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<東京怪談ノベル(シングル)>


天使を見た日


 1つ、嘘をついてしまった。
「ごめん……俺、まだプロになったわけじゃねえんだ」
 1人、某県の山林を彷徨いながら、馬場隆之介は呟いていた。
 先程、山麓のホテルで、高校時代の親友に出会った。
 その際「プロの雑誌記者になった」などと豪語してしまったのだ。
 現在、就職試験中である。プロの雑誌記者になれるかどうかは、この結果次第だ。
「化け物を作ってる工場、ねえ……」
 日本政府が密かに開発を進めていた、生体兵器の製造施設。
 月刊アトラスの編集長は、そう言っていた。
 当然、そんなものがあるわけはない。
 なくても見つける。そして記事を書く。
 それが出来てこその記者であり、それが出来るかどうかの試験なのだろう、と隆之介は解釈している。
 スクープを取って来たら正式採用してやる。編集長は、そう言ってくれた。
 オカルト、宇宙人、怪奇現象。そういった方面の雑誌である。
 偏見は持つまい、と隆之介は己に言い聞かせ続けた。内容はともかく、それなりに売れている雑誌である事に違いはない。
 一生懸命という言葉は、いささか古臭いと隆之介は思う。
 だが一生懸命としか言いようがないほど、就職活動は真剣にやった。
 全滅だった。
 都内の大手出版社にも、地元の新聞社にも、拾ってもらえなかった。
 もはや選り好みしている場合ではない。オカルト雑誌であろうが何であろうが、まずはとにかく、マスコミ業界で飯を食える身分になる事だ。
「どの職業でもそうだけど……最初っから、思った通りの仕事なんて出来るわけねえもんな」
 アトラスで真面目に仕事をしていれば、いずれもう少し真っ当な雑誌なり新聞なりに移籍する機会が巡って来るかも知れない。
 そんな甘い期待を捨てる事が出来ずにいる自分に、隆之介は苦笑した。
「ま……夢を見るのは、自由だもんな」
 苦笑しつつ、大木の根元に座り込んでしまう。
「……あるワケねえだろ、化け物の工場なんて」
 ないのならば、でっち上げて記事を書け。マスコミの仕事とは、そういうものだ。
 そう言われている気分に、隆之介はなった。
「そうじゃねえよ。マスコミの仕事ってのは、そうじゃねえ……はずなんだけどなあ……」
 たとえ真実を書いても捏造と言われるし、捏造されたものが誰にも気付かれずに真実として通ってしまう事もある。とある出版社で、面接官がそんな事を言っていた。
 お前みたいに正直な奴は、この仕事に向いてないよ。とも言われた。
 自分が正直者であるかどうかはともかく、確かに向いていないのかも知れない。
 そう思い始めていた時、親友と再会した。
 彼の事は、中学校時代から知っている。
 荒れていた。中学生の頃の彼を一言で表現するならば、そうなる。
 いわゆる不良とは、少し違う。むしろ、そういった連中に因縁をつけられる側にいた。
 因縁をつけた連中が、どういうわけか大事故に遭って、ことごとく病院送りになった。
 誰からも気味悪がられ、恐がられ、友達もなく過ごしていた少年だった。
 自分は彼の、数少ない友達の1人だった、などと自惚れるつもりは隆之介にはない。
 ただ、あの中学校で最も数多くの会話を彼と交わしたのは、間違いなく自分だ。
 あの少年は間違いなく、隆之介を鬱陶しく思っていただろう。
「保護者面してるとこ、あったからな。俺……」
 いくらか縁があった、のかどうかはわからない。とにかく彼とは、同じ高校へ進学する事となった。
 新聞部に誘ったのは、隆之介である。
 その頃になると、あの少年も、いくらかは普通に他人と会話をするようになっていた。
 放ってはおけない。そんな少年だった。
 高校卒業後は、全くの音信不通である。
 隆之介は大学に通って4年間、それなりに楽しく過ごした。
 その4年間、どこで何をしていたのかわからない彼と、山麓のホテルで再会した。
 仕事だ、と言っていた。どういう仕事であるのか、1度再会しただけではわからない。
 人間との接触を極度に嫌っていた少年が、立派な社会人となって仕事をしている。それだけは、わかった。
「そうだよ……俺も、頑張らねえとな」
 隆之介は立ち上がった。
 その際、ようやく視界に入った。
 木々の間に、何やら黒っぽいものが見える。
 コンクリートの壁。
 建物であった。かなり大きい。山林の暗がりに擬態するかの如く、ひっそりと敷地が広がっている。
「こいつは……!」
 隆之介は息を呑んだ。
 生体兵器の工場、なのかどうかはともかく、何かはあったという事だ。
 何かがあるのなら、調べてみる。突き止めてみる。それがマスコミの仕事だ。
 何でもない、ただの廃屋なのかも知れない。それならば、単なる廃屋であるという事をレポートし、編集長に提出するまでだ。もちろん不採用となるだろう。
「俺の……記者としての、最初で最後のレポートってわけだな」


