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<東京怪談ノベル(シングル)>


戦牙蒼炎―交差する刃

初手は一瞬。ほぼ同時に両者は得物を手に相手に向かっていく。
唸り声を上げて、琴美の顔面目がけて槍使いは鋭く研ぎ澄ました槍をつく。
目にも映らぬ速さで繰り出されたその一撃は琴美の顔面ど真ん中を貫いた―かに見えた。
驚愕を露わにした琴美の姿が瞬く間に煙のように掻き消える。
小さく舌を鳴らし、周りを探ろうとしたが、その直後、槍使いの左こめかみを狙いすました琴美のクナイがくり出される。
だが、ほんのわずかの殺気に気づいていた槍使いは身体をひねると同時に、器用に右手で槍を回して、真横にいる琴美に刃を向けた。
大きく柄をしならせ、風を切って襲い来る刃に、琴美は全く動じることなく―むしろ、柔らかな笑みを浮かべて、待ち受ける。
その余裕の姿に槍使いは、ほんのごくわずかだけ不愉快な表情をつくるも、迷うことなく攻撃する。
縦横無尽に繰り出される槍の攻撃は大理石を張り付けた柱や床を破壊し、こぶし大の破片が飛び交う。
が、その鋭い切っ先が琴美を貫いたかと思うと、陽炎のように、その姿は掻き消え、ほんのわずか手前に、楽しげな微笑を称えた彼女が容赦なくクナイを数十本投げつけてくる。

「おおっと、あっぶねーな〜おい」
「あらあら、また外してしまいましたわね」

器用に左手へと槍を持ち替えると、そのまま円を描くように回転させて、全てのクナイを叩き落とし、ほっと息をつこうとするも、そのわずかな一瞬で琴美は新たに持ち替えたクナイを手に槍使いの眼前へと迫る。

「くっ」

咄嗟に槍の柄を掴み直しながら、そのまま琴美に向かって斜めに振り下ろす。
けれども、その攻撃を読み切っていたのか、琴美は余裕の表情でそれをかわすと、空中でバク転しながら後ろへと距離を取る。
ふわりと舞い上がる髪を片手で流し、琴美は優雅に立ち上がると、半袖の着物に包まれた胸が小さく揺れ、ミニのプリーツスカートがほんの少し巻き上がり、漆黒のスパッツに包まれた太ももが見えた。

「なかなかやりますわね……さすが、というべきかしら」
「はっ、言ってくれるぜ、水嶋っ!」

にこやかに言い放ってくれる琴美に槍使いは内心、ひどく動揺しつつも、微塵にも見せずに相対する。
時間にして1分にも満たない間に行われた凄まじい攻防。
わずかでも気を抜けば、一撃のもとに倒されるという半端ではないプレッシャーの中、槍使いはわずかに息を乱し、全力に近い攻撃を仕掛けていたのだが、相手である琴美は息一つ乱していない。
ほんの少しの差。
だが、命を懸けた戦いにおいて、それは大きな力の差を意味していた。

「ここまで力の差があるとは思っても見なかったが……どうしてなかなか」
「良い腕をしていらっしゃいますわね。敵ながら、お見事ですわ」
「お褒めに預かり光栄だよ、水嶋琴美」

クナイを太腿の鞘に納め、琴美は両の手を鳴らしながら、さてどうしましょう、とつぶやく。
色眼鏡でも掛け値も何もなく、本当にいい腕前をしている。
でなければ、一族を統べる主を守ることはできませんわね、と琴美は胸の内で賞賛を送りつつも、どう攻めるべきか考えを巡らせる。
リーチが長く、隙も少ないので、間合いに踏み込むのは容易ではない。
ただ、先ほどのようにこちらの方が速さでは圧倒的に上回っているので、もう少し慎重に踏み込んで戦えば、勝機は十分なのだが、気づかせぬように肩で小さく息をついている槍使いの男はまだ何かを隠しているように見える。

「油断はできませんわね」
「?何を言ってやがる……さぁ、仕掛けてこいよ。久々に熱くなってきたんだ。遊んでくれよっ!!」

にっと口元をゆがめたかと思った瞬間、槍使いは再び琴美に向かい、人体急所を正確に狙いすまして、槍をついてくる。
今まで以上に速く、鋭い突きが反撃の隙を与えずに攻撃を繰り出す。
そのあまりの速さに並外れた数の残像が残るも、琴美は少しも動じることなく、急流を滑り落ちる木の葉のごとき動きで全て寸前でかわしていく。

「うおぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

当たらぬ攻撃に苛立ちを見せず、槍使いは雄叫びを上げて、さらに槍の突きをさらに速めていく。
もはや槍の刃は見えず、風切り音だけが響き渡るだけ。
並みの者が踏み込めない―達人たちの領域の戦い。
両者ともに実体なのか残像なのか分からない超高速。
激しくぶつかり合う金属音と火花が響き渡る。

「さすがは主の護衛を務める方ですわ。その腕前、賞賛に値します」
「それはこっちのセリフだ。『水嶋家』の筆頭にして、最強の忍び。そして特務のトップ……その名は伊達じゃない」
「あまり褒められると困りますわ」

くり出される槍の刃を左手のクナイで易々と受け止め、琴美は即座に右手に握ったクナイで切りかかる。
その軌道を一瞬にして読み取った槍使いは槍を回転させ、柄で琴美のクナイを薙ぎ払うと同時に右こめかみを狙って振り落そうとする。
が、わずかに早く動いた琴美は身をかがめて、それをやり過ごすと、一気に間合いを詰めて、無防備と化した槍使いの腹に拳を繰り出す。
とっさに身をひねってかわそうと、槍使いは試みるが間に合わなかった。
鳩尾、下腹、喉元などと乱打を決めていく琴美に槍使いは初めて一方的に攻撃を受けるだけになる。
それでも眼だけは死んでおらず、わずかな勝機を狙い、琴美の攻撃が途切れるのを待つ。

「反撃の隙は与えませんわよ」

にこやかにほほ笑んで、琴美は膝を槍使いの腹に大きくえぐり込ませ、同時に両手を組んだ拳を後頭部に振り下ろす。
容赦のない連続攻撃の激しい衝撃に意識が吹っ飛び、白目をむきそうになる槍使い。
がくりと力が抜けて、脱力した槍使いの身体を琴美は一切、手を抜かずに鍛え上げた太腿で蹴り飛ばす。
槍使いと琴美の間に空間が生まれた瞬間、そこに数発の黒い球が投げ込まれる。
それを見とがめた琴美は床を思い切り蹴って、後ろへと逃げると、両腕で顔をガードすると同時に閃光が弾け、視野がゼロになるほどの煙が立ち込める。
その煙の中から放たれた数本の小刀を琴美は太腿から引き抜いたクナイで払い飛ばす。
軽い金属音を立てて、床に転がる小刀。

「やはり無傷か……正攻法では利かぬから、絡め手と思ったが」

無駄だったか、と無感情で、淡々とした女の声が煙の向こうから聞こえ、琴美は小さくため息をついて顔を上げると、ボフッっという音ともに煙の一部が小爆発を起こす。
その中から現れたのは、艶やかな朱色の鳳凰を縫い取った白の特攻服を纏った忍び装束の女―くノ一。
右手には琴美に向かって投げられた小刀が数本、指の間に握られていた。

「この男との戦いぶり、拝見させてもらった―さすがは、と言ってはつまらぬな、水嶋。だが、許せ」

悠然と前髪を左手で掻き揚げながら、くノ一はゆったりとした足取りで琴美の前に歩み寄る。
その姿は影に潜むくノ一、というよりも、戦いを好む一人の女武者。
くすりと微笑みながら、くノ一は無造作に手にしていた小刀を琴美に向かって投げつけるも、簡単に払いのけられるが、気にも止めない。

「お前の実力は『水嶋家』という括りでは測れぬ力の持ち主―この槍使いだけでは相手にできぬ」
「それは過大評価ですわ。私なんてまだまだ」
「謙遜だな、水嶋。これでも、この男は無敗無敵を誇っていたんだ。それを倒したのだから、充分に強い」

そう言いながら、くノ一は特攻服の裏―腰のあたりに手をやり、一振りの小太刀を抜き去ると、青々とした油の滴り落ちそうな刃の切っ先を琴美に向けた。

「だが、お前をまだ主様の元に行かせるわけにいかぬ」

まるで夢を見てるような、うっとりとした表情を浮かべ、くノ一は一歩前に踏みしめる。
冷え切った氷のごとき殺気が琴美の全身を貫いていく。
油断は禁物ですわね、と胸の内でつぶやきながら、琴美は身構えた。