて仕方がない連中を、抑え込むためにね……だけど、こいつらを本当に制御出来るのは君だけだ。早く、手綱を握っておくれよ』
「わかった……俺も、あいつらに助けを求めるしかないって思ってたところさ」
 フェイトは念じた。
 両眼が、翡翠色に燃え上がる。
「来い、錬金生命体……お前らの恨み、憎しみ、戦いで発散させてやる!」


 イリノイとアイオワの州境を成すミシシッピ川のほとりで、彼は軍用サイドカーを止めていた。
 アデドラが側車の中で立ち上がり、ここにはいない誰かと無言で会話をしている。
 アイスブルーの瞳は、やや北寄りの西……オレゴンの方角に、向けられていた。
 テレパスの類であろう。会話相手が誰であるのかは、問いただしてみるまでもない。
「フェイトの野郎……今のところは、まだ生きてやがるか」
 オレゴンで今、何が起こっているのか、正確な情報はまだ掴めていない。
 戦いが起こっている。それだけは、間違いなかった。
 フェイトが無茶をしている。それも恐らく、間違いないだろう。
 教官として、フェイトを見てきた。
 自ら死に向かうような戦い方しか出来なかった新米エージェントの頃から、あの青年は、本質的にはあまり変わってはいない。
「しかも、お目付役がアリー嬢ちゃんだと……無茶の二倍重ねじゃねえか。一体何考えてやがる」
 この場にいない女性上司による人事を、彼はぶつぶつと批判していた。
「……繋がったわ」
 アデドラが、テレパシーではなく肉声を発した。
「繋がったって……な、何がだ?」
「フェイトと、錬金生命体……今は、ナグルファルという名前で呼ばれているのよね」
 もっと景気の良い正式名称が、あるにはある。先日死去した、とある上院議員によって唱えられたものだ。
「ラグナロク行きの船に乗り込んだ、死者の軍勢……お洒落な話だと思うわ」
「死者……か」
 錬金生命体たちは今、確かに死者の魂とも呼べる状態で、ナグルファルの中に閉じ込められている。
「そもそも、生まれた時からゾンビやゴーストみてえな連中だったからなあ……おっと」
 哀れみに似た思いが、彼の胸中に生じ始めた、その時。
 スマートフォンに、着信があった。部下からだ。
『教官、そっちは大丈夫ですか? イリノイからアイオワへ向かってミシシッピー渡ろうとしてるみたいッスけど、軍の連中が先回りしてますよ』
「お前、何で俺の居場所……てめえ、勝手に人のGPSを!」
『いやあ、さすがは教官。勝手にナグちゃんを弄り回してやがった軍のクソったれどもを、派手にぶちのめしてくれたみたいじゃないっすか。俺、感動しました』
 部下が、感動しながらも意味不明な事を言っている。
『そのせいで、まあ逃げなきゃいけないとこでしょうけど……しばらく、そこで待ってて欲しいんスよ。お土産持った人が、そろそろそっちに着く頃ですから』
「何を、わけわかんねえ事を……」
 そこで、会話は中断せざるを得なくなった。
 凄まじい風と共に、ローターの爆音が降って来たからだ。
 ヘリコプターが1機、頭上で滞空している。
 縄梯子が、人影と一緒に降りて来た。
「フェイト様の、上官の方ですな」
 初老の紳士、としか表現し得ぬ人物が、重そうなトランクを片手に、ひらりと地上に降り立った。若手のIO2エージェントにも劣らぬ、身のこなしである。
「お届け物でございます」
「あの……あんたは?」
「フェイト様の御人脈に連なる者、とだけ申し上げておきましょう」
 この初老紳士の所属を示すものが、ヘリコプターの側面に描かれている。
 世界的に有名な、とある英国企業のロゴマークだった。
 欧州経済界の重鎮、とも言われている商会。そこの若社長が実はIO2エージェントで、フェイトと一緒に任務を遂行した事もあるらしい。
「お土産ってのは、こいつか……」
 手渡されたトランクを、とりあえず受け取った。
 厳重にロックされている。普通に開く事は、出来そうにない。
「フェイト様の声紋にのみ反応するシステムでございます。御同僚の方より、依頼をいただきまして」
 あの部下2人のどちらかだろう、と彼は思った。
「ま、武器兵器の類なのは間違いなさそうだが……お宅の商会で作ったもんかい? 紅茶とか健康食品とか扱ってる会社だって聞いてたけどな」
「いわゆる死の商人のような事も、しておりますよ。武器を売る相手は無論、選ばせていただいておりますが」
「貴方の会社の、お茶菓子」
 アデドラが言った。
「とっても美味しいと思うわ……うちで飼ってる仔犬が、大好物なの」
「ありがとうございます」
 自社製品を犬に食わせている、と聞いても動揺せず、初老紳士が恭しく一礼する。
 突然、巨大な影が落ちて来た。
 ヘリコプターよりもずっと巨大なものが、ゆっくりと降下して来たところである。
 大型航空機だった。
 その機体が折れ曲がり、翼を畳みながら四肢を伸ばす。伸びた両足が、重々しく地面を踏む。
 機械の巨人が、そこに降り立っていた。
「ナグルファル……」
 操縦者は今オレゴンにいる、はずである。
 なのに巨人は身を屈め、地面に向かって掌を差し伸べて来る。
「こんな自動操縦システムまで、組み込まれてやがったとはな……」
「放っておけば勝手に動いて暴走するわ。起こりもしないラグナロクへ向かって、ね」
 言いつつアデドラが、ナグルファルの巨大な掌にふわりと飛び乗った。
「行きましょう、お父さん……フェイトの所へ」


