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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.39-A ■ マッドな二人の少女







「し、新兵器でも作ったのか、お前……」

 ごくり、と息を呑む音が鬼鮫と武彦の二人から聴こえてくる。その音に憂は口をさながら猫のように、言うなればギリシャ文字のオメガ――「ω」――を彷彿とさせる形を造り上げ、瞳を爛々と輝かせた。

「フフフ……、以前作った『猫セット(全自動可動式)Ver.黒』は元々、萌えとデータ収集を両立させるという天才の私が造り上げた技術の結晶であると言っても過言ではないんだけどね。だけど――」

 憂が言葉を区切り、椅子から立ち上がったまま白衣を翻す。
 お世辞にも大人として発育が足りていない――言うなればロリ体型である憂のその姿には迫力というものが欠けているが、鬼鮫はそれでもその姿に戦慄を覚えていた。

 ――こいつ、また碌でもないモン造りやがったのか。
 古い付き合いだからこそ、こうして勿体ぶる言い方をする憂が大仰に演出する時の悪癖は理解していた。

 そんな鬼鮫の戦慄を他所に、憂はモニターを操作した。
 相変わらず常人には到底理解出来ない早さで画面が切り替えられ、ファイルが操作されていく。画面が切り替わる度に幾重にもパスワードの入力画面が現れ、その度に凄まじい早さでパスが打ち込まれていく。

「――あれは所詮、私の中の可能性の一つ。萌えを追求してAIを搭載して指示を出させたりもしてみたけれど、私は気付いたんだ……。そう、萌えは他人に要求されて作るものであらず、と……!」

 拳を握り、振り返った憂。
 そんな彼女が背にした画面は、パスワードが米印となって入力された状態で待機していた。

 ――さぁ、ショーの始まりだ。
 そう言わんばかりに二人の顔を見て、憂がEnterキーを軽快に叩いた。

「――――こ、これは……ッ!」

 武彦の目は眼鏡がモニターの光源によって光を反射しているせいで見えないが、その向こう側では大きく見開かれていた。
 ――ちなみに、鬼鮫は明らかに引いているような顔をしてそれを見ているのだが、そんな反応は憂も慣れたものだ。見えているが武彦の香ばしいリアクションがあれば無視していてもどうという事はない、というのが憂の本音である。

「これこそ、私が新たに開発した新アイテム……。そう、栄えある私の『萌えシリーズ』の最新作にして、シルバールーク3体分の予算を投じて造った技術の結晶だよっ!」

 ――シルバールーク3体分の予算を投じてまで何を造ってるんだ、貴様は。
 鬼鮫の視線はありありとそう物語っていたが、当然憂がそんな現実的な文句を聞き入れるはずもなく、さらりと受け流しながらもモニターを背に武彦にドヤ顔をしてみせる。

 画面に映し出されていたのは、かの猫セットを彷彿とさせるヘッドセットだ。――但し、今回はウサギの耳を模しているらしい。
 画面に映し出されたウサ耳は黒をベースにしつつも、片方はお辞儀をするかのように折れ曲がり、その横には注釈で「50度の曲がり、このへにゃり具合に萌え」と書かれている気がするが、もはや鬼鮫も武彦もツッコミの声をあげるつもりはないようだ。

 ヘッドセットの兎耳の横の部分は不自然に円形が造られている。

「……こ、これの何処が技術の結晶なんだ……?」

 武彦の抱いた疑問は最もである。

 画面に映し出されたのは、言うなればただの兎耳だ。
 黒を基調にして造られたそれは、確かに耳の内側と思しき箇所にまで細かい柔毛があるようなリアルさを醸しだしてこそいるが、今のところそれ以上に技術を注ぎ込んだと言えるような形跡は見られない。
 いっそ、猫セットの方がお金がかかっていたのではないかという疑問が浮かぶのも無理はないと言えるだろう。

