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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


孤立戦線

「これは……恐らく、命令の受信装置か何かでしょう」
 ユリのアパートの前、駆けつけたIO2エージェントの男が、武彦の持っていた機械を鑑定する。
 それはどこかにいるマスターから命令を受信し、それを強制的に行わせるための魔術機械であった。
「これがホムンクルスのほぼ全てに植え込まれてるらしい」
「と言う事は、取り外されると同時に死亡する、と言う事も考えられますね」
「そんなことが出来るのか?」
「この機械からはそういう術式は感じ取れませんが、そんなものがなくともマスターはこの機械が埋め込まれたホムンクルスをモニタリングしているでしょうからね」
 つまり、機械が取り除かれる事を確認した時点で、マスターはその個体を放棄する事も可能だと言う事だ。
 下手に情報を外部に渡したくないなら、すぐに放棄してしまった方が得策だ。
 そしてそれを行っているのは恐らく、小洞博士。
「あんたらIO2は小洞博士の事をどれだけ知っている?」
「末端の研究者でしたからね……あまり詳しくは。ただ、かなりのマッドサイエンティストで、関係者は手を焼いていたと聞きます」
 武彦がアンティークショップレンで聞いた噂話と一致する。
 自ら作ったホムンクルスやキメラなどを用いて、非道な実験を繰り返す。
 その目的とは自分の好奇心を満たす事のみ。
 真理を探究する研究者の鏡、と言えば聞こえはいいが、そのためにどんな倫理観をも踏み越えていい訳ではない。
「ヤツの居場所はわからないのか?」
「捜索中です。……ですが、時間がかかりそうですよ」
 それを待っている暇はない。
 攫われたユリがどうなるかわかったものではないのだ。
 人道を外れた科学者が、今更身代金目当ての誘拐をするとも思えない。
 何か『実験』をするつもりのはずだ。
 ならば……
「草間さん」
 いつの間にか傍にいた小太郎が、真面目な顔をして武彦を見る。
「ユリを助けに行く」
「……そう言うだろうと思ったぜ」
 いつぞや、囚われのお姫様を奪い返そうとしていた時と同じような、強い光の瞳。
 あの時はまだ幼い少年のように見えていたが、いつの間にやら立派な態度である。
「勝手に突っ走らなかっただけ、マシだな」
「前だってちゃんと我慢しただろうが」
「冷静ならそれでいい。……だが、少し準備しようぜ。万全を期して、確実にユリを取り戻す」
「……ああ。だから、力を貸してくれ」

