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<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・5―

 みなも達が、謎の異空間とみられる『南洋の孤島』に飛ばされてから、システム内では既に1ヶ月近い時間が経過していた。サバイバル生活には慣れて来たものの、やはり年頃の男女同士。ぎこちなさは残る。
 例えば入浴。ジャングルの奥に小河川を見付けてそこを水場としていた彼らは、飲料水の確保と同時に炊事洗濯、そして入浴もそこで済ませていた。が、如何に人工的に造られたアバターで表現された外見のヴァーチャルキャラ同士とは言え、その裸身を曝け出す事は流石に憚られた。それにいつ外敵が現われるかも分からぬ状況で、ノンビリと一人で入浴を済ませる訳にはいかない。つまり、どちらかが入浴している間は、どちらかが周囲の警戒に当たるしかない。
「……の、覗かないでね?」
「そのつもりがあるなら、とっくにやっているさ……早くサッパリしておいでよ」
 そんなやり取りを行いながら、みなもは頬を紅潮させつつ水場へと降りて行く。そしてウィザードはその言葉に責任を持つと言わんばかりに、気合を入れて周囲の警戒に当たるのだ。尤も、彼としては『みなもの入浴シーンを、他の誰にも見せたくない』と云う概念を原動力としていたのだが。
 入浴ひとつにしてもコレである。つまり、彼らは互いを意識してはいるが、深い関係にはなっていない。依って共同生活にも緊張が伴う、と云う訳なのだ。
「!! ……鳥か? いや、違う! ハーピーだ!」
 警戒中、突如として上空を掠めた黒い影。その飛び方はヨタヨタと頼りなく弱々しいが、フラフラとみなもの居る水場へと向かって降りて行く。
「野郎! そっちには彼女が無防備な状態で居るんだぞ、近付くんじゃねぇ!!」
 ロッドを構え、無数の光弾をマシンガンのように打ち出す彼。その攻撃に、ハーピーは驚いて降下を止めて離脱して行った。どうやら向こうも彼らの姿を見付けた上で襲撃して来た訳では無いらしく、単に水場を求めて降下して来ただけのようだ。既に他のキャラが定着しているエリアを侵害するリスクは、流石に冒したくないのだろう。
「い、今のは!?」
「ハーピーだ、追い払ったから心配は要らない。他に水場が無いのか、かなり弱っていた感じだな」
「そう……敵じゃないのなら、助けてあげたかったね」
「いきなりで、敵意の有無も分からなかったから……万一の事があっちゃいけない、サバイバルは既に始まっているんだ」
 追い払ったハーピーが、その後どうなったかは定かではない。しかし現在の彼らはバグの結果、無理矢理にサバイバルゲームに参加させられている格好。脱出が叶うまでは他のキャラを蹴落としてでも生き残らなければならない。自由意思でログアウトが出来、生命維持に支障が無い事が保証された状態ならばバトルにも応じるが、今は生き残る事こそが最大の課題。無駄な争いを展開している余裕は無いのである。
「ビックリさせちゃったね、水浴は出来たかい?」
「お蔭様で。髪も洗えたし、服だってこの通り、新しいのに替えたよ」
「器用に作るよなぁ。今度、俺のシャツもお願いして良いかい?」
「お安い御用よ」
 向けられた笑顔に、ウィザードも笑顔で応える。これがヴァーチャルな世界での出来事でなく、リアルなら良かったのに……と、些かの不満を漏らしながらであったが、それはみなもの耳に届く事は無かった。

