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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪魔隠し(2)
 夜の戦場を、軽やかに聖女は舞う。
 少女を助けた後の瑞科と化け物――悪魔達との戦いは、まさに一方的なものと言えた。
 何体もいる悪魔に、瑞科はたった一人で立ち向かっている。けれど、多勢に無勢という言葉は彼女にとっては何の意味も持たない。
 圧倒的である瑞科の力に、悪魔達は為す術もなく次から次へと倒されていった。
『こいつ、とんでもなく強いぞ!』
『先程の女よりも上玉だし、生贄にしてやろうと思っていたが……ここは逃げたほうがよさそうだ』
 そう言って逃げ出そうとする悪魔達。しかし、瑞科がそれを許すはずもない。
「遅いですわ!」
 カツン、とブーツが地を叩く小気味の良い音を辺りに響かせながら、彼女は跳躍。風を味方につけたかのような速さで彼らの前へと回り込み、手に持った剣で相手を切り裂く。悲鳴と共に、塵となり消え行く数体の悪魔達。
 瑞科の猛攻は、これだけでは終わらない。仲間の死に怯んだ他の悪魔に向かい、彼女はその長い美脚を振るう。回し蹴りを叩き込まれ、悪魔が苦悶の声をあげた。
 まるで最初から決められているシナリオをなぞっていくかのように、瑞科は迷いなく戦場を駆けて行く。歌劇の如く鮮やかに、舞踏の如く華麗に。彼女は勝利に向かい進んで行く。
 悪魔達も負けじと迎撃しようとするが、瑞科の速さに追いつく事が出来ず空振りに終わってばかりだ。悪魔が放ったおどろおどろしい色をした魔法も、軽やかな身のこなしで避けられてしまう。瑞科の豊満な肢体に指一本触れる事すら叶わず、悪魔達は悔しさに歯噛みをする。
 海のように澄んだ青色の瞳で、瑞科が次の悪魔へと狙いを定めた。軽やかに彼女は疾駆し、その悪魔に拳を叩き込む。
 その時、彼女の背後に一体の悪魔が気配を消し忍び寄った。ようやく掴んだチャンスに、悪魔は意地の悪い笑みを浮かべる。
 しかし、悪魔の手が彼女に届く事はなかった。
 ――閃光。轟音と共に、辺りが眩い光に包まれる。
 さながらそれは落雷。罪を犯した者達に鉄槌を下す、裁きの雷。
 悲鳴をあげ、痺れ、悪魔達は息絶えていく。
 凄まじい威力を持つ電撃が、瑞科の手により放たれたのだ。瑞科は剣術や近接格闘術だけではなく、電撃すらも操れるのである。

 先程までの喧騒が嘘のように、しんと辺りは静まり返っている。大勢いたはずの悪魔達の姿は、もうここには存在しなかった。全て、瑞科の手により粛清されたのだ。
 あれだけの屍を築き上げたというのに、瑞科は傷一つ、それどころか汚れ一つ負っていない。
 ブーツを鳴らしながら、彼女は歩いて行く。そして、向かった先にいたものを見下ろした。
 そこにいたのは、たった一体だけ残された……悪魔。腰を抜かしたかのようにその場へとへたり込んでしまった悪魔は、怯えた様子で彼女の事を見上げる。
「この任務にあたる時に手渡された資料に、貴方様がたのアジトの場所も記されておりましたわ」
 透き通った声で、瑞科は言葉を紡いでいく。
「けれど、わたくしの目は誤魔化せませんわよ。わざと嘘のアジトの情報を教会に掴ませ、謀ろうといたしましたわね?」
『……』
 彼女の問いかけに、悪魔は答えない。けれど、瑞科はそれを気にする事なく話を続ける。
「もちろん、入手したアジトの場所の情報がダミーである事は教会もすぐに気付きましたけれど、妙な小細工が通る程教会の事を甘く見られていた事が少し心外ですわ」
 言い捨てて、瑞科は肩をすくめる。形の良い唇からは、溜息という名の吐息がもれた。
「さて、貴方様がたの本当のアジトへと道案内をしていただけません事?」
 瑞科の扇情的な唇が弧を描く。悪魔であろうと魅了する程、美しき微笑み。
 圧倒的な力、そして圧倒的な華麗さで仲間達を屠った聖女の頼みに、悪魔は頷くより他はなかった。