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■ 翼を持つ猫 ■
―――翼を持つ黒猫のオブジェ。
まるで黒曜石を思わせる艶やかな黒色の像だったが黒曜石ではない。ガラスのような透明感とメタリックな光沢をもちながら、そのどちらにも分類し難い不思議な像。
この東京は、シリューナたちのように別の世界から自らの意志によって転移してくる者、また逆に意志とは無関係に迷い込んでくる者が多く集う。まるで異界の交差点のような場所であり、怪異の集まる都市だ。
そして、そのように迷い込んでくるものはもちろん人に近しい存在ばかりではない。
この世界の理から外れたオーパーツども。
高さ50cmほどのこの黒猫のオブジェも然り。
つまりこれは、この世界に存在する材質で出来てはいなかった。
更に付け加えるならば、この翼を持つ黒猫の像はどういうわけか生きている。今もなお息づいているが故に、ただの置物よりも鮮烈な輝きを放っていた。その尊き息吹は美しく、見る者の目を奪って止まない。
「これをお姉さまが……」
感嘆とともにティレイラが呟いた。
かつて、この翼を持つ黒猫の像に封印を施したのがシリューナだったのだ。
招かれざる客を遠ざけるように、関係者以外立ち入りを禁じられたその美術館の最奥にある倉庫兼ホールで、その中心にある円柱のガラスケースの奥を食い入るように見つめているティレイラにシリューナはわずか視線をそらせて付け加えた。
「別に生きていた黒猫を像にしたわけではないのよ。それは最初から像だったのだから」
シリューナが暇つぶしにティレイラを石像などにして愛でているのとはわけが違う。元から像であったそれが放つ強力な魔力を封じただけ、なのだから。
生きた像、それはどういった世界の産物であるのか。
と、そこで気配を感じて二人はほぼ同時に背後を振り返った。
黒に近い深緑のローブに身を包んだ白髪の老婆が杖の音を館内に響かせながらこちらへ近づいてくる。
「お呼びだてして申し訳ないね」
しゃがれた声でぶっきらぼうに吐き出されたそれは、言葉ほど申し訳なさそうではないから単なる社交辞令だろう。無意識に身構えたティレイラには気にも止めず老婆はシリューナの前で足を止めた。
「まあ、久しぶりにこの子が見られて嬉しく思っておりましたのよ」
シリューナが微笑みを返す。
「そうかい」
老婆はしわくちゃの顔を更にしわくちゃにして答えた。シワだらけで気づかなかったが、どうやら笑っているらしい。
「こちらは、この美術館の館長よ」
シリューナがティレイラに老婆を紹介する。
「彼女は私の…妹のようなものですわ」
「そうか」
「初めまして。ファルス・ティレイラです」
右足を引いて恭しく一礼したティレイラを館長の老婆は頭のてっぺんから足の先まで順に見やって「よろしくの」とだけ声をかけるとシリューナに視線を戻した。
「お前さんを呼んだのは他でもない。ここではなんじゃ。館長室でお茶でも出そう」
促す老婆にシリューナが従う。
「あの、私は…」
自分も一緒に行って話とやらを聞いてもいいものか逡巡しているティレイラに老婆は子供をあやすような笑みを向けた。
「菓子もあるぞ」
どうやら一緒に行ってもいいらしい。
だが老婆はふと思い立ったように手を打った。
「そういえば、ここは初めてじゃろう? 美術館を見て回っても構わんぞ。もう終業時間を過ぎておるから誰もおらん。好きなだけ見て行くといい」
そうして老婆は倉庫の片隅に置かれた段ボールを何やらガサゴソと漁り始めた。B5大の紙を縦に二つ折りにしたほどのパンフレットのようなものを取り出しティレイラに手渡す。
「これが館内の見取り図じゃ。飽きたら館長室に来ればええ」
「ありがとうございます!」
ティレイラは見取り図を開いてみた。立ち入り禁止エリアの見取り図まで載っているのだから厳密には一般に配っているパンフレットではないのだろう、恐らくはここで働く従業員向けのものといったところか。自分のいる場所と館長室の場所を確認する。
