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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


育む者たち


「うおおおおおおおおおおッッ!」
 甲虫を思わせるヘルメットの中で、フェイトは吼えた。
 そうしながら操縦桿を前方に押し込み、フットペダルを思いきり踏み込む。
 ナグルファルの巨体が、駆けた。
 足音が地響きとなり、グレートプレーンズを揺るがす。
 地震にも等しい踏み込みと共に、光の刃が一閃する。
 ナグルファルの剣。エネルギー光で組成された刃。
 その斬撃を、チュトサインはかわさず受けた。
 ナグルファルを若干上回る巨体は、確かに回避能力に優れているようには見えない。
 だが、それでもフェイトは思った。この敵は、光の斬撃をわざと受けた、と。
 巨大な恐竜土偶とも言うべき姿。その長い頸部の付け根から胸部にかけて、エネルギー光の刃がザックリと食い込んでいる。
 くわえ込まれている、とフェイトは感じた。
「こいつ……!」
『鎧をまとう戦士……を模した、巨大なる人形か』
 チュトサインが、笑っている。
『わかるぞ。この人形、魂を宿しておる……憎悪の塊とも言える、おぞましき魂よ。それが噴き出し、剣の形を成し、我が身を切り裂かんとしておるのだな。だが無駄な事よ』
 食い込んだ光の刃が、急速に細くなってゆく。
 そして、消滅した。
 光の剣が、ナグルファルの手から消え失せてしまったのだ。
『おぞましい……が、美味なる魂よ。我が血肉となるに、ふさわしい』
「血肉……だと……?」
 今のチュトサインを構成しているのは、航空機の亡霊たち。
 霊魂を持つに至った無生物、すなわち付喪神の魂である。
 錬金生命体としての荒ぶる自我を有する、このナグルファルという機械もまた、付喪神と呼べる存在であるとしたら。
 その魂、つまり錬金生命体の猛り狂う憎しみの念は、チュトサインにとって、血肉を育む養分にしかならないのではないか。
 だから光の剣も、吸収されてしまった。
『かつて私は、多くの人間どもを生贄として食らってきた』
 巨大な恐竜土偶が、ズシィ……ンッと踏み込んで来る。
 そう見えた時には、凄まじい衝撃が、ナグルファルの操縦室を揺るがしていた。
 チュトサインの左腕、と言うか左前肢。
 凶器、と言うより兵器そのもののカギ爪が、ナグルファルを打ちのめしたのだ。重い、だが高速の一撃。
『人間どもの魂はなぁ……とてつもなく、不味い! 我が血肉と成るに、ふさわしくなぁああいッ!』
 シートベルトに拘束された強化スーツの中で、フェイトの肉体がミシッ……と悲鳴を発する。
 スーツがなければ、内臓の3、4ヵ所は破裂していたところだ。
 苦痛の呻きを噛み殺しながらフェイトは、よろめくナグルファルを辛うじて踏みとどまらせた。
 そこへチュトサインが、
『人間どものな、妄執と我欲で濁り汚れきった魂では駄目なのだよ。純粋なる、それでいて濃厚に熟した魂でなければなぁあ』
 右前肢のカギ爪を、叩き付けて来る。
 速度と重さを兼ね備えた衝撃。
 ナグルファルの巨体が、装甲の破片を飛び散らせながら揺らぎ、膝を折る。
 倒れそうになったナグルファルに、チュトサインがいきなり背を向けた。
 大蛇のような尻尾が、暴風の勢いで宙を裂き、弧を描く。
 巨大な鞭とも言うべき一撃が、ナグルファルを打ち据えていた。
「ぐっ……う……」
 フェイトは、苦痛の声を噛み殺す事も、機体を踏みとどまらせる事も、出来なかった。