 悲鳴が聞こえた。アリーにだけ、聞こえる悲鳴だ。
 皆、空へと帰りたがっている。
 のんびりと空を飛んでいたいだけの魂たちが、太古の悪霊に囚われ、空を飛べぬ重くて醜悪な怪物に変えられてしまっているのだ。
「くそったれが……!」
 彼らを救ってやる事も出来ぬままアリーは、空中で激しく羽ばたき、飛行状態を維持しながら身を翻した。
 キャミソールに包まれた胸の膨らみが、ロングコートから暴れ出す感じに横殴りの揺れを見せる。
 それと同時に、いくつもの閃光の弧が生じた。
 左右それぞれの手に握られた大振りのナイフ2本が、螺旋状に幾度も閃いていた。
 三又槍を構え、襲いかかって来た下級悪魔の何匹かが、その斬撃の螺旋に巻き込まれて砕け散る。
 まるで粉砕されたかのような、微塵切りであった。何枚もの羽と一緒に、無数の肉片が舞う。
「ぶろぅんいどぉる、すかいはぁい……ってなあ!」
 それらを蹴散らすように、アリーの右足が一閃した。すらりと綺麗な脚線が、鞭のようにしなって躍動する。
 ブーツの爪先に仕込まれていたナイフが、猛禽の爪の如く現れながら超高速で弧を描いていた。
 アリーに向かって猛然と羽ばたき、食らい付いて来た1頭のワイバーン。その長い頸部が切断され、巨大な生首が牙を剥きながら落ちて行く。首無しの屍が、航空機の如く墜落する。
 これだけ倒しても、しかし敵は数を減らしたように見えない。
 何頭ものワイバーンを巨体の周囲で飛行させ、悠然と街を踏み潰して歩くチュトサイン。
 逃げ惑う人々を襲う、ミノタウロスやオークの群れ。
 地獄と化した地上へと、アリーは向かった。猛禽類そのものの、急降下であった。
 小さな男の子が、座り込んで泣き喚いている。
 その母親らしき女性が、瓦礫の下敷きになっていた。虫の息である。
 そこへ、1匹のトロールが歩み迫る。血と肉に飢えた眼差しが、男の子に向けられている。
 米軍兵士の1人が、母子を背後に庇って小銃をぶっ放していた。
 岩のようなトロールの筋肉が、銃撃に引き裂かれながらも再生し続け、めり込んだ弾丸をことごとく体外に押し出してゆく。結果的に無傷と違わぬ状態を保ちながら、トロールが巨大な棍棒を振り上げ、兵士を撲殺せんとしている。
 そこへアリーは、空中からぶつかって行った。強靭な左右の細腕を、ホットパンツからスラリと伸びた左右の美脚を、めちゃくちゃに躍動させながらだ。
 両手両足、計4本のナイフが、トロールを切り刻んだ。
 岩のような巨体が、再生能力を発揮する暇もなく細切れになっていた。
 鳥葬を実行しながら、アリーは見回した。
「フェイトの野郎、どこで何やってやがる……」
 姿が見えない、とは言え逃げ出したわけではないだろう。そこまで自身の命を大切にする若者ではない。
「まさか……あの役立たずの鉄クズを引っ張り出して来ようってんじゃねえだろうな」


「いいのかな……アリー先輩1人に、戦いを押し付けて来ちゃって」
「軍もいる。避難民の誘導と護衛くらいは、してくれるだろう」
 フェイトを後ろに乗せてバイクを運転しながら、ディテクターは言った。
「それよりフェイト。この方向で、間違いはないんだろうな?」
「ああ。イリノイとアイオワの州境……ミシシッピを越えるところだって、言ってた」
「ナグルファル、か」
 IO2の切り札、とも呼ぶべき存在に、ディテクターはしかし全幅の信頼を置いているわけではないようだ。
「死者の軍勢を乗せて神々に挑む、戦船……その舵を握るのは」
 ディテクターが、一瞬だけ振り向いてきた。
「フェイト、お前はロキだな。オーディンやらトールやら、とにかく大勢の神様に喧嘩を売る役どころだぞ」