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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪魔隠し(1)
『キヒヒ、良い獲物が手に入ったぞ!』
『魔神様復活の時も近い……!』
 甲高い声をあげながら黒い羽を持つ人型の化け物達がそんな会話をするものだから、彼らに捕らわれた少女は今にも泣き出しそうに顔を歪めた。
 逃げようにも、がっしりと化け物達が少女の体を掴んでいて身動き一つとれない。たとえ掴まれていなかったとしても、恐怖のあまりに震える足ではまともに走る事などは出来ないだろう。
 何故こうなってしまったのだろう。自分はただ、いつものように帰り道を歩いていただけだというのに……。
(お願い、誰か助けて……!)
 少女がそう強く願った時、ふわり、と香水のような良い香りがした。
 それと同時に、少女の周囲にいた化け物達が悲鳴を上げ次々と倒れ伏していく。
『な、なんだ……!?』
 音もなく風のように現れた突然の乱入者に、残っていた化け物達の間に動揺が走った。
 周囲の雰囲気が変わった事に気付き、少女は恐る恐る瞼を開ける。
 そこにいたのは、少女を守るように立つ一つの影。……シスター服を身にまとった、美しい女性だった。
 夜の帳の中だというのに、その長い茶髪は闇に埋もれてしまう事なく艶やかに風になびいている。
 この世のものとは思えない程の美貌を持った女は、神聖な存在のように少女の目には映った。
「聖女……様……?」
 少女の口から、思わずそんな言葉がこぼれ落ちる。
「お逃げなさい」
 聖女は、穢れ無き笑みを浮かべるとそう呟いた。
 聖母の如しその笑顔は同性であろうとも見惚れてしまう程に美しく、少女は自分が先程まで不安に震えていた事も忘れほうっと感嘆の息を吐く。
「さぁ、早く」
 けれど、優しく急かされハッと我に返る。こくこくと何度か頷いてから、少女はつまずきかけながらもその場から逃げ出した。
『ああ、生贄が……! くそ、邪魔をしおって!』
『貴様、何者だ!?』
「アジトまで後をつけようかと思っていましたけれど、貴方様がたの女性の扱い方のあまりのお粗末さに気が変わりましたわ」
 女は化け物の問いかけには答えず、ただくすりと妖艶な微笑を浮かべ武器を構える。
「さぁ、懺悔のお時間ですわよ」

  ◆

 ――時は数刻前に遡る。
「神隠し、でして?」
 司令室にて、上司である神父から今回の任務の内容を聞いた白鳥・瑞科は訝しげに眉をひそめた。
 近頃、とある地区で原因不明の失踪事件が相次いでいるのだという。狙われるのは、美しい少女ばかりらしい。
「はい。世間の人達はその事件の事を、神隠しだと噂しているのです。けれど、犯人は神様でもなければ人でもありません」
「悪魔の仕業……ですわね」
「その通りです。その悪魔達の討伐と、アジトの殲滅を君にお願いします。危険な任務ですが、だからこそ君にしか頼めない、シスター白鳥」
「了解いたしましたわ」
 危険な任務。確かに上司はそう言ったというのに、瑞科の胸に恐れや不安といった感情は芽生えない。
 自室へと向かうその足取りは、いつも通り優雅だった。
「教会」と呼ばれる世界的組織において、随一の実力を持つと言われている武装審問官である瑞科にはすでに見えているのかもしれない。自分が勝利し、帰還するそのヴィジョンが。

 一度自室へと戻った瑞科が向かったのは、ワードローブの前だ。
 シンプルながらも美しく細かな模様があしらえられたアンティークワードローブの中には、彼女のお気に入りの衣装が何着も入っている。
 身につけていた衣服を脱いだ瑞科は、慣れた手つきで戦闘用の服をワードローブの中から取り出した。早速とばかりに、彼女はその衣装を身につけていく。
 最先端の素材を使用したシスター服は、体にぴったりと張り付き彼女の豊満で女性らしいボディラインを浮き出させていた。腰元まで深く入ったスリットから、細く長い美脚がさらされている。
 コルセットは彼女の豊かな胸を強調し、純白のケープは神聖さを際立てている。
 頭に被っているのは、シスターには欠かせないヴェール。ケープと同色のヴェールは大変美しく、彼女の麗しいロングヘアーによく似合っていた。
 すらりと伸びた足は、ニーソックスが包み込んでいる。色っぽい太腿に食い込んだそれが、彼女をより魅力的に彩る。
 腕には二の腕まである布製のロンググローブ、そしてその上に手首までの革のグローブが着けられている。グローブに施された装飾は細かく、美麗であった。
 仕上げに、編上げのロングブーツ。膝まであるそれで脚を包み込めば、瑞科の準備は完了する。
 鏡に映る聖女の姿は、隙のない完璧な美しさを体現したかのようだった。

 茶色の長い髪をたなびかせながら、瑞科は任務へと赴く。ロングブーツが地面を叩く甲高い音が辺りへと響いた。
 夜の闇を抜け、前へと進む彼女の目には無論、迷いなどはない。
 むしろその瞳に今回の任務に対する期待と喜びを携えながら、聖女は今宵も戦場へと降り立つ。