館長の話も気になるが、後でシリューナから聞く事も出来る。普段は表側しか見られない美術館の裏側を覗ける機会なんてそうあることではないだろう。これを逃す手はない。
「では私も」
シリューナがティレイラと同じ見取り図の冊子を手に取る。しかしそれを開くより早く、館長の老婆は心得顔でぴしゃりと言った。
「ダメじゃ。お前さんは見飽きるまでに何年かかるかわからん」
「……そんな何年だなんて。せいぜい何ヶ月くらいですわ」
「ふん」
「…………」
どうやら用件が済むまでは許しを得られそうにない。シリューナは残念そうにため息を吐くとティレイラを振り返った。
「ティレ、ここは思いのほか広くてよ。迷子にならないようにね」
「はい、お姉さま」
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「それで、お話しというのは何ですの?」
館長室の肌触りのよいソファに座って淹れられた紅茶が立ち上らせる湯気を見つめながらシリューナが切り出した。
もったいぶる気はないのだろう館長は手にとったカップを口に運ぶ手を止め答える。
「ふむ。最近、美術品を狙う窃盗団が現れての」
「窃盗団?」
首を傾げるシリューナに館長は一口茶を啜って話し始めた。
館長の話によれば、最近いくつかの美術館で盗難事件が相次いでいるらしい。それも同一犯によるものだという。
ちなみに団と呼んではいるがそれが複数人による犯行であるのか単独犯であるのかは、実はわかっていない。この世界の住人であれば複数でなければ難しいだろうが、異世界の者や能力者であれば造作もないだろうと思われた。
そして。
「さすがにこの老体ではの」
館長はそう言って再び茶を啜った。
「まだまだ現役でいらっしゃる」
シリューナもお茶を頂きながらのんびりとした笑みを返す。
「捕獲してくれんかの?」
館長が言った。
「見返りは?」
シリューナが尋ねる。
「盗賊が集めた美術品に興味はないかの?」
館長がニヤリと口の端をあげた。
「…………」
シリューナは考えるように視線を彷徨わせ、やがて結論に辿り着くと年老いた美術館館長を見やった。
「是非」
満面の笑顔のシリューナに館長は満足げに頷く。
そうしてゆっくりとカップをソーサーに戻した。
「ふむ。どうやら善は急げという事らしいの」
「せっかくのお茶の時間が台無しですわ」
シリューナが肩を竦めて立ち上がる。
「また淹れ直せばよい」
「お願いしますわ」
シリューナはそうして館長室を出たのだった。
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盗賊は気配を消すものだろう。しかしこちらは気配を消す理由もない。竜の存在感を消すには余計な力を使う事になる。この威圧に相手がどのように反応するのか。
興味深げにシリューナはそちらへ近づいた。
逃げる、隠れる、先手に出る、気づかない。恐らく最後なら大した盗賊ではなく、他の美術館を襲って盗みを成功させるのも困難であろうから、ないだろうが。かと言ってこちらに気配を多少なりとも悟らせるということは、悟られても怖くないほど、逃走に自信があるのか、或いは……。
広いエントランスホールを囲むように3階まで円形に続くスロープ。そのちょうど2階から3階の途中にある非常用扉の奥まった影に隠れるようにその気配はあった。3階からやってきたシリューナの位置を0時とするならちょうど9時の辺りだろうか。
気配がこちらに気づいて動いた。
同時にシリューナも床を蹴る。
視認。
牛のような角を生やしている。黒い巻き毛は魔族だろうか、がこちらを振り返った。
シリューナの目が残念なものを見るようなそれに変わる。黒く縁取られた目は大きくて丸くくぼんでいて、肌はぼろぼろのぶよぶよに、ふきでものがいっぱいででこぼこしている。
「いぼ蛙……」
