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<東京怪談ノベル(シングル)>


逆十字を貫く剣@


 本来、神聖な場所であるはずの教会、その屋根に聳えるは、これ見よがしの逆十字架。まさしく神に仇なす邪教の象徴であった。
 憂いを帯びた瞳でそれを眺める白鳥瑞科(しらとり・みずか)が、小さなため息をつきつつ、今回の任務を思い返していた。
 瑞科が自身の所属する「教会」に呼び出されたのは、今から二日前のことになる。呼び出しに出向き、そこで彼女は、ある邪教集団を殲滅する任務を請け負った。
「奴らは悪魔に魂を売り渡し、そして授けられた邪悪な力をもって悪徳の限りを尽くしている。その被害は甚大だ。もはや見過ごすことはできん。君には、その邪教団の殲滅を頼みたい。無論、受けてくれるだろうね?」
 上司の重々しい言葉に、瑞科は余裕たっぷりの微笑を浮かべてこう答えた。
「ええ、仰せのままに」
 かくして、任務を請け負った彼女はあっという間に敵の本拠地を探し当てた。瑞科にとってこの程度は難しいことではない。そして本番はここからだ。
 邪教団の殲滅。敵は悪魔と契約し、怪しげな魔術を使いこなすという。難敵だ。本来ならば、難しい任務になることだろう。「普通の武装審問官」ならば。
 しかし、瑞科は普通ではない。「教会」随一の実力を持つ武装審問官である。
 どんなに困難な任務であれ、常に完璧にこなしてきた。任務が難しいものであればあるほど、彼女は心が躍る。
 こと、上司から任務を受けた後、更衣室でその細身ながらも悩ましい膨らみを持つ、妖艶な肢体を愛用の戦闘服に包む時の高揚は、言葉に出来ないほどだ。体にフィットするように誂えられたそれの、緊張とは無縁の彼女を程よく締め付けてくれる感触が、任務に臨むという意気を瑞科にもたらしてくれる。
 そうして二日後、敵の本拠地前へとあらわれた瑞科は、優雅に微笑みながら、愛おしさすら感じさせる声で、囁くように言った。
「さあ、はじめましょう。踊りましょう。わたくしとあなたたちで、存分に。楽しい舞踏会の始まりですわ」
 おもむろに、手にした剣を一閃。緩やかで、剣舞のごとき優雅な動きとは裏腹に、その剣風はいともたやすく敵本拠地の教会の扉を吹き飛ばしてしまった。
 どうやら敵はミサの最中だったらしい。さぞかし喫驚したことだろう。轟音を立てて吹き飛んできた扉の向こうに、剣を携えた美しきシスターが佇んでいるなど。
「ごきげんよう、皆様方。神様へのお祈りは済みましてよね?」
 呆気にとられていた教団員が、弾かれたように動き始めた。
 敵だ! 敵だ! 敵襲だ! 各々喚きながら武器をとるが、すでに遅い。教団員たちが動き出すのを待たずに、一足飛びで教会内に踏み込んだ瑞科がまず、一人目を容赦なく斬り殺した。高々と血しぶきが舞う。
 血しぶきが打ちつけるよりも速く、宙へ飛び上がった瑞科は腰元までスリットの入ったシスター服の裾をあわやというところまで翻らせながら、真下にいた教団員の頭めがけて急降下した。着地の衝撃で再びスカートの裾がふわりと浮き上がり、蠱惑的な太腿が露わになる。
 固いブーツの底で頭を踏み抜かれ、教団員が彼女を中心にして噴水のように赤い液体をまき散らし、絶命した。血の噴水の中心に立つ瑞科は、言葉に出来ない魅力を持つ芸術的なオブジェのように見えた。
 血しぶきが勢いをなくすのを見計らい、軽やかに床を蹴って瑞科は疾走した。剣の冷徹な一振りが、団員の二人、三人を抵抗も許さず屠り去る。立て続けに一閃、二閃、三閃。息つく間もなく銀光が閃き、ほぼ一呼吸の間に半数近くの教団員があの世へ送られた。
 大胆でありながら決して優雅さを損なわない、完璧で、美しい一連の動きだった。
 瑞科は息も乱していない。そして彼女は顔をあげてくるりと回り、エスコートを求めるように手を伸ばして、流暢な英語で言った。
「Shall We Dance ?(踊ってくださる?)」
 教団員たちは表情を凍りつかせたが、ここでようやく反撃に出た。怪しげな言語を呪詛のように呟くや、自らの手に煌々と燃え盛る火の玉を生み出したのだ。その光景を目の当たりにしても、瑞科は微笑みを崩さず、動かない。
「放て!」
 鋭い叫びが上がった次の瞬間、教団員たちは瑞科めがけて火球を投げつけた。瞬く間に火柱が上がり、瑞科を包み込む。普通なら、ひとたまりもあるまい。やがて火柱が勢いを削ぎ、立ち上がる黒煙が教会内を包み込んだ――その時、
 異様な音が辺りに響いた。何かが弾けるような音だ。ばちり、ばちり、ばちり。黒煙の中で、青白い光が明滅する。
 ――雷だ。何故、雷が。
 刹那、その疑問を抱いた教団員たちを、青白い雷が貫いた。高圧の電流に身を焼かれ、彼らは踊り狂うように体を痙攣させ、ぶすぶすと煙を上げながら倒れ伏した。肉の焼け焦げる、嫌な匂いと黒煙が教会に充満している。
 びゅう、と唐突に一陣の風。その風が黒煙と悪臭を押し流してしまい、後に残ったのは教団員たちの無残な亡骸と、剣を握り優雅に微笑する瑞科だけだった。瑞科には傷ひとつない。それどころか、戦闘服が焦げている様子すらも見られない。
 瑞科は辺りを見回して、ほんの少しだけ物足りない表情になり、
「全く、つれない方々だこと。もう少し長く楽しませてくださってもいいでしょうに」
 唇に人差し指を当てて、寂しそうに呟くのであった。