 機械の巨体が、へし曲がりながら吹っ飛び、平原に叩き付けられて地響きを起こす。
 強化スーツの中でフェイトは一瞬、気を失った。
 意識を取り戻す事が出来たのは、敵が喋り続けてくれたからだ。
『その人形に宿りし魂……もらうぞ。おぞましき憎しみに満ちた魂、とは言え貴様ら人間どもキリスト教徒どもの、妄執と我欲の汚らわしさに比べれば! 遥かにましというものよ』
(駄目だ……パワーが、違い過ぎる……)
 会話に応じる余裕もないままフェイトは、ナグルファルを立ち上がらせた。
 チュトサインよりも、いくらか小柄な巨体。その全身あちこちで装甲が破けて歪み、内部機器類がバチッ! と漏電を起こしながら見え隠れしている。
 そんな状態でもナグルファルは辛うじて起き上がり、よろめく両足で、グレートプレーンズの大地を踏み締めようとする。
(まともな殴り合いで、倒せる相手……じゃ、ないみたいだな……)
 ラグナロクに臨む戦船の名を持つ、この人型兵器の武装に関して、フェイトは一通りの説明を受けてはいる。
 格闘戦で勝てない場合の、奥の手とも言うべき攻撃手段が、ないわけでもない。
『ただひたすらに人間どもを憎み燃え盛る、おぞましくも純粋なる魂よ……我が血肉となれ。我が力となれ。キリスト教徒を滅ぼすための、力になあ』
 言葉と共に、チュトサインの口からボォ……ッと赤い光が漏れ溢れる。
 炎の明かりだった。超高熱の、赤色光。それが、
『まずは貴様を、その人形の中より解き放ってくれようぞ!』
 球形に固まり、小さな太陽の如く燃え上がり、吐き出された。
 隕石にも似た火球が、3つ、5つ。ようやく立ち上がったナグルファルを、容赦なく直撃する。
 爆炎が散った。
 装甲板が融解し、赤熱する液体金属の飛沫となって、同じように散った。まるで鮮血の如くだ。
 フェイトの周囲、操縦室内のあちこちで小規模な爆発が起こり、焦げ臭いスパークが走る。
 込み上げる血反吐を飲み込みながら、フェイトは苦笑した。
「あんた……なかなか、いい仕事するじゃないか。英国紳士……」
 この強化スーツがなかったら自分は今頃、シートベルトに拘束されたまま潰れ死んでいただろう。
「……まだ、やれる……よな? お前ら……」
 フェイトは語りかけた。返事はない。言葉の返事など、必要ない。
 猛々しく荒れ狂う者たちの鼓動を、声なき雄叫びを、フェイトはしっかりと感じ取っていた。
 ナグルファルの、中枢を成す者たち。チュトサインが「おぞましくも純粋なる魂」と評した者たち。
 戦いと殺戮のためにのみ生み出され、使い捨てられようとしている者たち。
 ナグルファルは今、彼らの燃え盛る憎悪の念そのものの姿を、爆炎の中から現しつつあった。
 全身の装甲は8割近く焼失し、骨格・臓物にも似た体内機械類が露わになっている。
 死にきれぬ腐乱死体にも似た、凄惨極まる有り様。
 だがナグルファルは、生きている。
 その身に宿る錬金生命体の魂は、かつてないほど猛り燃えている。
 それを、フェイトは感じ取った。
 甦った死霊の如き機体の前面から、焼け焦げた機械の臓器が、肋骨のようなフレームの破片が、ばらばらと剥離してゆく。
 その下から、淡く禍々しく光り輝くものが現れた。
 左右の胸板。鳩尾。それに両肩と両太股。合計7ヵ所で、光を漏らす砲口が開いている。
 普段は装甲で隠されている、7門の太く短い砲身。
 装甲が大破するほどの大ダメージを受けた時にのみ現れて使用可能となる、内蔵型兵器。軽々しい使用が禁じられた武器である。