***********************************

 その頃、とある場所でユリが目を覚ます。
「……うっ、ここは?」
『お目覚めかね?』
 スピーカーから流れてくる声、しわがれた老人の声であった。
 ユリはゆっくりと周りを見回す。
 自分の首に違和感を覚える。何か鉄製の首輪のようなものが付けられているようだ。
 今いる場所は鉄の壁の四角い部屋、そして目の前に立つルイ。
 わかるのはこれぐらいか。
「……ルイ」
「ユリ わたしと たたかって」
 ルイから湧き出る強烈な魔力。
 物理的ではないその圧力に、ユリは少し息苦しさを感じる。
『ユリさんと言ったね。君の能力にはとても興味がある』
「……この声、あなたが小洞博士ですか?」
『その通り。こんな形で申し訳ないが、初めまして』
 おどけるその声に、悪びれた雰囲気は全く無い。
 恐らく、自分が真理を探究するのに、『人を一人誘拐した事が犯罪である』と言う常識的な判断は失われているのだろう。
 噂どおりの人物だ。
「……私とルイを戦わせてどうするつもりですか?」
『君の能力、この研究所を貸してくれた男から伝え聞いたよ。確か魔力吸収と……生命の吸収』
「……それがなにか」
『私が気になっているのは後者だよ。君はその能力を使いたがらないが、その能力は研究のし甲斐がある』
 使いようによっては広範囲の人間を簡単に死に至らしめる能力。
 ユリはそんな強力な能力を持ちながらも、使用したがらない。
『君のその能力、吸収した命はどこへ行くのかね? そして、どの程度まで吸収する事が出来るのかね?』
「……教えませんし、知りませんし、知りたくもありません」
『そういうだろうと思って、私はルイを用意したんだ』
 小洞の言葉を聞いて、ルイは行動を始める。
 瞬間移動のようにユリの目の前に現れ、その華奢に見える豪腕を振る。
「……ぐっ!?」
 思った以上の衝撃に、ユリの体は軽々と吹っ飛ばされる。
 ゴロゴロと床を転がるユリ。何とか防御は出来たが、両腕が赤く腫れている。
「……うっ……ぐ」
「ユリ たたかって」
 ジリ、と間合いを詰めるルイ。
 二人を眺めながら、楽しそうな声がスピーカーから聞こえてくる。
『丸腰の君の戦闘力では、ルイを倒す事は出来まい? 出来るとしたらただ一つ、その能力を使うことだ』
「……誰が、あなたの言う通りなんかに……ッ!」
『いつまでそう言ってられるかね。見物だよ、実に』
 またも、ルイがユリとの距離を詰め、思い切り蹴りつける。
 サッカーボールのように跳ねたユリは、またうめき声を上げた。
『早めに使った方がいいと思うよ。私も人殺しがしたいわけではない』
「……か……ぁ……」
『ルイ、わかってるな? 気絶はさせるな』
「わかってます」
『まぁ、気絶してもその電気ショックで起こすがね』
 恐らくはユリの首に付けられている首輪の事だろう。
「……ふ、うぐ……」
『そうだその調子だ。もうちょっと頑張ってくれ。なるべく早く、能力を使ってくれ』
「……だ、れが……」
 孤立無援の窮地、ユリはそんな状況に置かれていた。

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「感じた! またあの魔力や!」
 東京の一角で、またも溢れ出した歪な魔力。
 それをセレシュの探知魔法が捉えた。
 いや、探知魔法を使うまでもない。これほど歪で強大な魔力は肌で感じてしまう。
「どこだ、わかるか?」
「正確な場所までわかるで、これは。一発で覚えてまう」
 武彦が確認するのに、セレシュは歪んだ笑みで答える。
 無理に作られた膨大な魔力は、かなり気持ちの悪いものである。
「セレシュ、案内しろ。私が能力で飛ばす」
 隣にいた冥月がそう言う。
 彼女の影の能力を使えば、数キロを一瞬で移動する事も可能だ。
「師匠、俺もついていくぞ!」
「そうだな。草間、お前はどうする?」
「俺も一応、ついて行こう。依頼を受けたのは俺だし、ユリの事も気になる」
「では、全員だな。すぐに移動するぞ」
 冥月の言葉の直後、一行を影が包み込む。