猫背も相まって思わずそう呟きたくなる容貌のそれは小汚い小男だったのだ。
これが美術品ばかりを狙う盗賊なのか。人を見た目で判断するのはよくないが、とてもいくつもの美術館から美術品を盗んでいる盗賊には見えない。
シリューナはがっかりを通り越し、胃の底の辺りからこみあげてくる形容し難い怒りにも似た感情を感じた。それを手の中で握りしめる。
美術品を盗むというのはよくないが、同じ美を感得するもの同士、などと一瞬でも勘違いした自分を今は忌々しくさえ思う。いずれ美術品の価値もわからずただ金に換えることだけを考えた低俗な愚か者であろう。
小男がスロープの手すりを軽やかに飛び越えた。
シリューナも躊躇う理由はなくひらりと宙へその身を投げる。
「!?」
エントランスに着地するものと思っていた。小男の体がこの世界の持つ物理法則を無視して重力とは無関係の方へ軌道を変える。
時折、角度によるものか光を跳ね返す細い線にシリューナは中空で慌てて翼を広げブレーキをかけた。
ポケットの中に差し込んであったこの美術館の館内見取り図が慣性の法則に勢い余って飛び出すと、シリューナの代わりに2つ4つと裂かれて落ちる。
「…………」
小男は背を向けたまま2階から1階へ続くスロープに着地すると下に向けて走り出す。
逃げの一手。どうやら戦う気は毛頭ないのだろう、要するにこの糸は単なる足止めだ。逃亡の時間を稼ぐため。最初からそれ以上の効果は期待していないに違いない。
シリューナは右手の指を弾いた。
くだらないトラップなど指一本で足りる。弾かれたのは空気の真空刃などではなく、それによってばらまかれた魔法の液体。それが糸を溶かし消失させ道を作る。
その道を進むようにシリューナ自身は小男へとまっすぐに急降下した。
それに気づいた小男が手近の窓ガラスに体当たりをしそのまま外へと転がり出る。
「逃がすか」
シリューナも別の窓ガラスを突き破って外へ出た。
美術館館長の悲鳴とも怒声とも知れぬ声が上の方から聞こえたような気もしたが、気のせいだろう。
「蛙ごときが……」
走る小男の背に向けてシリューナは静かに右手を翳したのだった。
小男を縄で縛って人心地。
その時、ガラスの割れる音がした。
―――盗賊“団”だったか。
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翼を持つ猫のオブジェのある倉庫兼ホール。
ティレイラは1人、表に出ることのない美術品を見学していた。自分の知らない異界のものはそれだけで興味深くもある。よくわからないオブジェが何物であるのかぼんやり考えている時だ。声をかけられたのは。
「同業者か?」
明朗な声に振り返る。
山羊に似た2本のうねった角を頭の上に生やし、羊に似た2本の曲がった角を首に巻いた美少女が左手を腰にあて立っていた。黒く長いストレートの髪を腰まで垂らし、長いまつげをもつ切れ長の目を細めて真っ赤な唇を楽しげに歪めている。先の尖った耳とズボンの上からはみ出した先の尖った尻尾から見て魔族の者と思われた。見た目の歳はティレイラと同じくらいに見えるが、歳の取り方が人それぞれだ。
こういった美術館である。人外の者が職員をしていてもおかしくはあるまい。
「同業者? ではないと思います」
少なくとも自分はここの職員でも警備員でもないのでティレイラは素直に答えた。
答えてから、おや? と内心で首を傾げる。もしこの女性がこの美術館の職員や警備員であるなら、同僚の顔は知っているはずだろう。
そもそも、ブラトップだけのヘソ出しルックに短パンで白い生足を惜しげもなく披露しているその姿はどう贔屓目に見ても、職員にも警備員にも見えなかった。もちろん閉館後、就業時間を終え、制服から私服に着替えた後という可能性も皆無というわけではないのだが。それにしても、だ。同業者かという質問の仕方もちょっとおかしい。
「そうか」
少女は応えるとおもむろに翼を持つ猫のオブジェに近づいた。
