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<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・3―

「これもダメか……この世界の住人である私に、入れないエリアが存在するなんて……」
 そう呟きながら、彼女は手持ちのパスコードを次々に入力して行った。そう、みなもをこの世界にいざなった張本人である、帽子がトレードマークの彼女である。
 ロックナンバー式のデジタルキーは如何にもコンピュータの内部環境である事を髣髴とさせたが、その解除方法がパスコードであるという事を除けば普通の錠前と何ら変わりは無い。と云うか、物理的に錠前を掛けられるコンピュータがあるのなら、一目見てみたいものであるが。
「こんな扉、前は無かった。あの子が姿を消して二週間以上……この扉も、その頃に現われた。これはオープンβ版のリリース直後に此処に現われた……怪しい、怪しすぎるわ」
 システムのブラックボックス、とでも言うべきか。よりリアルな世界観を演出する為の背景データベースとして設えられたそのメモリー空間には、どうやっても外部からアクセスする事が出来ない。だが、ごく一部ではあるが……この中に取り込まれたユーザーが複数人いるのだ。そしてアクセスできない以上、その中を覗く事も出来ない。彼女は、突如現れた謎のエリアと、姿を消したままのみなもの関連性を明らかにすべく、秘密裏に動いていたのだ。
「何人のユーザーが取り込まれたのだろう……メールの配布直後に、メンテナンス情報があったのは知っていた。けど、その正体がまさか……こんな事だったとはね」
 二週間、と云うのはシステム上の経過時間であり、現実の時間の流れとは異なる。つまり、みなもが就寝した土曜の早朝から時は流れていない事になるのだが、システム内では前述の通り、二週間と云う時が流れているのだ。
 彼女がこのブラックボックスへの外部アクセスを禁ずるパスコードに手古摺っている間に、一体内部では何が起こっているのだろうか……

「チッ、コイツもダメか。せめて泳ぐ事が出来れば、魚でも獲って……! 居た、野兎だ!」
 獲物を視界内に捉え、息を殺して接近する黒い影。ローブで覆われた素顔に、汗が滴る。と、刹那。彼は魔術で作った細い槍を飛ばし、野兎を狩る事に成功していた。彼にとっては三日ぶりのタンパク源である。
「悪いな、お前に恨みは無いんだが……こちとらも生き延びなくちゃならないんでな」
 パッ、とローブを取って素顔を晒す青年。彼はみなもが扮する『アミラ』に……いや、アミラを通じてみなもに恋心を寄せる、あのウィザードであった。そう、彼もまた、この世界に封じ込められていたのである。
「……俺はあのメールを受け取った後、パソコンに本体をダウンロードして起動テストを行って、土日を使ってレベル上げを楽しむ筈だった……なのに何で、ログインもしてないのにこの姿になって、こんな場所を歩いているんだ?」
 彼もまた、不意にゲーム内に取り込まれたうちの一人であるらしい。と云うか此処に取り込まれた者にはある共通点があった。つまり、メールを読んだ直後に本体をダウンロードし、試運転をした者に限定されているようなのだ。開発チームがバグに気付いて慌ててアクセス禁止状態にし、修正を行っている間は内外ともにこのエリアへのアクセスが禁じられたのだが、それが逆に仇となっているらしい。要するに、プログラムのエラーを突き止めるまではそのデータエリアへはアクセスできず、且つ内部のデータも外に漏らさないようロックが掛けられたのだ。そして、そのバグが発覚する前に本体を動かしてしまったユーザーにはマークが付けられ、バグの影響でシステム内に拘束されたのだ。つまり、その時点で既に『異世界』への虜にされていたという訳である。
「今日は運良くお前に出会えたから良かったが、何せ此処の野草やキノコは毒だらけだからな。迂闊に……誰だ!?」
「こ、攻撃しないで! 食べ物を探して歩いているだけなんです……」
「!! ……君は……」
「え? ……!! あ、あの時の!!」
 刹那、彼は見覚えのある……いや、あり過ぎるぐらいに顔を付き合せた過去を持つキャラに抱き付かれていた。
「良かった……知ってる人に出会えた!!」
「キミも、此処に閉じ込められたのか?」
「と云う事は、貴方もなのね……此処は何処なの? あたし達、どうなっちゃうの!?」
「そ、それはともかく……落ち着いて。まずは、その……この体制、初心者には刺激が……」
「……!!」
 いきなり抱き付いて来た、マーメイドの化身……みなもは、自らの不用意な行動を恥じた。が、二週間も彷徨い続け、漸く知った顔を見付けたのだ。一気に不安を忘れ、その身に抱き付いたとしても、それを責める事は誰にも出来ないだろう。
「……ウサギ?」
「あぁ。三日ぶりの食事さ……君もどうだい? 一人で食べるにはちと多い」
「いいの?」
「こういう時は、助け合いが大事だろ?」
 焚火を前にして、肩を寄せ合う二人。炎の作り出す光が、二人の影を映し出す。その影はピタリとくっつき合い、互いを慈しむように見詰め合う格好になっていた。

「……じゃあ、貴方も二週間前から?」
「ああ。オープンβがリリースされたというメールを受けたんで、ちょっと試しに動かしてね。初日だし、コンピュータ相手に軽く操作感を確かめただけで終わりにしたんだけど、目が覚めたらジャングルの中だったよ」
「あたしは、海岸の近くで目が覚めたわ……お魚を捕まえて食べるしか無かったのだけど、美味しくなくて」
「……そうか、此処の海の魚は不味いのか……」
 ぷうんと、美味そうな匂いが漂い出す。魚は不味いが、動物の類はリアルな物と変わらぬ味を再現してあるらしい。つまり、今度のオープンβからは、このようなサバイバル要素も組み合わされる予定になっていたらしいのだ。が、そのシステムを細かく作り過ぎたのだろう。豊富なデータ量を捌く為の処理ルーチンに潜むバグの存在を、リリース後に発見して慌ててロックを掛けた。その結果が、この有様なのである。
「でも、現実の世界に幻獣の姿をしたあたし達が舞い込んだ訳じゃ無いんだね。ちょっと安心したかな」
「チラッと裏情報を読んだけど、このバージョンから『狩猟』『サバイバル』要素が加えられて、ログアウト寸前に居た地点を記録し、そこでキャンプしながら獲物を待つ事も出来るようになるらしいんだ」
「じゃあ、この景色も、いま焼けているこのウサギも……」
「そ、システムの一環と云う訳だ。単なる格ゲーから一歩前進した、次世代ヴァージョンって訳だね。クローズドには無かった機能だから、ちょっと面食らったけど……おっ、良い感じに焼けたよ。はい、熱いから気を付けて」
 単に、皮をはいで焼いただけのウサギ。しかし、それはとても美味しく感じられた。ずっと不味い……と云うか味のしない魚を食べ続けていた所為か、それとも……
「……やはり、一人より二人の方が安心できるね」
「あたし、無意識に人目を避けてたけど……貴方が一緒なら……」
 この瞬間、状況は『一人でのサバイバル』から『二人の協力プレイ』に前進していた。そして、二人の間柄も……着実に深まって行くのだった。
 しかし、今の彼らは『生き延びる』事が最優先だった為、そのようなロマンスを迎えていようとは夢にも思わなかったようであるが……肌を寄せ合い、一枚の布にくるまって眠るその姿は、既に恋人以上の安心感を彼らに与えていた。

<了>