「シュッ!!」
「……お見事。慣れたものだね」
「もう34日も此処で暮らしているのだもの、順応だってするわ」
 普通ならナイフなどを使って皮を剥き、細かく刻む芋を、みなもは宙に放り上げてから戦闘用の爪を使って細切れにしていた。
普通ならば邪魔になってしまうであろう戦闘用装備を、生活の役に立ててしまう器用さと順応性の高さ。それもみなもの持ち味だった。
「何時もは、こんなにはしたない真似はしないんだよ」
「分かってるつもりだ。でも、リアルでも家事には慣れているね? じゃ無ければこの応用は利かないだろ」
 指摘された通り、みなもは普段から家事全般を担当している為に、生活に必要となる家事スキルはほぼ習得しているのだ。只、包丁が爪に変わっただけの話なのだが、彼の言う通り、普段の下地が無ければ応用は利かない。
「親が、二人とも忙しいから。家の事は殆ど、あたしがやってるの」
「納得。しかし、君と出会っていなかったら、俺は今頃……想像しただけで寒気がするよ」
「お互い様だよ、あたしだって……ま、守って貰ってるし」
「女の子を守るのは、男の仕事だからね。増して君は……」
「……わ、私が……何?」
 慌てて口を噤んでしまった彼を、みなもが追い立てる。彼女としてもこんなに異性に対して斬り込んでいける度胸が付くとは、思っていなかっただろう。が、現に彼女は『勘弁してくれ』と逃げ回る彼を捕えて追い回しているのだ。
「あ、ホラ! 火加減が丁度いいんじゃない?」
「もー、また逃げる!」
「……こ、こういう事は、ちゃんとケジメを付けてから……」
「お堅いんだね」
 ヴァーチャルな環境で出会い、死線を掻い潜りながら互いを認め、惹かれあった二人。その姿は互いに人工的に造られたものであったが、不思議とその向こうにある素顔が見えるような……そんな気がしていたのだろう。彼らの仲は、加速度的に接近し、その親密度を深めて行ったのだった。
「……あれ? その傷、どうしたの?」
「え? ……あー、コイツを仕留める時に引っ掻けたのかな」
 見ると、ウィザードの上腕部には深い傷が付いており、血の滲んだ跡があった。彼は攻撃系の魔術には長けていたが、防御・回復系の魔術はからっきしだったのだ。オマケに肉体的な強度も、女性であるみなもにすら劣るという有様だった。まぁ、それは種族の違いで仕方のない事ではあったのだが。
「血は止まってるし、大丈夫だよ」
「ダメ! 化膿しちゃったらどうするのよ」
 みなもは上衣を一枚脱ぎ、それを裂いて包帯に見立てた長い布地を拵えてから、ちょっと堪えてねと念を押し、火の点いた薪の一本を傷に当てて傷口を加熱殺菌した後、先の布を丁寧に巻いて行った。
「折角の服が、台無しに……」
「服は替えが利く、でも身体は取り替えられないんだよ……どういう訳か、今はログアウトも出来ないから傷のリセットも出来ない。だからリアルと同じ措置をしないと死んじゃうかもしれないんだよ?」
 真剣な眼差しで、ウィザードを見るみなも。その視線を正面から受け、ゴメンと一言だけ告げる彼。
 そんな彼らの目の前で、ゆらゆらと揺れる炎が二人の姿を照らしていた……

***

「ハァ、ハァ、ハァ……こ、ここまで私を追い詰めるなんて……」
『君の動きなど、手に取るように分かるさ。僕はこのシステムを統括する者……住人が造物主に敵わないのは当たり前だろ?』
「造物主……? 貴方、開発陣の一人なの!?」
『……君は真相を知り過ぎた……放置はできないな。ま、暫くそこでジッとしていてよ、僕は今忙しいんだ』
 巨大なホチキス……とでも描写すれば分かるだろうか。帽子の女は、そのような物で壁に貼り付けられ、自由を奪われていた。
(開発チームの一人……? 嘘、こんな顔知らない。じゃあ、コイツは一体何者なの……?)
 システムの住人である彼女に、開発チームのメンバーで知らぬ顔がある筈がない。だが、男は自らを『造物主』と言い切った。
 その言葉の影に、どのような真相が隠されているのだろうか……?

<了>