客であるなら自分と同じであったかも、と思わなくもないが、ここは立ち入り禁止区域で今は閉館後。それとも館長が招いた客はシリューナだけではなかったということだろうか。
そういえば何か頼みごとがあるような口ぶりだったっけと館長の言葉を思い出す。美術品の輸送とかならば人手もいるかもしれない。それなら自分もお手伝いさせてもらうところだが、一体館長の用件とは何だったのだろう。
ティレイラは尋ねた。
「えぇっと…どちら様ですか?」
「ふむ、盗賊じゃ」
少女はのんびりと悪びれた風もなく答えた。
「……!?」
ティレイラは反射的に身構える。館長の用件とは、まさか……。
「囮は役に立たなかったようじゃな」
その見た目にも透き通るような声にも反して、彼女の物言いはどこか時代がかっていた。
「囮?」
「まぁ、よいわ」
少女はケースを意に介さずどういうからくりなのかその中の猫を掴みあげた。
「ちょっ!?」
声をあげたティレイラに。
「邪魔をするのか?」
少女は不遜に微笑む。
「もちろんです」
翼を持つ猫は師匠であるシリューナお姉さまが封印を施し、このようにオブジェとして飾れるようにしたものなのだ。それを目の前で盗まれてほっておけるわけがない。
「ふむ」
少しだけ困ったように首を傾げて少女は右手に得物をとった。ウィップがティレイラを牽制するように放たれる。
ティレイラは反射的に後ろへ飛び退いた。
「これは頂いていく」
「待ちなさい!」
「待てと言われて待つ奴がおるか」
コウモリのような翼を広げ飛び立つ少女をティレイラが追う。
窓を破って逃げる少女にティレイラもその背に翼を広げ、後に続いた。ティレイラの姿に少女が初めて焦燥の声をあげる。
「竜の眷属か!?」
舌打ち。
「逃がしません!」
ティレイラは少女の行く手に空間転移すると通せんぼするように両手を広げてみせた。高さ1mほどのところにホバリングしながら二人はにらみ合う。
「威勢がいいな」
少女はやれやれと息を吐いた。それでもまだ余裕顔だ。
「これが何かわかるか?」
直径3cmほどの球を人差し指と中指で挟んでティレイラに向ける。
「さぁ?」
月の光に怪しく黒光りしたその正体を知るわけがない。だが、ろくでもないものに違いはあるまい、その確信だけはあって、ティレイラは隙なく身構えた。
「では、その身をもって知るがよいぞ」
少女が球に口付ける。
何やら呟く少女にティレイラはさせまいとして呪文を唱えた。
彼女の放つ炎の球が先だったか、それとも少女が謎の球をティレイラに向けて投げるのが先だったか。
少女の球が炎の球に当たって爆ぜた。
「なっ!?」
刹那、少女の球が風船のように大きく膨らみ始める。
「ま、まずい」
慌てて逃げようとする少女にティレイラも不穏を感じて巨大化する風船から退避しようとした。
しかし、球体の風船のように膨らむスピードに足を飲まれた少女が一蓮托生とばかりにティレイラの尻尾を掴む。
「きゃぁ!?」
そのまま失墜してティレイラは地面にしたたか顔を打ち付けた。
「あ痛たたたた…」
「こうなったら一緒にいこうぞ」
風船に捕まりこちらも地に落ちた少女はティレイラの尻尾にしっかと抱きついて離れようとしない。
「ど…どこへ……」
みるみるうちに少女の体を飲み込む風船のような球体に半ば怯えながらティレイラは後退りを試みる。だが、距離は縮まるどころか狭まるばかりだ。
「あの世かも知れぬの」
少女は口の端をあげて嗤った。
「じょ、冗談じゃないわよ!?」
「邪魔をした罰じゃ。絶対離さぬぞ」
「離せぇぇぇ!!」
もがくティレイラを少女はじりじりと引き寄せる。
「ふふっ……もう、手遅れじゃ」
少女が呟いた時にはもう、ティレイラの足は風船の球体に飲み込まれ始めていた。風船の膜のようなものが張り付き冷たい硬質な感触が下肢から這い上がってくる。空間転移を試みようとするが、何故だかうまくいかない。
「嫌っ! 何これ?!」
