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<東京怪談ノベル(シングル)>


魔女の生誕


 独裁とはすなわち個による暴力であり、民主主義とは数の暴力である。松本太一は、そう思う。
 どういう事かと言うと、またしても多数決で、太一にこんな役目が押し付けられてしまったのだ。
『良かったじゃない。本当は好きなんでしょ? こういうの』
「そんなわけないじゃないですか……」
 いくらかゴシック・ロリータ調のドレスを着せられた自分の身体を、太一は辟易としながら見下ろしていた。
 胸には、上手い具合に詰め物が入っている。もともと筋肉に乏しい貧弱な身体は、それだけで女性体型になってしまう。
 冴えない中年男の顔は、目鼻口を完全に描き変えるかのような濃いめのメークで、もはや男の原形をとどめぬ美女の容貌に改造されていた。
 頭には作り物のロングヘアーと、とんがり帽子。
 ハロウィン、というわけで魔女の格好である。
 同じ部署のOLたちの中に、現役のコスプレイヤーが何人かいた。
 彼女らが気合いを入れて、太一を徹底的に魔女へと改造してくれたのだ。
 地域で、ハロウィンのイベントが開催される。
 それを最初に聞いた時から太一は嫌な予感がしていたのだが、案の定であった。以前の雪女が、好評だったのである。
 そんなわけで太一は今、ハロウィン一色の商店街を、魔女となって歩いているところだ。モデル・ウォーキングっぽい、気取った歩き方でだ。
 他に、狼男やフランケンシュタインの怪物もいる。もちろんジャック・オー・ランタンもいる。ハロウィンとは無関係ではないかと思われる、アニメや特撮のキャラクターもいる。
 皆、太一と同じ、この辺りの勤め人である。
『ところで、前々から疑問を感じていたのだけれど』
 頭の中から、女悪魔が訊いてくる。
『ハロウィンって結局のところ、何なの?』
「私も、よくは知りません。日本人で知っている人は、あまりいないんじゃないでしょうか」
 悪魔にわからないものが、人間に理解出来るわけがなかった。
「何やら、キリスト教に関係あるお祭りらしいですけど」
『知らないと言っていたわよ。この間、訊いてみたら』
「え……と、お知り合い? なんですか、もしかして御本人様と」
『そろそろ2014歳のお誕生日よね、彼。天界でも魔界でも、大騒ぎよ? 本人は、もう誕生日が来ても嬉しくない年齢だとか言って辟易していたけれど』
「2014歳ですからね」
 この女悪魔は、もっと長く生きているのだろう、と太一は思った。その交友関係は、想像を絶するところまで広がっているに違いない。
『化け物や魔女に化けての乱痴気騒ぎを信者にやらせた覚えはない、とは言っていたけど……子供たちが喜んでいるなら別にいい、とも言っていたわね』
 子供たちが、走り寄って来た。可愛らしい、幽霊や魔女や獣人である。
「親御さんたちが、乗り乗りでコスプレさせてるみたいですね……」
『子供たちも乗り乗りだから、いいんじゃないかしら』
「わーい! お姉ちゃん、トリッカトリート!」
 はしゃぎ、駆け寄って来た子供たちに、太一は手籠の中のお菓子を配りながら無言で微笑みかけた。声を発したら、男だとばれてしまうかも知れないからだ。
 子供だけでなく、大人も寄って来た。かなり酒の入った、中年男だ。
「おおおおお姉さん、お菓子くれないとイタズラするぞう、ってかイタズラさせてえええええ」
「……駄目ですよ、大人が騒いでは。ハロウィンは基本、子供が主役のイベントなんですから」
 ひょい、と太一はかわした。
 酔っ払い男が勝手に転倒し、起き上がろうともせずにヘラヘラ笑っている。
 それを取り囲んで、子供たちも笑っている。
 女悪魔も、太一の頭の中で笑っている。
『女装は大成功ねえ……もっとも貴方、本職の魔女だものね』
「私の本職は、サラリーマンですよ」
 太一が苦笑した、その時。
 酔いどれ中年男が、へらへらと笑いながら破裂した。
「なっ……!」
 絶句する太一に、険悪な足取りで歩み寄って来ている者たちがいる。
「見つけたぞ、魔女め……」
「悪魔を隠し匿う、邪悪なる者! 我らの目はごまかせんぞ!」
 おかしな格好をした、3人の男。
 ハロウィンのコスプレ、にしても異様過ぎる。所々に金属製の部分鎧が貼り付いた、ファンタジー系の白い衣服。聖戦士でも気取っているのだろうか。
 そんな3人が、槍か杖か判然としない長柄の得物を、仰々しく構えている。
 見かけ倒しではない。明らかな魔力を感じさせる、本物の魔具だ。
 彼らは今、その魔力を発射し、街中で堂々と殺人を行ったのである。
「何……なんですか、貴方たちは……」
 何が起こったのかわからず呆然としている子供たちを背後に庇いながら、太一は問いかけた。
 男たちは、傲然と答えた。
「我らは、真の正義を為す者」
「真の悪たる存在を討伐する! それが我らの使命よ」
「真の悪に仕える魔女よ、貴様の主たる悪魔はどこにいる? 答えねば審問にかける!」
 彼らの言う審問とは、すなわち拷問であろう。中世ヨーロッパの魔女狩りのような事を、平気でやりかねない男たちである。
 この男たち自体は、単なる人間だ。どこにでもいる、いささか誇大妄想気味な一般市民。
 そんな彼らをそそのかし、人を殺せる魔具を与えた何者かがいる。
 女悪魔が、何か呟いた。
 人名、のようであるが聞き取れない。
 人間の口では発音出来ない、人間の耳では聞き取れない名前。
 太一は問いかけた。
「貴女の、お知り合いですか?」
『つまらない男よ。700年くらい前から私に付きまとって、いろいろと嫌がらせを仕掛けてくるの。今回は人間を使って、くだらない事をしようとしているみたいね』
「……ストーカー、ですか」
「貴様、誰と話している……そうか、悪魔は貴様の中にいるのだな!」
 槍か杖か判然としない形状の魔力発射装置を、男たちが一斉に向けてくる。
 太一が何かを言う前に、殺戮の魔力が3方向から発射されていた。
「子供たちを……!」
 守って下さい、と女悪魔に頼む事も出来ぬまま、太一は破裂していた。
 破裂した身体の中から、何かが出現し、暴れ出した……ような気がする。
 それが太一の、最後の感覚だった。


