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<東京怪談ノベル(シングル)>


戦華乱舞―終局への交響曲

十数枚の襖をぶち破って、殴り飛ばされた小手の男は口から泡を吹き、白目をむいて気絶していた。
その姿を見て、琴美は困りましたわね、と呟いて、男の襟首を掴みあげると、小気味よい音を立てて両頬を叩いてやる。

「っううう……ひぃ、水嶋ぁぁぁぁぁっっ」
「目が覚めまして?では、お聞きしたいことがありますの」

両頬に走る激痛に目を覚ました男は自分を釣り上げて、にこやかにほほ笑む琴美に悲鳴に近い声を上げる。
だが、琴美は意に介さないふりをして、わずかに腕に力を込めてやると、たちまち男は大人しくなった。
見せつけられたのは、絶対的な力の差。
いかに力に自信があろうとも、己の力量を知らぬほど男は愚かではなかった。

「これが特務……いや、『水嶋家』が誇る最強の忍・水嶋琴美か」

屈強かつ頑強で鳴らした男を細腕で易々と締め上げるなど、屈辱を通り越して賞賛するしかなかった。
さすがは『水嶋』だと。

「お褒めの言葉は受け取ります」
「知りたいことはなんだ?水嶋」

大人しくなった男に琴美は笑みを深くするが、その身に纏う空気が静かなる殺気に満たされていく。

「お聞きしたいのは二つ……まずは派手に基地に潜入して挑発してきた理由です。あんな派手な行動をしていれば、すぐに存在に気づかれるのは当然でしょうに」
「そうだろうな。腕は立つがあいつらは潜入探査向きじゃねー、どっちかっていうと、強襲向きだ」

くっくっとおかしそうに笑いながら、男は自分を締め上げている琴美を見上げた。

「二人とも腕に自信があってな、『潜入だけじゃ面白くない。我らだけで自衛隊特務統合機動課を壊滅させる』と息巻いてたんだが……あっさりやられたってな」
「一時基地内を騒然とさせましたけど、大した問題じゃありませんでしたわね」
「恐ろしい女だな〜お前。まっ、自衛隊特務統合機動課の精鋭にかかれば、あのクズどもなんぞ赤子の手をひねるようなもんだな」

そうだろう、と窺ってくる男に琴美はさして興味を抱かず、もう一つの―本命の質問について尋ねることにする。
群がっていた配下の警備班員たちでは決して聞き出せないと判断したからこそ、わざわざ殴り飛ばすだけにとどめて、締め上げたのだ。
そうでなければ、こんな迷惑で危険な屋敷など壊滅させてお終いにしていた。ここには彼らが守るべき者がいないのだから。

「では、もう一つ……この館の主―『総領』はどこにいらっしゃるのかしら?」

ここにはいらっしゃらないのでしょう?、とにこやかに、ごく平然と尋ねたつもりだった。
だが、琴美の質問を聞いた瞬間、男は一瞬、惚けた表情となり―やがて顔から一気に血の気が引いて真っ青な―愕然とした表情で見つめ返してきた。
バカな、この俺が捨て石にされただと、と信じ難い事実を突き付けられ、男は呻いた。
幹部ではないにしろ、実力を認められて警備隊長を命じられて、誇りにしていた男にとって、琴美が投げかけた質問は一瞬にして、その誇りを粉砕しただけでなく、知らされなかった現実を鼻先に突き付けられたのである。
その衝撃の深さに男は打ちのめされ、呆然自失となったのか、突如だらりと全身を弛緩させ、視線はあらぬ方向を見ていた。

「ご存じない、ではなく、知らなかった、のですね。それでは答えられませんわね」

残念そうに琴美は男から手を放すと、すぐに思考を巡らせる。
『総領』たちにしてみれば、警備隊長程度には知らせないのは当然だろう。
だが、情報部の総力を上げた調査結果と『水嶋家』の因縁を鑑みれば、長い時をかけて作り上げた屋敷をそう簡単に捨てるわけがない。
では、どこに、と思った瞬間、琴美は大きく背後に飛ぶと同時にクナイを投げる。
一直線に投げられた鋭いクナイは冷やかに輝く小太刀に一閃され、手近の柱に突き刺さったと同時に、男の腹を真一文字に研ぎ澄まされた槍が貫いた。
何が起こったのか分からないまま、男は大きく身を震わせ―そのまま、バタリと倒れ伏し、動かなくなる。

「愚かな。己が役目を果たせない者はさっさと去ね、というに」
「全くです、主様」
「始末をつけるこっちの身にもなってほしいよ、主様」

男を貫いた槍を抜き去り、肩に担ぎながら、横からぬっと姿を見せたのは漆黒の忍び装束に鮮やかな朱色の龍を縫い取った白の陣羽織を纏った青年と正面からは小太刀を構えたくノ一装束に、これまた艶やかな朱色の鳳凰を縫い取った特攻服を纏った女に守られたダークグレーのスーツ姿の青年がゆったりと現れた。

