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<東京怪談ノベル(シングル)>


ラグナロクの闘士、大地に立つ


 ここがアメリカで良かった、とフェイトは思った。
 日本には、こういう場所は、なかなか無い。
 ワイオミング州東部。ここは、アメリカ合衆国を南北に縦断するグレートプレーンズの一部でもある。
 その名の通りの、広大な平原。
 巨大なもの同士が戦っても、壊れるものがほとんどない。地面が凹むくらいである。
 いくらか標高が高めの、その平原の真っただ中に、巨人が佇んでいる。
 ナグルファル。神々に挑む戦船の名を有する、機械の巨人。
 その足元で、フェイトは教官と再会を果たしていた。
「ジャパニメーションとかトクサツとかによ。人間が馬鹿でけえロボットとかヒーローに、手で持って運ばれるシーンがあるよな」
 教官が言った。
「実際にやると……大変なんてもんじゃねえな。死ぬかと思ったぜ。あいつは平気な顔してたけどよ」
「それで、彼女は?」
 フェイトは見回した。
 教官と一緒に、ナグルファルの手で運ばれて来たはずの少女の姿が、どこにも見えない。
「さあな。よくある事だが、いつの間にかいなくなってた」
 フェイトの同行者に、教官はちらりと目を向けた。
「……どうやら、お前さんに会いたくなかったようだぜ。ミスター・ディテクター」
 ディテクター。IO2内部では、生きた伝説として語られる男である。
 そんな人物が、フェイトをここまでバイクで運んでくれたのだ。
「自分の娘が、いつの間にかいなくなっていた……というのは親としてどうなんだ?」
 ディテクターが言った。
「あんたには、監視の任務が与えられていたはずだが」
「あいつはな、その気になればどこにでもいるし、どこにもいない。監視なんか出来る相手じゃねえって事くらい、お前さんも知ってるだろう」
 教官の口調は、いくらか寂しげである。
「今は気まぐれで、俺たちの家族でいてくれてるようだがな……それよりフェイト、お届けもんだぜ」
 教官が、大型のトランクを手渡してきた。
「これ……ええと、開かないんですけど」
「何か、お前の声に反応して開くシステムらしいぞ。よくわかんねえが」
 フェイトは嫌な予感がした。
 その時、スマートフォンが鳴った。
『やあフェイト君。プレゼント届いたかな?』
「……お前か、やっぱり」
 トランクの中身が何であるのかは、もはや訊くまでもない。
『まあ僕は設計しただけで、実際に作ったわけじゃないけどね……ちょっと悔しいけど、イギリスに凄い技術の会社があったから、そこに製造を依頼したのさ』
 イギリス。もう1つ、フェイトは嫌な予感がした。
『とにかく、フェイト君の声紋にしか反応しない……それも少し大きめの声じゃないと認識しないシステムにしておいたからさ。ここは1つ、気合いを入れて変身のかけ声を』
「お前なあ」
 呆れている場合ではなかった。
 渡り鳥の大群、のようなものが、西の空から近付いて来ている。
 西……オレゴンの方角である。
 渡り鳥ではなく、ワイバーンの群れであった。ミノタウロスやトロールを背中に乗せ、飛行している。
「チュトサインの手下と化しているようだな」
 ディテクターが言った。
「奴が来る……お前とナグルファルを警戒し、潰しに来たな。どうやら」
「……まあ、ありがたいけどね。その方が」
 あの怪物と、街中ではなく、この広い場所で戦う事が出来る。
 その前に、先遣隊を片付けておかなければならない。
 フェイトは身を屈めて片膝をつき、片手をトランクに触れたまま、叫んだ。
「……装着!」
『あー駄目だよ、そんな捻りも何もない変身セリフじゃあ! もっと他に色々あるだろ? 赤射とか蒸着とか電磁スパークとか豪快チェンジとかムーンプリズムパワーメイ』
 フェイトは通話を切り、スマートフォンを黙らせた。
 トランクが、バラバラに吹っ飛ぶような開き方をしていた。
 様々なものが、巨大なアメーバの如く溢れ出し、フェイトの全身を包み込む。機械繊維、それに装甲。
 黒い、異形の戦士が、そこに出現していた。
 所々が特殊金属の装甲によって補強された、甲冑にも似た強化スーツ。人の体型をした巨大な甲虫、のようでもある。
 カブトムシをモチーフにしていると思われる仮面状の頭部装甲の中で、フェイトは絶句していた。
「こ……これは……」
『聞こえますかフェイトさん……聞こえたなら、装着は成功という事ですね』
 聞き覚えのある、若い男の声。通話ではなく、頭部装甲に録音されたものである。
『まだ試用実験も済んでいない品物ですが、ぶっつけ本番に強い貴方の事ですから心配はしていません。早めに済ませて、勝利の祝杯を……今度こそ、我が家のディナーパーティーに御招待いたしますよ』
「この昆虫っぽい外見……あんたの意向かよ、おい英国紳士」
 相手は録音メッセージである。答えが返ってくるわけはなかった。
 低空に迫ったワイバーンの群れから、怪物たちが飛び降りて来る。戦斧を持ったミノタウロスの集団、鎚矛を持ったトロールの部隊。
 それら巨体の群れが、地響きを立てて着地しつつ、襲いかかって来る。
「うおおおおおおっ!」
 若干やけくそ気味な雄叫びを発しながら、フェイトは応戦した。
 グローブ状の機械装甲に包まれた拳が、ミノタウロスたちを片っ端から粉砕する。
 特殊金属のレガースを履いた両足が、トロールたちをことごとく、再生不可能なまでに蹴り砕く。
「こ……こんなものに予算使って、知らないぞ俺は……」
 などと呟いている場合ではなかった。
 地震のような足音が、響いて来たのである。
 西の地平線上に出現した、異形の影。響きと共に少しずつ、大きくなってゆく。
 滑らかに動く、巨大な恐竜土偶だった。
『感じるぞ……貴様らキリスト教徒にふさわしい、おぞましき力をな』
 足音と共に、声が響く。
『またしても我らを蹂躙するか……させぬ。蹂躙される者の悲鳴を、今度は貴様たちが上げるのだ』
 憎悪の念そのものが、音声を伴い、恐竜土偶から溢れ出している。フェイトはそう感じた。
「本当に……憎いんだな、キリスト教徒が」
 北米大陸土着の神にとってキリスト教とは、すなわち侵略者に他ならない。
 侵略で築かれた国・アメリカ。
 そこに住まう民は、たとえ仏教徒でもイスラム教徒でも無神論者でも、チュトサインにとっては憎むべきキリスト教徒。復讐の、蹂躙と殺戮の、対象なのである。
「俺は日本人で、キリスト教徒でも何でもないけど……わかった。その憎しみ、受け止めてやるよ」
 頭部装甲の中から、フェイトは語りかけた。
「正面から受け止めて、打ち砕く……憎しみってのは、そうやって晴らすしかないもんな」