 再び現れたのは、とある建物。
 既に放棄されて久しいらしく、かなりボロボロになっているようだが……。
「確かに、影を感じるな」
「魔力もビンビン来てるで。間違いない、この地下や」
 冥月の影にも、セレシュの魔力関知にも引っかかっている。
 建物の内部、更に言うならばその地下から複数人の存在を関知する事が出来た。
 恐らくは小洞博士、ユリ、ルイ、そしてホムンクルスが一握りほど。
「しかし、この建物……何の因果か」
 建物を眺め、冥月が呟く。武彦も呆れたようにため息をついた。
「オオタ製薬……!」
 その建物の元の持ち主、その組織の名はオオタ製薬。
 しばらく前にスキャンダルによって経営が傾き、そのまま持ち直すことなく潰れてしまった製薬会社である。
 その裏側にはIO2が動いていたと言う話も聞けたりしたが、そんなことはどうでも良い。
「みんな、この会社の事、知っとるん?」
「ああ、まぁちょっとな。話すと長くなる」
 以前にも一度、ユリが誘拐されたりする事件があったのだが、その誘拐犯の組織がこのオオタ製薬だったのだ。
 今回もまたこんな所にやって来るとは思っても見なかった。
「これは本当に、佐田が裏で関わっててもおかしくないな」
「どういう事だよ?」
 冥月の独り言に武彦が食いつく。
「小洞とやらは、どうやってユリの能力の事を知ったのか、と言う話だ」
「……そうか。ユリは小洞と面識がない様だったし、木っ端のエージェントであるユリの事を、小洞が知る由もない……」
「だが、誰かが唆したのなら、話は違ってくる」
 その唆した人物が、IO2に捕らえられている人物なら、なおさらありえる話だ。
 そして、そんな事をしそうな輩と言えば、真っ先に思いつくのは佐田征夫。
「IO2の内部も調べてみるべきかもしれんな、草間?」
「そっちはどうにかしておく。今はユリの救出に集中だ」
「わかっている」
 過去や裏側の事は、今の所は横に置いておこう。
 現在も地下では何事か起こっているのだ。それにユリが巻き込まれているなら、早めに救出するに越した事はない。
「ほな、早速中に潜入を……」
「あら? 先客かしら?」
 そこに現れたのは、小柄な少女。
 長い黒髪を揺らし、闇に金の瞳を灯した女の子が、一行に声をかけてきたのだ。
「誰だ、お前は」
「初対面の人間に、随分な挨拶ですね。……私は石神アリス」
 ペコリと頭を下げた少女。どうやら敵意はないらしい。
「私はここの調査をしようと思ったのですけど……もしかして、あなたたちも?」
「何の目的でここを調査する?」
「知り合いの依頼です。……あなたたちにここまで話す義理もないんですけど」
 余裕そうに笑うアリス。
 冥月とセレシュは互いに顔を見合わせる。
 アリスに敵意は感じられないし、嘘をついているようにも見えない。
「まぁまぁ、冥月さん、そないケンケンせんでもええやん。お嬢さんもこの中に入るん? 結構危ないで?」
 セレシュは親切心のつもりで進言したが、アリスは首を横に振った。
「ご心配には及びません。そこそこ腕に自信もあります」
「ふぅん? まぁ、無理に止めたりはせんけど……」
 アリスは見知らぬ他人。その力量も定かでないのに、あまり止めても失礼になるかもしれない。
「冥月、セレシュ、正直な所、アイツはどうなんだ?」
 小声で武彦が話しかけてくるのに対し、冥月は首を振る。
「さてな。正直、身のこなしは大した事はなさそうだ。小僧の方がまだマシだな」
「ウチも危険そうには見えへんけど……うーん」
 どうにも彼女の目からは特殊な雰囲気を感じる。
 具体的に言うならば、セレシュと同種、同じような魔眼であるような気がしてならない。
 あんな普通に見える少女が、凶悪な魔眼を持っているとなると、この世の中どうなってるんだ、と思わなくもない。
 二人の意見を聞いたところで、武彦が一歩前に出る。
「俺の名前は草間武彦。こっちは人助けでここに来ている。アンタの調査とやらと目的がかち合わなければ、なるべく友好的にやりたいね」
「ええ、こちらも同意見です。なんなら、ご一緒させていただけますと、こちらとしても助かりますわ」
 屈託のない笑みを浮かべるアリス。
 だが、その顔の裏側に何を抱えているのかわかったものではない。
 一つわかるのは裏に何か抱えているという事だけだ。
「私とセレシュでコイツの監視をしよう。目の届く所に置いておいた方が、対応が楽だろう」
「うーん、ウチはそれで構わんけど……」
「何か問題が?」
「あの娘、目に何かありそうやで」
 セレシュと同様の魔眼を持っているのならば、見える範囲が全て必殺の範囲である。
 そんな少女を手近な場所に置いておくのも少し危ない気はする。
 だが、先程から敵意などは微塵も感じられない。
 だとしたら連れて行っても問題はないだろうし……。
 一応、全員に注意を促しておくぐらいはしておいた方が良いだろうか。
「魔眼の一種なら、目の届く所ってのは危険かもしれんで」
「いや、でも敵意は感じられないんだろ? じゃあ大丈夫じゃないか?」
「草間のように楽観するのはどうかと思うが……」
「何でもいいから、早くしようぜ! ユリを助けなきゃ!」
 小太郎が急かすので、武彦はポンと手を打って決断する。
「石神アリスって言ったな。一緒に来てくれ」
「はい、喜んで」
 お辞儀をするアリス。
 一行は彼女と共に建物の中に潜入する事になった。

