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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


黄金の炎と暗黒の炎


 この世が平和ではないのは、神がいないからだ。
 だから世の人間どもは、心の中に神を捏造せずにはいられなくなる。
 存在しない神を心の拠り所にして、様々な愚行蛮行を繰り広げる。
 その全てを、実在するわけでもない神の名のもとに正当化してしまう。
 だから、戦争も犯罪も、この世から一向に無くならないのだ。
「そのような愚かなる、そして哀れなる者どもを導く手段は、ただ1つ……」
 真紅の絨毯の上で、ウィスラー・オーリエは胸に片手を当てながら、踊るように身を翻した。
 絨毯に沿って立ち並ぶのは、様々な魔獣・幻獣・神獣の姿が彫刻された柱。
 そんな荘厳なる屋内風景の中で、純白のスーツに包まれた細身が、くるりと躍動する。
 金髪碧眼。絵に描いたような貴公子の美貌が、うっとりと微笑みを浮かべる。
「実存の神を、造り上げ奉る事……そう、我らドゥームズ・カルトは! それを成し遂げたのだ!」
 概念・理念としての神ではない。
 生命体という形で実在する、物質的な超越者としての神。
 その存在を世に示せば、人間どもが心の中に神を捏造する事もなくなる。
 実在の神が、そこにいるのだから。
「世の者どもを霊的進化へと導くのは、虚無の境界ではない! 我らドゥームズ・カルトこそが、大いなる滅びそして革新への魁となる! 何故ならば、実存の神が我らと共にあるからだ!」
 実存の神を祀る、神殿内部。熱を帯びたウィスラーの叫びが、しかしどこか寒々しく響き渡る。
「実存の神の御もとへ、私は帰って来た! ドゥームズ・カルト大幹部ウィスラー・オーリエの帰還である!」
「……さっきから、誰に向かって説明してるわけ?」
 冷ややかに、声をかけられた。
 神獣『麒麟』の姿が彫り込まれた柱。その影に、ほっそりと小柄な人影が佇んでいる。
「あなた自身?」
 黒い。ウィスラーはまず、そう感じた。
 ゴシック・ロリータ調の、黒いワンピース。ツインテールの形に束ねられた、艶やかな黒髪。
 屋内だと言うのに、傘を持っている。翼を畳んだ蝙蝠のような、黒い傘。
「そんなふうに、自分に向かって説明してないと……忘れちゃう? 思い出せなくなってるでしょ、いろんな事」
 それら黒色と鮮烈な対比を成す、白い肌。そして真紅の瞳。
 黒兎を思わせる少女である。長いツインテールは、まるで垂れた耳だ。
「ずいぶんと頭の中、いじられちゃってるみたいねえ」
「誰だ貴様……この私と対等に口をきこうなどと、身の程を知らぬ小娘が」
 言いかけて、ウィスラーは思い出した。
「いや、貴様……黒蝙蝠スザク、か?」
「はい、よく思い出せました」
 少女が、ぱちぱちと手を叩く。
「他に思い出せる事ってある? 例えば、あなたが大幹部でも何でもない単なる使いっぱ、だって事とかぁ」
「使い走りは貴様の方であろうが」
 ウィスラーは嘲笑った。この少女の事を、思い出しながら。
 黒蝙蝠スザク。
 ドゥームズ・カルトの末端戦闘員として、様々な汚れ仕事を行っている少女である。身を粉にして戦う、くらいしか能のない小娘だ。
「暇ならば、我らに刃向う者どもの首を1でも2つでも刈り取って来るが良かろう。貴様は猟犬なのだからな……そこをどけ。私は神に拝謁せねばならん」
「その前にぃ、思い出さなきゃいけない事いっぱいあるでしょ?」
 複数の気配が生じた。
 複数、と言うより多数の何かが、周囲の柱の陰に隠れている。
「あなたが、安物のホムンクルスにボコ負けして……捕まっちゃった事とかぁ」
 スザクの言葉に合わせるかの如く、それらが姿を現した。グリフォンが彫り込まれた柱の陰から、あるいはバジリスクの姿が彫刻された柱の陰から。
「捕まった先で、いろいろ喋っちゃった事とかぁ」
 20人近いウィスラー・オーリエが、そこにいた。
