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<東京怪談ノベル(シングル)>


戦牙蒼炎―始まりを告げる時の声

スクリーンに映し出されたのは、先日攻め込んだ地方小都市ではなく、地方の主要部に当たる大都市。
その中心部から、やや外れた工業地域の一点を強調するように赤く囲まれているのを見て、上司は渋い表情のまま、椅子に深くもたれた。
いつもらしからぬ上司の姿に琴美は苦笑いを浮かべながらも、その視線は地図上のそこから外していない。
先日、基地を強襲されたことに端を発したある組織に水嶋琴美による強襲をかけた。
実力の差は圧倒的で、呆気なく壊滅―というところまで追い詰めたのだが、意外な敵の登場によって事態は一転する。
鮮やかな朱色の龍の陣羽織を纏った槍使いの青年と同じく朱色の鳳凰の特攻服を纏ったくノ一を従えた銀色がかった長い黒髪を束ねたダークスーツ姿の青年。
何の感傷も抱かず、にこやかに警備隊長の命を奪わせ、琴美に宣戦布告した上で屋敷を吹っ飛ばしてくれたのだ。
並みの人間なら、押しつぶされてしまっているところだろうが、特務の精鋭にして『水嶋』の誇る娘である琴美なら、やすやすと脱出できると見抜いての所業。
全く持って人を喰った連中だ、と思いつつも、その卓越した実力を見抜き、琴美の胸が躍ったのは言うまでもない。

「報告は以上です。本件における組織―敵は相当な実力を持った集団と断言できます」
「その実力に裏付けられた自信がこの地図というわけか……特務統合機動課もなめられたものだな、水嶋」
「相手が相手ですわ。彼らの呼ぶところの『主様』は私の家『水嶋家』創始以来の敵対関係にある家―その当主と見て間違いはありません」

叩き付けられてきたデータと地図。それと一緒に添えられてきたのは、丁重な招待状の体裁をとった宣戦布告状。
前回、琴美にしたというのに、わざわざご苦労なことだ、と思ったのだが、何のことはない。
琴美個人への宣戦布告だけではなく、特務統合機動課に対しての布告。
腹立たしいというか、なんとまあ手の込んだやり口だ。
全身の力が思い切り抜けてくのを感じながら、何とか繋ぎ止めると、上司は椅子に座り直す。

「敵の大ボス自ら、とは……ご苦労なことだ。が、売られたケンカは丁重にお返ししないとな……」

喉から絞り出すような低い笑い声をあげ、腕を組み、一心にスクリーン上の地図に見入っている琴美に視線を送る。
今までになく楽しそうに微笑みを作り、ゆったりとこちらに振り返る琴美の目には絶対的な自信が浮かんでいた。
それを一瞬にして見抜き、上司は小さく口の端を上げた。
腹はもう決まっている。特務統合機動課の威信をかけて送り出せるのは、目の前にいる一人だけだ。

「今回の一件―全てお前に任せよう、水嶋。長きにわたる因縁、断ち切ってこい」
「了解しました」

珍しく胸を張り、鷹揚な態度で命じる上司に琴美は背を伸ばし、敬礼すると、高らかに踵を鳴らして退室していく。
その凛とした―小さな背に全ての信頼を乗せて、上司は見送った。