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 チーム分けの結果、セレシュとアリスが情報収集及び小洞捕獲組みとなった。
 ついでにこちらに武彦も同行する。
 残った冥月と小太郎はルイを抑えつつ、ユリを探し出す組みとなる。
「さて、貴方のお名前を窺ってもよろしいかしら?」
「ウチはセレシュ・ウィーラーや。よろしゅうな」
 セレシュが差し出す手を、アリスが握り返す。
「んで、どうやって侵入するかやけど」
「そうですね。……私が集めた情報によると――」
 アリスは携帯電話を開き、纏められた情報のファイルを開く。
 その中にはこの元製薬会社の建物を隠れ蓑にした研究室についても書かれてあった。
「この研究室にはほとんど普通の人間が出入りしていないみたいですね」
「大多数がホムンクルスで構成されているってことやな?」
「大多数、と言うより、小洞と言う人物以外は全てホムンクルスという話です。これは変装して潜入と言うのも難しいかもしれませんね」
「それなんやけど……」
 セレシュは先に潜入していった冥月と小太郎の事を考えながら顎を押さえる。
「あの二人が先行してるんやし、そのドタバタに紛れてれば、案外簡単に入ることは出来るんちゃうかな?」
「それは確かに。ですが、お二人を囮のように使っても良い物でしょうか?」
 二人の事をまだよくわかっていないアリスは、その判断を危ぶむ。
 二人が思いの外早くダウンし、研究所内の混乱がすぐに収まってしまえば、中にいる自分たちは窮地なのだ。
 だが、武彦が自信ありげに頷く。
「その点に関しては問題ない。アイツらなら上手く引っ掻き回してくれるさ」
「……そこまで言うのでしたら、信用します。では、研究所への入り口ですね」
「ホムンクルスやルイの魔力が溢れてる場所を重点的に探せば、入り口は見つかると思うで」
「ならその方向で動こう。俺たちがまごついてる間に、あの二人に全部終わらされちゃ面白くないからな」
 武彦の号令で、三人は敷地内へと入った。

 思いの外、簡単に地下への入り口を見つけ、三人は地下の通路へと入ってくる。
 そこは薄暗い、非常灯しか明かりのない場所であった。
「うへ、暗いな。あって良かったペンライト、っと」
 そう言いながらポケットからペンライトを取り出そうとする武彦を、セレシュが手で制す。
「草間さん、今はアカン」
「どうして?」
「近くにホムンクルスの気配がする」
 その気配はアリスも感じていた。
 近所に数体ではあるが、ホムンクルスがいる。
「研究所がいつもこの状態なら、不用意に明かりをつけると的にされますね」
「冥月さんと小太郎くんが囮を引き受けてくれてるんや。こっちはそれを最大限活かさなな」
「うーん、だからって俺はこんな暗いところ、まともに動けないぞ?」
 武彦は特殊な目を持っておらず、非常灯の明かりだけでは心許ない。
 室内までこの調子だとすると、武彦は完全に戦力外だろうか。
「ここで手分けするのは危険かもしれんね。三人固まって移動しよか」
「そうですね」
 と言うわけで、三人連れ立っての移動となった。