 金髪碧眼の、秀麗な容貌。純白のスーツ。全て、同じ姿である。
「都合良く忘れちゃったのかなあ? じゃ思い出させてあげる……あなたはね、敗者なのよん」
「何を、わけのわからぬ事を……」
 笑おうとしながらウィスラーは、軽く頭を押さえた。
 思い出せない事は、確かにある。
 自分は今日、この神殿に帰って来た。神に、拝謁するために。
 どこから、帰って来たのか。
 何らかの任務を帯びて、どこかへ向かった。
 向かった先で任務を成功させ、帰って来た。そのはずである。
 否。その任務は、本当に成功したのか。
(成功に、決まっている……私が失敗など、するはずがない……)
 成功の記憶が、しかし頭の中に見つからない。
 何も思い出せぬまま、ウィスラーは呻いていた。
「私が、敗者だと……敗れ、捕えられただと……」
「あまつさえ命だけは助けられて、こうやって返品されて来たってわけ。どう、恥ずかしいでしょ? 無様だと思わない? 舌噛んで死ぬなら見届けたげる」
「そうか貴様……私を失脚させ、その後釜を狙っているのだな」
 秀麗な容貌をニヤリと歪め、ウィスラーはスザクを睨んだ。
「大幹部の地位欲しさに私の失敗を捏造するとは、まさに小娘の浅知恵よ」
「ある意味すっごいポジティブシンキング。そーゆう所だけは、見習ってあげてもいいかしらん」
 スザクが、生意気にも呆れている。
「だけどまあ、そろそろ現実見なさいな。あなたはね、神に見放されたのよ……あたしがここにいる、それが証拠」
 神に見放された者たちの粛清処分を主な任務とする少女が、右の繊手で傘をくるりと弄ぶ。
 20人近いウィスラーが、ゆらりと踏み出して包囲を狭めて来る。本物を、取り囲む。
 純白のスーツに包まれた身体をメキメキ……ッと痙攣させながらだ。
「このクローンちゃんたちは、使い捨ての兵隊として有効利用してあげる。本物はここで処分……生ゴミとして、ね」
 傘の先端が、麒麟の彫像を突き刺した。大理石の彫像柱に、細かな亀裂が広がった。
 ウィスラー自身は製造の同意などしていないクローン20体近くが、白いスーツを破り散らしながら、膨張変異を遂げていた。
 変異した肉体の、ある部分は甲殻を盛り上げ、ある部分は鱗と化し、ある部分は獣毛を生やしている。秀麗だった顔は、頬を裂いて牙を伸ばし、眼球を血走らせ、鼻孔を醜く広げて荒い鼻息を噴射する。
 異形化した全身からは、百足のようなものが何本も伸び、禍々しくうねっていた。先端に牙を備えた、甲殻の触手。
 そんな怪物たちが、あらゆる方向から襲いかかって来る。
 襲い来る者たちを、しかしウィスラーは見ていなかった。
 声が震えた。身体が、震えた。
「…………呼ぶな……私を……」
 思い出せなかったものが突然、甦って来たのだ。
 それは、屈辱の記憶。怒りの記憶。
「私を……私をゴミと呼ぶなぁああああああああああッッ!」
 そして、恐怖の記憶であった。


 ウィスラー・オーリエは元々、欧州のとある財閥の御曹司であった。
 ドゥームズ・カルトに加わったのは、単なる金持ちの道楽であろう。
 黒蝙蝠スザクは、そう思っている。
 この組織が、そんな御曹司を幹部の地位に据えていたのは、財閥を利用するためだ。財閥は財閥で、御曹司を通じてドゥームズ・カルトを利用しようとしているに違いない。
 ウィスラー・オーリエ本人に、何らかの人材的価値があるわけではないのだ。
 無能な御曹司のクローン体を、ほぼ無限に量産出来るようになった。余計な意思を持たず、組織の命令通りにしか動かない、生きた傀儡の群れである。これでオーリエ家の財閥を、思い通りに動かす事が出来る。
 本物のウィスラー・オーリエに、もはや生かしておく理由はない。
 処分する理由を、彼自身が作り出してくれた。
 安物のホムンクルスに敗れ、捕われ、尋問されて情報を漏洩するという失態を晒してくれたのだ。
「ねえ、今どんな気分? 自分のクローンに寄られてたかられてグッチャぐちゃのミンチにされるって、なかなか出来る死に方じゃないと思うんだけどぉ」
 異形化したクローンの群れが、本物を取り囲みながら暴れている。
