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芸術の秋に天使が浮かぶ
近所の木々も徐々に色づき始める秋。アリア・ジェラーティにとっては、ちょうどアイスの売り子から家の手伝いに入る季節である。
テレビも雑誌も、この時期は決まって「芸術の秋」と称し、さまざまな話題を振り撒く。そこで彼女も彼女なりに芸術を楽しもうと、自室へ引っ込んだ。
アリアの趣味は、自らの能力を駆使した氷像作り。今回は天使の氷像を作ろうと考え、まずは頭の中でそのイメージを膨らませる。天使といえば、翼だ。まずは自分をモデルに、氷の翼を創り出す。
「……こんな、感じ?」
自分の身の丈を越えるほどの大きな鏡を見ながら、アリアは背中に氷の翼を生やしてみた。翼が舞う躍動感をうまく表現できたが、自分がそれに合わせていちいちポーズを取らないといけないので、ちょっと面倒。なので、そこから自分の姿を模った氷像を付け足し、微調整しながら満足の行く形に仕上げていった。
そこでアリアは、ふと気づく。ステンドグラスとかで見る天使は、わりと数が揃っているものだ。ようやく出来上がった1体を見ながら、このポーズを引き立てる仲間の天使を描き始める。空を目指さんとする天使、地上に立って翼を畳んでいる天使など、数が増えると華やかになった。アリアのお部屋は、まさに「氷天使の楽園」として彩られる。
その後も氷像の位置を変えるなどして氷の芸術を存分に楽しんだが、少女は不意に「うーん」と唸る。配置にも満足してるし、氷像の躍動感も表現できている。ただ、天使に生きた表情がない。安息の地である天国へ導いてくれるような安堵感、アリアはこれが欲しかった。
「やっぱりモデルがいる方がいいかな」
少女は肌寒さの忍び寄る外へ繰り出そうと、黙々とお着替えを始めた。
アリアは知人が営む彫刻店へ行こうと、トコトコ走る。日のある今はまだ暖かいが、夕方からの冷え込みは本格的。冬の訪れも間近だ。
まもなくお店に到着……というところで、アリアはデルタ・セレスを発見する。彼は彫刻店の店員をしており、目的地にいるはずの人物だ。ちなみに姉が店主である。
少女は人差し指で肩をツンツンし、デルタが振り向くと同時にアイスを差し出した。
「こんにちは……アイス、いる?」
デルタも常連さんの登場に「あ、こんにちは」と声を掛け、ありがたくアイスをもらう。
「今日はどうしました?」
少年が尋ねると、アリアは「天使の氷像のモデルになってほしい」と話を持ちかけた。こういうお願いには報酬が必要なことは知っているので、少女は率先して条件を並べる。どんなものが効果的かまでは、まだわかっていないようだ。
「珍しいものがいい? お金? それとも、おいしい食べ物……?」
「前にご馳走になったのは、冷製パスタとアイスだったかな。夏だったし、おいしかったけど」
しかし、今の季節は秋。同じものを出されても困る。それに今、アイスも貰ったし……
とはいえ、お金を要求するのも酷だ。相手が条件として提示してはいるが、相手も自分も未成年である。お互いに商売はしているが、アリアはさほど儲けていないはずだ。
「えっと、あの……お金って、どのくらいの額ですか?」
そう問われ、アリアは一枚の銀貨を差し出す。そう、たった一枚である。
デルタは「さすがに無茶を言っちゃったかな」と思いつつ、不意に視線を落とした。
「えっ……これ、すごく珍しい銀貨ですよ! こんなのどこで手に入れたんですか?!」
「拾った……」
アリアは普段から不思議な場所に迷い込む癖があり、たまたまそこで銀貨を拾ったという。その時はちゃんと交番に届け出たが、警官がゲームセンターのメダルと勘違いして、そのまま彼女に返したのだ。なお、実際の価値はデルタの知る内容が正しい。
「じゃあ、これあげる」
