コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


永遠の美


 どうやら女性、と言うか牝のようではある。
「何だぁあ……? あたしの邪魔ァしようってのかああ」
 猿を思わせる顔面が、凶暴に歪んで牙を剥く。
 ぼさぼさと乱れた頭髪を掻き分けて生えた角は、禍々しく捻れて渦を巻き、まるで羊のようだ。
 身体は、猫背気味でガリガリに痩せている、ように見えて筋肉は強靭に引き締まっている。両手の五指から伸びたカギ爪は、人間の皮膚など簡単に引き裂いてしまうだろう。
 背中からは皮膜の翼が広がり、落ち着きなくはためいている。
 角と翼を生やした、醜い猿のような少女。
 悪魔族であろう。召喚され、殺人の命令を受けて放たれたに違いない。
「どこのどいつか知らねえが、死にたくねえなら引っ込んでやがれ!」
「どこのどいつか、まず教えといたる。鍼灸院の商いが景気悪うて何でも屋さんを開業中の、セレシュ・ウィーラーや。よろしゅうな」
 強風に舞う金色の髪を軽く撫でながら、セレシュはとりあえず会話を試みた。
 夕刻、とあるビルの屋上である。
「今回のお仕事は、このビルのオーナーはんの護衛や」
「あたしはな、そいつをブッ殺すように言われてんだよォ」
「あっちこっちから恨まれとる御人やさかいなあ……」
 こんな悪魔を召喚してまで、命を狙おうとする者もいる。
「けどまあ、うちが護衛に付いとる以上、何を召喚しても無駄な努力にしかならへんのや。わざわざ呼び出されて来て御苦労な事やけど、まっすぐ魔界へお帰り。寄り道したらあかんで」
「なめた事言ってんじゃねえ! てめえ、あたしを馬鹿にしてんだろ? ちっとくれえ顔がキレイだからってよぉお」
「確かに、うちは別嬪やけどな。それと今回のお仕事は無関係や」
「うるせえ! どいつもこいつも、あたしを馬鹿にしやがって! なめやがって、見下しやがって!」
 悪魔族の少女が、吼えた。
 その絶叫に、よく聞き取れぬ言葉が混ざった。
 聞き取れはしなかったが、それが呪文である事がセレシュにはわかった。
 いくつもの火の玉が、少女の周囲に生じ、浮遊し、そして飛翔した。セレシュに向かってだ。
 ミサイルの如く襲いかかって来た火の玉が、3つ、4つ、セレシュの周囲で爆発した。
 白い紋様が、爆炎に照らし出されて空中に浮かび上がり、波紋の如く揺らいでいる。セレシュを防護する形に渦を巻く、光の紋様。それが、爆発の衝撃を弾き飛ばしていた。
 悪魔の少女が、息を呑む。
「結界……!」
「そういうこっちゃ。攻撃魔法の類は、うちには通用せえへんで」
「なら直接ズッタズタに切り刻んでやるよ、そのキレイな顔をさぁあーッ!」
 少女が、獣のように襲いかかって来る。
 そのカギ爪が、刃物のように伸びながら一閃した。
 セレシュの眼前で、白い光が破片のように飛び散った。結界が切り裂かれ、砕け散っていた。
「っと……自分、魔法より接近戦の方が得意みたいやね」
 光の破片を蹴散らして襲い来る爪を、後退してかわしながらセレシュは、白衣のようなロングコートの内側に右手を突っ込んだ。その手を、すぐに抜き放った。
 金色の光が、コートの内側から走り出して一閃し、悪魔のカギ爪を受け止める。
 黄金の剣が、セレシュの右手に握られていた。
「はっ……そんなキレイなお手々でよォ、荒っぽい斬り合いなんざ出来んのかよ!」
 悪魔の少女が、嘲笑しつつ両手を振るい、左右のカギ爪を叩き付けて来る。
 その猛撃を、セレシュは辛うじて剣で受け止め、受け流し、弾き返した。
 凄まじい衝撃が、黄金の刃から柄に、両手に、容赦なく流れ込んで来る。手が、痺れてくる。
 防戦一方のまま、セレシュはぼやいた。
「なまっとるなあ、うち……前衛の荒事は、あの子に任せっきりやったしなあ」
 両手が痺れて使い物にならなくなる前に、戦い方を変えるべきであった。
「馬鹿にしやがって……ナメやがって、どいつもこいつも! あたしが醜いからって、ブスだからって!」
 悪魔の少女が、牙を剥いて怒り狂う。凶暴な猿のようにだ。
 カギ爪が、必殺の斬撃そのものの勢いで振り下ろされる。
「あたしよりキレイな女は皆殺しだぁあああああああ!」
 それでは世の全ての女性が死ななければならなくなってしまう、などとは言わずにセレシュは爪の一撃をかわした。いや、かわしきれなかった。
「っ……!」
 左の二の腕に、激痛が走る。
 白いロングコートの袖が、ざっくりと裂けながら血に染まった。
 歯を食いしばりながらセレシュは、擦れ違いざまに、剣ではないもので攻撃を加えていた。
 聖なる記号・紋様が描かれた、呪付。それを、羊のように渦巻く悪魔の角に貼り付けたのだ。
「がっ…………ッッ!」
 悪魔の少女が悲鳴を詰まらせ、身を反らせた。
 反り返った肢体が、硬直している。
「めっちゃ石属性の強い娘がおってなあ。うちの同居人なんやけど」
 血の滴る左の二の腕を、右手で押さえながら、セレシュは言った。
「その娘の力を解析して作った、魔法のお札や。生気吸われて、石になる……それだけやないで」
 右手の下で、傷口が塞がってゆく。
 この程度の負傷であれば再生回復は容易だが、かわし方がまずければ、二の腕ではなく首筋を引き裂かれていたところである。再性能力が機能する前に死んでいた、かも知れない。
 そこそこ手強い敵であった、とは言える悪魔の少女が、石像に変わってゆく。
 右掌で、傷の回復の感触を確認しながら、セレシュはじっと観察した。
 ぼさぼさと乱れていた髪は、さらさらと滑らかに変質しながら、石に変わってゆく。
 猫背気味でガリガリに痩せ締まっていた身体は、柔らかくふくよかに変質しながら悩ましげに反り返り、そして石に変わってゆく。
 凶暴な猿のようだった顔は、穏やかに美しく変化しながら、石に変わってゆく。
 荒々しく血走っていた両眼は、涼やかな澄んだ瞳に変わりながら陶然と空を見つめ、剥き出しの牙は、滑らかな頬と愛らしい唇に覆い隠されてゆく。
 その唇が、可憐な形そのままに石と化しつつ、微かな言葉を紡ぎ出した。
「あ……あたし……キレイ……?」
「別嬪や。うちなんかより、全然な」
 醜い悪魔であった少女は、天使よりも美しい石像と化していた。