 ――――だが、そんな疑問をぶつけられてなお、憂は不敵な笑みを崩そうとはしなかった。
 それどころか、むしろ口角をあげてその質問を「待ってました」と言わんばかりに受け止めてみせた。

「フフフ、武ちゃんも鬼鮫ちゃんも、私が何者かを忘れているみたいだね……」

「変人科学者だろうが」

「いや、『天災』科学者だな」

「酷いよねっ!? 字面でボケるなんて高等テクニック使って遠回しに言っても気付いてるんだからねっ!?
 ――まったく、そうじゃなくて、私は天才だよ?」

 世の天才が聞けば、「これと一緒にするな、迷惑だ」ときっと反論されるであろう言葉を口にしながら、憂は画面を切り替えた。

「二人とも、解りやすく説明してあげるよ。まず、人間の脳については何となくでも知識があるよね? 大きく分けても前頭葉、頭頂葉、後頭葉、側頭葉、それに小脳ってあるんだけどね。それぞれの箇所に大きく役割が――」

「――サッパリ分からんし、どうでも良い」

 鬼鮫の鋭い指摘に憂がむすっと頬を膨らませた。

 やはり憂とて、マッドがつく科学者ではあるものの、この全てを説明し理解されて賞賛されたいという欲求はあるようだ。
 とは言え、鬼鮫と武彦は叩き上げの知識こそあれど専門的な教養を得てきた訳ではない。憂の欲求を理解する事など出来るはずもなく、憂もまたそれは理解していた。

 気を取り直し、憂は一つため息を吐いた後で、再び口を開いた。

「分かり易く言うと、この兎耳ちゃんは『心の声』と呼べるものをそのまま再生するの。この柔らかい毛が振動してスピーカーの役割を果たすんだよね」

「――ッ! な……なん、だと……!」

「それ、それだよ、それ……! そういうリアクションが欲しかったの……!」

 驚愕に目を見開いた二人の顔を見て、憂がホクホク顔で頷いた。

「珍しくまともなモノを造ったな」

「珍しくって何!?」

 鬼鮫の辛辣な一言を前に、憂が思わず声をあげた。

 そもそも、猫セットはモーションメモリーという着用者の戦闘能力を数値化するなど、その見た目とは裏腹に高性能な機能を有しているのである。行動を記憶し、それによって武彦が恥をかくハメになったのは言うまでもないが。
 それに対して、今回のアイテム――『兎耳ブレインリーダー』というこれは、猫セットと同等の趣味感と同時に、どうしようもないまでの高機能を有していると言えるだろう。

「自白剤いらず、か」

「そういう事だね。能力者の中には様々な薬物が通用しなかったりもする。でもこれは脳の中で浮かんできた情報を読み取って音声にしてしまう効果があるからね。――あ、ちなみに萌え声出せる声優雇って全ての音声を録音して、イントネーションもごく自然にしてるから、機械的でテンション萎えるって事はないよ」

「サムズアップすんな」

 眩しい程の笑みで親指を立ててみせる憂に、武彦の鋭いツッコミを入れるのであった。

「とにかく、これはもう少しで完成を見ることになるから。武ちゃんは冥月ちゃんを追いかけた方が良いんじゃないかな」

「あ、あぁ。んじゃ、行って来る」

 思い出したかのように立ち上がり、部屋を後にする武彦を手を振って見送った憂は、扉が閉まると同時に軽いため息を零した。

「やれやれ、世話が焼けるねぇ」

「……まったくだ。あの唐変木は……」

 ――――美鈴。
 彼女の名が出たせいか、思わず鬼鮫でさえ柄にも無く感傷に浸るかのように呟いた。

「心配する必要は、ないんじゃないかな?」

 ふと鬼鮫の中に浮かんだ懸念を見透すかのような、憂の軽やかな声が届けられた。

「あの子なら――冥月ちゃんなら、あんな不幸は起こらない。美鈴ちゃんが弱かったなんて言いたい訳じゃないけれど、冥月ちゃんなら武ちゃんの過去を知っても、一緒に戦えるだけの子だからねぇ」