十分すぎる報酬を得たデルタに、首を横に振る権利などあるものか。彼は快く仕事を引き受ける。
「だったら、友達呼んでもいいかな。いろんな表情があった方がいいですよね」
アリアはセレスちゃんの提案を二つ返事で受け、彫刻店の作業場へと誘われた。
しばらくすると、三下と名乗る少年が現れた。これまた天使が似合いそうな風貌で、デルタ共々いい仕事をしてくれそうだ。
当の本人はモデルをやることをこの場で聞かされたらしく、かなり困惑している。まったくもって、見た目どおりの気の弱さだ。初対面の三下に対して、アリアは遠慮なく一枚布を差し出す。
「ええっ、パンツもなしですか?!」
「天使、だから……」
いろんな意味でアリアの言い分が正しい。デルタも「モデルですからね」と諭し、ひとまず着替えをお願いした。
続けて用意されたのは、いかにも天使っぽいアクセサリの数々。翼はもちろん、ラッパに天使の輪など、小物もわりと多い。それに男性陣も天使のイメージは頭の中にあるので、アリアもたくさんのポーズを見ることができた。
「小物があると、何かと便利ですね」
「うん、わりとイメージが膨らむかな……」
デルタの率直な感想に、三下が応じた。
実はこの時、すでにある変化が起きていた。二人は裸同然でがんばっているので気づいてないが、アリアの力で部屋の温度が徐々に下がっている。デルタは内心この後の展開を警戒してはいたが、今回は女装でないことに加え、報酬をもらっているという安心感も手伝ってか、ついモデル業に集中し、すっかり油断していた。
「じゃあ、この振り返るようにしてラッパを吹こうとするポーズなんてどうでしょう?」
そして彼女の気に入るポーズを取った瞬間、アリアは「うん、ちょっとそのままで」と言いながら素早く駆け寄る。素敵な天使になったセレスちゃんに触れれば、あっという間に氷像と化した。
さわやかな笑顔のまま、アホ毛も自然な形をキープしたままの彫像の完成度は高い。導くべき魂に合図を送るかのような仕草に加え、翼の角度、一枚布の揺れまでもうまく固定できた。
「え? あれ? デルタさん、どうしちゃったの?」
イマイチ状況が飲み込めてない三下は、ポーズを取りながらデルタの心配をするが、すでにいろいろと手遅れだった。
「三下さんも、そのポーズいいな……」
アリアは下準備の整った作業場を瞬時に凍らせ、豪華な氷の玉座を作り、悠然とそこに座る。
この時すでに、三下の体も半分以上凍っていた。しかし彼はここまでの急展開なのに「異能力による異変」とは気づかず、懸命に笑顔を作ってモデルに徹する。
「デ、デルタさんもがんばってるんだし、き、きっと僕もこのくらいがんばらないと……!」
モデルさんの頑張りに感心しつつ、アリアは一思いに氷漬けにした。
こちらも負けず劣らず、素敵な表情を醸し出す氷像だ。視線が少し下にあって、両手を広げる姿は彷徨える魂を迎えようとする天使そのものである。
「お部屋にある天使たちとも、仲良くなれるよ……」
じっくりと遠目で鑑賞した後、2体の氷像に触れたり、アクセサリを撫でたりして存分に愉しみ、商売に使っている屋台に乗せて自室へと運び込んだ。
氷漬けのアリアの部屋は今、たくさんの天使に囲まれている。その中央にデルタと三下の氷像が対になるように立て飾られた。やはり生きた表情は何にも増して魅力的である。
「じゃあ、おやすみ……」
大満足の一日を過ごしたアリアは、氷像らに声を掛けた。きっと少女は安らかな夢を見ることだろう。
この調子だと、デルタと三下が御役御免になるのは、次の季節が来るまで難しそうだ。その心中までは窺い知れないが、誰が見ても天使としか思えない姿が、なんとも哀愁を漂わせるのであった。
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