 胸が露わであったので、ポーズは変えざるを得なかった。
 豊麗な胸を膨らみを、両の細腕で抱き隠す格好である。剥き出しの全裸よりも、ある意味、扇情的ではある。
 そんな格好のまま身を反らせ、悩ましげに角を振り立て翼を広げる、悪魔の美少女の石像。
 ウィーラー鍼灸院の庭に今、そんな物が置いてあるのだ。
「ガーゴイル像、か何かのおつもりですの? お姉様」
 セレシュの同居人が、呆れたように言った。
 元々、石像であった少女だ。そこに疑似生命と自意識が宿り、今では付喪神とも呼ぶべき状態にある。
「こんなの屋根に飾っておいたら、変質者だと思われますわ」
「飾らへんて……あー、しんど。あんた連れてくべきやったわ」
 地面に座り込んだまま、セレシュは息を切らせていた。
 敵を石像に変えたは良いが、その後の事を全く考えておらず結局、自力で運んで来るしかなかったのだ。
 自分の同類、と言えなくもない石像を、付喪神の少女が、呆れながらも興味津々に見つめている。
「これ……よく出来ておりますけど、天然物ではありませんわね? かなり無理矢理な美容整形をなさったんでしょう」
 ストーンゴーレムの怪力を秘めた左右の繊手が、鑑定でもするかのように石像を触り回している。
 猿のようだった元の顔とは似ても似つかぬ、穏やかな美貌。形良い胸の膨らみを強調する、しなやかな胴のくびれ。白桃を思わせる尻と、その曲線を引き付いで膨らみ引き締まった美脚。
 あらゆる部分が、瑞々しい柔らかさを保持しながら、石と化しているのだ。
 高く売れそうだ、と思いながらセレシュは言った。
「壊したらあかんで。今回は、売りに出すんやからな」
 生気を吸収した結果としての、石化である。元に戻してやるのは難しい。最後まで、石像として扱うしかない。
 禍々しい、悪魔の生気。それを吸収した呪付は、まだセレシュの懐の中にある。
(これをどうするかが、問題やな……)
 対象を、有無を言わさず、美しい石像に変えてしまう呪付。
 役に立つのかどうか、作製者であるセレシュ本人にも、よくわからない品である。
 危険な魔具である事は間違いない。大量生産は、やめておいた方がいいだろう。
(うちで扱うとる商品……そんなんばっかやけどな)