『やあ、お帰り』
 ナグルファルの操縦室。フェイトは、強化スーツで武装した身体をシートに沈めていた。
 そこに、声をかけてくる者がいる。フェイトにしか聞こえない声。
「お帰り、って……」
『ここが、君のいるべき場所さ。この機械の巨人は、君のもの……強大な力を、正当な持ち主に返すよ』
「正当な持ち主は……元々、あんただったんじゃないのか?」
『僕はこいつらを、玩具のように扱っていただけさ。君みたいな、本物の覚悟を持たずにね』
 覚悟などあるのかどうか、フェイトは自分ではわからない。
『気をつけて。僕と同じで、どこにも行けずにいる連中……君に、託すよ』
 少年がナグルファルの中からいなくなるのを、フェイトは感じた。
 それまで少年によって抑えられていたものが、牙を剥いて暴れ始めた。
「錬金……生命体……ッッ!」
 機体の中枢を成す、ヴィクターチップのマスターシステム。
 そこに封じ込められている……魂、とでも呼ぶべきものたちが今、解放された。
 チュトサインのものに劣らぬ、猛り狂う憎しみの念。それが自分の中に流れ込んでくるのを、フェイトは拒まずに受け入れた。
「……そう、だよな……お前らだって、憎いよな……俺たち、人間が……」
 人間によって生み出され、戦わされ、殺す事で生存を許され、殺される事で死を与えられながらも、安らかに眠る事は出来ずにいる者たち。
 このような異形の巨体に閉じ込められ、さらなる戦いを強いられている者たち。
 その猛り狂う憎しみの念が、
「俺も、一緒に戦う……だから人間を許してくれ、なんて言えないけどなっ!」
 フェイトの身体を通して、ナグルファルの巨大な全身、隅々まで行き渡る。
 まるで、血液のようにだ。
 チュトサインが、口を開いていた。牙を剥く、恐竜土偶の大口。
 その奥から、いくつもの炎の塊が溢れ出していた。
 吐き出された火球の群れが、ナグルファルに向かって、燃え盛る流星の如く飛ぶ。
 フェイトは避けず、踏み込んだ。左右の操縦桿を押し込み、ナグルファルを踏み込ませていた。
 機械の巨人の右手に、光が生じた。破壊力の塊、とでも言うべきエネルギー光。
 それが、剣の形に伸びながら一閃する。
 光の剣が、襲い来る火球たちを全て斬り砕いていた。
 いくつもの爆発に照らし出されながら、悠然と光の剣を構える巨人。
 その刃の輝きに合わせて、少しずつ消耗してゆくものを、フェイトは感じた。
 錬金生命体の、猛り狂う怒りと憎しみの念。巨大な全身を血流の如く駆け巡るそれこそが、ナグルファルの動力なのだ。それを消耗しながら、この巨人は手足を動かし、そして光の剣を発生させているのである。
「……悪いな。お前らを、ここで使い切る」
 使い切る前に、自分が死ぬかも知れない。それはフェイトも理解している。
 覚悟と呼ぶほど、大層なものではない。戦いで自分の命を賭けるのは、当然の事だ。
「憎しみは……戦って、発散させるしかないんだよな」