 百足のような甲殻触手の群れが凶暴に蠢き、汚らしいものをビチャビチャと飛び散らせる。血の塊か肉の切れ端か判然としない、ウィスラー・オーリエの破片。
 その虐殺の有り様に、スザクはスマートフォンを向けていた。
「ん〜、なかなかのスナッフ・ムービー。あたしのブログにアップしたげるから、ほらもっと面白い悲鳴とか上げてみなさいよぉ。まだ生きてるでしょ? あなた生命力だけはあるんだから」
 そんな言葉をかけながらスザクは、可憐な両足でひょいとステップを踏んだ。
 何かが、足元に倒れ込んで来たのだ。
 ウィスラーの、クローンの1体。怪物化した巨体がズタズタに潰れ、ぶちまけられている。
「ちょっと……!」
 息を呑みつつスザクは、ある事に気付いた。
 20体近くいたはずのクローンが、随分と少なくなっている。今は10体にも満たない。7体。いや今、6体になった。
 血飛沫か肉片か判然としないものとなり、飛び散っているもの。それはウィスラーの、本物ではなくクローン体の方であった。
 金色の、炎が見えた。
 炎の中から、何匹もの百足が現れ、荒れ狂い、クローンの群れをことごとく食いちぎっている。
「呼ぶな……私を、ゴミと……呼ぶなぁああぁあぁ……」
 炎に見えたのは、黄金色の体毛であった。
 元々のウィスラー・オーリエと比べて、一回り近くガッシリと筋肉の増した全身は、竜を思わせる鱗に覆われている。その各所で、装束のようでもある金色の獣毛が、風もないのに揺らめいているのだ。
 炎にも似た、黄金色の体毛。それを掻き分けるようにして、何本もの甲殻質の触手が生え伸び、獰猛にうねりながら牙を剥く。
 首から上は、言うなれば金色に燃え上がる頭蓋骨であった。炎のような金髪を押しのけて生えた角は、形状としては鹿のそれに近い。
 眼窩の内部では、真紅の光が禍々しく輝きくすぶっている。
 直立した麒麟、に見えなくもない怪物の足元に、クローンの最後の1体がグシャアッと倒れて伏した。
 原形を失ったその屍を、蹄のある片足で踏み付けて立つ、金色の炎の怪物。
 ウィスラー・オーリエ。
 この御曹司がドゥームズ・カルトの生体改造技術によって怪物と化している事は、スザクも知っている。
 それとは全く格の違う怪物となって、ウィスラーは帰って来たのだ。
「誰よ……一体……」
 軽やかに後方へと跳躍しながら、スザクは傘を開いた。
 甲殻に覆われた触手の群れが、一斉に襲いかかって来たのだ。何匹もの、凶暴な百足のように。
「このゴミみたいな素材を、こんなバケモノに造り変えたのは……ッッ!」
 翼を広げた蝙蝠が、激しく羽ばたくが如く、黒い傘が回転する。
 そして、襲い来る百足の群れを弾き返した。
「私を! ゴミと呼ぶなああああああああ!」
 怒声、と言うよりは慟哭に近い絶叫。
 それと共にウィスラーの全身で、炎にも似た金色の体毛が、本物の炎と化した。
 黄金色の猛火が、プロミネンスのように燃え伸びてスザクを襲う。
「こいつ……っ!」
 ゴシック・ロリータ調に着飾った細身が、舞うように翻る。兎の垂れ耳に似た黒髪のツインテールが、フワリと弧を描く。
 その髪から、艶やかな黒色が溢れ出し、燃え上がった。
 黒色の炎。それがスザクを螺旋状に取り巻きながら、金色の猛火とぶつかり合う。
 暗黒と黄金。赤くはない2色の炎が激突し、そして爆発した。2色の爆炎が、神殿内で激しく渦を巻く。
 彫刻の柱が、ことごとく砕け散った。
「ゴミではない……私は、ゴミではなぁあぁい……」
 ウィスラーの声が聞こえた。泣き声だった。
 やがて、爆炎は消えた。
 麒麟、に似ていなくもない怪物の姿も、消えていた。
「逃げたわね……」
 麒麟が彫られた柱の残骸を、スザクは愛らしい爪先で蹴り付けた。
「あなたはゴミよ、神に見捨てられたゴミのくせに、ドゥームズ・カルトの内情をある程度は知っている」
 再び折り畳んだ傘をビュッと回転させながら、スザクは白く愛らしい歯をギリッ……と噛み合わせた。
「見つけ出して、必ず処分する……泣いたって、許してあげないんだからっ」