 子供たちが、走り寄って来た。可愛らしい、幽霊や魔女や獣人である。
「わーい! お姉ちゃん、トリッカトリート!」
 はしゃぎ、駆け寄って来た子供たちに、太一は手籠の中のお菓子を配りながら微笑みかけた。
 子供だけでなく、大人も寄って来た。かなり酒の入った、中年男だ。
「おおおおお姉さん、お菓子くれないとイタズラするぞう、ってかイタズラさせてえええええ」
「……駄目ですよ、大人が騒いでは。ハロウィンは基本、子供が主役のイベントなんですから」
 ひょい、と太一はかわした。
 酔っ払い男が勝手に転倒し、起き上がろうともせずにヘラヘラ笑っている。
 それを取り囲んで、子供たちも笑っている。
 女悪魔も、太一の頭の中で笑っている。
『女装は大成功ねえ……もっとも貴方、本職の魔女だものね』
「私の本職は、サラリーマン……のはずですが……」
 魔女の格好をした自分の姿を、太一は見下ろした。
 ゴスロリ調の、黒いドレス。胸には、上手い具合に詰め物が入っている。
 ……否、詰め物ではなくなっていた。
「何かが起こった……そんな気がします」
 太一は頭を押さえた。
 作り物のはずのロングヘアーが、作り物ではなくなっていた。さらさらと艶やかな、本物の黒髪である。
「一体、何が起こって……何をしたんですか、貴女は」
『情報を再構築しただけよ。ちょっと頭に来て……この辺り一帯、派手に壊してしまったから』
 女悪魔が悪戯っぽく舌を出した、ような気がした。
『あの馬鹿ども、跡形もなく消し飛ばしてあげたわ。もちろん再構築なんてしてあげない。死んだと言うより最初からいなかった事になるから、悲しむ人もいない。めでたしめでたし、よね』
「貴女が何を言っているのか全然、わからないんですが……」
 作り物ではなくなってしまった胸の膨らみを抱えて、太一は途方に暮れた。
「あの……これは一体……?」
『だから再構築よ。貴女の情報……ほんのちょっとだけ、書き換えさせてもらったけど』
「ちょっとだけ……って……」
『本当にちょっとだけ。気にする事なんて何もないのよ?』
 女悪魔は、楽しそうである。
『魔女が1人……この世に生まれただけ』