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孤立戦線
「これは……恐らく、命令の受信装置か何かでしょう」
ユリのアパートの前、駆けつけたIO2エージェントの男が、武彦の持っていた機械を鑑定する。
それはどこかにいるマスターから命令を受信し、それを強制的に行わせるための魔術機械であった。
「これがホムンクルスのほぼ全てに植え込まれてるらしい」
「と言う事は、取り外されると同時に死亡する、と言う事も考えられますね」
「そんなことが出来るのか?」
「この機械からはそういう術式は感じ取れませんが、そんなものがなくともマスターはこの機械が埋め込まれたホムンクルスをモニタリングしているでしょうからね」
つまり、機械が取り除かれる事を確認した時点で、マスターはその個体を放棄する事も可能だと言う事だ。
下手に情報を外部に渡したくないなら、すぐに放棄してしまった方が得策だ。
そしてそれを行っているのは恐らく、小洞博士。
「あんたらIO2は小洞博士の事をどれだけ知っている?」
「末端の研究者でしたからね……あまり詳しくは。ただ、かなりのマッドサイエンティストで、関係者は手を焼いていたと聞きます」
武彦がアンティークショップレンで聞いた噂話と一致する。
自ら作ったホムンクルスやキメラなどを用いて、非道な実験を繰り返す。
その目的とは自分の好奇心を満たす事のみ。
真理を探究する研究者の鏡、と言えば聞こえはいいが、そのためにどんな倫理観をも踏み越えていい訳ではない。
「ヤツの居場所はわからないのか?」
「捜索中です。……ですが、時間がかかりそうですよ」
それを待っている暇はない。
攫われたユリがどうなるかわかったものではないのだ。
人道を外れた科学者が、今更身代金目当ての誘拐をするとも思えない。
何か『実験』をするつもりのはずだ。
ならば……
「草間さん」
いつの間にか傍にいた小太郎が、真面目な顔をして武彦を見る。
「ユリを助けに行く」
「……そう言うだろうと思ったぜ」
いつぞや、囚われのお姫様を奪い返そうとしていた時と同じような、強い光の瞳。
あの時はまだ幼い少年のように見えていたが、いつの間にやら立派な態度である。
「勝手に突っ走らなかっただけ、マシだな」
「前だってちゃんと我慢しただろうが」
「冷静ならそれでいい。……だが、少し準備しようぜ。万全を期して、確実にユリを取り戻す」
「……ああ。だから、力を貸してくれ」
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その頃、とある場所でユリが目を覚ます。
「……うっ、ここは?」
『お目覚めかね?』
スピーカーから流れてくる声、しわがれた老人の声であった。
ユリはゆっくりと周りを見回す。
自分の首に違和感を覚える。何か鉄製の首輪のようなものが付けられているようだ。
今いる場所は鉄の壁の四角い部屋、そして目の前に立つルイ。
わかるのはこれぐらいか。
「……ルイ」
「ユリ わたしと たたかって」
ルイから湧き出る強烈な魔力。
物理的ではないその圧力に、ユリは少し息苦しさを感じる。
『ユリさんと言ったね。君の能力にはとても興味がある』
「……この声、あなたが小洞博士ですか?」
『その通り。こんな形で申し訳ないが、初めまして』
おどけるその声に、悪びれた雰囲気は全く無い。
恐らく、自分が真理を探究するのに、『人を一人誘拐した事が犯罪である』と言う常識的な判断は失われているのだろう。
噂どおりの人物だ。
「……私とルイを戦わせてどうするつもりですか?」
『君の能力、この研究所を貸してくれた男から伝え聞いたよ。確か魔力吸収と……生命の吸収』
「……それがなにか」
『私が気になっているのは後者だよ。君はその能力を使いたがらないが、その能力は研究のし甲斐がある』
使いようによっては広範囲の人間を簡単に死に至らしめる能力。
ユリはそんな強力な能力を持ちながらも、使用したがらない。
『君のその能力、吸収した命はどこへ行くのかね? そして、どの程度まで吸収する事が出来るのかね?』
「……教えませんし、知りませんし、知りたくもありません」
『そういうだろうと思って、私はルイを用意したんだ』
小洞の言葉を聞いて、ルイは行動を始める。
瞬間移動のようにユリの目の前に現れ、その華奢に見える豪腕を振る。
「……ぐっ!?」