 研究所内はどこも暗く、部屋の内部まで明かりがほとんどなかった。
 これは節電と言うよりも、部屋や通路がほぼ使われていない可能性がある。
「テーブルなんかには埃もつもっとるし、小洞って人がメインに使ってる区画じゃないんと違うかな」
「調べた限り、この研究所はそこそこ広そうですからね。使う部屋と使わない部屋を完璧に別けているのかもしれません」
「だったら、ここにあるのは小洞よりも以前の使用者が使っていた書類って事になるのか」
 武彦が本棚を眺める。
 そこには幾つかファイルが並んでいる。
 当然これらにも埃が積もっており、長く放置された事が窺える。
「余計な探索をしている暇はありませんね。すぐに移動しましょう」
「せやな。いつまでホムンクルスたちが慌ててるかもわかったもんやないし」
「さっさと明るい場所に出たいね、俺は」

 三人がしばらく通路を歩いていると、やっと明るい場所に出てくる。
 天井の電灯が点き、久々に眩しい明かりを見つけた三人はそれぞれ目を眇めた。
「やっとかよ。明かりが点いたって事は、小洞が近いって事かもな」
「先に冥月さんらが終わらせてしもてたら、ウチらくたびれもうけやんな」
「そうはいかないようですけれどね」
 向こうの通路を、ホムンクルスがドタバタと足音を立てて走っていくのが見えた。
 恐らくは冥月たちに対応するための増援だろう。
「ルイに何千体か使った上で、まだあんなにいるんか。……どんだけ作ったんや」
「材料だけで言うならかなり大量に作れるだけ動いていたようですから、フェイクや全く関係ない人間が購入したと考えてもそれぐらいは覚悟した方がいいかと」
 アリスの言葉を聞いて、セレシュはげんなりした顔を見せた。
 しかし大変なのは、そのホムンクルスの対応をしている冥月と小太郎の方だ。
 こちらは幾分か安全な分、もっと急がねばなるまい。
「さぁ、こっからが本番やで。草間さんもこれだけ明るければ、一人で大丈夫やろ」
「まぁな。手分けして、小洞とヤツの研究資料を見つける」
「わかりました。では、後ほど」
 そう言って、ホムンクルスをやり過ごした後、三人は研究所内に散会した。

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「あ、ヤバい」
 セレシュが通路を歩いていると、三人の男を見つける。
 彼らがセレシュを見つけたのもほぼ同時だっただろう。
「お前、何者だ!」
 身を隠す暇もなく、男たちは戦闘態勢を取り始めた。
「あー、ヘマしたなぁ。しゃーない、ちょっと眠っててな!」
 セレシュが空中で指をクルクル回すと、その指先に光が宿り、小さな魔法陣を描く。
 それによって発動した魔法は、男たちを包み込み、そのまま眠りの世界へと誘うのだった。
 全く抵抗しなかった男たちは、気を失って床にバタバタと倒れた。
「ふぅ、急場は凌げたな」
 一仕事を負え、かいてもいない汗を拭う仕草をとる。
 男たちが立っていた場所の奥を見ると、一つのドアを発見する。
 ドアにはプレートが備えられており、そこには文字が。
「なになに? 警備室?」
 パッと廊下を振り返ると、そこかしこにカメラが設置してある。
 恐らくはそれらを管理している部屋がこの警備室。
「ここなら研究所の様子が一発で丸わかりやん! こりゃお得やで!」
 カメラを管理しているなら、研究所の様子をモニタリングしているはずだ。
 きっとモニターがズラッと並ぶ部屋に違いない、と勇んでドアを開けた。
 ……のはいいのだが。
「だ、誰だ!」
「あ、先客さん?」
 中には人がいた。
 他のホムンクルスとは違う、初老の男性だった。
 白衣を着ているところを見ると……
「アンタが小洞って人やね?」
「くっ、まさかここがバレるとは!」
「ここが年貢の納め時やで! 観念しぃ!」
 全くの偶然であったが、敵の親玉を追い詰める事に成功した。
 この機会を逃す手はない。
 しかし、小洞もここで捕まる気はないらしい。
「私とてこれでも魔術を嗜んでいる! 小娘に負けるほど落ちぶれては……」
「小娘、ねぇ? 試してみよか?」
 ニヤリと余裕の笑みを見せるセレシュに、小洞は喉を鳴らしてスペルを唱えた。
 しかし、その魔法の内容を、セレシュはすぐに看破する。
「精神操作系の魔法やね。性能は高いけど、この場面じゃあ瞬発力に欠けるんとちゃう?」
「な、なにおぅ!」
「魔法に自信はあっても実戦経験が足りない、っちゅーところやね。なるほど、研究者らしい振る舞いやわ」
「言わせておけば……ッ!」
「ごめんやけど、もう終わってるで」
 カチャリ、とめがねを直す仕草をするセレシュ。
 その間に、小洞の両足両腕は石へと変貌していた。
「な、こ、これは!? いつのまに!?」
「机にかじりついて、お勉強ばっかりしとるからそうなるねん。もっと広い世界を見なあかんよ」
 小洞を見事に圧倒したセレシュは、携帯電話を取り出して武彦へと任務完了のメールを送った。

