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<東京怪談ノベル(シングル)>


逆十字を貫く剣A


 死の匂いに満ちた教会の中で、白鳥瑞科(しらとり・みずか)は妖艶に微笑んでいた。
 悪名高い邪教の教団員達はすでに彼女によって全滅させられている。だが、これで終わりではない。まだ大物が一人残っている。
「さぁ、そろそろ出てきていただけませんか? 余興には飽きてしまいましたの」
 彼女が静かに語ると、冷たい哄笑が教会内に響き渡った。
「――それは大変、失礼なことをした。彼らは人の殺し方には詳しいが、女性のもてなし方となるとからっきしでな」
 深淵のように暗く低い声と共に、それは現れた。神に仇なす逆十字の文様を強調した法衣に身を包んだ、痩せぎすの男である。
「真打ち登場、といったところでしょうか?」
「いかにも。そちらは……どう見ても入教希望者ではなさそうだ」
「悪魔に売り渡す汚れた魂は持ちあわせていませんわ」
 教祖たる法衣の男はくくく、と喉を鳴らし、
「言ってくれる。狼藉の限りを尽くしおって……。もはや懺悔はきかぬぞ」
 どこからともなく黒い剣を顕現させると、戦いの構えを取った。鋭い闘気が体中から吹き出し、瑞科の肌をびりびりと揺らす。しかし瑞科は余裕の表情を崩さない。むしろその闘気に心地よさすら感じていた。
「懺悔など、必要ありません。邪教を滅ぼすのですから、神はすべてを許してくださいますわ」
 瑞科はまた、エスコートを求めるように手を差し出し、妖艶な声で言い放った。
「踊ってくださる?」
「喜んで。シスター」
 言葉の応酬が終わると同時、剣をうち合う甲高い音が鳴り響いた。瑞科は競り合いに持ち込ませずに教祖の剣を弾き、追い打ちをかける。まずは一撃。そして二撃。さらに三撃目も、教祖は黒い剣で見事に防いてみせた。
 ――そうでなければ。
 喜びの微笑を浮かべ、上段に構えた剣を振り下ろす。それは教祖の繰り出した横薙ぎ一閃とぶつかり、激しい火花を散らした。
 教祖が瑞科の剣を力任せに打ち払い、続けざまに鋭い突きを放つ。が、瑞科はひらりと身をかわし、掬い上げるように剣を振った。床を蹴り、間一髪で回避した教祖は、体勢を立て直しつつ、呪詛を唱え始める。するとどうだ、黒剣が地獄の炎を纏ったではないか。
「当たれば塵も残さぬぞ」
「当たれば、でしょう」
 余裕たっぷりに返しながら、瑞科も剣に電撃をまとわせた。雷の剣と、炎の剣。そのぶつかり合いは壮絶なものだった。二人の戦いは、すでに常人の域を超えている。
 凄まじい死闘――傍からは、そう見えた。しかしどれほど打ち合おうとも、瑞科から余裕が消えることはない。対して、教祖はどんどん険しい表情になってゆく。彼は、底知れない瑞科の実力に押され始めていた。
 全力の一撃が彼女を斬ることはおろか、剣の切っ先が服に触れることすら許されない。
「莫迦な。貴様は、一体……!?」
 ひときわ高く剣戟の音を響かせた次の瞬間、すっと沈み込むように体勢を低くした瑞科が、美しく艶やかな足を惜しげもなく晒しながら水面蹴りを放った。斬撃と見まごうばかりの鋭い蹴りが、教祖の足を叩く。己の両足が斬り飛ばされるような感覚と共に、教祖は背中から教会の床に叩きつけられた。
 ごふ、と漏らした息の終わりに水音が混じったのは、瑞科によって喉に剣を突き立てられたためだ。致命的な一撃。
「た……、たす、け……」
 ごぼごぼと血を吐きながら、教祖が呻く。
「残念ながら、懺悔はききません。わたくしはあなたの神ではありませんもの」
 無慈悲に言い放ち、さらに深く、剣を押し込む。
「あがっ……あっ……が…………」
 顔を歪め、すがるように手を伸ばす教祖。だが長くは続かず、その手はやがて力をなくし、ぺたん、と教会の床を叩いた。それが、終わりを意味する音だった。
 こうして、悪行の限りを尽くしてきた邪教団は壊滅した。瑞科の手によって、あっけなく――あまりにも、あっけなく。
 瑞科のついたため息にも、こんなものか、という不満の色が宿っている。
「もっともっと楽しませてくれると思っていましたのに、残念……」
 引きぬいた剣を一振りして血を払い、鞘におさめた瑞科は、一度も振り返ることなく教会を後にした。
 通信機を取り出し、「教会」に連絡を入れる。
「ああ、瑞科か。首尾はどうだ」
「上々ですわ。任務は完了。ですが……少し、物足りません」
「そういうと思ったよ。まったく、君にはかなわんな。まぁ、いい。すぐに戻ってきてくれ。急な任務が入った」
「困難なもの、なのでしょうね?」
「無論だ。そうでなければ君に頼まん。満足させられるかどうかはさておくとしてな」
「わかりました。速やかに帰投いたします」
「そうしてくれ。では」
「ええ、それでは……」
 通信を終え、瑞科は空を見上げる。その顔に、任務を達成したという高揚と、次の任務を受けるという喜びを秘めた、晴れ晴れとした表情が浮かんでいた。
 彼女は願う。その任務がとびきり困難なものであることを――。
 期待に胸を膨らませ、瑞科は新たな任務へと向かっていった。