思った以上の衝撃に、ユリの体は軽々と吹っ飛ばされる。
ゴロゴロと床を転がるユリ。何とか防御は出来たが、両腕が赤く腫れている。
「……うっ……ぐ」
「ユリ たたかって」
ジリ、と間合いを詰めるルイ。
二人を眺めながら、楽しそうな声がスピーカーから聞こえてくる。
『丸腰の君の戦闘力では、ルイを倒す事は出来まい? 出来るとしたらただ一つ、その能力を使うことだ』
「……誰が、あなたの言う通りなんかに……ッ!」
『いつまでそう言ってられるかね。見物だよ、実に』
またも、ルイがユリとの距離を詰め、思い切り蹴りつける。
サッカーボールのように跳ねたユリは、またうめき声を上げた。
『早めに使った方がいいと思うよ。私も人殺しがしたいわけではない』
「……か……ぁ……」
『ルイ、わかってるな? 気絶はさせるな』
「わかってます」
『まぁ、気絶してもその電気ショックで起こすがね』
恐らくはユリの首に付けられている首輪の事だろう。
「……ふ、うぐ……」
『そうだその調子だ。もうちょっと頑張ってくれ。なるべく早く、能力を使ってくれ』
「……だ、れが……」
孤立無援の窮地、ユリはそんな状況に置かれていた。
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「感じた! またあの魔力や!」
東京の一角で、またも溢れ出した歪な魔力。
それをセレシュの探知魔法が捉えた。
いや、探知魔法を使うまでもない。これほど歪で強大な魔力は肌で感じてしまう。
「どこだ、わかるか?」
「正確な場所までわかるで、これは。一発で覚えてまう」
武彦が確認するのに、セレシュは歪んだ笑みで答える。
無理に作られた膨大な魔力は、かなり気持ちの悪いものである。
「セレシュ、案内しろ。私が能力で飛ばす」
隣にいた冥月がそう言う。
彼女の影の能力を使えば、数キロを一瞬で移動する事も可能だ。
「師匠、俺もついていくぞ!」
「そうだな。草間、お前はどうする?」
「俺も一応、ついて行こう。依頼を受けたのは俺だし、ユリの事も気になる」
「では、全員だな。すぐに移動するぞ」
冥月の言葉の直後、一行を影が包み込む。
再び現れたのは、とある建物。
既に放棄されて久しいらしく、かなりボロボロになっているようだが……。
「確かに、影を感じるな」
「魔力もビンビン来てるで。間違いない、この地下や」
冥月の影にも、セレシュの魔力関知にも引っかかっている。
建物の内部、更に言うならばその地下から複数人の存在を関知する事が出来た。
恐らくは小洞博士、ユリ、ルイ、そしてホムンクルスが一握りほど。
「しかし、この建物……何の因果か」
建物を眺め、冥月が呟く。武彦も呆れたようにため息をついた。
「オオタ製薬……!」
その建物の元の持ち主、その組織の名はオオタ製薬。
しばらく前にスキャンダルによって経営が傾き、そのまま持ち直すことなく潰れてしまった製薬会社である。
その裏側にはIO2が動いていたと言う話も聞けたりしたが、そんなことはどうでも良い。
「みんな、この会社の事、知っとるん?」
「ああ、まぁちょっとな。話すと長くなる」
以前にも一度、ユリが誘拐されたりする事件があったのだが、その誘拐犯の組織がこのオオタ製薬だったのだ。
今回もまたこんな所にやって来るとは思っても見なかった。
「これは本当に、佐田が裏で関わっててもおかしくないな」
「どういう事だよ?」
冥月の独り言に武彦が食いつく。
「小洞とやらは、どうやってユリの能力の事を知ったのか、と言う話だ」
「……そうか。ユリは小洞と面識がない様だったし、木っ端のエージェントであるユリの事を、小洞が知る由もない……」
「だが、誰かが唆したのなら、話は違ってくる」
その唆した人物が、IO2に捕らえられている人物なら、なおさらありえる話だ。
そして、そんな事をしそうな輩と言えば、真っ先に思いつくのは佐田征夫。
「IO2の内部も調べてみるべきかもしれんな、草間?」
「そっちはどうにかしておく。今はユリの救出に集中だ」
「わかっている」
過去や裏側の事は、今の所は横に置いておこう。
現在も地下では何事か起こっているのだ。それにユリが巻き込まれているなら、早めに救出するに越した事はない。
「ほな、早速中に潜入を……」
「あら? 先客かしら?」
そこに現れたのは、小柄な少女。
長い黒髪を揺らし、闇に金の瞳を灯した女の子が、一行に声をかけてきたのだ。