 最初で最後、とはならなかった。
 結果あのレポートは大当たりして、アトラスの売り上げにも若干は貢献したようである。
 隆之介はしかし、大喜びする気分にはなれなかった。
「マジかよ……ってのが、正直なとこだよな……」
 呟きながら、隆之介は血を吐いた。
 肋骨が、体内のどこかに刺さっている。足の骨も、恐らくは折れている。
 ニューヨークの片隅で隆之介は今、瓦礫の下敷きになっていた。
「本当……だったんだな、何もかも……」
 得体の知れぬ生き物たちの死体は、本当にあった。
 日本政府が開発した生体兵器、なのかどうかはともかく。あの廃工場では確かに、間違いなく、何か公には出来ないものが大量生産されていたのだ。
 面白おかしく誇張はする。いくらか捏造を加える事もある。だけどアトラスの記事に、丸っきりの虚報はあり得ない。それだけは心しておきなさい。
 編集長はそう言って、隆之介に次の仕事をくれた。
 アメリカで、巨大ロボットが暴れている。
 そんな馬鹿げた情報も、あの編集長の口から出たものならば信じざるを得ない。
 だから隆之介はアメリカに飛び、そして今、瓦礫の下で死にかけている。
 巨大な機械の怪物は、確かにいた。本当に暴れていた。
 それを出来るだけ近くで撮ろうとした結果、この有り様である。
 アトラスの記事に、完全な虚報は一切ない。全てが、本当に起こった出来事なのだ。
 それを隆之介は今、身体で実感している。
 撮ったものは、すでに日本のアトラス編集部に送信した。瓦礫の下敷きになりながら、端末だけはどうにか無傷で守り抜いたのだ。
「編集長、誉めてくれるかな……いや別に、誉めてくれなくてもいいけどよ……」
 このまま死ぬ前に1つだけ、確認しておきたかった事がある。
「俺が、撮ったもの……ちゃんと、使ってくれるかな……」
 実際に配信された状態のものを、出来れば見ておきたかった。
 ふっ……と身体が軽くなるのを隆之介は感じた。いよいよ、自分は死んだのか。
 いや違う。瓦礫が、持ち上げられていた。レスキュー用の重機が来てくれたのか。
 ……否。やはり自分は死んだのだ、と隆之介は思った。
 天使が、そこにいたからだ。
 茶色のポニーテール、黄金色の瞳。凛とした美貌は、どこか編集長に似ていなくもない。
 そんな美少女が、巨大な瓦礫を、細腕で軽々と持ち上げているのだ。
 その怪力の源は胸に違いない、などと思えてしまうほど豊かな膨らみが、キャミソールを内側から突き破ってしまいそうである。
「非力なジャップが、こんな所うろついてんじゃねえよ」
 瓦礫を脇に放り捨てながら、少女が言葉を投げてくる。
 見間違い、ではない。彼女の背中では、広い羽毛の翼が、ふんわりと畳まれている。
「とっとと逃げちまいな」
「……いや、あの……足が……」
「折れてやがんのか? だったら3本目の足ィおっ立てて、とっとと逃げろ×××野郎!」
 隆之介の心臓が、トクン……ッと高鳴った。血色の失せかけていた顔が、ポッと赤らんでゆく。
 アトラスの記事には、人智を越えた様々なものたちが登場する。宇宙人、幽霊、超能力者、UMAに妖怪、天使と悪魔。
 他はともかく、天使は実在する。隆之介は、強く確信した。