 それら7つの砲口から、鬼火にも似た光が漏れ出しているのだ。
 光の剣と同質の輝き。
 錬金生命体の荒ぶる憎悪が、そのまま可視エネルギーと化したもの。
 そこにフェイトは、己の念を流し込んでいった。
「さあ……一緒に、行こうか!」
 ナグルファルが左右の拳を握り、肘を曲げたまま両腕を広げ、胸板を突き出す。
 装甲を破壊された胸板、腹部、両肩に左右の太股……計7ヵ所から、光が迸った。
 悪鬼の口の如く開いた7つの砲口が、エネルギー光の嵐を発射していた。
 轟音を伴う7本の破壊光が、チュトサインを直撃する。
 恐竜土偶の形をした巨体に、7つの光が突き刺さり、そして吸収されてゆく。先程の、光の剣と同じく
『血迷ったか、愚かなるキリスト教徒よ』
 チュトサインが嘲笑う。
『この禍々しくも純粋なる魂の光! 私にとっては、血肉を育む糧にしかならぬという事が……ぐぬッ!』
 悦びの叫びが、悲鳴混じりの怒声に変わり始める。
『違う……こ、これは、純粋なる魂では……ない!? ……やめろ貴様! 人間の魂など要らぬ、混ぜるなぁあーっ!』
「好き嫌いは良くない……残さず、食えよな」
 甲虫に似たヘルメットの中で、フェイトは微笑んでみた。
 意識が一瞬、消滅しかけた。
 7つの内蔵砲から迸る、錬金生命体の魂の光。そこにフェイトは、己の魂をも混ぜ込んでいる。
 そのままではチュトサインの糧にしかならない、付喪神の純粋なる魂の光。
 それが人間の魂を含有する事によって、チュトサインにとって吸収不可能な異物の奔流と化したのだ。
「さぞかし、不味いだろうな……俺の、魂……」
 迸る7つの光に、フェイトは自身の全てを流し込んだ。攻撃の念を、意識を、魂を。
 チュトサインにとっては栄養分でしかなかった光の奔流が、人間の魂という混入物を得る事で、吸収不可能な破壊エネルギーへと変換され、嵐となって荒れ狂う。
 そして巨大な恐竜土偶の全身を、穿ち、切り裂き、打ち砕いてゆく。
『……終わりと……思うなよ、キリスト教徒ども……』
 光に切り砕かれながら、チュトサインが呻き、叫んだ。
『貴様らを……貴様らの神を、いずれ滅ぼしてくれる……この地の神は私なのだ!』
「だとしても、俺はあんたを許さない……あんたも、この錬金生命体って連中も……この世に残すわけには、いかない……」
 自分が消えてゆく、とフェイトは感じた。
 操縦席に座っているのは、今や魂の抜け殻となりつつある生きた屍だ。それが、呟いている。
「だから……一緒に、行こうぜ……」
 7つの砲身が、エネルギー光を放出しながら、ことごとく破裂してゆく。
 死霊のような機体のあちこちで、爆発が起こった。
 爆炎の中、ナグルファルが左右の拳を構える。
 両の握り拳が、光を発した。
 フェイトの魂、錬金生命体の魂。2つの光が混ざり合い、破壊エネルギーと化したもの。
 それをまとう拳が、チュトサインに向かって突き出される。無論、パンチが届く距離ではない。
 だが突き出された拳は、そのまま発射されていた。
 ナグルファルの左前腕が分離・飛翔し、拳の形のミサイルと化した。
 続いて、右。
 ほぼ残骸も同然の機体が捻転し、右のストレートパンチを、突き出しながら発射する。
 左右の拳が、破壊エネルギー光を握り込んだまま高速飛翔し、チュトサインを直撃した。
 巨大な爆発の火柱が、グレートプレーンズを貫くように発生し、天を灼く。
 フェイトはしかし、それを見てはいなかった。
 もはや何も、見えなかった。


 自分が今どこにいるのか、フェイトはわからなかった。