「はじめまして、水嶋の。わざわざ御足労頂いて恐縮です」

かばうくノ一を押しやって、ずいと前に出たスーツ姿の青年はにこやかにほほ笑んだ。
背のあたりまで伸びた銀色がかった黒髪を無造作に束ね、右目を隠すように前髪で覆っているが、なかなか整った顔立ちをしている。
だが、発せられる気配は周囲を威圧し、屈服させる威厳に満ちていた。

「いやはや、この短時間でこの屋敷を壊滅させるとは―さすがですね。自衛隊特務統合機動課の実力の一旦、拝見させていただきました」
「それはそれは―お目汚しで失礼しましたわ」
「ご謙遜を……水嶋琴美殿」

笑いながらも、相手を射殺さんばかりの殺気を放ってくるから、スーツの青年は相当な役者。
それに対し、琴美はにこやかにほほ笑んで受け流してしまうから、さすがである。
両者、一歩も譲らないやり取りに、くノ一と陣羽織の槍使いは感嘆の息を零しつつも、青年をかばって前に出ると、小太刀と槍の切っ先を琴美に向けた。

「あら、主思いの方々ですわね」
「これはとんだ不調法を……控えよ、二人とも。今は戦いに来たんじゃないだろう?」
「……失礼しました、主様」
「けど、単なる様子見じゃないんだろ、主様」

青年に一睨みされただけで、即座に刃を納め、かしこまるくノ一に対し、槍使いは小さく喉を震わせて、ひどく好戦的な眼差しで琴美を睨みつけてた。
先ほど警備の男を一撃で絶命させただけでは面白くないらしく、わざとらしく槍を大きく振って両肩にかけ、いつでも仕掛けられると無言で主張する。

「ああ、そのつもりだよ。でも、その態度はいただけない……本気で私を怒らせたくなければ、すぐに止めろ」
「御意、主様」

すうっと細められた瞳に見つめられ、槍使いは槍を足元に置き、片膝をついてかしこまる。
槍使いの姿にようやく納得し、青年は琴美に微笑を向けた。
その時、琴美はピクリと身体を震わせ、気づかれぬように視線を泳がせるが、青年は気づかないのか、構わず口を開く。

「さて、今回の趣向はいかがでしたか?水嶋殿。少々、配下の者たちが張り切り過ぎて、おいたが過ぎましたこと、お詫びします」

にこやかな青年の笑顔がひどく空々しい。
一歩踏み出してくるたびに、琴美はゆっくりと後方に下がり、間合いに踏み込ませない。

「おいた?あれがおいたとは、随分と大事ですわね」
「何事もやるのが派手な家風でしてね……まぁ、貴女には気づかれていたと思ってましたよ」
「それは買いかぶりすぎですわ。で、一体どうなされるおつもりなんですか?何をなさりたいんですの」

にこりと笑うが、その目が鋭くなっていく琴美に青年は心から楽しそうに笑うと、軽く右手を上げた。
それに答えるように、くノ一は成人男性の3倍はあろう柱に触れると、カコンと軽い音を立てて、板の一部がスライドし、中から吊り輪が覗く。

「やりたいことはただ一つ……正式な宣戦布告ですよ、水嶋琴美」

全ての感情を凍りつかせた表情を青年が浮かべた瞬間、くノ一は思い切りよく吊り輪を引く。
屋敷全体が大きく脈を打ったように振動したかと思った途端、激しい振動が走り抜け、たちまち天井に壁が崩れ、梁や柱が倒れていく。

「この館は放棄します。元々、捨て石でしたからね。では、後日改めて本邸にいらしてくださいな」

丁重にお出迎えしますよ、と空々しい台詞を言い残し、青年はくノ一と槍使いを従えて、悠々と崩れ落ちていく屋敷の奥へと消える。
その姿を見ながら、琴美はやれやれと肩を竦めると、素早く屋敷の外へと飛び出した。
轟音を上げて屋敷がつぶれたのは、その直後。ごうと一陣の風が駆け抜けると同時に土煙が巻き上がり、天へ消え、東の空が朱色に染まり始める。
長く、短い一日が始まろうとしていた。

「水嶋隊員、これはいったい?!」
「事情は戻り次第説明しますわ。強いて言うなら、ただの前哨戦は終わりということですわね」

夜明けと同時に到着した特務統合機動課の隊員たちは琴美らしからぬ派手なやり口に皆、一様に呆気にとられ、立ちすくむ中、琴美はただ静かに笑うだけであった。