コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


少しずつ近づく距離



都内某所の喫茶店で、テラス席に座る男性が一人。
コーヒーカップを目の前に、両肘をついて両掌の上にアゴを乗せ、ボーッと流れゆく人の波を見ている。
目の前にあるコーヒーからは既に湯気が消え、それがどのくらいの時間ここに居たのかを表していた。
彼の名はフェイト。 今は時間潰しの為に、ここにいるようだ。
テーブルの上に置いた腕時計にチラリと視線を落とし、続いて小さく溜息を落とす。
音は乗せずに、ゆっくりと彼の唇が動き、その動きは「長い」と言っているようだった。
片手をテーブルの端に伸ばして砂糖を手に取り、スプーンで掬ってコーヒーの中へと沈めてかき混ぜる。

「溶けないんじゃねぇの、それ……」
聞いたことのある声が耳へと届き、フェイトはふと顔を上げた。
「村……、えっと、翔馬だったっけ?」
視線の先に居たのは、片手で清算済みのトレーを持った村雲翔馬。
村と言いかけたものの、どうやらフェイトはその先の苗字を思い出せなかったようで、記憶に残っていた名前の方を呼んだ。
「おぉ、やっと名前を憶えてくれたんだな」
翔馬は目を細め、ニィと白い歯を見せて笑った。
「──…(苗字が思い出せなかったのは内緒にしておこう)」

ココ座ってもいいか?と聞いているように、翔馬はフェイトの向かいの席を指差す。
フェイトも掌を上に前へと差し出して椅子を指し、どうぞ、との言葉に代えた。
フェイトから了承を受け取ると、小さくサンキューと言いながら翔馬が椅子に腰掛ける。
「スサノオは元気?」
コーヒーカップに口をつけた翔馬の方を見たまま、フェイトが問いかけた。
カップを口につけたまま、視線だけでフェイトを見て、翔馬がこくこくと頷く。
「そういえばお前とは変な場所でよく会うよな」
ようやくカップを置いて、翔馬が口を開いた。
「あぁ、たしかにそうだね。 俺はもともと職場の拠点がココ(東京)だから」
「俺と会う度に毎回仕事仕事って言ってるよな、何の仕事してんだ?」
翔馬からそう聞かれ、フェイトは一瞬黙った。
そして少しの間考えたが、フェイトも翔馬にならばと思ったようで、再び口を開いた。
「IO2のエージェントだよ」
フェイトの答えに、あぁ、と翔馬が声を零した。
「IO2か。 どうりで変な場所で会うはずだぜ」
「知ってるんだ?」
「噂を聞くって程度にはな。 俺だって無意味に全国飛び回ってるわけじゃねぇし。
まぁ、実際にIO2のエージェントに会ったのはあんたが初めてだけどな」
「全国?」
「自由気ままに、各地の悪霊を潰しながら全国を旅してる。」
「へぇ……」
どこにも所属することなく各地を旅している翔馬を、フェイトは多少羨ましいと思う気持ちもあるようだった。
「って、俺のことはいいから、折角だし今日はお前のことでも話せよ」
完全に相手のことを聞く側の姿勢でいたフェイトに、翔馬が問いかけを返し、フェイトの唇から、えっ、と漏れる。
「俺のこと? 何を話せばいいんだ? IO2のエージェントで……」
「それはさっき聞いただろ。 たとえば、あんた歳は?」
「……………22」
「おい、ちょっと待て。 なんで自分の年齢を言うだけのことに、そんなに間が必要なんだよ」
「なんか苦手なんだよ、自分のことを話すのって」
フェイトが横を向いて、頭をカシカシとかいた。
本名さえも名乗らない環境に慣れてしまっているようで、フェイトには自分のことを明かすということは、とても不思議な気分だった。


──ピピッ!


偶然が味方するフェイトの助け船。
暫くの間、翔馬に誘導される形で、フェイトは少しずつ自分のことを話していったが、腕時計のアラームが鳴った。
「あ、いけない、時間!」
時間が来たことを強調するかのように、フェイトが大げさに立ち上がる。
その様子を見て、翔馬はプッと笑いを堪えた。
「何? これから仕事か?」
翔馬にも、嫌がる相手から無理に聞き出す趣味はない。
それでもフェイトが、思いのほか色々と話してくれたことが嬉しかったようで、表情は穏やかになっていた。
少し前まで眩しく照り付けていた太陽が沈んでいる。
それくらいの時間、二人は会話を続けていたようだ。

「この先に廃病院があってね、そこに巣食ってる悪霊を殲滅しに」
そう言いながら、フェイトが少し離れた場所を指差した。
翔馬もその指の先を目で追い、カップに残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「じゃぁ、手伝ってやるよ」
「えっ?! いいよ、悪いし……」
「へぇ、今回は『仕事だから』とは言わないんだな」
「あ……」
自分の口から出た言葉に、フェイト自身も驚いたようだ。
少しずつ、二人の距離が近づいていることに、ようやく気付き始めたのかもしれない。

「──し、仕事だから、手は出すなよ」
「はいはい、わかりましたよ」
視線は行く先を向いたまま、逃げるように早足で歩き出したフェイトを、クスクスと笑いながら翔馬が追いかけて行った。





Fin



---------

この度は、ノミネートのご依頼ありがとうございました。
フェイト君と翔馬君に、またお会い出来てとても嬉しいです。
今回は二人の会話がメインということで
少しずつ距離が近づく感じを大切に、会話を多めに書かせて頂きました。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
また機会がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。