両の手に嵌めた革製のグローブが珍しく緩かったらしく、琴美はしっかりと嵌め直すと、座っていたベンチから立ち上がる。
膝丈まである編み上げのブーツにミニ丈のプリーツスカート。そこから覗くのは、身体にぴっちりとフィットした漆黒のスパッツ。
がっちりと帯で固めた半袖の着物―独特の戦闘服を身に纏った琴美の姿は身体のラインを隠しているようで、要点を強調しているように見える。
更衣室を出ると、ふわりと髪をなびかせて、琴美は地下通路を真っ直ぐに歩き出した。
向かう先は同じフロアに作られたガレージ。
壁際に設置されたコントロールシステムを軽いタッチで操作すると、数十枚の耐火・耐水・耐震に特化した特殊強化シャッターの壁が四方に割れていく。
軽い空気音が響き、壁の向こうから姿を見せたのはメタリックブラックに染め上げられたフェラーリ。
小さく口の端に笑みを浮かべ、琴美が車体に近づくと、音もなく運転席のドアが開き、彼女を招き入れる。
そこに身を滑り込ませ、席に座った途端、自動的にベルトが身体を固定し、ボディラインがくっきりとなるが、琴美は構わずにエンジンキーに手を掛けた。
派手な轟音が一瞬響き、暗くなっていたモニターや計器類が一気に点灯し、息を吹き返す。
慣れた手つきでハンドルに両手をかけたと同時にナビのモニターが切り替わり、制服姿の女性オペレーターが緊張しきった表情で映し出された。

「全てのコントロールを水嶋隊員に移譲します。進路確認―オールクリア」
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですわ、新人さん」
「い、いえっ!!じゃなくて、了解しましたぁぁ、水嶋隊員」
「目的地は先ほど伝えましたわ。のちほど増援部隊をお願いしますが、何か追加情報はありますの?」

がちがちに緊張しきったオペレーターに苦笑しながらも、琴美は右手でギアを操りつつ、相手の言葉を促す。
その冷静さに幾分、落ち着きを取り戻したのか、オペレーターはアタフタしつつも、同僚から渡されたらしき伝文に目を通し、読み上げる。

「潜入していた諜報員からの報告によると、見た目には単なる工業地帯にしか見えないそうですが、各ブロックに複数の人影を目視確認。警備が増強されている模様」
「了解。侵入ルートに変更は?」
「必要ありません。主要幹線において重大事故などはないです。伏兵の動きも見られません。ですが、突入ポイントでは通常モードからBモードにチェンジを。最短で突破できると考えられます」
「強襲ならBモードではなくDモードの方がよろしいのではなくて?」

固い緊張は解けないが、正確に情報を告げるオペレーターに琴美は疑問を投げかける。
この車体は特務統合機動課が改造処理を施した特製のフェラーリ。
普通のドライブモードはもちろんだが、各状況に応じた複数のモードチェンジが施されている。
報告によれば、数人の警備が張られているだけならば、強襲突破に重点をおいたDモードの方がいいはずなのに、強襲防御のBモードにしろとは納得がいかない。

「念のため、本拠地周辺―半径50キロ圏内を衛星でスキャンした結果、対人型の地雷が無数に仕掛けられています。目的を達するにはBモードが最適かと」

最善と思って進言したのだが、余計なお世話だったか、と思ったのか、だめでしょうか、と必要以上に自信なさげになっていくオペレーターに琴美はにこりと微笑むと、いいえと答えた。

「良い判断です。突入時のモードはDからBへ変更。敵側に変わった動きはありまして?」
「いいえ、幹線圏内では動きはありません。おそらく本拠地である高層ビルに何らかの仕掛けをしているかと」
「了解しました―水嶋琴美、出撃させていただきます」
「了解。任務達成を祈ります」

居住まいを正したオペレーターが敬礼すると同時にナビのモニターが切り替わり、2Dのマップと矢印のポインタが映し出され、グンッと車体を中心に半径3メートル程度のプレートが押し上げられていく。
慌てることもなく、琴美は手慣れた動作で画面をいくつか切り替え、目標地点を確認すると全身を包んでいた上昇感が止まり、音もなくシャッターが開いていく。
全てのシャッターが地面に収納されると、闇を貫く高層ビル群とその間から覗く銀の光に彩られた闇色の空が見えた。
低く轟音を上げるフェラーリのタイヤを拘束していた車止めが解除され、ゆっくりと前進を開始する。

「さぁ、任務開始ですわ」

柔らかく微笑みながら、琴美はアクセルを踏み込んだ。