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<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・4―

「あったわ、この木の実は食べられそうよ」
「よーし、受け止めるから投げてくれ」
 みなもと、ウィザードの彼との共同生活が始まって、十日余りが経過していた。彼らは現在、自分たちがヴァーチャル空間の中に閉じ込められているのであろう事を推測するに至ったが、その原因も、現状打破の為の手段も思い付かない。バグの解消をひたすら待つしか方法が無いのだった。
 そして更に悪い事に、ヴァーチャル空間である筈なのに腹は減るし、生理現象もあるのだから堪ったものではない。特に空腹を凌ぐ方法については、互いに知恵を出し合うしか無かった。そのうちの一つが、現在行っている果実の採集である。
「リンゴに近い味がするね、デザート用に良いかも。水分も摂れそうだし」
「この間見付けたお芋も美味しかった。煮ても焼いても食べられるのが嬉しいよね」
 新たに搭載されたと思しき、サバイバル機能。これが生きたまま、環境データベースのメモリー内に閉じ込められてしまった二人は、その『作り出された大自然』の中で、自活して行く事を強要されていたのだ。海産物についてはデータ採取が間に合っていないのか、実に殺風景で味もお粗末であったが、陸上の動植物に関してはかなりの物が食用に耐え、水場も豊富にあった。これが無かったら今頃、システム内で日干しになっていた所だっただろう。
「しかし、器用に木登りするものだね? 脚が無いのに」
「身体を巻き付けて昇るの。鱗がストッパーになるから、ずり落ちる心配も無いのよ」
 成る程、気の上に体を巻き付けて眠っていたという体験が此処で応用されているんだな、とウィザードの彼は納得していた。

「そういえば、あたし達以外のキャラに出くわさないのは何故なのかしら?」
「んー、言われてみれば妙だな。此処に取り込まれたのが俺達だけ、なんて事は無い筈なんだが」
 夕食を摂りながら、焚火を前にして二人は疑問を口に出していた。そう、システム内に取り込まれて既に一月ほど経過しているのに、他のキャラとの遭遇が一度も無いのは妙だという事に気付いたのだ。
 自分達以外の者が獲物を捕食したりした形跡は確かにあるのに、キャラ同士の接触が無いまま今まで時間が経過している。自分達はこうして出会えたのに……と、二人は思考を巡らせるが、結論には至らなかった。
「やはり、必要以上の接触が無いよう、警戒しているのかな?」
「そうかも知れない。だって、この状況下でバトルに及んだ場合、体力をリセットせずに生き延びなくてはならないからね」
 そう、今迄は戦闘でダメージを受けても、ログアウトすれば経験値の上昇によるレベルアップの軌跡だけが記録として残り、体力などはリセットされる作りになっていた。だからプレイヤーはダメージをあまり深刻に考える事無く、プレイに集中していられたのだ。が、今度はログアウトそのものが不可能な為、受けたダメージは自力で治癒呪文などを掛けて回復するしかないので、他のプレイヤーも極力戦闘を……いや、他のキャラとの邂逅を避けるようにしているようなのだ。
 戦闘行為に出なければ良いだけの話ではあるが、プレイヤーにコントロールされていないキャラが野放し状態でシステム内を闊歩しているのだ。もし意思疎通に齟齬が生じ、諍いが起きたら歯止めは利かず、万一体力がゼロになれば、そのまま……と云う可能性もある。依って迂闊な真似は出来ない。そしてそれを理解しているキャラばかりとは限らない、それも互いに接触を避けている理由になるだろう。まぁ、こうして警戒している者は、凡そこの事実に気付いてはいると思うのだが……
「もし戦いになったら、どうしよう?」
「……今は極力、互いを傷付けあう行為は避けるべきだろうね。何しろ回復する為の手段が無いんだ、下手をすると……」
 言い掛けて、彼は口を噤んだ。訊いたみなもも、そうだよね……と云う感じでそれ以上の質問はしなかった。とにかく、ログアウトが可能になるまでは下手な行動はご法度、仮に他のキャラと邂逅しても接触は極力避けるべき……それが今の二人が弾き出した、最善策であった。
「クローズドまでの感触で思った事だが、キミは戦闘のセンスはほぼ無く、パワーで押し切るタイプのようだね」
「だ、だって……喧嘩なんて滅多にしないし、掛かって来たら跳ね除けるぐらいしか出来ないんだもの」
「それでも、俺はキミに勝てなかった……潜在能力だけで此処まで生き残って来られたんだ、戦闘センスを磨いたら……キミは何処まで強くなるのかな?」
「考えた事、無いよ……怖いから、とにかく夢中で相手を蹴散らすだけ。気が付いたら身体は強靭になってた。それだけだよ」
 戦闘センスの無い、パワーヒット型の戦士。それが現状のみなものステータスだった。彼の言う通り、これに戦闘センスが加われば、神獣クラスも目ではないだろう。恐らく、幻獣クラスのままで頂点に立てるキャラになる筈だ。が、逆に言えば、それが今の彼女の弱点であり、テクニック重視のプレイヤーにとっては扱いにくいキャラに育ちつつあったのである。
 対して、ウィザードの彼は魔力に長けた実力者であった。パワーで他に劣る分を技でカバーするタイプの技巧派で、頭脳プレイに優れていた。依って、パワー重視のプレイヤーに操作されると実力を発揮しきれず、負けてしまう事も数多くあったという。つまり、みなもとは対極を成すタイプのキャラに成長していたのだ。二人がコンビを組めば、ほぼ無敵に近い活躍が出来たのも納得のいくところであろう。しかし今は命を大事にし、とにかく生き残る事が先決。戦績を気にしている場合ではないのである。

***

「……此処にも扉、そしてやはり鍵が掛かっている……アクセスポイントは多数あれど、何処も鍵が掛かっている。この中には一体何があるというのだろう……」
 彼女が開けられずに居るその扉の向こうには、膨大な背景データが詰まっている。そしてもう一つ、『Danger』という注釈が付けられた、整備中のサブルーチン。これが閉ざされた扉にアクセスを繰り返しているが、弾かれているという光景が彼女の目の前で展開されている。アーケード版にはまだ無い、新しいシステムの一部だ。完成すれば新たに実装されるモノらしいが、今はまだ封印されたままだ。
「さて、悪いのはあのサブルーチンか、この扉の中身なのか……開発屋のミスか、それとも人為的なモノか……謎が謎を呼ぶ、厄介な展開になって来たわね……」
 彼女は目深に被った帽子の奥で、眼光を鋭くしていた。が、その時……
『困るなぁ、あまりウロウロされちゃあ……』
「だ、誰!? 開発屋以外で、私の動きに干渉できるなんて……!」
 謎の外部アクセスが、彼女の行く手を阻む。そして攻撃してくる!
 彼女も、その正体はシステム内の『キャラの人格』の一つ。それが固有の意思を持ち、動き回れるようになった特別な存在だ。が、彼女自身も、何故自分だけがこのような待遇を持っているのか、それは知らなかったのだ。しかし、どうやらその攻撃の主は、それすらも知っているような……とにかく、みなも達の行方を追う『帽子の彼女』にも危機が迫る。
「……ハッキングされてる? まさか……こんな事が出来るなんて、一体……!?」
 徐々に正体を現しつつある、謎の影。それに太刀打ちできる者は、果たして居るのだろうか……?

<了>