「誰だ、お前は」
「初対面の人間に、随分な挨拶ですね。……私は石神アリス」
ペコリと頭を下げた少女。どうやら敵意はないらしい。
「私はここの調査をしようと思ったのですけど……もしかして、あなたたちも?」
「何の目的でここを調査する?」
「知り合いの依頼です。……あなたたちにここまで話す義理もないんですけど」
余裕そうに笑うアリス。
冥月とセレシュは互いに顔を見合わせる。
アリスに敵意は感じられないし、嘘をついているようにも見えない。
「まぁまぁ、冥月さん、そないケンケンせんでもええやん。お嬢さんもこの中に入るん? 結構危ないで?」
セレシュは親切心のつもりで進言したが、アリスは首を横に振った。
「ご心配には及びません。そこそこ腕に自信もあります」
「ふぅん? まぁ、無理に止めたりはせんけど……」
アリスは見知らぬ他人。その力量も定かでないのに、あまり止めても失礼になるかもしれない。
「冥月、セレシュ、正直な所、アイツはどうなんだ?」
小声で武彦が話しかけてくるのに対し、冥月は首を振る。
「さてな。正直、身のこなしは大した事はなさそうだ。小僧の方がまだマシだな」
「ウチも危険そうには見えへんけど……うーん」
セレシュには思う所がありそうだが、敵意はなさそうだし、こちらの行動には大した影響はないだろうか。
二人の意見を聞いたところで、武彦が一歩前に出る。
「俺の名前は草間武彦。こっちは人助けでここに来ている。アンタの調査とやらと目的がかち合わなければ、なるべく友好的にやりたいね」
「ええ、こちらも同意見です。なんなら、ご一緒させていただけますと、こちらとしても助かりますわ」
屈託のない笑みを浮かべるアリス。
だが、その顔の裏側に何を抱えているのかわかったものではない。
一つわかるのは裏に何か抱えているという事だけだ。
「出来るだけコイツの監視をしよう。目の届く所に置いておいた方が、対応が楽だろう」
「うーん、ウチはそれで構わんけど……」
「何か問題が?」
「あの娘、目に何かありそうやで」
魔法が使えるセレシュ。彼女がそう言うならアリスの目に何か魔力があってもおかしくはないか。
「魔眼の一種なら、目の届く所ってのは危険かもしれんで」
「いや、でも敵意は感じられないんだろ? じゃあ大丈夫じゃないか?」
「草間のように楽観するのはどうかと思うが……」
「何でもいいから、早くしようぜ! ユリを助けなきゃ!」
小太郎が急かすので、武彦はポンと手を打って決断する。
「石神アリスって言ったな。一緒に来てくれ」
「はい、喜んで」
お辞儀をするアリス。
一行は彼女と共に建物の中に潜入する事になった。
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冥月は小太郎と共にルイを抑えつつ、ユリを探し出す組となった。
残った三人は情報集めをしつつ、小洞を取り押さえる役目を負っている。
「いいか小僧、私たちは名目上、敵の最大戦力であろうホムンクルスをひきつける役だ」
「情報収集組みの方に危険が行かないようにだな」
「だが、お前は気にしなくて良い」
「……は?」
一人、悟ったように頷きながら冥月は小太郎の肩を叩く。
その瞼の裏には、武彦に救出を申し出る小太郎の様子が映し出されている。
「アレだけ意気込んだんだ。キッチリユリを助けて見せろ。昔からそれはお前の役目だったもんな」
「いや、別にそんな気を使わなくて良いんだが……」
「まぁ、頑張れよ、小さな王子様。……ぷっ」
「おぉい!! 今嗤ったか!? 今嗤っただろぉ!? 俺の背丈を嗤っただろぉ!?」
「気のせいだろう。さぁ、すぐに侵入するぞ。大体の位置は把握してるんだからな」
ギャーギャーと喚きだす小太郎を影の中に沈め、冥月も地下へと移動した。
再び現れたのは、ユリとルイが戦っている場所のど真ん中。
今、まさに振り下ろされようとしているルイの拳を、冥月の影が受け止めた。
「!? だれ!?」
「手厚い歓迎と言う事か。涙が出るな」
「ユリ!」
冥月がルイを抑えている隙に、小太郎は床に転がっていたユリの元に駆け寄る。
「……小太郎、くん?」
「大丈夫か、ユリ!?」
意識はあるようだが、目に見えて怪我が酷い。
両腕はあらぬ方向に曲がっているし、口から血も吐いているようだ。
内蔵ももしかしたらやられているのかもしれない。
「……どうして、ここに?」