「確かにそれは出来るだろうが……、はたして信用出来るのか?」

 中国の最悪にして最強の暗殺組織。
 中でも実力は最上位に位置するトップの暗殺者、黒冥月。彼女の背後には虚無の境界が接触していた以上、冥月がその一員でないとは言い切れないというのが鬼鮫――IO2側としての見解だ。

 それでも冥月が捕まらないのはひとえに憂と武彦が冥月を守ると明言し、鬼鮫がIO2を抑えているという状況のおかげだ。つまるところ、現状で冥月に与えられている自由は、あくまでも仮初めのもの。信用され、過去を許された訳ではない。
 とは言え直接対峙した過去がある訳ではなく、どう対処するかはIO2にとってもデリケートな問題であると言えた。

「信用、する必要はないんじゃないかな?」

「どういう意味だ?」

「そのまんまだよ、鬼鮫ちゃん。私達は――仲間じゃない。あくまでも利害関係が一致した、協力者に過ぎないんだよ」

 どこまでも冷めているとでも言うべきか、いっそ研究者らしいとでも言うべきか。
 誰よりも人懐っこく見えるこの少女然とした憂であるが、誰よりも冷ややかな現実主義である事に鬼鮫も思わず嘆息した。

「なんてったって鬼鮫ちゃんでさえあしらう強者だもんねぇ」

「……チッ、余計なお世話だ」

「――でも、ね。あの子の異能はあまりにも底が知れないの。それとなくでも探れるなら、手段を選ぶつもりはないよ」








 ◆ ◆ ◆







「――――つまり、素敵で可憐、かつ優雅な黒。それはもう芸術と呼んでも過言ではないですわ。あの方はどれだけの凄惨な戦場で赤い華を咲かせながらも、返り血の一滴たりとも浴びずに、音もなく全てを闇へと葬り去るお方なのです」

「………………」

「聞いてますの?」

「ハッ!? あ、えぇ、も、勿論です!」

 我に返った葉月に百合のジト目が突き刺さるが、葉月としてもそれぐらいは勘弁して欲しいところである。何せ、医務室で冥月が去って以来、ここまで数十分に渡って冥月の魅力を語り続けているのだ。

「良いでしょう、葉月さん。では、手始めにお姉様検定の初級中の初級である、第6級問題、第一問」

「え……、えぇーーーッ!?」

 葉月の悲痛な叫び声がその場に響き渡るのであった。

 しばしの問答。それに答える度に百合が鷹揚に頷き、間違える度に射殺すような視線を向けられるという、葉月にとっては何故こんな事態になっているのかと嘆きたくなるような時間が続いた。

 すっかり百合が冥月の過去を語ってツヤツヤとした顔を、ぐったりと疲れきったような顔を浮かべる中、葉月は思う。

 ――でも、そんなに凄い人に鍛えてもらえるなら、私も……。
 少々行き過ぎとも言えるような百合の話であったが、それが誇張であるとは思えないのが冥月という――IO2にとっても要注意人物として名前だけが知られている存在。
 それ程の人ならば、自分の抱いている不安やそれらを払拭してくれるのではないか。葉月の悩みも、ようやく解消の糸口を見たかに思えた。

 ふと百合を見ると、百合の表情が先程までとは打って変わって影が落ちていた。

「どうしたんですか……?」

「……お姉様は、素晴らしい方。なのに私は、今は力になれずにむしろ足枷にさえなっているわ」

「……百合さん……」

 不意に見せた百合の不安に、葉月が思わず声をかけた。その声にはっと我に返った百合がぶんぶんと首を振って、そっぽを向いた。

「な、何でもないわ! まったく、何でこんなヤツに私が……」

 ブツブツと独りごちる百合を見て、葉月は小さく笑う。
 この数十分で、百合の扱いをなんとなくではあるが理解出来た気がする葉月であった。











to be continued...