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 一連の事件は収束の様子を見せていた。
 今回も草間興信所とその仲間の面々によって、解決に至ったと言うわけである。
 IO2は即座に小洞やその研究所を押さえ、事後処理へと移行している。

「はー、これで一件落着やね」
 興信所で零のお茶を飲みながら、セレシュは一息ついていた。
 同じように、武彦も自分のデスクでタバコをふかしている。
「でもあの人、小洞博士の目的ってなんやったんやろね?」
「IO2の話では、ユリの能力の底を知ろうとしたんだとさ」
「ユリちゃんの能力……って魔力の吸収ってヤツ?」
「もう一つの方だ。生命力を吸収する方。そのために数千体もの命を宿したルイって特殊なホムンクルスを作り、やつの生命を吸収させようとした」
 全てはそのためのお膳立てだったと言う事だ。
 ユリを一人でルイと対峙させ、生命力吸収と言う力を使わなければ助からないような状況に落とし込む。
 そうすることで無理矢理でもその力を使わせて、実験してやろうと言う魂胆だったらしい。
「まぁ、俺たちが介入する事までは考えてなかったらしい」
「なんか、どっか詰めの甘い悪党やったね」
「机上の空論が好きなんだろう。自分が組み立てた理屈が、一側面から見て正しければ現実にもまかり通ると思ってるんだ」
「考えが足らんかったって事やね」
 終わってみれば、この一連の騒動も大したことはなかった。
 小洞はかなり大掛かりな準備をしていたようだが、それも水泡に帰したのだった。
「まぁ、悪が蔓延る例はないって事で、めでたしめでたし」
 勝利の美酒とはいかないが、セレシュはもう一口、お茶を呷った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

【8538 / セレシュ・ウィーラー (セレシュ・ウィーラー) / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】

【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女性 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】

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■         ライター通信          ■
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 セレシュ・ウィーラー様、シナリオに参加してくださってありがとうございます。『蓋を開けたら小悪党』ピコかめです。
 ホントは小洞さんをもっとぶちきれた野郎にするつもりだったんですが、流れでこうなりました。

 人手の少ない方、と言う話でしたが、割りと満遍なく分配された気がしたので、戦闘が少なそうな方に振りました。
 情報収集や後方支援の方がお好みのようでしたので、じゃあ小洞さんをふんじばってもらおう、と。
 小洞さん本人は大して強くはないので、かなり楽勝にはなっちゃいましたけどね。
 では、また気が向きましたらどうぞ〜。