「決まってんだろ、助けに来たんだよ! 草間さんや師匠も一緒だ!」
「……どうして……なんでこんな、危険な……」
意識が朦朧としているのか、ユリの言葉に力がなくなってきている。
早く治療をしないと危ないかもしれない。
「……小太郎くん……どうして……」
「お前の事が心配だからだよ。お前を助けたいと思ったからここに来たんだ」
「……心配? 助けたい……?」
「お前の事が好きって事だよ」
小太郎の言葉を聞いて、ユリはフッと力を抜く。
目が閉じられ、どうやら気を失ったようだ。
「小太郎、ユリはどうだ?」
「怪我が酷い、でもちゃんと息はしてる! 早く治療をしないと! あと、首に何かついてる。首輪みたいな……」
「逃亡阻止用の機械かもしれんな」
ユリをチラリと見た冥月は、彼女の首に設置されている機械を丸ごと影で包み込む。
その上で機械を破壊した。
これでもし爆発物などが仕込まれていてもユリに怪我はないはずだ。
機械の解体はわずかな時間でパッと終わった。
「よし、お前はそのままIO2にユリを連れて行け」
「わ、わかったけど……師匠は大丈夫なのかよ?」
「お前に心配されるほど落ちぶれた覚えはないな」
小太郎の心配を一刀両断し、すぐさま二人を影に取り込む。
吐き出す場所は近くのIO2エージェントがいる場所。
これでユリの安全は確保できただろう。
「さて、こちらは証拠品の確保と行くか」
『だ、誰だね君は!』
スピーカーから聞こえてくる男性の声。
「貴様が小洞か。姿は見えんが……まぁいい」
周囲に複数ある影は大多数がホムンクルスだろうが、恐らくはこちらを観察できる範囲にいるはずだ。
敷地内にいるなら影も捉えられる。
しかし、その判別には少し時間がかかりそうである。
「まぁ、そちらは草間たちに任せるか。私は私のやる事をやろう」
「あなた ユリを どこに やったの?」
「お前に教える義理もない」
言うが早いか、ルイの足元の影を操り、彼女を包み込もうと試みる。
しかし、ルイの反応スピードは恐るべきものであった。
影が完全に収束する前に、その囲いから飛び出る。
「チッ、思いの外速い……ッ!」
「てきせいと はんてい。はいじょする!」
ルイの赤い瞳が一層輝くと、そこに敵意が灯る。
一足で冥月との距離を縮め、そのまま華奢に見える豪腕を振りぬいた。
「そんな大振りで私を捉えられると思っているのか」
「そんな はやい……!?」
ルイの拳は空を切り、その腕を冥月が掴む。
素早く関節を極め、そのまま折る。
ゴギン、と嫌な音がして、ルイの腕が曲がってはいけない方に曲がった。
「ぐぅっ!?」
「この程度では終わらないのだろう?」
痛みに喘ぐルイを蹴飛ばし、ある程度間合いを取った後に影の刃を作り出す。
その切っ先をよろめく身体に向けた。
「まだ……まだっ!」
しかし、同時にまたゴギンと気味の悪い音が聞こえ、ルイの腕が瞬時に元の形に戻る。
治った手でその刃を受け止めようとするも、影の刃に実体はない。
「甘いな」
冥月の口元が歪む。
影の刃は防御しようとした腕を貫通し、そのままルイの胴体を捉えた。
人間ならば心臓のある場所に影の刃が突き立ち、ルイは吐血する。
「ガッ……」
「戦闘に慣れていないのか、面白いようにフェイクに引っかかるな」
「この……」
「生命力と剛力で押し切ろうとするタイプと言う事か。並大抵の相手ならばそれで通じようが――」
冥月は影の刃を変形させ、そのままルイの体を包み込む。
「――私と対等に渡り合いたいならば、もう少し訓練する事だな」
完全にルイを圧倒した形で、冥月は彼女を捕縛したのだった。
それとほぼ同時、部屋のドアと言うドアが開き、集まっていたホムンクルスが部屋の中に殺到する。
「博士の命令で、貴様を殺す」
「ほぅ、今度は数で攻めてきたか。だが、小粒を揃えたところで、私に敵うものかな」
「死ねッ!」
声を合図に、集まっていたホムンクルスが一斉に冥月へと襲い掛かる。
しかし、いくら多対一だとしても、彼女の影の能力の前では、数の暴力すら脅威にならない事をホムンクルスたちは知らない。
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「あら、綺麗に片付いているんですね」
ホムンクルスを全て片付け終わった後の部屋に、アリスと武彦がやってきた。
「お疲れ、冥月」
「ああ、別に大した事はなかったがな」
「ルイも大したことなかったのか?」