気持ち悪い。溶けた金属に足を入れたらこんな感じだろうか。ただし、それはひどく冷ややかだ。ぬかるみのような、底なし沼のような、密度の高い何かがまとわりついてくるようだ。そして瞬く間に風船の中へと引きずり込まれていく。
「これは捕らえたものを冷たい金属のオブジェに変える」
頭まですっぽり包まれ風船の中は真っ暗闇で、何も見えずただ少女の声だけが聞こえてくる。
「なっ…!?」
ティレイラの少女を押し退けようとする手が一瞬止まった。
「まさか…あの猫も…!?」
だが、それに答える声はなかった。
すっぽり入ったと思った刹那、風船の空気が抜けるようにそれが萎んでいったからだ。膜のようなものがティレイラから飛び出した翼から角から尻尾からコーティングしていく。恐らくは既に少女も……。
こみあげてくる不快感に声をあげようとしたティレイラの口を覆い喉を覆い、まるで全身に染み込むようにして、魔力の籠められたその球だったものは、彼女と盗賊の少女を黒光りする魔法金属の像へと変えたのだった。
▼
ガラスの割れる音の方へシリューナが駆けつけた時、そこには、月明かりを浴びて妖しく光輝く黒い像があるだけだった。
シリューナと、それから4本の角を持つ少女が絡み合う像。少女の腰には翼を持つ猫がぶら下がっている。
「まぁ……」
感嘆の声をあげシリューナはそのメタリックな質感に優しく指で触れた。こうなっても尚、2人と1匹が生きているのを感じ取れる。だから別段慌てることもない。
ただ、何があったのかはさっぱりわからないが、これは間違いなく素晴らしい事であるように思われた。
ガラスの割れる音を聞いてすぐに駆けつけていたら、こうはならなかったかもしれないと思うと、ティレイラの活躍を信じてゆっくり遠回りしたのは正解だったと思う。
「素敵だわ」
冷たくも滑らかな肌触りにそっと頬を寄せてみる。心地よい。
すこし離れてみれば月光という淡い光をまとってその美しいラインを見せてくれる。
それからハッとしたようにシリューナは手を翳した。
像が消えたのと入れ替わりで美術館の館長が姿を現す。
「盗賊は捕まえたのか?」
尋ねる老婆にシリューナは満面の笑みを向けて、先ほど捕らえた小男を差し出した。
「ええ、もちろん」
「ふむ」
「この男に聞けば、他の盗品も出てくるでしょう」
恐らく、盗賊団の主犯は先ほどシリューナと絡み合っていた少女の方だ。美術品のなんたるかを全くわかっていない小男と違って、少女の方には感じるところがあった。どういった具合でああなったのかはわからないが、人を魔法金属の像に仕立てる術を持っていたのはあの少女であろう。小男は彼女が盗みをスムーズに行うためのとかげの尻尾といったところか。
だから小男から実のある情報は得られまい。
しかし、時間稼ぎには、なる。
シリューナが飽きるまで少女とティレイラの像を鑑賞するぐらいの時間稼ぎには。
かくてシリューナは小男を美術館の館長に引き渡し、ティレイラと盗賊の少女の像を自分の屋敷に運び込んだのだった。
4本角とは魔族の中でもかなり高位の者に違いあるまい。それが盗賊に身をやつしてこんなところで何をしていたのか。気にならないでもなかったが。
石像とも違う。銅像などとも違う。見た目には暖かみさえ感じる柔らかさを感じるのに、触れれば鋭利な刃物のように冷たく硬い。なんという金属だろうか。どうやって変えるのか。錬金術の類だろうか。
「後で是非、教えてもらわなくちゃ」
人を魔法金属の像に変える術式を。
だがその前に、たっぷりと堪能する。
睨め回して、撫で回して、頬摺りして……昼夜問わず飽きるまで。
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数日後。
「シリューナ。どうやら、盗賊どもには賊長がおったようなんじゃが、知らんかの?」
「さぁ? 存じませんわ」
「ふむ、そうか。空々しいのぉ」
「…………」
■■END■■
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