 わかるのは、アデドラ・ドールが近くにいるという事だけだ。
「…………アデドラ……?」
「ねえフェイト。同じ事を、何度も言わせないで」
 アデドラの口調は、静かだ。アイスブルーの瞳は、何の感情も孕まずに、ただ冷たくフェイトを見つめている。
 だが、この少女は今、激怒している。それがフェイトにはわかった。
「貴方の魂は、あたしのもの。錬金生命体と一緒に、流して捨てるなんて……許せるわけ、ないでしょう?」
「え……ぇと、その、錬金生命体は? それにチュトサイン……」
 ごまかすように、フェイトは見回した。
 見回しても、ここがどこなのかはわからない。
 わけの分からない場所に自分は今、立っているのか、倒れているのか。浮かんでいるのか。
「いなくなったわ。錬金生命体も、それにあの……人間の魂の美味しさがわからない、馬鹿な怪物も」
 静かに怒りながらも、アデドラは教えてくれた。
「憎しみもろとも、砕けて消えた。もう誰かを憎む事もない。楽になれたんだと思うわ。お手柄ね? フェイト」
 アイスブルーの瞳が、フェイトに向かって、冷たく燃え上がる。
「貴方の魂も、一緒に砕けて消えてしまったわ……あたしの、ものなのに……」
「……ごめん」
 とりあえず、といった感じの謝罪になってしまった。無論アデドラは、許してくれない。
「あたしの魂を分けてあげる。それを貴方の魂として、美味しく育み直しなさい……あたしの、ために」


 ナグルファルの操縦室に、何者かが押し入って来た。コックピットハッチを、めきめきと引き裂きながら。
 仮面のようなヘルメットの中で、フェイトはうっすらと目を覚ました。
 返り血でぐっしょりと汚れた、キャミソールが見えた。それを内側から突き破ってしまいそうな、胸が見えた。茶色のポニーテールと、猛禽の翼が見えた。凶暴に牙を剥く美貌が見えた。
「……アリー……先輩……?」
「ボサッとしてんな!」
 怒鳴りつつアリーは、強靭な繊手でシートベルトを引きちぎり、フェイトの身体を担ぎ上げた。
 そのまま操縦室外へと飛び出し、背中の翼を羽ばたかせ、飛行離脱する。
 直後、ナグルファルが爆発した。
 木の葉の如く爆風に舞いながらも、アリーはフェイトを放さない。強化スーツをまとう男の身体を、細腕でしっかりと担いだまま力強く羽ばたき、飛行を保つ。
 荷物のように運ばれながら、フェイトは地上を見た。
 両腕を失った巨人の残骸が、渦巻く爆炎の中で焦げ崩れてゆく。
「……あれ見な、フェイト」
 アリーの言葉に従い、見上げてみる。
 航空機の亡霊たちが、のんびりと飛行しながら、空へと帰って行く。
 先程まで、恐竜土偶のような異形の巨体を組成していた者たちが今、解放されたのだ。
「あたしの仲間……助けてくれて、ありがとよ」
 アリーが言った。
「けどなあ。あたしもお前もまだ、あいつらの仲間入りは出来ねえんだぞ……あんまり無茶すんなよな」
「はい……」
 弱々しく応えつつフェイトは、自分が右手に何かを握っている事に気付いた。
 光の塊。最初は、そう見えた。
 発光しているかのように光り輝く、白い石。宝石類、とは少し違うように見える。
「何だ? そりゃあ」
「これは……」
 賢者の石。フェイトは何となく、そう思った。
 思った事を口に出す暇もなく、その石が砕け散った。破片が、キラキラと飛散しながら消えてゆく。
「今の貴方の魂は、あたしが分けてあげたもの……忘れないでね、フェイト」
 少女の声が聞こえた、ような気がした。
「貴方はもう、あたしには逆らえない……逆らえるくらいに強い魂、育めるといいわね」