「私の敵じゃなかった」
武彦の心配を他所に、冥月は軽く笑う。
本当に大した相手ではなかった。
ルイは確かに、普通に考えれば驚異的な存在ではあったが、力を無闇に振り回しているだけの小兵であった。
更にルイよりも単体の練度も低い他のホムンクルスなど、何十人と集めようと物の数ではない。
「では、ここでやることは終わりのようですね。撤収しましょうか」
「そうだな。草間、セレシュはどうした?」
「別行動中だが……」
携帯電話にメールが届く。
差出人はセレシュ。内容は『小洞を捕縛した』との事。
「大丈夫そうだ」
「なら、全員影で外へ送ろう」
「ユリと小太郎はどうしたんだよ?」
「先に外へ出ている。今頃は病院にでも行っているだろうさ」
「なるほど、じゃあ後でお見舞いにでも行ってやるか」
そんな事を話しながら、一行は建物の外へと出るのだった。
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一連の事件は収束の様子を見せていた。
今回も草間興信所とその仲間の面々によって、解決に至ったと言うわけである。
IO2は即座に小洞やその研究所を押さえ、事後処理へと移行している。
そんなドタバタした事後処理の中でも、病院はとても静かであった。
すぐ傍で眠っている少女の寝息が聞こえるぐらいには、静まり返っていると言っても良い。
小太郎はベッドで横になっているユリを黙って見つめていた。
ユリの怪我は両腕と肋骨の骨折、内蔵の軽微な損傷程度であった。
これらは素早い対応と高度な治療魔法によって、すぐに完璧な状態に戻るだろう。
「良かったよ、ホント」
ユリの頭をなでながら、小太郎はため息をつく。
病院に運んだ時はどうなる事かと思ったが、今の魔術医療の高度さに度肝を抜かれる思いだった。
サラリ、と髪をなでると、ユリがゆっくりと目を開ける。
「気がついたか? 具合はどうだ?」
「……小太郎、くん? ここは?」
「病院。もう安心だぞ。全部解決したからな」
「……そう。また、みんなに迷惑を……」
「そんな事良いんだって。草間さんたちだって好きでやってるんだ。俺だって」
「……好き」
ボンヤリした頭でユリは呟く。
「……気を失う前、小太郎くんが私に何か言ってた気がする」
「え!? え、あ、おう」
ユリに言われて、小太郎は自分の記憶を掘り返す。
確か、どさくさに紛れてすごい事を言ったような気がする。
いや、だがあの文脈ならごまかしはいくらでも利くはずだ。
「……なんて、言ったの?」
しかし、ユリの目を見て、そう尋ねられると。
不意に言葉が口を突く。
「ユリが好きだって言ったんだよ」
「……え?」
「ユリが好きだ」
小太郎の言葉を聞いて、ユリは目を瞬かせた。
その後、病室にはなにやら気恥ずかしい沈黙がしばらくの間下りていた。
「こりゃ入るに入れんな」
病室の入り口でタイミングを見計らっていた冥月は、それを完全に逸した事を悟った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【8538 / セレシュ・ウィーラー (セレシュ・ウィーラー) / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女性 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
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■ ライター通信 ■
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黒・冥月様、シナリオに参加してくださってありがとうございます。『好きとか嫌いとか』ピコかめです。
好きって言葉はシンプルで、インパクトがあって、好きです。
ルイとの戦闘ですが、俺の頭の中だとどうしても彼女が善戦するビジョンが浮かびませんでした……。
全く搦手なしの真っ向勝負ですからね。そんなもん、冥月さんに敵うわけないじゃないですか……。
それと、今回はちょっとユリの仕事ぶりとか出張関連の話を出すには余裕がなかったので、また今度の機会にしたいと思います。
では、また気が向きましたらよろしくどうぞ〜。
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